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夏の鳥居は乱反射して

 非日常への扉は想像よりも呆気なく開かれる。やつらは日常と地続きであるからだ。

 思い返せば、あの時か。

 いつもの放課後帰り道。湿気で息苦しい梅雨がようやく開けたと思えば、今度は張り付くような熱気に苦しめられていた。

 学友と本当にくだらない会話を繰り広げていた時、足元でがさり、と小動物か何かが草をかき分け歩む音を聞いた。

 音につられて目をやれば、人様の家の生垣の影に、真っ赤な小鳥居があった。

 立ちしょんべんしたりゴミを投棄する無法者がいるのだなぁ、いと治安カスし。

 その程度の認識だった。学友も生垣を一瞥もせず渾身のオホ声を披露するものだから、私はのほほんと通り過ぎた。

 気掛かりといえば、この一瞬だけ我がスマヒョがノミのワルツを奏でていたことくらい。

 かえすがえすも、この時対処できていればまた違った結末もあったのではないか。

 答えは出ない。



  *



「最近元気少ないですね」

「よく気がつくなぁ。ビックラブだ」

「愛は現金払いでお願いします」


 授業が自習なのをいいことに、我々は教室の後ろでかつぎ合いのストレッチ(互いに背中合わせで腕を絡ませ持ち上げたり下ろしたりするアレである)をしていた。

 自習なんだから勉強しろ? それは我々ではなくベイブレードを始めたり平成女子シール交換会を開く同級生に言ってくれまいか。


「いやなぁ、最近眠りが浅くて」

「鏡の神絡みですか?」

「うん、多分。でも妙なんだ。音が聞こえないんだ」

「なるほど、神託がないと」

「神社の手入れはいつも以上にしてる。この間も純米の料理酒もお供えしたし」

「よかったですね。原因が分かって。

 絶対料理酒に怒り狂ってるじゃないですか」


 私が学友を持ち上げる番になる。生意気なことに学友は私より身長があるせいで、私が踏ん張ろうときゃつの足がフローリングから離れることはない。

 ひぃひぃ苦しみ、ふと思い出す。


「そうだ学友。近々イベントがあるみたいだから、一緒に行かないか? 多分我が愛しの弟もついて来るが」

「おや、デートですか。是非もありません。予定空けておきますよ。

 ちなみに、どういった催し物で?」

「いや、私も詳しくは知らん。ほら、最近クソ田舎の至るところで鳥居を見るだろう。なにがしかの祭りの準備に違いない。絶対屋台も出るぞ」

「……鳥居ですか?」

「ほら、駅前とか畦道の中にポツンと。丁度、鏡の神のところの鳥居くらいのサイズのやつ。小鳥居っていうのか?」


 絡めた腕が緩み、それが合図となってかつぎ上げストレッチが終わる。見れば、学友はたいそう怪訝な表情をしていた。


「あー、そうだな。確かに、祭りの開催日も内容も知らんのに誘うのは性急だった。今日、街中でちゃんとそのあたり確認して来るよ。

 参加の判断はそのあとでいい」

「いえ、そうではなく。……あなたは駅の、どのあたりで鳥居をみたのですか?」

「ん? わりとどこにでも置いてあるじゃないか。地下道のとことか、ももりん像の給水器とか」

「間違いなく、鳥居を、見たんですね?」

「あぁ。今朝もちゃんと真っ赤かに鎮座してたさ」


 学友は顎を手でなでる。仕草こそゆったりとしたものだが、眼光だけが嫌に鋭い。


「……私は、よほど信頼されてないらしい」


 低い声色でぼやいたのち、私に穏やかな笑みを見せた。目を見れば分かる。学友は何かが相当腹にきてる。


「少し、昼休み外します。お弁当を一緒に食べれないかも知れません」

「承知の助だ。同じ中学の子のとこ遊び行くよ」


 学友は怒りを隠そうとしている。そういうのは触れないに限る。

 我々は手を取り合って体側伸ばしのストレッチを始める。


「さっき言ってた鳥居ですが、不用意に近づいたり触ったりしてはいけませんよ」

「それはまたどうしてだい」

「置かれた場所が少々風変わりです」

「言われてみればそう」


 小鳥居とはいえ、地下道の雨水の流れる排水溝上や市のマスコットキャラクターたるももりんの君の頭部に設置能わず。しかし、そこに鳥居はあったのだ。


「うーん、変を変と認識できなくなってるな、色々ありすぎて。色々まずいかしらん」

「ナーバスになるよりか幾分マシです」


 ストレッチをやめた学友が私の頬をむんずと掴む。そのまま頬を好き放題いぢくりこんにゃくを始めた。


「多少危機感がないのは否めませんがね」


 他人の手の慣れないこそばゆさやら歯に頬肉が食い込んで痛いやら、私はケラケラと笑い声を上げていた。


「『驚異』は元よりそのようなモノです。無意識の領域に踏み込み、生活に溶け込んで、やがて全てを壊していく。

 心を強くなさい。それこそが『驚異』に対する最大の武器です」


 私が素直に頷くと、学友はよろしいと微笑んだ。


「……ところでさ、『驚異』ってなんだ?」

「……」


 学友が脇腹をくすぐって来たので、さしもの私も応戦する。学友の服を剥ぐかたわら、視界の端に赤い鳥居が映る。鳥居はこちらを伺うように、校門の外側で佇んでいた。

 私は誰にも見られぬように、小さく鳥居へ手を振った。


 昼休みの終わり頃、学友は肩をいからせ帰ってきた。首尾はよろしくなかった様子である。机の端にそっと飴玉を置くと、瞬く間に学友は噛み砕きやがった。ぺろぺろしろ。


「今日からしばらく家まで送ります。朝も夜も」

「そんな、悪いよ。私が楽しいばっかりじゃないか」


 確か学友は駅からバスを乗り継いで、さらに愛車カトリーヌ(自転車)でえっちらおっちらしていたはずである。我が家まで来た日には天文学的な時間をかけて登下校するようになってしまう。


「私の家に着いたら、今度は学友を家まで送り届けようか?」

「おばかさん」


 学友が私の額を指でつまはじいた。


「好意は素直に受け取るべきですよ」


 そんなこんなで放課後である。何もないことはない(乗り込んできた不良が原付を校庭で走らせ教師陣とのマリオカートが始まった)が、特筆すべきことでもないので割愛する。

 くだんの約束通り学友と下校しようと、校門前に立って気づく。学友は平然と校門を出た。そこでようやく、それらは学友に見えていないのだと知る。


「ある」


 私は校門前で足を止めた。学友の顔から表情が消える。


「鳥居があるんだ。いっぱい、何個も連なってずっと、ドミノみたいに。校門から、我が家に向かって」


 私が手にした携帯から、『ノミのワルツ』が鳴っていた。

 学友は私の手を取り我が家とは正反対の、信夫山の方角へと歩を進めた。


「まだいますか?」


 学友の声は気色ばむ。歩く速度は増していく。


「うん、きてる。列になってついてくる」

「このっ!」


 学友らしからぬ悪罵ののち、やつは自身のこめかみを掌底で2度叩いた。


「『不可視の鳥居』、『隊列を成す鳥居たち』! もはや知らぬ存ぜぬは通りませんよ!

 スタンドプレイならバックヤードでおやりなさい、現場を巻き込まないでいただきたい!」


 手元耳元に電子機器の類いがないが、誰かと通話しているらしかった。


「規則? 先にあなた方が放棄したのでしょう、破壊された土台に規則という名の柱が立つとお思いか?」


 その数秒後、学友は「切られた!」と発し舌打ちする。


「荷物を捨てて! 走りますよ!」

「応!」


 我々はためらいなくスクールバッグを路肩に投げ捨て、韋駄天もかくやの速度で市中を駆ける。息切れで足が止まりそうになっても、互いが互いの手を引き前へ前へと足を回す。あっという間に里山のたもとである。鳥居は足跡の如く我らの背後に並ぶ。


「羽黒大権現よ、我らを守り給え!」


 山に踏み入れた途端、謎の悪寒が走る。学友がより一層強い力で私の手を握る。私も決して離さぬと握り返す。


「なぁ、おかしいよ! 舗装されてないぜ、なんだこの道?」

「惑わされないでください!」


 あとで聞いた話では、そのまま我々は山を駆け上がり、果たして山頂の神社にたどり着いたらしい。学友は嘆息し、そこで初めて私の手を離した。手のひらと甲で汗を拭い、もう大丈夫ですよ、と声をかけんと振り向いた時既に、私の姿はなかったという。



  *



 私と学友は駆ける。雑草を踏みしだき木の根に足指を引っ掛ける。膝小僧はすりきずだらけになっていた。


「が、学友!」

「もう少しですよ」


 いつのまにか私を先導する学友の表情は伺えない。やつは息切れを起こすことなく、速度を保ったまま獣道を疾走する。『ノミのワルツ』が鳴り響く。


「止まってくれ、流石に、もう、走れない。疲れた。肺が、裂けそうだ!」

「もう少しれすよ、」


 学友の、少し奇妙な声に気を取られ、先日の雨でぬかるんだ地面に足を取られ派手にすっ転んでしまう。それでも学友が手を離さないものだから、腕が変な方向へ向いて悲鳴を上げる。


「学友、手! 手を離してくれ、折れる!」

「ももうすこしれれれすよ、」


『ノミのワルツ』のがなり声。


「離せばかたれ!」


 私は体をひねり、その勢いを利用して学友の手を振り解く。自然、私は湿り気を帯びた枯葉の上を転がり落ちる。頭だけを守った。携帯はいつのまにか手から離れていた。水たまりを転がる。土が神に絡む。小枝が腕をかすめる。

 硬い何かに背中を強かに打ちつけ、私のローリングは終わる。涙がにじむ。激しくむせ、唾を地へ垂らす。制服は泥だらけで、冷たい。ずぶ濡れだ。どこかで『ノミのワルツ』が泣いていた。

 みじめな気分だった。

 何度か深呼吸をして、落ち着いたころ自分は開けた林床にいた。あちこちに水たまりがあり、茶色い花の隙間を虫が這っている。

 そして、おびただしい数の赤い鳥居がぐるりと、輪になって私を取り囲んでいた。上腕ほどの高さしかない小鳥居たち、それらが所狭しとそびえ立つ光景に息を呑む。

 静かに、私の正面に立つ鳥居へ目を向けた。

 それは周囲よりひとまわりほど大きく、かがめばくぐれそうな大きさだった。

 息をのむ。嫌な汗が喉をつたう。蝉の声が響く。爆音の『ノミのワルツ』。雲が流れ、太陽の日が降り注ぐ。私の顔が水たまりに反射する。


 世界がひっくり返った。


 消える宙吊りにされたような浮遊感。プールへ落ちたような浮力感。剥奪された生々しい肌触りの現実感。

 何かを踏み越えたような、一瞬。


 世界は元通りになっていた。


 虫の吐息が耳にかかり、腐葉土は香ばしく、濡れた衣服の不快感がよみがえる。

 あれほどあった鳥居がひとつ残らず消滅していた。

 物事の一切合切が理解できず、のろのろと立ち上がる。水たまりは映す。

 惚けたような表情の私と、存在しないはずの赤々とした鳥居を。



  ↓↑



(ようこそ、)(卑き我が庵へ!)


 鏡文字の行事予定。因果が逆しま掛け時計。生徒の体温が失われた机椅子群。全ての色が褪せ、触れれば割れそうなほど脆く映える教室。

 全ての世界が反転する鏡の異界。

 異界の主は姿を見せず。


@(吾を警戒して学校へ)(入らなかったのか?)(甘い。)

@(氏子たる)@(『驚異の胎』も)(勘違いをしている)(吾の本性は鏡に非ず)


 その鏡の世界でも攻撃的なまでに赤々しい小鳥居は、静かに音もなく数を増やしていた。


(ふむ、『驚異』を)(ご存知でない。)

(簡単だ。)

@(貴様ら怪異妖怪は)(紙中から出れぬ木偶、)@(吾ら驚異は実在し)(現実を脅かす新存在!)

(我々は当初、)@(単純に脅威と)(名付けられた。)

(しかし、)@(坊主を騙る詐欺師が)(言った。)

@(威し脅かす存在と)@(認めれば)(真に脅威となる。)

(以来、我らは)(驚くべき異な存在、)『』。(『驚異』と呼ばわれる)


 鳥居は机、黒板、カレンダーありとある場所へ出現し、瞬く間に教室を赤に染め上げた。鏡の異界は軋み、崩壊は目前に思われた。


、。(理解できぬだらう。)

(好きに呼べ。)


 教室の窓ガラスに鳥居が映る。


(吾に倣い、)@(『驚異の胎』を用いて)(神にならんとしたな?)

(いけません、)(いけませんなぁ?)

@(紙芝居の住人たる)(怪異ごときが、)(他の供物を掠めるなど)


 ガラスに映る半透明の鳥居が窓枠からまろびいでて、赤い鳥居の上に重なるように落ちた。


@(なぜ早々に)@(『驚異の胎』を)(喰らわなかった?)

@(本尊を出さねば)(吾をだし抜けた。)

@(古臭い弱者の考えは)(わからん)


 反射鳥居がガラスに映る。映った鳥居が落ちる。落下中の鳥居がガラスに映る。鳥居が落ちて、映って落ちて、落下、落下、らったった。

 しまいにはバケツをひっくり返したような勢いで反射した鳥居が教室へ雪崩れ込む。本物も反射も偽物も一緒くた。教室は鳥居であふれかえる。


@(紙上に逼塞して)(居ればよかったもの)@(を、ただの門風情が)(粋がりよって。)

(身の程を知れ、)(痴れ者め)


 うずたかく積み重なっていく反射の鳥居の下、床に根を張った赤々鳥居が、ぱきり、と音を立てて割れた。



  ↑↓



 私は『ノミのワルツ』が鳴り止んだスマヒョを回収し、とにかく町が見える高台まで歩き続けた。方角の分かるランドマークが見つかってしまえばこっちのもんである。高台へは出れなかったが舗装された道に出、見慣れた方へと足を向ければカッフェー「信夫山文庫」にたどり着いた。普通に定休日である。

 店先で学友に連絡。カッフェー前で合流する運びとなった。私の血を喰らった蚊、その一族郎党を打ち滅ぼさんとファイトしていると、たったかたったと学友が駆け足で降りてきた。そのまま熱い抱擁……とはならず学友に頭を小突かれる。


「どこ行ってたんですかこのおばかさん!」

「それはこっちのセリフだ!」

「手を離さなかったのに、どうしていなくなったんですか!」

「それもこっちのセリフだ!」


 やんやの応酬のあと、学友に強制ハグをくらう。身長差があるせいでやつの胸あたりに顔がくる。口やら鼻やらが学友の制服により塞がれるため大変苦しい。


「よかった、本当に」


 制服の隙間から学友の横顔を伺う。切れ長の目尻には涙の跡があった。

 普段はクールぶってるくせに、泣き虫な親友の背を私は優しくたたいてやった。


 そこから1週間ほど過ぎ、放課後、山の公園へ学友とふたりで訪れた。

 学友は一連の出来事を「預かり知らぬところで揉め事が起きていたようですね。また起きても不思議ではありません」と総括した。とどのつまりなんもわからん、ということである。

 よくわからなかったが、鏡の神が一枚噛んでいるような気がしたので親父殿秘蔵の酒(出羽桜『雪漫々』)を献上しておいた。鏡の神の神社へ詣でるとなんだか涼やかな風が吹くようになった。


 我々は怠惰に公園の芝へ制服のまま寝っ転がっている。蟻だの蜘蛛だの当然いるが、ナチュラルボーン田舎人を舐めないで欲しい。

 どこぞの学校の部活がランニングをしていたり、お子ちゃまが遊具でころんころん遊ぶ、牧歌的な時間が流れていた。


「なぁ、学友。例の鳥居の件なんだが」

「またその話ですか」


 学友はこの話題に飽きている仕草を取るようになっていた。腹芸が下手なやつである。


「思えば、不思議と怖くなかったんだよ。追っかけられても鬼ごっこしてるみたいで」

「私と走ってたから楽しかったんじゃないですか?」

「もちろんそれもあるが。

 遊びたかっただけなのかなって」


 鳥居へ向かって振った手を空へかざす。あの時校門に立っていた鳥居は、プールサイドからにぎにぎしい一団を眺める、ひとりぽっちの小さな子供を連想させたのだ。

 見ると学友が苦虫を潰した顔になっている。


「……死人に口なし、鳥居に口なしです」

「まったくもってその通り。真相は水面の向こうだけが知っている」

「公園に花はありませんが、あなたの頭はお花畑ですね。何本か公園に献上なさい」


 ぶちぶち皮肉を吐く学友から視線を離し、空を仰ぎ見る。青空というには曇っており、くもりと言うには青々しい。


「学友。我々には口がある。いっぱい話そうぜ」

「ふん。のどが枯れるまででよければ付き合いますよ」


 何もかも過ぎ去った数年後、私はとある噂を耳にする。

 深夜、学校の窓ガラスに自分の姿を映してはいけない。深夜の窓ガラスには、存在しない鳥居が映っているから。自分の姿を映したら最後、


鳥居の向こう側へ連れ去られてしまう。

ここまで読んでくださりありがとうございます!

ブクマ感想評価、何卒よろしくお願いします!

明日もなんとなくこのくらいの時間に投稿しますね

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