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8.『特技を生かす 上』

「あの、お願いがあるんだけど…」

 ガタッ

 その日、珍しくベアトリーチェから、しおらしい態度でそんなことを話かけられたアーサーは、驚いて思わず飛びのいてしまった。

 ベアトリーチェたちの部屋の掃除をすませ、洗濯物を洗い、勝手にお茶なんか注いで寛いでいたアーサーなのだが、座っていた椅子の足が床とこすれ悲鳴をあげた。

 しかしそんなことはどうでも良く、アーサーは目を見開いてベアトリーチェをただ見つめてしまった。

「なによ、私がお願いしたらおかしいわけ?」

 そんなアーサーの反応に、いつも通りというか、アーサーの前では最近はいつも通りの不機嫌な表情になったベアトリーチェへと、真剣な瞳を向ける。

「ああ、おかしい…」

 アーサーははっきりと頷いた。

 ゴスッ

 思わず放ったベアトリーチェのジャンプ掌底が、アーサーの眉間にヒットする。

「ぐおおおお、痛い。痛いぞおおおお」

 額を抑えるアーサーに、ベアトリーチェはしまったという顔をしたが、またすぐにお願いに入る。

「それでね、お願いがあるんだけど」

 さっさとお願いの話題に戻ったベアトリーチェに、まだ痛みをこらえるアーサーは呟いた。

「お願いする態度ではない。絶対にこれは、お願いする態度ではない」

「最初はお願いする態度だったでしょ!」

 その呟きを聞いて、ベアトリーチェが怒鳴る。

「それで、お願いっていうのはなんだ?」

 アーサーの方からそう聞くと、ベアトリーチェはくるっと思い出したように怒りの表情を消して、両手を可愛らしく頬のところで組み、アーサーを上目遣いで見つめて言った。

「そう、お願いがあるの」

 こんな腹芸ができる女だっただろうか、アーサーはベアトリーチェの表情を見ながら、微妙な気持ちになった。

 しかし、あまり上手いとはいい難い。

 表情は完璧だが、組んだ腕がさっきの言った言葉への怒りからか、ぷるぷると震えていた。一見笑顔を構成する口元も、最近発達気味の彼女の犬歯が、ぎらりとこちらに噛みつきそうに飛び出ていた。

 それでも彼女がそんな表情で頼み込めば、男なら10人中10人が彼女の頼みに従ってしまうだろう。

 ふとベアトリーチェの後ろに座っていた、感情の消え失せた薄い半眼でこちらをただ見ていた。

 彼女は何もしゃべってないのに、アーサーの頭に声が響いてきた。

(スベテハオマエノセイ)

 やたら生々しく頭に響いた声に、アーサーは今朝食べたベーグルサンドが、急に胃の中で重たくなるのを感じた。

「それでお願いってのは何だ?」

 もはや突っ込んでも話が進まないどころか、むしろ藪から蛇のアーサーは、素直に話を進めることにした。

「あのね、もうすぐアリエーヌの誕生日なの」

 そう言われて、エルサティーナの貴族の令嬢で、ベアトリーチェと親交の深かった少女のことを思い出す。

 しかし、彼女の誕生日が自分と何か関係があるのだろうか。実際のところ、王であったころからあまり親交があるともいえないし、マーセル楽団の三人娘以上にベアトリーチェ党と言える彼女は、ベアトリーチェに纏いつくアーサーに対してもの敵意の視線すら向けてくるようになっている。

 もちろん誕生日の招待状なんかは届いてない。

「それでね、もうすぐ北の街で行われる釣り大会の1位の商品が、彼女が前から欲しがっていたアンティークの銀細工なの」

 なるほど、と合点がいったアーサーも頷いた。

 だから釣りが得意な自分に、わざわざ頼みに来たのだろう。しかし。

 アーサーは口を開く。

「それなら、釣り大会に参加せずとも、その街の町長に言って商品をもらってしまえばいいだろう。お前の権力を使えば拒否は不可能だし、代わりの商品を渡せば文句も出まい」

「最低」

「人間のクズ」

「バカアホバカバカバカ」

「あーあ」

 アーサーのだした素晴らしい解決策は、女どもに即座にぼこぼこにされた。むしろ、彼自身のハートがぼこぼこにされた。

「な、なんでそこまで言われなければならん…」

 当人なりの親切な助言を行った結果、自分の人格否定まで発展し、さすがのアーサーもぷるぷると震える。

 しかし、当然と言えば当然ともいえる反応でもあった。

「とにかく、そういうズルするのは嫌なの、誕生日プレゼントなんだから。きちんと手に入れたいから協力してよ!」

 逆に居丈高になったベアトリーチェは、腹芸なんて忘れ去りアーサーに指を突き付けて宣言した。

「まあ、了解した」

 アーサーはあっさり頷いた。

 逆に今度は、ベアトリーチェが驚いた顔をする。

「え、ほんと?」

「無論だ。どうせ日曜は一日中、釣りにでかけてるしな。遠出したところで変わらない」

「あんた本当に、何しにこの街にきたの」

 マーサが思わず突っ込む。

「ふ、ふーん、ありがとう。じゃあ、よろしくね」

 予想外にあっさりと了承が得られてしまったベアトリーチェは、警戒する猫のような足取りで何度も振り返り去って行った。

 何故、そんな警戒と思いつつも、アーサーは腕を組んでほくそ笑んだ。

「私とて馬鹿ではない。条件など付けたりせず、こういう風に地道に好感度を稼ぐことが、いつか身を結んでいくのだ」

「その方法で、あんたのマイナス評価がプラスに転じるのは何年後になるだろうね…」

 アーサーの言葉に、イレナが呟く。

 ちなみに言うタイミングが早すぎたせいか、ちゃんとベアトリーチェの耳にも届いていて、好感度に変動は無かった。

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