恋は遮断機の内側で
大変です。
わたし、恋しちゃったかもしれません。
しかも、女の子に!
その子の名前は分かりません。
お話ししたこともありません。
それでもでもでも、
天使の輪っかみたいに光るストレートヘア、
隠す気のない学校メイク、
毛玉のない黒のハイソックス、
それらを見ると、
心がざわざわして、
胸がぎゅうっと苦しくなって、
目が離せなくなるんです!
これって恋ですよね?
わたしは確信しています。
きっとこの恋は報われません。
その子はワイヤレスイヤホンを耳に、
携帯画面をスクロール。
決して面を上げることなく、
わたしなんて一顧だにしません。
そしていつも踏切に引っかかる。
軽自動車すらすれ違えない道幅の狭い踏切。
わたしとその子が唯一共有できる時間。
あぁ、あぁ、
寝不足で荒れた肌も、
化粧ですら隠せていないくまも、
無様なストレートネックすら愛おしい。
踏切内部でその子を見つめるわたしを、
電車が容赦なく轢き潰します。
でもだいじょうぶ、だいじょうぶ。
だってわたしはゆうれいだから。
電車は何事もなくわたしを通り過ぎ、
半透明なわたしは5体満足まんぞくみん。
踏切が上がるとその子は去っていきます。
サッササッサと足早に。
わたしはついてゆけない。
踏切の外へは出られない。
あの子が踏切を渡る時、
遮断機が降りて、
前にも後ろにも進めなくなれば、
もう少し一緒に過ごせるのかな?
それは甘い甘い思いつき。
でもわたしは遮断機を下ろせない。
だって宙にぷかぷかゆうれいなんだもの。
踏切にはちっちゃいお花が手向けられ、
ほとんど枯れて黒ぐろ点てんでん。
気分良くはないけれど、数少ないわたしの痕跡。
わたしは学生だったみたいで、
例のあの子とおんなじ制服を身に纏う。
わたしは制服の胸元をぎゅっとした。
電車に潰されるたび日は傾いて、
電車に追われて夜がふける。
今日も遮断機は眠りについた。
わたしは眠れないのにね。
愛しのあの子の下校は別ルート。
早く来て。朝が来て。早くあの子が来て。
触れない、触れないけど触れてみたいの。
あの子の瞳にわたしは映らないけれど、
わたしの瞳にあの子を映したいの。
わたしの声は届かないけれど、
あの子のために祈り続けていたいの。
届かぬ祈り、はたと思う。
わたしはどうして死んだのかしらん?
死ななければ彼女に声をかけて、
「おはよう、こんにちは!」
の友情から始められたのに。
声をかけられないばっかりに、
恋から始まった非対称な関係。
わたしばっかり想い煩って、
わたしばっかり切なくて、
わたしばっかり触れたくて、
わたしワタシたわし!
あの子も死ねばいいのに。
あの子も電車に轢かれちゃえばいいんだ。
骨が全て砕けても、
どろどろ肉塊スープになっても、
頬にあなたを塗りたくるわ。
ぐちゃぐちゃのぬるぬるになりましょう?
なんて素敵なアイディアなのかしらん!
くるりんと空で宙返り。
会いたいな。会いたくないな。会いたいな。
わたしはあの子をどうしたいの?
か細い電灯に照らされ、網膜に映る二人組。
深夜の踏切なんて、用もないのになんのよう?
目をしばたかせ、気がついた。
あの子だ! 愛しの例のあの女!
わたしは誰の耳にも届かぬ快哉を叫ぶの。
死んでよ、わたしのために死んで。
つーか誰だよそいつ。
愛しのあの子と寄り添い歩く見慣れぬ輩。
ブレザーにぴんとした姿勢。
高校生? 年上のヒト?
浮気かよ慰謝料払えよまとめて殺すぞ。
踏切前で立ち止まり、
愛しのあの子がわたしを指差した。
「あいつです! あいつ、勝手に自殺したのにあたしをずっと呪ってくるんです!」
ビキリ、といやな音がした。
なんだ、この。
懐かしい?
「ウザくないですか? ほんと無理で。除霊してください、まじきっしょい。死んでんだから死ねよ」
は? なんだこいつ。
わたしが愛したこの子は言わない。
何? キッツ。てかウザ。
でもそのしゃべり方が懐かしくて、
脳がぎりりりと音を立てる。
「落ち着いてください。確認です。
あの子は、女子ソフトボール部に所属していた同級生で間違いないですか?」
「だからそうだって言ってんじゃん!」
「彼女に恨まれるような心当たりは?」
「無ぇよ! あいついじめっ子! ハンザイシャ! あいつのせいでウツビョーになった子もいんの!」
は?
標的決めてたのお前じゃん。
あいまいにふわふわしてた記憶が、
パッチワークみたいに繋がってくる。
この、こいつ、知ってる。
中学でおんなじ部活になって。
一緒にがんばろうねって、
初めて話した、女。
「で、みんなから嫌われて、いじめられる順番がこいつに回って、したら勝手に死んだ!
遺書まで残されてさ、ハンセイブンとか、シャザイとか、出場停止になったりさぁ!
少し挨拶返されなかったりしたくらいで、意味わかんない」
ブスが唾を飛ばして叫ぶ。キモ。
てか何?
お前にいじめられんのが嫌で仕方なしにいじめてただけなんだが?
は? 他責やめろやお前だよなわたしをいじめようって号令かけたの。
わたしは髪を掻きむしり絶叫する。
「わたしもちょっとだけハブったり無視したりしたかもだけど、あいつがやったいじめに比べたら全然、ジゴージトクだって!」
お前が! お前が! わたしに隠れて好き放題やってただけだろうがよ! わたしが奥二重がコンプレックスなの知ってて「ブタエ」ってあだ名つけてトイレで笑ってたよな? 無視しただけ? お前のせいで後輩からも相手にされずに壁練だよ! せんせーからもあの、顔、顔されて! 全部お前が死ね!
わたし、気づいちゃった。
心がざわざわも、
胸がぎゅうっとなる苦しみも、
目が離せなくなるのも、
全部、全部、
こいつへの憎しみからだった!
体が溶けていく。は?
かわいい中学の姿が綻んでいく。なんで?
皮は裂け、骨は砕け、どろどろとした血液と筋組織がこぼれ落ちた。
痛い! 痛い! 生理痛どころの話なんかじゃない! 痛い!
この痛み、わたしは覚えてる!
割れるような痛みのする顔を手で覆おうとしても、手がぐにゅぐにゅと崩壊した。
叫ぶ声もぶぶぶ、という気泡を吐き出す音にとろけていく。
わたしの姿に求心顔ブスがギャッと騒ぐ。
「ねぇ、あいつマジヤバいって! 早く殺してよ!」
「もう死んでいます」
腕にすがる求心顔を、
ブレザーは冷たく振り払う。
ブレザーが静かな目をわたしに向けて、
ひとりごとみたいにつぶやいた。
「……時速100kmを出すような鉄の塊に轢かれれば、人としての形を保てないのは自然でしょうね」
「ねぇ、グロいグロいグロいグロい、グロいって! もうあいつゲロみたいになってんだけど! あんた、あーゆーのの専門家なんでしょ、早くなんとかしてよぉ!」
ゲロだ?
その言葉でぶちふつりと何が終わり、
世界から色がすとんと抜けて、
木々のざわめき流水の音がOFFになって、
世界にわたしが溶けてゆく。
ぽとり、と、
添えられた菊の花首がおちた。
「承知しました。解決法をお伝えします。
もう2度とこの踏切に近づかないでください。以上です」
「はぁ?」
「彼女はあそこから動けません。でしたら答えはひとつです。
これで解決ですね、おめでとうございます」
「そーゆー解決じゃなくて!
マジでここ通らんと朝遅刻なんだって! 遠回りすると20分もかかるんだけど?」
「事前にお伝えしていたはずです。あなたの望んだ形での解決はできない、と。
念書もいただいています」
「名前書いてやっただけじゃん! 読むわけないっしょ!」
「ハハッ、めちゃくちゃだ」
世界わわたしでわたしわ世界。
花首が落ちた菊からわ、
2倍三倍の菊が生えて、
また花首が落ちたら増えてくの。
そうしてたちまちわたしの足元わ、
お花ばたけがふくらんで、
まだまだどんどん増えてくの。
敬語は淡々たんたん言葉の雫。
「何度も警告しました。それを無視し、破滅へと突き進んだのはあなたです」
電車みたいに大きくなった花ばたけ、
ぐねぐね蛇へびうごめいて、
ブスのあいつ囲んじゃう。
花いっぱいすてきだね。
とおくとおくに逃げてた敬語は、
たんたんたんたんたるとたたん。
「あなたが友を裏切る腐れ外道であったこと、心より感謝申し上げます。
どうか『驚異』の礎となり、未来のために消えてください」
*
『怪奇! 女子中学生生花事件!!
〜真相は闇のまま? 猟奇事件に隠された真実とは〜
某県某市某日未明、線路に横たわる被害者〇〇さん(仮名)を発見した男性は、重い口を開いた。「いまだに信じられません。最初はマネキンか何かが倒れていると思ったんですよ。電車が通ってはまずいと近くにあった緊急停止ボタンを押し、彼女に近づくと……。彼女、顔中菊の花まみれだったんです。花弁が顔についていたとか、そういうのじゃない。耳の穴、口、鼻、目の、穴という穴に菊の花が突き立てられていたんです。まるで人間を花瓶にした生花のようでした」
〇〇さん(仮名)はすぐさま病院に搬送されたが、全治1ヶ月の大怪我を負った。
〜激白! 〇〇さん(仮名)の友人〜
〇〇さん(仮名)と親交の深かった△△さん(仮名)がインタビューに答えてくれた。
「リーダーシップのある、勝ち気ないい子でした。まさかあんなことになるなんて……。お見舞いにも行きましたが、もう……。ずっと花、花としか。両目は見えないんだそうです。大好きなソフトテニスも2度とできないだなんて、かわいそう」
警察は事件事故の両面から調査を進めているが、調査には暗雲が立ち込めている。
…………』
(とある週刊誌より引用)
*
「……確認しました。『驚異』になり損ねています」
夜明けの残り香漂う早朝。荒廃した道路、線路に手を伸ばす屈強な雑草。朝露をまとった遮断機が、今日も律儀に頭を下げる。
伸びた背筋が目を引く、どことなく古風な高校生がさびた踏切の前にぼうと佇んでいた。警報機柱に手向けられたちゃちな花束は見るも無惨に枯れている。
高校生はその花束を抱きすくめるようにぜんどうする肉塊を凝視していた。
「……えぇ、存在が揺らいでいます。私ですら視認が難しい。近いうちに消滅するでしょう。
……はい、ご指摘の通りです。私がおりながら……。謝罪の言葉もありません」
しばらく高校生は黙って叱責を受けている様子だったが、やおらに目を見開いた。
「……違います。明確に否定します。絆されてなど……!
私が、『驚異の胎』を消します。誓います。
……はい。失礼します」
ワイヤレス通話らしきものが終わる。(奇妙なことに、高校生はイヤホンやスマートウォッチの類を使用していなった)
高校生はどこか投げやりな様子で息をついた。白々と冷めた空気だけが残留していた。
「その姿は、我が学友ではないか?」
仰々しくわざとらしい声が高校生にぶつけられる。その声につられてふりかえった高校生は言葉を失った。
背後には頭部が白百合となった怪人が立っていた。
「驚いたか? 私だ、君の親友さ」
白百合の花間から女子高生が顔を出す。声の主は腕いっぱいの花束を、わざわざ顔を隠すように掲げていた。
高校生は生気の無い瞳を隠すように目を細める。
「驚きましたとも。今日は一体何を企んでいるんですか」
「いや何、大したことではないんだがな。昨日葬儀我に我がママンが参列したんだ。で、祭壇のお花を大量に持ち帰ってきた。
回送者が少な過ぎて、このままだと捨てるだけだからどうか持ち帰ってくれって葬儀社の人に懇願されたんだと。本当かどうかは知らん」
女子高生は悪いが持っててくれ、と敬語高校生に花束を押し付け、スクールバッグから45Lのゴミ袋を取り出した。彼女は肉塊の存在を認知していないらしく、平然とそれを通り抜ける。
「つまり……あなたはその花をガメてきたと?」
「人聞きの悪い表現をするのであれば、そうだ」
45Lのゴミ袋をばさばさと広げ、女子高生は供えられていた腐りかけの花を回収した。
「なんのために花を?」
「そりゃ、お供えするためだろ」
ひと束だけくれ、と敬語高校生に押し付けた花束をむんずと掴み、丁重に警報機柱へ供える。少し花の形を整えると、そっと合掌した。
敬語高校生は花束を抱えたまま、ぼんやりとその姿を眺めるばかり。
「事故で亡くなった中学生とは、お知り合いだったんですか?」
「いや全く。なんなら今、亡くなったのが中学生だって知った」
「……無関係のあなたが、何故花を?」
「たまたま枯れた花が置かれてるのを見てな」
がははと大雑把に笑う女子高生は言葉を続けた。
「ママンにも同じことを聞かれたよ。やめろとも言っていたな。どうせ1週間もしたら供えたことも忘れて花を放置して、ご近所さんに掃除させるようになるんだからって。
ママンの懸念は正しいよ。私は浅はかだ。うん。やらない方がいい」
肉塊は、ぶちぶちと気泡を吐きつ女子高生へと這い寄っていく。
「それでもやっぱり、寂しいじゃないか。せめて私が高校に通っている3年間は、お花を供えて管理し続けたい。
……まぁ暇だし、なんとかなるだろ」
女子高生の背中に肉塊がへばりつく。その姿はまるで母親に縋る幼子のよう。
「なぁ、学友。いきものがかりがない時、また冒険に出よう。今度は安い花束を売ってる花屋さんを見つける冒険だ。きっと危険で楽しい冒険になる。
楽しい冒険にはな、君が必要なんだ。絶対!」
敬語は抱えていた花束に顔をうずめた。
「どうして、あなたは『驚異の胎』なんですか」
「私が私で何が悪い」
女子高生が立ち上がり、敬語に預けていた花束を回収する。肉塊はもぞりもぞと、女子高生へ這っていく。そのまま女子高生の足へと絡みつこうと肉を伸ばしていた。
「残った花は鏡の神用。あの神様のことだ、用意がないと拗ねるだろ?
ちょっと早いが、一緒に学校へ行かないか?」
「……いえ。私はあなたと共に行けません」
「そっか」
女子高生はさっぱりと頷き、軽い足取りで踏切を渡る。肉塊も必死でついて行こうとするものの、見えない何かに引っ掛かり、踏切より先へ蠕動することができない。
踏切より十数歩。思いついたように女子高生は振り返り、花束を持った手を思い切り振った。
「また学校で!」
肉塊が激しく泡立つ。置いていくなと言わんばかりに。敬語はただただ、それらを傍観することしかできなかった。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
ブクマ感想評価、是非是非お願いいたします!
明日もこのくらいの時間に投稿しますねぇ




