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硝子の国の八尸さん・後

  ↑↓



 つつがなくホームルームが終わり、私はギャゥ子ちゃん(愛称)に声をかけた。


「今日掃除当番だよね? 代わるんだぜ」


 我らがバカだ高校に掃除のおばちゃんなぞいない。掃除は生徒の仕事である。


「メイクのご指導ご鞭撻の礼に」

「えー。掃除やらせるために教えたんじゃないんだけどー」


 ギャゥ子(愛称)は顔をしかめた。


「今日、図書委員の集まりがあってその時間まで待機せねばならん。どうせならホコリを浴びて待つより、ホコリを集める側に回りたいのだよ」

「なにそれ」


 この掃除班にはゥ子(愛称)と揉めた女子がいる。ふたりの間には未だ気まずい空気が流れていた。

 子(愛称)は逡巡して、その手に持ったT字ほうきを差し出す。


「ありがと」

「うん! また明日」

「あしたー」


(愛称)に手を振りつつ、いざ清掃の化身とならん。T字ほうきをフェミニンに構えると背後から近づく者がいた。


「図書委員は隔週水曜日でしょうに」


 我らが学友である。彼女も当番だ。


「あれ? 今日は火曜日だったか?

 いやはや、うっかり抜作さん太郎」

「際限ない善意は自分の首を絞めますよ」

「どうせ暇だ」

「お人よしですね」

「いやいや、我が友の方がお人よしというもの。先の授業のノートを私に写させてくれるのだもの」

「寝ていたのですか? あなたって人は」

「いや、寝てはいなかったんだが、『連続して異なるハートのハンドサインを出すにあたり、どのサインをスタートに添えるのが最も効率的か』を考察していたら授業が終わっていた」

「あなたって人は……!」


 無駄話メインの掃除が終わった頃である。

 私の名を前方の教室入り口から呼ばう女子がいる。


八尸(はちしか)さん」


 八尸凛音(りんね)さんである。天然パーマとニキビがファニーな印象を与えるクラスメイトだ。

 私はT字ほうきをロッカーへ放り、彼女の元へ駆ける。


「どうかしたかい?」


 思わず声が固くなる。

 というのも、先日お昼に八尸さんがちょっとした騒ぎを起こしたのだ。注目が集まり過ぎるのも良くないだろうという咄嗟の判断で、私は彼女の怒声をスルーした。その判断が正しいものだったか、気がかりだった。


「ねぇ、このあと時間ある?

 ふたりっきりで話がしたいの」


 腰をくねらせ、上目遣いで懇願する彼女にどきりとしてしまう。その仕草にわざとらしさや演技臭さはない。磨き抜かれた美しい媚びだった。


「な、何用で?」


 思わず後ずさる私を八尸さんはあははと笑う。同じ声とは思えぬ艶があった。


「聞かないで。

 あなたは、この教室で待ってて」


 彼女がそっと私の頬に手を触れる。舌で舐めたのかと思うくらい、ねっとりした触り方だった。


「……う、うん。承知した」

「いい子」


 八尸さんはスカートをひるがえし去っていく。嵐のような一幕であった。

 呆然と立ち尽くす私の背中に、学友がノートで小突いてきた。


「あ、ありがとう。悪いな、借りるよ」


 言葉がどもる。彼女に当てられたのか、いつもの調子で声が出ない。学友はノートを渡すと、さっさと帰り支度を始めてしまう。


「学友。ちょっと待て。写してすぐ返すから」

「終わったら机に入れておいてくれれば」

「あ、うん。わかった、わかったよ。

 ……我が友よ! また明日!」

「さようなら」


 学友は私へ一瞥もくれずに去っていった。

 何か気に障ることをしたのだろうか? 心当たりが多過ぎる。

 自席へ戻り学友のノートを写した。時間にして20分足らず。

 手元に小説の類はなく、スマホは相変わらず利用制限中。諦めて怨敵たる数学の予習復讐に励むこととした。

 たまの勉強は、現実でわき起こる些事の一切合切を忘れられるから良い。

 問題集の例題を解き得意顔。演習問題でつまずき発狂、問題集を壁へ投げつける。

 ひとり、またひとりと教室から人がいなくなり、気づけば夕方になっていた。校庭から聞こえた部活動の声も鳴りを潜め、吹奏楽部のてんでばらばらの演奏会も終演を迎えた。

 クラスメイトの懇願で帰宅が遅くなる旨を伝え忘れており、弟から脅迫まがいの鬼連絡が届く。無視か陳謝か、それが問題だと悩んでいた。


「いたのね。

 いい子。かわいい子。」


 洗練された猫撫で声に惹きつけられる。

 教壇に八尸さんは座していた。初めからそこにいたかのように。

 床へ柔らかく着地、重力を無視した軽やかな歩みで私の元へ。

 嫣然とした笑みを浮かべる彼女に手を取られ、導かれるまま八尸さんの机へと向かう。彼女は視線だけで窓ガラスを指し示す。


「おはいり」


 私がガラスへ手を伸ばし、触れようとした、まさにその時である。


 私のポケットから『ノミのワルツ』が鳴り響いた。


 お世辞にも上手と言えぬ生演奏。私は八尸さんの手を振り解き、周囲の机を押し退け彼女と距離を取る。机が床と擦れる無様な音が嫌に響く。八尸さんに疑問をぶつけてやりたかったが、心臓が騒ぎ立てるせいで言葉が出てこない。

 八尸さんは凄絶な笑みを浮かべたまま、大きな舌打ちをした。

 教室の変化に私はすぐさま気がつく。窓ガラスだ。この教室全ての窓ガラスが波打ち、うねり、逆巻き、蠢いてる。現実の埒外であるそれは、粗悪なCGを思わせた。


(従僕めが。)、。(もう、良い。)(良い。)

(悉く堕ちよ)


 八尸さんは何を言っている?

 動画を超高速で再生しているような、ボイスロイド音声のような、とにかく聞き取れない、わからないのだが、こちらへ明確な害意を向けていることだけは理解できる!

 笑みは醜悪さを孕んだ鬼相に変わり、眼光だけで私の両足の動きを封じた。八尸さんの皮を被った何かは右手の人差し指を掲げ、ゆるりゆるりと指先を回す。

 泡立ち、さざめき、液体のように荒れ狂ったガラスがアルミ枠から溢れ出でて私の頭上へ降りかかった。


「今は和暦何年の何月何日ですか!?」


 教室の戸がけたたましく引き開けられると共に、その戸を開いたであろう闖入者が叫んだ。

 ガラスの海は私に触れるすんでのところで固まり、八尸さんでさえその動きを止め闖入者を凝視した。

 闖入者はおそらく、学友である。

 声から背格好全てが学友そのものだ。学友だと断定できない致命的な理由は、彼女は顔に和紙を貼り付けていたせいだ。その和紙には顔の部位を簡略化したような黒線が引かれている。

 私は闖入者の問いに答えられない。あらゆる出来事が性急に起こっていた。

 闖入者が周囲を見渡す。八尸さんを見とめると、闖入者は深く跪拝した。


「反響する硝子の主様、どうかお戻りください」

(なんの真似だ?)


 八尸さんはしばらく顔を顰めていたが、何かに勘づいたらしくその表情が驚愕へと変貌していく。


……?(……そうなのだな?)

「どうかお戻りください」


 媚びも老獪さも抜けた八尸さんの声に、闖入者は淡々と答える。やがて八尸さんは気が触れたとしか思えない高笑いを上げた。


、!(良い、良い!)

(果たせよ、)(娘が惜しくばな!)


 私に殺到していたガラスの海は八尸さんを呑み込み出鱈目な海流を生み出しながら、アルミ枠へと帰ってゆく。水面に物が落ちたような、ガラスが砕け散ったような音を最後に、ガラスどもは整然と元の姿に戻っていた。

 闖入者がふうとひと息、腰が抜けて座り込む私へ声をかけた。


「さ、帰りましょうか」


 私はその言葉を咀嚼するのに時間がかかった。否、咀嚼しても飲み下すことができなかった。


「『驚異』は帰るべき場所へ帰りました。

 あんなに大暴れしたんですもの、しばらくこちらに干渉できますまい。

 なんなら奴が現れたガラスを割りましょうか。何かを飲み込む力も残されてないでしょうから、ただのほうきなんかで割れますよ。

 昔取った杵柄、ほうき捌きは引けを取りません」


 学友らしい語り口だった。


「久々に無駄話でもしながら帰りましょう。まだコーヒーの街は潰れていなかったはずです。もちろん、奢りますよ。

 ……地味に失言している気がしますね。まぁ、いいでしょう。どうせ読み飛ばされます」


 故に眼前の闖入者が恐ろしかった。


「鏡に呑まれた、八尸さんはどうなるんだ」


 上擦り震えた私の声に、闖入者は肩をすくめた。


「ただのクラスメイトじゃないですか」

「巡り合わせでクラスメイトになれた仲なのに」

「あの娘、あなたを嫌ってますよ」

「八尸さんにどう思われてようと関係ない」

「罪悪感から彼女を見捨てられないのですか? 安心なさい。あなたはやがて忘れますよ、彼女の存在ごとね。時間が解決してくれます」

解決(それ)はいつだい?」


 いつのまにかスカートを握りしめていた拳に汗が滲んでいた。


「全部知らんぷりして、家に帰るのが、一番安全で楽なのは、わかる、わかるよ。

 でもさ、絶対、きーくんとおんなじソファでだらだら携帯をいぢったり、お母さんのご飯を食べたりしたら、絶対、『私はクラスメイトを見捨てた奴』って思い出して。

 嫌。今の自分が未来の自分を嫌いになるから、嫌!」


 闖入者は背筋を伸ばしたまま、私の感情の本流を受け止めた。顔は半紙で隠れていたが、何故だか微笑んでいるような気がした。


「仕方がない人ですね。硝子の世界へお供することはできませんが、代わりに最大限のアドバイスを」


 闖入者の言葉にやわらかな温度が宿る。


「女たる者、必ずメイク道具を持っていきなさい。冒険に必須の七つ道具です。中身の確認は忘れずに」


 音もなくスクールバッグを差す闖入者に促され、化粧ポーチを取り出し中身を検分する。ギャゥ(愛称)から薦められた下地、ネットでバズっていたパウダー、我が愛しの弟から修学旅行のお土産たる……。

 思わず闖入者を見やる。闖入者は鷹揚に頷いた。


「でも、これが一体何?」

「私の立場上、教えられないんですよね。

 かわりに歌を送りましょう」


 闖入者は朗々詠う。



このたびは ぬさもとりあへず 手向山 紅葉のにしき 神のまにまに



「百人一首ですね。さ、この歌を詠んだ方はどなたでしょう?」


 遠くでカラスが鳴いている。スピーカーからは時報が鳴った。私の影は教室の机や椅子へと長く長く伸びていく。

 私は弟のお土産を握りしめ、八尸さんが飲み込まれたガラス窓の前に立つ。

 何度深呼吸を繰り返しても、心臓は早鐘のように鳴り続ける。


「……最後にひとつだけ」


 いつの間にか私のかたわらに立っていた闖入者が、私の手を握った。


「あなたはこれからも『驚異』的な出来事に巻き込まれてゆく。そして『驚異』に対し、あなたは英雄的活躍を見せることでしょう。

 それはきっとあなたにとっても、世界にとっても喜ばしいこと」


 闖入者は両手で握った私の手を自身の顔に押し付けた。祈るような仕草だった。


「忘れないでください。

『驚異に対する脅威』たるあなたではなく、「ただのあなた」を愛する存在を。力に溺れる必要なんてない、慈しむべき平凡がそこにあるのです。

 どうか、どうか……」


 闖入者の手を握り返し、何度も何度も頷いた。心音はいつのまにか、平常通りの音を奏でていた。私がアルミサッシに手を掛ける。


「じゃあ、行ってくる」

「いってらっしゃい。

 ……誇るべき、私の親友!」


 闖入者の言葉に背を押され、目をむぎゅっと閉じてえいやとガラスへ飛び込んだ。本来あるべきガラスの硬さはなく、まるでゼリーのようだった。足を伸ばせばすぐに硬い感触。おっかなびっくり目を開く。

 鏡の中は鏡写しのもうひとつの世界が広がっていた。足の硬い感触は古い教室のフローリング、乱れた机は乱れたままに。黒板の日直やら明日の日付は鏡写しにひっくり返る。

 そして教室の角にある掃除用具入れの前に、八尸さんがいた。三角座りで膝の間に顔を埋めており、見ようによっては鞠のよう。

 八尸さんに声をかけようと口を開くと時を同じくして、彼女が面を上げた。八尸さんは口を開く。人間が開けるであろう限界を超えてなお口を開き続け、口端が引きちぎれる音さえ聞こえる。

 八尸さんは絶叫した。

 人間の声ではない。ガラスを釘で引っ掻くような不快極まりない雑音が八尸さんの喉から発せられる。

 耳を塞ぎ、ようやく気がついた。

 八尸さんの体は色素が薄く、つやつやと光り反射していた。まるで鏡のように。


(黙れ小娘)


 その音が響いた途端、鏡の世界の気配が変わる。重鈍で昏い。夜の雑木林を思わせた。八尸さんは絶叫を止め、私はしわがれた声の主から発せられる緊張感のせいで呼吸もままならなくなる。

 この世界の主が現れたのだ。

 主は先生よろしく黒板前で屹立しているらしい。

 私は恐ろしく、主を直視することもできない。足の力が萎え、ぺたりと冷たい床へ尻を落とす。


(ようこそ!)

『』!(『驚異の胎』よ!)


 音に含まれた毒気に当てられ、気分が悪くなる。


(その御身を我に!)

(約束は果たす!)


 改めて理解する。目の前の存在は私の理解の範疇を凌駕していた。相互理解不能な存在に生まれて初めて相対した絶望感に震えが止まらない。

 私は弟からの贈り物を握りしめる。体中の勇気を奮い立たせる。闖入者の言葉を、何度も脳内再生する。


『誇るべき私の親友!』


 私は俯いたまま、弟からの京都土産たる手鏡を、世界の主へ掲げた。


……?(……なんだ?)

@(神聖も宿らぬ鏡で)(私を祓えるとでも?)

(片腹痛し!)

「私を、元の世界へ帰してください。八尸さんも、返してください。お願いです」

(強欲なり!)

(選べ!)

(己れか他者か!)

「お願いです。どうか、どうかお願いです」


 私のどもりがちな声が、鏡の世界に明々ととどろく。


「代わりに、あなたを末永く、お祀りすると誓います。今はお神酒も米も用意できていませんが、近いうちに、必ずご用意いたします。

 どうか、どうか」


 友人が詠んだ歌の詠人は平安の大怨霊たる菅原道真。今は神様として、太宰府天満宮で祀られている。


「どうかお願いします。鏡の神様」


 神は祀られることで神となる。

 私は眼前の悪しき存在を神と呼んだ。


 鏡の世界に亀裂が走る。

 亀裂は机や床だけに止まらない。触れ得ぬ空気やら気配やら、この世界を構成する全てのものがひび割れ砕けた。

 私は体中に亀裂が生じた八尸さんを庇うように抱きしめ、固く目を閉じた。

 壊れゆく鏡の世界で、老獪な音がした。


(月の初めに酒を。)

(ぬからば祟るぞ)


 その音に呼応するが如く目を開くと、私は現実世界の教室の床に、八尸さんと大の字になって横たわっていた。

 私たちは虚像の世界からの生還を果たしたのだ。


「見てた。あっちの世界から、全部」


 いつもの八尸さんの声だった。私が体を起こして彼女を見やる。外の日は落ち、彼女の表情は伺えなかった。


「感謝でもされると思った? 偽善者が。

 救ってやっただなんて思わないで。私はあなたになんて手を差し伸べられたくなかった。もっと別の、素晴らしい他の誰かに助けてもらいたかった。

 あなたが嫌い。大嫌い!」

「……そうだね。君は正しい」


 苦笑することしかできなかった。

 私が視界に入ることすら不愉快らしく、八尸さんは速やかに立ち上がり足早に去っていく。窓ガラスにちらと映った彼女は、傷ついた顔をしていた。



  *



 上記の体験を学友に語り聞かせると、奴はうげぇとドン引きした。


「……つまりあなたは、『驚異』……怪異を神へと祭り上げる、巫女まがいの行為をしたと?

 命知らずにもほどがあります。友達辞めたくなっちゃいますぜ」


 ガラス珍事の翌朝、私の顔を見るや否や涙目で抱きついてきた奴のセリフとは思えない。

 なんならさっきから私の足の小指を執拗に蹴ってくる。なんなんだこいつ。


「あなたにアドバイスおじ行為してきた謎の人物Xは何者なんです? もう少し人物が特定できそうな情報はないですか? 背格好とか声色とか包丁とか鎖鎌とか」

「包丁とか鎖鎌は人的特徴ではなく凶器だなぁ」


 闖入者に関しては、学友にはぼかして伝えてある。闖入者が名乗らなかったし、学友もしらばっくれている様子が見られないからだ。話したら何か面倒ごとが起こる、そんな直感が私の口を重くした。

 授業と授業の間隙。窓からの風がゆるゆる流れる休み時間。

 八尸さんはあいかわらずだ。私を避け、小柄なクラスメイトとの蜜月を保っている。

 人は別世界へ行ったくらいで変わるものではない。それは私がよく知っている。

 学友がほぅとため息をついた。


「鏡の神は、どこに祀るご予定で?」

「考え中だ! おおかた我が煌びやかたる自室に祀ることになるだろう」

「ゴミ部屋をそんなふうに騙るはおよしなさい」


 私は意味もなく手を天へとかざす。


「鏡の世界から生き残った私だもの、何事もなんとでもしてみせるさ」


 そう息巻いていたのが悪かったのかもしれない。この後私は地獄を見る。

 何を隠そう、鏡の神は他の存在との相性が最悪なのだ。

 瓶子やら榊やら仏壇屋で買い込み勉強机に飾りつけたはいいものの、なんだかカルチストみたいな雰囲気が生まれてしまった。我が弟からは「ただただ恥ずかしい」とのお言葉を賜る。

 まぁ、これはいい。

 問題なのは、神をどっかに追っ払えと言わんばかりに『ノミのワルツ』が鳴り響くことだ。しかも2時や3時やらのド深夜に。

 なんとか眠りついても鏡の神の音が眠りを妨げるのだ。もちろん全く理解できないが、バチギレしていることだけは理解できた。

 仕方なしに歳神様や氏神が祀られている一階の神棚に鏡を祀ると、翌日屋根違い三社の一部が焦げ神器が割れる大惨事に見舞われる。無論火気は付近にない。

 信心深い父は懇意である宮司さんをお呼びし、ご祈祷願う運びになってしまった。

 もはや鏡の神を実家に祀る能わず。

 睡眠不足と懊悩で頭がおかしくなり、校舎をあてどなく徘徊していた。すると体育館と校舎を繋ぐ渡り廊下の赤い鳥居が目に入る。

 我らが母校は偏差値がボトムスであれば治安もボトムス。ゴミを教室はもちろん、廊下やら校庭やらに投棄する輩多数。

 そこで時の生徒会長が一計を案じる。

 ゴミの多かった各所に薄っぺらチープな鳥居を設置したのだ。おかげでゴミのポイ捨てが激減したとかしないとか。

 猛り狂った頭脳に稲光が落ちる。


 ここが神社や。神域や。


 私の行動は早かった。血涙を滂沱と流しながら秘蔵のお年玉で中神明を購入、弟を引き連れ深夜の学校へ不法侵入、鳥居の前にお社(in鏡の神)を放棄するという荒技をしてみせた。

 安置場所が見つかり肩の荷が降りた開放感で天にも昇る心地だったが、一晩経つと不安で吐きそうになった。

 私がお社を不法投棄した首魁とバレたらどうなるんだ? ゴミと見做され処分されたら? 世のため人のためそれが一番な気もするが、祟られたらどうしよう。

 ゲボ出そうになりながら登校すると、なんということだろう、誰もそのお社に気づいていないのである。よくよく考えればゴミが捨てられがちな死角となっている場所に、小ぶりなお社が現れてもさほど目立たない。

 1ヶ月程過ぎた今も廃神の機運は遠い。職員生徒は、景色の一部としてお社を受け入れたらしい。

 私と学友は1週間に1度ほどお社の掃除と周辺の雑草抜きをするようになった。

 我々は体育館からかっぱらってきた竹箒片手に、今日も掃除に邁進する。まぁ暇なのでね。


「鏡の神からのお告げは落ち着いたのですか?」

「おかげさまで。睡眠の有り難みを噛み締めている。ただまぁ、目下の課題はお供物だな」

「詳しくお聞かせくださいな」

「未成年。酒買えない。年確で引っかかる」

「なるほど、それは中々に難敵ですね」

「親父の発泡酒くすねてお供えしたら次の日の朝、部屋に発泡酒ぶちまけられてた。もう服から本から酒臭くて酒臭くて。

 酒供えなければ供えないで、お得意の睡眠妨害だ」

「舌が肥えた神様はむつかしいですねぇ」

「長期的な課題は卒業後のお社の管理だ。いや、私の入学先なり就職先なりにお連れすればいいのだけれども……。またどこにお祀りするの問題に数年後ぶち当たるとなると胃が痛い」

「あぁ、それに関しては私の方でアイディアがあります。あなたの名前を借りたり、多少お手を煩わせることになりますが」


 草刈り鎌で雑草の根を駆逐する学友のうなじには汗が流れている。私は鎌をかけてみることにした。


「実は君って未来人だったりしないかい」

「はいはい。今は和暦何年の何月何日ですか?」

「そういうのじゃなくてぇ」


 学友の名前を見、私は初手「君は未来人だな?」とウザ絡みをした。

 学友の名前は「渡来(わたらい)未来(みらい)」。

 未来より渡り来る者。

 わざとらしいほどに未来人ネームである。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

ブクマ・感想・評価、何卒よろしくお願いします!

明日もふんわりこのくらいの時間に投稿します〜

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