第1章『雪の日』
その時の視点本人のセリフ系は、二重鉤括弧『』/二重括弧⦅⦆で表してます。
《ルーメンの森 屋敷にて 〜フェリクス〜》
その日は、朝から雪が降り
音を吸い込むような静けさが、屋敷を包んでいた。
窓の外では雪が積もり、森の輪郭が曖昧に溶けている。
小柄な背格好な少年が廊下の途中で、こめかみに指を当てて小さく息を吐いた。
⦅…重たい⦆
頭の奥が、鈍く締めつけられるように痛む。こういう日は、決まって調子が悪い。
『……少し、薬をもらいに行った方が良いか』
誰に言うでもなく呟いて、足を向ける。
向かう先は、決まっていた。
控えめに扉を叩くと数拍置いて、内側から穏やかな声が返る。
「はーい、どうぞー」
扉を開けると、ふわりと空気が変わった。
薬草と、乾いた紙と、それから――どこか森を思わせるような柔らかい匂い。
机に向かっていた鹿を思わせる角を持つ青年…リアンが、こちらを振り返る。
「珍しいねフェリクス。どうしたの?」
『あの……少し頭が痛くて。鎮痛薬、いただけますか』
「ああ、低気圧かな?雪の日はなりやすいよね。ちょっと待って。
あ、そこのベットに掛けといてよ」
そう言って立ち上がる動きは、相変わらずどこか力が抜けている。
棚から小瓶を取り出しながら、リアンは何気なくこちらに目を向けた。
その瞳が、わずかに揺れる。
近くで見ると、やはり少し不思議だった。
花びらのように分かれた瞳孔が、光を柔らかく受けている。
「はい、これ。飲んだら少し休んでいった方がいいよ。そのベット使って良いからね」
『ありがとうございます』
瓶を受け取ると、指先にかすかに温度が残った。
それだけで、少しだけ呼吸が楽になる気がした。
ーーその時だった
「リーアンー!!」
冬の風と一緒に、見覚えのある小さな影が飛び込んできた。
「雪!すっごい積もってるよ真っ白!」
「うあ、ちょっとユハ窓から入らないよ!」
「ねぇねぇ外遊ぼ!雪合戦!」
ユハはそのまま部屋に入り込み、リアンに飛びついた。
そのまま、きょろきょろと部屋の中を見渡す。
「あ、フェリクス?だ!」
『…こんにちは』
少しの沈黙が落ちる。
「ねー外行こ!フェリクスも行く?」
『いえ……自分は仕事がありますので遠慮しておきます』
そう断りを入れるとユハ口を尖らせたがすぐにリアンの方に向き直り引っ張って行こうとしている。
「リアン行こーよ、ヴェスカも誘ったけどドレスだからできないって」
「まぁあの人はそうだろうね。待って待ってすぐ行くから」
そう言いリアンは肩をすくめ、ふとこちらを見て、手を伸ばした。
『っ…なんですか』
頭を撫でようとしたであろう手が空を切る。
「ありゃ」
「なになに、どしたの猫ちゃんみたい!」
それを見ていたユハが楽しそうに笑う
「あーこれはやだったかぁ」
『いえ…嫌とかではなくて、少し驚いただけです』
リアンは仕方なそうにはにかみ、
「無理はしないようにね」
そう言いユハに引っ張られて行った。
外は思った以上に賑やかになり、心地よい音のおかげか薬が効いて来たのか頭痛もだいぶ和らいで来た。
たまに窓から庭の方を覗けば先ほど外へかけて行った2人と数人の使用人が雪合戦をして遊んでるようだ。
しばらくして庭の方から僅かなノイズが聞こえ窓から外に目をやる。
何やら騒がしくなったと思えば、白い雪が赤く色づく。
ユハの手が赤くなっている気がする。
そこにリアンが駆け寄るのを見てある程度予想できた。
触れて。引き受ける。
少し遅れてリアンが屋敷に戻るのを見届け、手元の書物を図書館へ運んだ。
そのまま、リアンの部屋へ向かう。
部屋に戻ると、さっきと同じ香り。
そこに、わずかに血の匂いが混じる。
リアンに目をやると、ちょうど止血をしているところだった。
『……それ』
リアンが顔を上げる。
『手当、手伝います』
一瞬、間が空く。
それから、リアンがふっと微笑んだ。
「ありがとう。じゃあお願いしようかな」
そう言い素直に頷く。
静かな部屋の中、淡々と手当を行う。
そこにリアンの柔らかな声色が空気を揺らす。
「帰る場所ってさ良いよね」
手をわずかに止まる。
『……どういう意味ですか』
「んー」
少し考えるように視線を上げて、
「ここに来るまで、ずっと旅してたからさ」
天井を見つめる。
「自分の部屋とか、こうやって手当してくれる人とか、なかったし」
小さく笑う。
「だから、なんか……いいなって思って」
ほんの少しの沈黙。
『……そういうもの、ですか』
「んーどうなんだろうね。」
外では、まだ雪が降り続いている。
静かな雪の中で。
部屋の空気だけが、少しだけ暖かかった。




