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この世界に転生なんてものがあるわけないだろ  作者: 伊勢祐里
第1章 この世界に転生なんてものはない
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約束

 朝と夜、ほぼ決まった時間に、母は食事を暁人の部屋に届けていた。そんなことをしてくれていたなんて、暁人は今まで考えたことがなかった。

 いつも気がつくと置かれている食事は、まるでペットに餌をあげるような感覚でやっていることなんだと思っていた。

 だから、暁人はその飯が冷めていようが、すでに片付けられていようが、構わないと思っていた。


 ただ、意を決し母の前に姿を出してから、暁人は食膳を直接受け取るようになった。

「ありがとう」

 そう母に直接告げるだけで、驚くほど心は楽になった。


 賢人とのことがあったせいか、母はあまり暁人と話そうとはしなかった。それでも、母の顔をちゃんと見られることが、自分にとって大きな前進となっている気がした。


 あれから数日が経ち、その間にジュンと何度かやり取りをした。内容などない、たわいもないことばかり。今期のアニメのオススメはなんだとか、ゲームは何をしているだとか。

 暁人を同窓会へ連れ出そうという魂胆は見えない。それが意図的か否か、その話題からなるだけ離れた話をしていた。


 それが、暁人にとって有難かった。昔の友人とこんな風に連絡を取れるなど、想像も出来なかったからだ。


 それでも、ジュンは受験生だ。勉強も忙しいだろうし、学校もある。ずっと、話しているわけにはいかなった。だから、暁人は極力、自ら連絡を入れないようにした。ジュンからメッセージが来た時だけ、何度かラリーをする。


 そんなことでも、暁人は人生が格段と変わったように思えた。



 机の上に置いたスマートフォンを手に取る。ロック画面の通知欄には、友美からのメッセージが延々と残っていた。


『どう? 明後日、無理かな?』


 今朝にきた、このメッセージへの返事を、暁人は未だに返せないでいた。



 六日前。食事を運んで来た母の前に姿を出したあの日、友美から一件の連絡が来た。暁人は、涙混じりの目でその通知を開いた。


『今度、花菜とご飯に行くんだけど。山中も行かない? 遠回しに言うの苦手だから、正直に言うけど、山中が同窓会に来てくれるように説得したい』


 本人が言う通り、率直に書かれた文面に、暁人は戸惑った。女子から食事を誘われたことに対してもそうだが、その席に大原花菜が来るということがとても恥ずかしかった。


 暁人は、どっちつかずの返事を送り続けた。それでも、友美は諦めることなく暁人を誘い続けた。


 そして、今日、明確な日付を指定されてしまった。


 恐らく、彼女たちも忙しい。これを断ってしまえば、もう予定を開けるなんてことをしてくれるはずがない、と暁人は思った。


 それに、どうしてここまで自分のことを誘い続けるのか。同窓会に一人で多くの人に来てほしい。その理屈は分かる。だけど、引き篭もっている自分を引っ張り出すのは、なんとも効率的でないように思える。暁人を誘っている時間に、他の者を説得する方が、もう何人か呼べそうなものだ。


 だから、断るのは気が引ける。素直に行きたいと思えない自分が、やけに子どもっぽく思えた。


 それ以上に断れない理由があるのは、わかっていた。


 大原花菜という存在に惹かれる。


 思えば、小学校の三年生の時からだ。きっかけは、なんだっただろう。

 同じクラスにいるだけで、胸が痛くなった。席替えの時隣になれるように、クラス替えの時同じクラスになれるように、遠足の時同じ班になれるように、ひっそりと願う。


 いつも視界の端に彼女がいるだけで、華やかな気持ちになり、心が優しい気持ちで満たされる。


 それが恋という感情なんだと理解したのは、中学生になってからだった。


 中学に入って、初めてクラスが別々になった。

 暁人の通っていた中学は、二校の小学校が合わさるため、一学年のクラスの数が増える。二つしかクラスのなかった小学校に比べ、一緒になれる確率が下がってしまった。


 離れてはじめて、自分の気持を理解した。好きという思いが、日に日に増していく。 

 同じクラスでいる時は、当たり前に感じていた彼女の存在が、遠いものになった気がした。

 朝、通学路で友達を待つ彼女。廊下ですれ違う彼女。窓際の席から見えるグランドで体育をする彼女。


 そんな生活の切り抜いたワンシーンでしか、彼女を感じられない。歯がゆい思いと同時に、アプローチ出来ない自分が惨めに思えた。


 ただ、中学三年生になって、久しぶりに彼女と同じクラスになれた。そのクラスの大半が暁人の通っていた小学校の生徒で構成されていて、とても居心地が良かった。


 もちろん、ジュンや友美も同じクラスだった。


 小学校の時のように彼女の姿を見られて、とても嬉しかった。毎日の中に、彼女という存在をしっかりと感じられる。同じ教室という空間に入れるだけで張り裂けそうになる胸の高鳴りを、暁人は確かに幸せだと感じていた。


 そんな彼女の姿は、あの日以来見ていない。目の奥に思い浮かぶ彼女の姿は、中学三年の夏のままだ。

 大人になった彼女は、一体どれほど可愛く、綺麗で、美しくなっているんだろう。無垢な恋心が、暁人を掻き立てる。


 会いたいという思いが、胸の中をかき乱す不安を消し去っていった。


『分かった。話するだけなら』


 震える指で文章を書き、送信ボタンを押す。


 すぐに友美から返信があった。


『本当に! ありがとう!約束の時間は、‥‥』


 カワイイらしい猫のキャラクターのスタンプが一つ添えられていた。

 約束の時間。その言葉が、なんとなく胸を明るく弾ませる。

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