球盤崩壊血戦記
画面の向こうにおわします紳士淑女の皆々様、野球なるスポーツはご存知だろうか。私はよく知らない。たぶんひとチーム6人でやるスポーツである。
これはカスの思い出話なのだが、幼少のみぎり、祖父母の家で甲子園を観戦する叔母に「なんでそんな熱心にやきうを見ているの?」とたずねたことがある。叔母は鼻息荒くかく答えた。
「人生の大半をやきうに捧げた高校男児が、たったひとつのミスでそれらが突き崩れる瞬間、その瞬間を見ること以上の喜びがこの世にあるだろうか。いやない。泣き崩れ地を這い砂をかき集める姿もまたいとつきづきし。
彼らの青春をスナック菓子感覚で浪費する快感よ! カッ〜〜酒がウメェ」
叔母の言っていることは理解できなかったものの、幼心にキモいなと感じたしキモいなと思った。
以来、やきうを目にするたび叔母の顔が想起され、やきうをうっすら毛嫌いするようになった。やきう君には気の毒であるが、私もある種被害者故何卒ご容赦いただきたい。
さて、今回は気の毒なやきう君に関するお話である。
*
私はいきものがかり(という名のボランティア部)の活動の一環として部室棟清掃を強要され、ほとほと疲れ果ていた。部室棟といえば聞こえはいいが、要はエアコンの効かぬ旧校舎を指している。外気が35度を超えるこの夏に、締め切られた部屋を掃除する様を想像して欲しい。地獄である。
蹌踉たる足取りで化学準備室に帰り、教員の私物たる小型冷蔵庫を開ける。そこには我が家からちょろまかしてきたレトロモダンデザインのガラス製麦茶ポットが鎮座していた。
備品の紙コップに茶色の美液を注ぎ一服。頭が痛くなるほどにキンキンに冷えた麦茶は、我が胃袋にストンと落ちてじわじわ全身へと沁みていく。
「カッ〜〜麦茶に勝る喜びもアルマーニ! このうまさこそ、神が人間を甘やかすために生み出した飲み物である証左! 稲荷大明神!」
などと宣い麦茶ポット1L分を飲み干さんとしていると、学友の足音が聞こえてきた。
見やれば、両腕に何か抱えているではないか。四角いそれは経年劣化著しく、ほとんど茶色く染まって何が何やら判別がつかぬ。オカルトちっくな気配を周囲に発散するそれを、私は知識として知っていた。
「それはもしや、噂に聞くやきう盤ではないか?」
「ご明察。かかり活動の折、空き部室にて発掘しました。どこぞの先輩の置き土産でしょう。引き取り手を喪ったお土産ほど、物悲しいものはありません。いとあはれ」
白々しく鼻を啜り目端を抑える学友に、私は傲岸な笑みを浮かべた。
「で、あるならば、我々が引き取り手となろうではないか。世から悲しみの総量を減らすために、な」
「そうこなくては」
我々は頑強かつ広々した実験机広がる化学室へ移り、やきう盤をためつすがめつこねくりまわし、最後には拝んだ。知識として知っていたものの、やきう盤を見るのも触るのも生まれて初めてである。学友なぞ無心でバッドを振り続けていた。
それらの過程で気付いたことがある。
球となるパチンコ玉が2、3個足らぬ。
プラスチックの人形を刺す箇所が見受けられるがそのほとんどを失っている。
角にあったらしいスコアボードが根本から折れている。
そして何より私も学友もやきうに疎く、当然このゲームのルールを承知していなかった。
本来付属しているであろうルールブックも紛失しているときた。どうしたものかと考えあぐねる学友に、私は無配慮な一言をぶち込んだ。
「あぁ、やっぱり未来だとやきうってあんまり流行っていないのか」
近頃私は学友が未来人だと確信しており、ところてんを押し出すが如く、つるりと上記の発言が出た。
ひくりと学友の口端が引きつったのを私は見逃さなかった。
「……私が未来人である証明をなさってはいかがですか?」
「急にどうした」
「私が不思議道具を出しましたか? 未来へあなたを連れて行きましたか? 大人の姿の私があなたの前に立ち現れましたか?」
「そうだな、うん、証明できないよ」
「私が未来人であることを証明できない限り、私は現代人です。根も葉もない妄言は厳に謹んでください」
「その、未来人って言われただけでピキるところがかなり未来人ぽいっていうか、うん、ごめんね。
いつも未来人いぢりスルーするのにどうしたの」
「暑さでイライラしています」
「じゃあ仕方ないかぁ。ごめんなぁ」
学友の気を逸らすために、我々はやきうのルールを考えることとあいなった。(インターネットって検索をかければ一発なのは重々承知だが、携帯に手を伸ばしただけで「ベースボールルールを知らない未来人ですか?」と謎の牽制が飛んでくるせいで、インターネットを封じられた。この夏の暑さは人をおかしくする)
以下、話し合いで決定づけられたルールである。
・3球ごとに攻守を交代。それを3セット行う。
(3球ごとの理由? 世には三本勝負という言葉があるだろう)
・打てたら1点追加。
・アウトとかファールとか書いてある穴に入っても1点追加。
(せっかく打てたのに得点にならなければ、打った人が可哀想ではないか)
・ホームランは1点追加に加え、追加ルールを設けることができる。
(ギリギリホームランについて互いに知っていたので、特別感を出したかった)
ルールを決めても、賭けるものがなければ手遊び以上の興奮は得られぬ。無邪気にはしゃげる年頃でもなし。
それをうっすら察していた学友が、とんでもない提案を切ってきた。
「あなたが勝てば期間限定の酪王牛乳フルーツオレを奢りましょう。私が勝ったあかつきには、未来人というワードを禁句とします」
酪王牛乳フルーツオレ。
私はその一言であらゆる思考が吹き飛んだ。
酪王牛乳とは地域の魂飲料であり、期間限定フレーバーたる七種の果汁入りフルーツオレは魂であるが故にバカ売れ、幻飲料と化した。
それを、こいつ、こんなくだらねぇ暇つぶしの賭けに出すのか!?
そんなに未来人いぢり嫌だったら言ってくれればやめたのにほんとごめんね。
私は肺腑から息という息をすべて吐き出した。やつの漢気に応えねば女が廃る。
「さぁ、始めようか闇のげぇむを」
かくして、放課後の野球盤対決が始まったのだ。
とはいえ、いにしえの野球盤である。スライダーやカーブ等の変化球はなく、ストレートのみ。投手を操る人間を注視していれば、パチンコ玉をタイミングよく打つだけのリズムゲームに早変わりする。先輩方がこのやきう盤を放棄したのも納得だ。あまりに単調である。
そこで重要になってくるのが、打者を揺さぶる心理戦である。
「廊下に茂手ヶ崎君がいらっしゃいますよ」
「嘘だろマジかよ6人目の彼女にしてくれ! ……いないではないか」
「いるわけないでしょう。さ、私はすでに3回投げたので攻守交代です」
「ダーティ過ぎないか?」
「敗者の言葉は心地よいですねぇ」
「なぁ、友よ。我が母上が赤きマスコットキャラクター『あかべぇ』のシールを商工会でもらったそうだぞ」
「……この私を買収しようというのですか。なんと恥知らずな!」
「強がらなくていい。欲しいのだろう? ほら、バッドから手を離すがいい。三振する哀れなバッターを眺めていろ」
「なんという暴略、筆舌しがたい奸計! 遺憾の意!
私は強い言葉であなたを非難します!」
なんやかんやで3回裏、最終イニング。得点は4対2、私が劣勢。
3回表でホームランの勘所を掴んだ学友が、二本のホームランを量産。「裏の攻撃はホームラン以外全てアウト」「空振りしたら即試合終了」などというトンデモルールを追加してきた。
勝ちにきて遊ばされる。
互いに口数が減り、放課後と思えぬほどの緊張感に満ちていた。
1球目。レフトフライ。学友ルールで無得点。
2球目。ファールに転がる。無論無得点。
私は天を仰ぎ、深々と嘆息する。学友も肩を回す。奴の肩から信じられないくらいの音が鳴った。
目を閉じ、酪王牛乳フルーツオレを想う。我が愛しの弟について考える。弟が幼稚園の頃、おねいちゃんと縋りついてきた姿を思い出す。かわいい。
目を開き、闘志を燃やす。
私は勝たねばならぬ。酪王牛乳フルーツオレのため、弟のため!
私と学友の間に走る、張り詰めた危うい緊張。学友の上腕がわずかに動くのを見逃さなかった。
私の振ったバッドはパチンコ玉の芯を捉え、美しい弧を描く。文句なしの場外ホームラン。転がり過ぎて玉がどっかいった。
やれやれと学友は肩をすくめる。
「ホームランおめでとうございます。しかしながら4対3。私の勝利は揺らぎません」
「最終回裏で打ったホームランは100点の追加ルールを発動する」
皆々様どうかご覧あれ、ここまで美しい勝利は滅多に見ないことだろう。
「認めません、そんな追加ルールありですか!」
「はっはっはっ。胸ぐらを掴むでないよ我が親友。たわわな我が胸がこぼれ落ちるではないか。
それに追加ルールの禁則などなかっただろう」
「それなら私のホームランで追加したルールの変更を要求します! 私が打ったホームランは1000点のルールにします!」
「卑怯也! バカの数字インフレやめろ!」
スポーツマンシップなぞクソ喰らえ。我々はくんずほぐれつの大暴れである。火曜サスペンス劇場ならひとりふたり死んでいる。
「学友のバカ! もう二度と君とゲームなんてやるもんか!」
完
ここまで読んでくださりありがとうございます!
ブクマ感想評価、是非ともよろしくお願いします!
続編を10月中に投稿予定です。何卒よろしくお願いします。




