妄想性苗字偏愛録
山田という、いとえもえもしい名字をご存知か。知らぬなど抜かす者は島流しだ黙って和歌でも詠んでろ。
断言しよう。かの苗字ほど素晴らしき苗字はあるまい。「線対称できれいって言いたいんだろ馬鹿がよ」と断定したお前。お前お前! 浅い、小雨で道路に生まれた水たまりより浅い。
下手な賢さを振りかざすな、山田の文字を目で味わい耳で触れよ!
ほら、感じるだろう。甘酸っぱいブルゴーニュの息吹を。山田から浴びよプロヴァンスのさんざめく陽を!
何より朴訥な「やまだ」という音の響きがたまらないよね。
耳心地が良い「やまだ」であれば、多少の軽犯罪なら許してやろうという気すら湧いてくる。
今回の物語は楚々としてフレグランスのごとき『山田』への、叛逆と不倫の物語である。
*
学友から残るようにとの厳命を受け、教室の角でネットミーム音頭を踊っていたお耽美な放課後。どこかに行っていたらしい学友が、ぺらりんとA4用紙を差し出してきた。用紙には墨痕鮮やかに「入部届」と印字されている。
「ついに来たか、学園モノあるある『変な部活を新設する』展開……!」
「ははは、ライトノベルじゃあるまいし。部は新設しません。既存部活の簒奪を行います」
「創作よりあくどいことしようとしてないか?」
我々は悪ワルしく椅子へ腰掛けた。悪役っぽく見せるコツはとにかく股を開くことである。
「我々が入部するのは『いきものがかり』」
「それは部か?」
小学校の動物小屋と放牧宣言したバンドを思い出す。学友はエアー喫煙、やつもやつなりのワルを演じている。仕草から見てアイコスらしい。葉巻を吸え。
「はい、正真正銘の部活動として登録されています。活動は主に化学準備室で飼っているモルモット等の飼育、花壇の手入れ、校内美化活動。平たく言えばボランティア部ですね」
「聞いたことないな」
「でしょうね。昔は相当数の部員が居たらしいのですが、今や廃部の瀬戸際に」
「はぁ? 昔は部員がいたのか? いきものがかりに?」
「はい。というのも、さっき挙げた以外に細やかな教員の手伝いをしていたらしくてですね。色々と融通してもらってたそうです。
たとえば、私物の持ち込み許可。最盛期は部専用の冷蔵庫まであったらしいですよ」
「……便利では?」
「校内ボランティアや教員の個人的な御用聞きをしつつ放課後お茶会をする、というのがいきものがかりの名を冠したボランティア部の実態だったそうです。
部員が相当数居たおかげで、ひとり頭の労力も少なく済んだんでしょうね」
「私も入部したいんだが?」
「これから入部するんですよ我々は」
放課後のお茶会と聞くだけで、清楚でアリスな感じがするのはどうしてだろう。心のままお椅子に座って足をぶんぶんしていたが、当然帰結すべき結論に辿り着く。
「……見どころのありそうな部が、なんで廃部の危機に瀕しているんだ?」
「数年前とある部員が、うっかりヤカンを空焚きしあわや校舎全焼、という騒ぎを起こしたんだそうです。
それがきっかけで、非部員の保護者たちから部活動に関係ない備品や活動の指摘と詰問がなされました」
思わず言葉を失う。しかし私も非部員の立場であれば、「俺たちは水しか飲めないのに(※金欠)、あんさんらは茶をしばいて火事どすかぁ」とカスの野次を飛ばしていたかもしれぬ。
「やったことがやったことですから、先生たちも庇いきれず。
結果、部を廃止しない代わり備品菓子の持ち込み禁止、ボランティア活動のみに専従しろ、との沙汰が下りました。
旨味は消え、苦役だけが残りました」
「いっそ廃部にしちゃった方がみんな幸せだったのでは?」
「教員も生徒会も、いきものがかりをアテにしていたところがありましたからね。自分たちのために残しておきたかったんでしょう。
自然、部員は激減しました。
今では素行・成績不良者を強制的に在籍させ、ボランティアという名の強制労働をやらせて内申点の調整に使われているんだとか」
「ゴミ部活のことなんか忘れてザリガニ釣りに行こうぜ。いい側溝見つけたんだ」
「そのゴミに入部するんです我々は」
「その入部へのパッションはどこから湧いて出るんだ」
帰り支度を始めた私をよそに、学友は滔々と語る。
「明確なメリットがいくつか挙げられます。
まず内申に色をつけてもらえます」
「内申を気にしていたら放課後にエロ同人百人一首大会を主催したりしない!」
「次に、理科準備室の管理を担当している教員から電気ケトルと冷蔵庫の使用許可を得ました」
「……ほう?」
「元々その教員の持ち物だったそうですが、いきものがかりになって真面目に活動してくれるなら見返りにいつでも使っていいとのこと」
「学友、ボールペンあるか?」
「さらに部費です。条件付きで学校に爆誕した神社……鏡の神へのお神酒代を、部から出していいと生徒会からの許諾を得ました。筋としては雑費として生徒会が出してくれてもいいような気もしますが、まぁ突然生えた神社です。
ともあれ、あなたの金銭的負担は軽くなると思いますよ」
「なぁ、名前書く欄ってここで合ってるか?」
「最後になりますが、鏡の神の神社掃除を毎月の清掃ボランティアに組み込み、後輩ができれば鏡の神の管理を押し付けることも可能です。
良かったですね。卒業後の鏡の神遷座問題解決ですよ」
「名前書いたぞ。確認してくれ」
記載済みの入部届を学友に手渡すと満足げに頷き、代わりに5枚ほどの資料を渡してきた。鬼の両面印刷にげんなりしてしまう。
「近年のいきものがかりの活動をまとめたものです。ざっと目を通しておいてください。
職員と強制加入中の生徒の氏名が載っているので、紛失厳禁で」
「お堅いなぁ」
藁半紙に刷られたそれらをめくる。140字すらまともに読めないんだぞこっちは。
「いきものがかりの沿革をどうやって知ったんだ。いくらなんでも情報通過ぎるだろ」
「OBの知り合いが多いんですよ」
「根回しの手際も良すぎる」
「物分かりの良い人々に囲まれたおかげです」
多少の胡散臭さを感じ始めた時である。部員名簿が視界に入り、思考の一切合切が止まる。
部員名簿には、威風堂々と、刻まれていたのである。
『部長 三年生 山田院河原権平』
机に突っ伏して呻き声を上げてしまう。
「やまだいんかわらのごんべいぃ……!」
「先輩の名前を呼び捨てするのはおやめなさい」
私は天才なので、名前を見ただけでその人の暮らし向きが妄想できる。
彼は山ではなく駅チカの平地に住んでいる。家はもちろん平屋日本家屋。すごくデカくてすごく広く、客間にはシャンデリアが飾られている。車はポルシェヴォルクワーゲンヤリスクロスが並び、山田院河原権平先輩は数十万する白き電動自転車(つまり白馬)で登下校している。
私は登校中電信柱の影から飛び出した時速15キロを超える彼の白馬と正面衝突、スマヒョは宙を舞い、山田院先輩と私はなんやかんや押し倒されたような格好になる。そこで禁断の恋が始まるのだが、山田院先輩には15人の許嫁がおり……
私は椅子を蹴倒すようにして立ち上がる。
「すまない、我が学友よ。入部届は火にくべて処分しておいてくれたまえ。
私にはなすべき事ができてしまった」
「却下します」
「私の幸せを願うなら止めないでくれ!
私は山田院先輩と夫婦の契りを交わすため歯で琴を掻き鳴らし、15人の許嫁を打ち滅ぼさねばならんのだ!」
「そこのばか、座りなさい。いいから座りなさいこのばか。部員名簿を見ただけでどうして大騒ぎできるんですか?」
「我が学友はバカバカ連呼しない!」
「お黙りくださいばか、座って、とりあえずあなたの脳内で何がどうなったか、はじめから説明してくださいこのばかが」
私は椅子へ片足をかけ、山田院先輩の名を見て頭に登った妄想をそのまま垂れ流す。その語る様はリンカーンキング牧師に勝るとも劣らず。妄想を語り尽くしたのち、私は息切れを起こしていた。しかし心は晴れがましく、むしろ肌はツヤツヤしている気がする。
対照的に友人は疲弊しており、どこかやつれているように見えた。
「こんな阿呆のせいで未来が……」
「何か言ったか?」
「いいえ、なんでもありませんこのばかちんが」
「我が華麗なる弁舌で多忙さをご理解いただいたと思う。いざさらば!」
腐った学舎から飛び出そうとする私の首根っこを学友は掴んで引き倒した。学友は私のすねを執拗に蹴りつけのたまった。
「琴やら許嫁やら、山田院先輩に直接会ってお話ししてからでも良いのでは?
全部あなたの妄想なんですよね? 山田院先輩が歯ギターできる嫁を探している可能性、ありますよね?」
学友の言葉に我が8ビット脳は活性化する。一切合切の都合を勘案し、目を見開いた。
「君ぃ、天才か!」
「お黙りおばか」
*
山田院先輩はすでに帰宅されていたとのことで、運命の邂逅は翌日に持ち越しとなった。
その日、その夜のもどかしさと言ったら!
一日千秋の想いとはよく言ったものだ。私が最初に言ったことになんねーかな?
敵性言語たる英語の勉学に励めども、愛しの弟の携帯を強奪し勝手にショート動画を垂れ流せども、頭の片隅には山田院河原権平。
なんと耽美な名前でロッケンロールな響きだろうか。それに引き換え山田。凡庸で田舎くさい名前である。
気がつけば口からも山田院河原権平がまろびでていたらしく、弟から「偏見過多の苗字フェチズムやめろ」「名前ひとつで異常性癖者に執着される男性を慮れ」「この際山田に対する礼賛思想も捨てちまえ」「くたばれ」等の正論を浴びせられるもの馬耳東風。本日耳は定休日である。
興奮のあまり寝付けず、ノートに山田院河原権平の名前を書き散らす。他人から見れば山田院河原権平なるものを呪っているように見えるだろう、しかしこれは真実の愛の証左に他ならぬ。
朝日が中々登らぬクソ深夜、名前を書き散らしたノートを胸にベッドへ倒れ込む。
「山田院河原権平……」
名を口にするだけで胸は甘やかに軋む。
私は56回目の初恋に落ちた。(今月3度目自己新記録更新)
翌日、朝のホームルーム前の静かな喧騒に包まれた時間帯。学友を連れ立ち、消火器に隠れている不審な下級生は私である。
頬を染めてあれが山田院? 山田院? と盛り上がる私に殺意の宿った視線を向けて学友が言う。
「先輩を呼んできます。あなたは絶対一言も発さないでください。面倒ごとは御免ですので」
いやん待って、と言う前にさっさと山田院先輩のクラスへ行き、キビキビと上級生に声をかける。
私の緊張と興奮は最高潮となる。立っているのもままならず、口から心臓を吐きそうでつらい。
学友は何度かのやり取りの果て、ついに山田院先輩を呼び出した。学友と先輩はこちらに向かって歩いてくる。
山田院先輩は学友とどっこいか、それよりスモールな身長で、髪はソフトモヒカンを数ヶ月放置したような仕上がりでボサボサしく、肌は荒野のウェスタンを想起させる。言葉を交わす前に、先輩の鼻毛と挨拶を交わしてしまう。
「私と共に、いきものがかりに入部予定の者です。何卒御指導御鞭撻のほど、よろしくお願いいたします」
「あぁ? だからよぅ、あいさつされても俺ぇ、部活に顔ださねぇからぁ。やんなくていいってぇ。だりぃなぁ!」
「顧問からの指示ですので」
私は先輩が吐き出す唾を顔面で受け止める。その後も先輩はいくらか悪態をつき、足音を鳴らして帰っていた。
「……はい、彼が山田院河原権平先輩です。で? 15人の許嫁がなんでしたっけ?」
私はつい、失笑を漏らしてしまう。
「愛に貪欲過ぎた、か」
「それっぽい映画の名言を吐いても騙されませんよ」
私は踵を返し、我らが学年の階へと戻っていく。
「東風が人を狂わせるのだ……」
「素直に先輩のお顔立ちが好みじゃなかったと言いなさい」
*
かくして私の56回目の初恋が終わった。この苦しき妄想の初恋を終えて確信したことがひとつ。
やはり時代はブルゴーニュの吐息、山田である。
そもそもなんだ山田院河原権平って。人様が読める名前にしろ。院なんて金髪たて巻きロールが出てきそうな不純物足しやがって。
山田は垢抜けきらない純朴であることの素晴らしさをこの上なく示した良き名である。
讃えよ山田! 崇めよ山田!
願わくば、読者諸兄も名前のみで人を判断せず、真実の愛を見つけられますように。
苗字だけで人を判断するとか、そもそも人としてどうかと思う。
ここまで読んでくださりありがとうございます!
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明日もこのくらいの時間に投稿します〜




