第七話 首都破断
八月十七日、午後六時。
東京の空は、夕焼けに染まっていた。
その色は、不気味なほど美しかった。西の空に残る橙色が、ビルのガラスに反射し、首都高速の高架を鈍く光らせている。人々はスマートフォンを見ながら歩き、駅の改札を抜け、コンビニで水とおにぎりを買い、家路を急いでいた。
南海トラフ巨大地震から三日。西日本の太平洋沿岸は、いまだ救助と混乱の中にあった。高知、徳島、和歌山、三重、愛知、静岡、宮崎、大分、愛媛。泥と瓦礫の中で、自衛隊、消防、警察、海上保安庁、自治体職員、医療者、そして住民たちが、七十二時間を越えてもなお命を探し続けていた。
だが、首都圏は完全には止まっていなかった。
止まれなかった、と言った方が近い。
東京は、国の中枢であり、物流の結節点であり、金融の心臓であり、行政の神経だった。西日本へ向かう支援物資、医療チーム、応援職員、海外支援の受け入れ調整、その多くが首都圏を経由していた。ここが止まれば、西の救助も遅れる。
だから、東京は動いていた。
動きながら、怯えていた。
相模トラフ付近の群発地震は、前夜から止まったままだった。南海トラフ震源域の余震も、この日の午前八時以降、目立った活動を見せていない。ニュースはその静穏化を伝えたが、政府と専門家は繰り返した。
『揺れが減っても、備えは減らさない。』
それでも、人の心は都合よく静けさを解釈する。
何も起きないのではないか。
最悪は過ぎたのではないか。
東京湾岸のマンションで、会社員がベランダから夕焼けを見ていた。江東区の運河は穏やかだった。品川駅では、帰宅を急ぐ人波が戻りつつあった。横浜港では、南海トラフ被災地への物資積み替え調整が続いていた。川崎の工業地帯では、燃料、薬品、電力、通信、全ての安全確認が強化されていた。
千葉県浦安市では、家族連れが非常用リュックを玄関に置き、母親が言った。
「今日は、このまま置いておこうね」
子どもが聞いた。
「また地震くるの」
「分からない」
「分からないのに準備するの」
「分からないから準備するの」
その言葉は、今の日本そのものだった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後六時二十分。
T大学地震火山研究センター。
青見怜一は、相模トラフ周辺の観測データを見続けていた。前夜から止まった群発地震。午前八時から止まった南海トラフ震源域の余震。地震活動が静かになる一方で、海底地殻変動とひずみ計の一部には、微小だが説明しにくい変化が残っていた。
藤崎は、机に両手をつき、画面を見ていた。
「先生、やはり相模湾口の変位が残っています」
「房総南方沖も見ろ」
「はい。こちらも、わずかですが同じ傾向です」
「ノイズではないな」
「複数点で出ています」
青見は、唇を結んだ。
言葉にすれば、社会へ出ていく。
言葉にしなければ、警告が届かない。
だが、今の段階で「相模トラフが動く」とは言えない。地震予知ではない。そこまでの科学的根拠はない。けれど、南海トラフ巨大地震で変わった応力場、相模トラフ付近のスロースリップ、群発、停止、そして南海側余震の停止。地震学者として、全てを偶然と片づけることはできなかった。
青見は、官邸への所見を更新した。
「相模トラフ付近の観測については、静穏化をもって安全側に評価すべきではない。
首都圏湾岸部、相模湾沿岸、東京湾奥、房総南部、伊豆東部については、津波避難、帰宅困難者、港湾部火災、地下空間浸水の確認を継続すべき。
ただし、現段階で大規模地震発生を断定するものではない。」
送信。
青見は、背もたれに体を預けた。
藤崎が言った。
「先生、少し休んでください」
「休めると思うか」
「思いません」
「なら言うな」
藤崎は苦笑しなかった。笑う力も残っていない。
その時、画面上の相模トラフ周辺は、まだ静かだった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後六時四十五分。
官邸危機管理センターでは、南海トラフ被災地の救助、海外支援受け入れ、首都圏警戒の三つが同時に進んでいた。
高嶺紗枝首相は、机に置かれた三枚の地図を見ていた。
一枚目は、西日本太平洋沿岸の被災地図。
二枚目は、支援物資と部隊展開の地図。
三枚目は、相模湾、東京湾、房総半島、首都圏湾岸部の地図だった。
羽鳥真紀危機管理監が報告した。
「相模トラフ周辺について、青見委員から追加所見です。静穏化を安全側に評価すべきではない。首都圏湾岸部、相模湾沿岸、東京湾奥、房総南部、伊豆東部について、津波避難、帰宅困難者、港湾火災、地下空間浸水の確認継続を推奨」
高嶺は頷いた。
「首都圏自治体には」
「東京都、神奈川県、千葉県、静岡県には共有済みです。警視庁、東京消防庁、各県警、消防、自衛隊東部方面隊にも警戒強化として共有しています」
小森進一防衛大臣が、防衛省から回線で言った。
『東部方面隊の即応確認は済ませています。南海トラフ被災地へ展開中の部隊を戻すわけにはいきませんが、首都圏事案に対応するため、東部方面隊、東北方面隊の一部、関連師団に準備を指示しています。中部方面隊は西日本対応を維持しつつ、東海・関東境界の支援も見ています』
高嶺は確認した。
「この段階では、まだ災害派遣要請ではありませんね」
『はい。監視と準備です』
片倉皐月財務大臣が言った。
『首都圏で買い占めが増え始めています。水、携帯トイレ、電池、ガソリン。大規模な混乱には至っていませんが、今夜の発信が重要です』
橘官房長官が会見案を示した。
「午後七時半に、備え確認と被災地支援優先の発信を予定しています」
高嶺は壁の時計を見た。
午後六時四十八分。
「七時半」
彼女は小さく繰り返した。
その時刻に、自分が何を発信することになるのか、まだ誰も知らなかった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後七時十五分。
東京湾岸には、夕闇が降り始めていた。
品川駅のコンコースでは、帰宅する会社員と支援関係者が入り交じっていた。大きなリュックに医療資材を入れたDMAT隊員が、新幹線の運行情報を確認している。西へ向かうはずの応援職員は、乗り継ぎの遅れで焦っていた。
江東区の臨海部では、防災担当の区職員が避難所と水門の確認に追われていた。東京湾に津波が来るとしても、南海トラフのような即時ではない。だが、湾奥の地形は波を複雑にする。地下空間、運河、低地、埋立地。安全と思い込むには、東京の水辺はあまりに脆かった。
横浜港では、南海トラフ被災地向け物資の積み替えが続いていた。作業員の一人が、海を見ながら言った。
「今日は静かだな」
別の男が答えた。
「静かな海ほど怖いって、向こうの人が言ってた」
「相模湾、ほんとに何もないのかね」
「何かあったら、ここもただじゃ済まない」
川崎の工業地帯では、非常停止手順が再確認されていた。火災、液状化、タンク損傷、津波、停電。南海トラフ被災地への燃料供給を支える地域が、同時に被災すれば、救助そのものが揺らぐ。
千葉県浦安市の家庭では、父親がテレビを消して言った。
「ニュースばかり見てると疲れるな」
母親が、非常用リュックを玄関に寄せた。
「でも、今日はこのまま寝よう」
子どもが窓の外を見た。
「海、近い?」
母親は、少しだけ黙った。
「近いよ。だから、もし揺れたら上に行くよ」
「どこ」
「このマンションの上。階段で」
「エレベーターじゃないの」
「地震の時は使わない」
子どもは頷いた。
その会話が、数分後に現実になるとは、誰も思っていなかった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後七時二十八分。
相模トラフのプレート境界が、剥がれた。
最初に異常を捉えたのは、海底地震計だった。相模湾口から房総半島南方沖にかけて、長周期の大きな信号が立ち上がる。次に、強震計が一斉に振り切れた。神奈川県南部、伊豆東部、千葉県南部。直後、関東平野全体が、巨大な盆のように揺れ始めた。
T大学の研究室で、青見は立ち上がった。
「相模だ」
藤崎が画面を見て叫ぶ。
「先生、これ」
「本震だ!」
数秒後、研究室そのものが大きく揺れた。棚が倒れ、モニターが机の上を滑る。東京の揺れは、直下の鋭さと海溝型の長さを併せ持っていた。突き上げ、横揺れ、長周期。複数の揺れが重なり、建物の骨を鳴らした。
――――
緊急地震速報
神奈川県 震度7
東京都 震度6強
千葉県 震度6強
静岡県 震度6強
強い揺れに警戒
――――
品川駅では、天井板の一部が落ち、改札前の人波が一斉にしゃがみ込んだ。悲鳴、警報音、ガラスの割れる音、停電の瞬間のざわめき。エスカレーターが緊急停止し、ホーム上の列車が大きく揺れた。
江東区の湾岸マンションでは、家具が壁に叩きつけられ、食器棚が開き、非常用リュックが玄関で倒れた。母親は子どもを抱え、床に伏せた。
「頭を守って!」
「怖い!」
「大丈夫、ここにいて!」
大丈夫ではなかった。
だが、そう言わなければ、子どもが壊れてしまいそうだった。
横浜市内では、古い建物が崩れ、坂道で石垣が落ち、港湾部のクレーンが大きく揺れた。川崎の工業地帯では、配管が破断し、非常停止装置が作動し、警報灯が赤く回った。
千葉県南部では、強い揺れで家屋が倒壊し、館山港周辺で地盤が沈み、道路に亀裂が走った。
東京湾岸の埋立地では、液状化が始まった。地面から水と砂が噴き出し、道路標識が傾き、マンホールが浮き上がる。浦安市、江東区、品川区、港区、川崎市、横浜市。湾岸都市が、足元から水を吐き始めた。
官邸も揺れた。
危機管理センターの照明が大きく揺れ、天井の一部が軋んだ。高嶺紗枝首相は机に手をつき、体を支えた。警護官が叫ぶ。
「総理、姿勢を低く!」
高嶺は片膝をついたまま、画面を見た。
相模湾。
東京湾。
首都圏。
全てが赤く染まっていく。
「来た……」
その声は、誰にも聞こえないほど小さかった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後七時三十一分。
気象庁の第一報が出た。
午後七時二十八分
震源地 相模トラフ 暫定マグニチュード8・5 最大震度7
数十秒後、津波警報が追加された。
――――
大津波警報
神奈川県 東京都湾岸部
千葉県東京湾沿岸
静岡県東部 相模湾沿岸
ただちに高台・上階へ避難
――――
相模湾沿岸では、鎌倉、逗子、葉山、小田原、熱海、伊豆東部で防災無線が鳴り響いた。だが、揺れの直後で、道路はすでに混乱していた。
鎌倉市では、海沿いの観光客と住民が一斉に高台へ向かった。腰越漁港周辺では、漁船が係留索を軋ませ、港の水位が不気味に引き始めた。
「海が引いてる!」
「見るな! 逃げろ!」
消防団員が叫ぶ。
小町通り周辺では、停電した店舗から人が外へ出ていた。スマートフォンの警報音が重なり、どこへ逃げればいいのか分からない観光客が立ち尽くす。
地元の女性が叫んだ。
「山の方! こっち! 海と逆!」
東京湾では、津波到達まで相模湾沿岸より時間がある。だが、湾内に入った波は形を変え、速度を変え、場所によって増幅する。水門、運河、河口、地下空間、港湾施設、空港、工業地帯。首都が海と接していることを、誰もが突然思い出した。
☆☆☆ ☆☆☆
午後七時四十分。
官邸危機管理センター。
揺れが完全には収まらない中、高嶺紗枝首相は立ち上がった。
「被害状況」
羽鳥危機管理監が、揺れる声を押し殺して答えた。
「東京都、神奈川県、千葉県、静岡県で震度6強以上。神奈川県で震度7。東京二十三区で広範囲に震度6弱から6強。停電、通信障害、鉄道停止、火災、建物倒壊、液状化、エレベーター閉じ込め多数。東京湾、相模湾に大津波警報」
「自衛隊」
小森防衛大臣が防衛省から回線で応答した。画面は一部乱れていた。
『東部方面隊を基幹に首都圏災害派遣準備。中部方面隊は東海側と西日本対応を維持しつつ、可能な部隊を調整。東北方面隊の各師団にも首都圏支援準備を指示。南海トラフ被災地へ展開中の第3師団、第十師団、第八師団、第十四旅団の任務も継続中で、部隊配分が極めて厳しい』
高嶺は、短く言った。
「大規模地震災害特別措置法に基づく災害派遣要請を出します。対象は相模トラフ・首都直下地震地域。東部方面隊、中部方面隊、東北方面隊の各師団、必要な航空・海上部隊。法的整理を今すぐ」
羽鳥が頷く。
「はい」
片倉皐月財務大臣が、財務省非常対策室から回線で言った。
『首都圏被災により、金融、決済、物流、燃料、通信、行政機能への影響が出ます。財務省も庁舎被害確認中ですが、非常決裁体制を維持します』
橘官房長官が言う。
「総理、声明を」
「出します。今すぐ」
「揺れが続いています」
「だから出します」
高嶺は演台へ向かった。
南海トラフ巨大地震から三日。救助の最中に、首都圏が被災した。国家の中枢が揺れ、支援の拠点が揺れ、救助の後方が揺れた。
それでも、政府は止まれない。
――――
内閣総理大臣声明
相模トラフ巨大地震発生
首都圏に大きな被害
東京湾・相模湾沿岸は避難
――――
『午後七時二十八分、相模トラフを震源とする極めて大きな地震が発生しました。神奈川県で震度7、東京都、千葉県、静岡県などで非常に強い揺れを観測しています。東京湾、相模湾沿岸には大津波警報が発表されています。沿岸部、河口、運河、低い土地、地下空間にいる方は、ただちに高台または頑丈な建物の上階へ避難してください』
高嶺の声は、いつもより低かった。
『政府は、大規模地震災害特別措置法に基づき、内閣総理大臣から自衛隊へ災害派遣を要請しました。東部方面隊、中部方面隊、東北方面隊を含む各部隊が、警察、消防、海上保安庁、自治体、医療機関と連携し、人命救助に当たります』
記者の一部は会見室に入れず、通信も乱れていた。質問は受け付けられなかった。
『南海トラフ被災地への救助も継続します。日本は今、二つの巨大災害に同時に向き合っています。どうか、命を守る行動を最優先にしてください。津波は一度で終わりません。戻らないでください。エレベーターを使わず、地下から離れ、火災と余震に警戒してください』
声明は、テレビ、ラジオ、ネット、自治体防災無線、防災アプリを通じて流れた。
だが、届かない場所も多かった。
停電した地下街。
閉じ込められたエレベーター。
通信が途絶えた湾岸倉庫。
津波避難で階段を駆け上がる人々。
そこでは、声が届く前に、体が動くかどうかが命を分けていた。
☆☆☆ ☆☆☆
午後八時。
首都圏の鉄道は、ほぼ全面停止していた。
東京駅、新宿駅、品川駅、渋谷駅、池袋駅、横浜駅、川崎駅、千葉駅。構内には、帰宅できない人々が溢れた。天井材の落下、停電、ホーム上の安全確認、線路点検、余震警戒。駅員は拡声器で叫び続けた。
「落ち着いてください! 改札付近に立ち止まらないでください!」
「地下通路から地上へ誘導します!」
「津波警報が出ている湾岸部へは向かわないでください!」
だが、人は家族のもとへ帰りたがる。特に今夜はそうだった。西日本の災害を見ていた人々は、自分の家族がどこにいるか分からないことに耐えられなかった。
品川駅の構内で、若い女性が泣きながら電話をかけていた。
「お母さん、出て、お願い」
つながらない。
近くの男性が言った。
「回線混んでます。災害用伝言板、使えますか」
「分からないです」
「一緒にやります」
見知らぬ人が、見知らぬ人の画面を見ながら、安否登録を手伝った。
東京は冷たい街だと言われる。
だが、災害の夜、人々は隣の人の震える手を見捨てられなかった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後八時二十分。
神奈川県鎌倉市。
津波が相模湾沿岸へ押し寄せた。
鎌倉の海岸に近い低地では、避難が間に合わなかった車が流された。腰越漁港周辺では、津波が防波堤を越え、船を持ち上げ、住宅地へ水と瓦礫を押し込んだ。
高台に逃げた人々が、暗い海の方から響く轟音を聞いていた。
消防団員が叫ぶ。
「下を見るな! 人数確認!」
「佐々木さんの家族は!」
「来てる!」
「観光客、こっちに集めて!」
観光客の一人が、泣きながら言った。
「ホテルに荷物が」
地元の男性が怒鳴った。
「命が先だ!」
その怒鳴り声は、乱暴だった。
だが、その乱暴さでしか止められない行動があった。
小田原、逗子、葉山、熱海、伊東。相模湾沿岸の各地で、津波は港を壊し、低地を浸し、夜の海を恐怖に変えた。
☆☆☆ ☆☆☆
午後八時四十五分。
東京湾の水位が、異常に動き始めた。
港区、江東区、品川区、中央区、浦安市、船橋市、千葉市、木更津市、川崎市、横浜市。湾岸部の自治体は、防災無線と緊急速報で避難を呼びかけた。
――――
大津波警報
東京湾沿岸
港湾部・河口・運河から退避
地下空間から直ちに避難
――――
江東区の地下駐車場では、係員が車を置いて地上へ上がるよう叫んでいた。
「車は置いてください! 地上へ! 階段へ!」
「車が」
「車より命です!」
港区のオフィスビルでは、警備員が地下フロアの飲食店を回った。
「津波警報です! 地下から出てください!」
外国人観光客が意味を理解できずに立ち止まる。近くの会社員が英語で叫んだ。
「Upstairs! Now! Tsunami warning!」
言葉は完璧ではなかった。
だが、通じた。
羽田空港では、滑走路と連絡橋、ターミナル、地下設備への影響確認が始まった。離着陸は停止。空港内にいる人々は上階へ誘導された。窓の向こうで、東京湾の暗い水面が不規則に動いていた。
川崎と横浜の港湾部では、作業員が高所へ避難し、港湾クレーンの影が非常灯に照らされて揺れていた。
☆☆☆ ☆☆☆
午後九時。
防衛省中央指揮所。
小森進一防衛大臣は、二つの巨大災害を前にしていた。
西日本では、南海トラフ巨大地震の救助が続く。七十二時間を越え、なお生存者を探している。そこへ、相模トラフ・首都直下地震が発生した。首都圏の倒壊、火災、津波、液状化、帰宅困難者、医療逼迫。東部方面隊だけでは足りない。中部方面隊も西日本対応で手一杯。東北方面隊からの支援が必要になる。
統合幕僚長が報告した。
「東部方面隊、首都圏救助へ展開。第一師団、第十二旅団、関連部隊が警視庁、東京消防庁、神奈川、千葉、静岡各県と連携。東北方面隊の一部師団に南下準備。中部方面隊は東海側と南海トラフ被災地支援を継続しつつ、静岡東部支援へ調整。航空自衛隊は入間、百里、浜松、小松、築城などの使用可否を確認中。海自は横須賀、呉、佐世保の被害と出動可能艦艇を確認」
小森は、拳を握った。
「南海トラフ側の救助を削りすぎるな」
「しかし首都圏も甚大です」
「分かっています。だから統合運用です。今いる命を、地域で比べるな。到達可能性、救命可能性、被害規模、二次災害リスクで配分する」
言うのは簡単だった。
現実には、全て足りない。
隊員が足りない。
ヘリが足りない。
燃料が足りない。
道路が足りない。
時間が足りない。
小森は、部隊向けの発信文を見た。
《相模トラフ巨大地震に対し、政府から大規模地震災害特別措置法に基づく災害派遣要請が発出されました。東部方面隊を基幹に、中部方面隊、東北方面隊の各部隊と連携し、首都圏、相模湾、東京湾沿岸の人命救助に当たります。南海トラフ被災地での救助も継続します。》
小森は、一文を足した。
《隊員の皆さん。二つの巨大災害を前に、全てを救いたいという思いが皆さんを苦しめるはずです。しかし、一人で全てを背負ってはいけません。部隊で背負い、任務でつなぎ、休息を取りながら、次の命へ向かってください。》
送信。
彼は画面から目を離さなかった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後九時三十分。
東京都内各地で火災が発生していた。
古い木造住宅密集地、停電後の通電火災、ガス漏れ、工場火災、車両火災。消防は出動したが、道路は渋滞、液状化、倒壊物、落橋、群衆で塞がれていた。
東京消防庁の指令センターでは、通報が溢れていた。
『火が出ています! 隣の家に燃え移りそうです!』
『エレベーターに閉じ込められています!』
『地下に水が入ってきてます!』
『母が倒れています、救急車を』
全てに同時には行けない。
指令員は、声を保とうとしていた。
「住所を教えてください」
「今いる階を教えてください」
「火元から離れてください」
「津波警報が出ています。地下から出てください」
ある指令員は、電話を切った後、数秒だけ目を閉じた。次の瞬間、また着信が入る。
受ける。
声を出す。
助けを求める声を、ひとつも聞き逃したくない。
だが、全てには届かない。
首都の通報は、災害そのもののように押し寄せていた。
☆☆☆ ☆☆☆
午後十時十五分。
横浜市港湾部。
陸上自衛隊東部方面隊の先遣部隊が、警察、消防、海上保安庁と合流した。津波警報が継続しているため、低地への進入は制限される。港湾倉庫の一部が損傷し、液状化で道路が波打ち、コンテナが崩れていた。
隊長の神崎二佐は、現地指揮所で地図を広げた。
「沿岸低地は津波監視員を置く。進入は短時間。火災区域は消防指揮下で支援。倒壊倉庫の生存反応確認を優先。東京湾の水位変動に注意」
若い隊員が言った。
「南海の方にも、まだ部隊が」
神崎は、彼を見た。
「そうだ」
「自分たちがこっちにいる間、向こうは」
「向こうにも仲間がいる」
「でも、足りないんじゃ」
「どちらも足りない」
神崎は、言葉を切った。
「だから、ここで一人でも多く救う。比べるな。目の前の命を救え」
その時、港湾倉庫の奥から金属音がした。
全員が動きを止める。
コン、コン。
神崎が叫んだ。
「生存反応あり! 支柱、照明、担架準備!」
首都圏の災害派遣が、本格的に始まった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後十一時。
官邸危機管理センター。
被害情報は、雪崩のように積み上がっていた。
神奈川県沿岸、相模湾津波被害。東京湾岸部、津波水位上昇と浸水。羽田空港、滑走路・設備確認中。品川、港、江東、中央、浦安、船橋、千葉、木更津、川崎、横浜で液状化、道路冠水、地下空間浸水、建物被害。東京都内で火災多数。鉄道全停止。帰宅困難者多数。病院被害、停電、通信障害。エレベーター閉じ込め多数。
高嶺紗枝は、報告を聞きながら、南海トラフ被災地の画面も見ていた。
西日本の救助要請は、消えていない。
首都圏の救助要請が、新たに重なっただけだった。
羽鳥が言った。
「総理、優先順位の再設定が必要です」
「地域で分けないでください」
「はい。救命可能性、到達可能性、被害規模、二次災害リスクで統合します」
「南海トラフ側の七十二時間超救助も続ける。首都圏側は初動の黄金時間。どちらも重要です」
橘官房長官が、深夜声明の案を示した。
「国民向けに、帰宅困難者対応、津波避難、火災、デマ防止を」
高嶺は頷いた。
「出します。加えて、首都圏の人に言ってください。無理に帰らない。湾岸へ戻らない。地下に戻らない」
片倉が財務省から言った。
『金融決済と市場対応は、明朝までに非常措置を整理します。被災地支援の支払い、自治体への資金繰り、金融機関の営業継続、全て非常モードです』
高嶺は、ふと小さく言った。
「国が折れそうですね」
誰も返事をしなかった。
しかし、彼女はすぐに顔を上げた。
「折らせません!」
その一言で、会議室の空気が少しだけ戻った。
☆☆☆ ☆☆☆
八月十八日、午前零時。
首都圏は、帰宅困難者の夜に入った。
東京駅周辺、新宿、渋谷、池袋、品川、横浜、川崎、千葉。駅のシャッターが一部閉じられ、構内や周辺施設が一時滞在場所として開放された。だが、人数は多すぎた。水、トイレ、情報、電源、座る場所。全てが不足した。
東京都は、無理な帰宅を控えるよう呼びかけた。
《徒歩帰宅は危険です。火災、余震、液状化、道路損傷、津波警報に注意してください。安全な場所で待機してください。》
それでも、歩き始める人々がいた。
「家に子どもがいるんです」
「親と連絡が取れない」
「ここにいても不安だから」
警察官が止める。
「湾岸方面には向かわないでください!」
「でも家が」
「津波警報が出ています! 戻れません!」
人々の不安は、理屈で完全には止まらない。
だが、止めなければ死ぬ。
夜の東京で、警察官、消防団、自治体職員、駅員、警備員、そして見知らぬ市民同士が、人の流れを少しずつ安全な方向へ押し戻していた。
☆☆☆ ☆☆☆
午前一時二十分。
神奈川県鎌倉市の高台。
津波から逃げた人々が、暗い山側の避難場所に集まっていた。相模湾からは、まだ不規則な水の音が聞こえる。誰も下へ戻れない。
地元消防団員が、懐中電灯を手に点呼を取っていた。
「腰越一丁目、名前を呼びます!」
「はい!」
「はい!」
観光客のグループは、名簿に名前がない。宿泊先も分からない。スマートフォンの電池は残り少ない。地元の女性が紙に名前を書かせていた。
「ここに名前と泊まってる場所、分かれば家族の連絡先」
「すみません」
「謝らなくていい。生きてるだけでいい」
その言葉を聞いた若い観光客が、泣き出した。
「海を見ようとしてました」
「見に行かなくてよかった」
「地元の人が怒鳴ってくれて」
「怒鳴る人は、助けたい人よ」
その近くで、消防団員が海を見ていた。下には、戻れない町がある。行方不明者もいる。
それでも、今は上にいる人を守る。
下へ行ける時が来るまで、守る。
☆☆☆ ☆☆☆
午前二時。
防衛省では、東部方面隊と東北方面隊の部隊展開が本格化していた。
東北方面隊から南下する部隊は、道路状況を確認しながら首都圏へ向かう。東部方面隊は、東京、神奈川、千葉、静岡東部に分散。中部方面隊は、南海トラフ被災地と静岡東部の境界を支える。航空自衛隊は、入間、百里、浜松、横田との調整を行い、海上自衛隊は横須賀、呉、佐世保の被害確認と救援輸送を進める。
小森進一は、統幕長に言った。
「南海トラフ側の現場指揮官に、首都圏被災を伝える時は慎重に。彼らは、自分たちの支援が削られると思う」
「実際、配分調整は必要です」
「だからこそ、言葉が必要です。見捨てるのではない。全国で救助をつなぐのだと」
「了解しました」
その頃、宮崎県日南市の成瀬一尉にも、首都圏地震の情報が届いていた。
副官が報告する。
「相模トラフでマグニチュード8・5。首都圏で震度7。東京湾、相模湾に大津波警報。東部方面隊が出動」
成瀬は数秒黙った。
「東京が」
「はい」
若い隊員が言った。
「こっちの支援は、減るんですか」
成瀬は隊員たちを見た。
「減る部分もあるかもしれない」
空気が重くなる。
「だが、俺たちの任務は変わらない。ここで救う。首都圏では別の仲間が救う。日本中で任務を分ける。それだけだ」
三曹が静かに頷いた。
「目の前の命、ですね」
「そうだ」
成瀬は答えた。
「目の前の命だ」
☆☆☆ ☆☆☆
午前三時十五分。
横浜市港湾部。
神崎二佐の部隊は、倒壊した港湾倉庫から一人目の生存者を救出した。倉庫作業員の男性だった。胸を強く打ち、足を骨折しているが、意識はある。
「外です。もう大丈夫です」
若い隊員が声をかける。
男性は、酸素マスク越しに言った。
「中に、まだ二人」
隊員たちの顔が変わる。
神崎が命じた。
「再検索。二次倒壊注意。津波監視、継続」
その時、余震が来た。
午前三時十七分
震源地 相模湾沖 暫定マグニチュード6・4 最大震度5強
倉庫の鉄骨が軋み、コンテナがずれる音が響いた。
「退避!」
隊員たちは一斉に後退した。若い隊員が振り返る。
「まだ中に」
神崎が叫ぶ。
「戻るな!」
「でも二人」
「揺れが収まってからだ!」
若い隊員の顔に悔しさが滲んだ。
神崎は、彼の肩を掴んだ。
「死んで助けるな。生きて助けろ」
揺れが収まる。
「安全確認、支柱追加。再進入は俺が許可してから」
「はい!」
首都圏の自衛官たちもまた、同じ苦悩に入っていった。
救いたい。
だが、行けば死ぬ。
待てば、間に合わないかもしれない。
その狭い裂け目の上で、判断を続ける。
☆☆☆ ☆☆☆
午前四時。
官邸の廊下では、職員が床に座り込んで数分の仮眠を取っていた。会議室の隅では、食べかけの非常食と冷めた紙コップの茶が置かれている。誰も片づける余裕がない。
高嶺紗枝は、危機管理センターの奥で、羽鳥に促されて五分だけ椅子に座った。目を閉じた瞬間、南海トラフの瓦礫、相模湾の津波、東京湾の液状化、首都高速の崩落、避難所の子ども、自衛官の泥だらけの手が、同時に浮かんだ。
眠れるはずがなかった。
彼女は目を開けた。
「五分経ちましたか」
羽鳥が時計を見た。
「二分です」
「十分です」
「十分ではありません」
「今は十分にします」
羽鳥は何か言おうとして、やめた。
高嶺は立ち上がった。
「午前五時に、首都圏と南海トラフ被災地の統合支援方針を出します」
「はい」
「重点は、人命救助、津波避難継続、火災制圧、医療搬送、帰宅困難者、港湾・空港機能、通信復旧」
「整理します」
高嶺は、ふと小さく言った。
「これだけ重なっても、国は一つずつしか救えないのですね」
羽鳥は答えた。
「一つずつ救うしかありません」
高嶺は頷いた。
「なら、一つずつ救いましょう」
☆☆☆ ☆☆☆
午前五時。
夜明け前の声明が出された。
――――
政府統合支援方針
南海トラフ被災地救助継続
首都圏地震救助開始
津波・火災・帰宅困難に警戒
――――
『政府は、南海トラフ巨大地震の被災地における救助を継続するとともに、相模トラフ巨大地震による首都圏被害に対し、大規模地震災害特別措置法に基づく災害派遣を実施しています。東部方面隊、中部方面隊、東北方面隊の各部隊が、警察、消防、海上保安庁、自治体、医療機関と連携し、人命救助に当たっています』
高嶺は、カメラを見た。
『首都圏の皆様。無理に帰宅しないでください。津波警報が続く地域、湾岸部、河口、運河、地下空間には近づかないでください。火災、余震、液状化、停電に警戒してください。南海トラフ被災地の皆様。救助は続いています。政府は支援を止めません』
彼女は、言葉を切った。
『救助に当たる皆さん。あなた方が今、二つの巨大災害の重さを背負っていることを、政府は知っています。一人で背負わないでください。部隊で、組織で、国で背負います。生きて、次の命へ向かってください』
この言葉は、防衛省を通じて現場にも共有された。
宮崎で、成瀬一尉はそれを無線で聞いた。
横浜で、神崎二佐は瓦礫の前で聞いた。
高知で、森下三曹は避難所の隅で聞いた。
彼らは、それぞれ違う場所で、同じように黙っていた。
一人で背負わない。
そう言われても、背負ってしまう。
だが、言葉があるだけで、ほんの少しだけ肩の位置を変えられることがあった。
☆☆☆ ☆☆☆
午前六時。
夜が明け始めた。
首都圏の被害が、光の下に現れた。
横浜港のコンテナ群は崩れ、岸壁には亀裂が走っていた。川崎の工業地帯では、火災の煙が低く漂い、消防が延焼を食い止めていた。東京湾岸の道路は液状化で波打ち、車が傾き、マンホールが浮いていた。江東区や港区、品川区の一部低地では、津波と内水による浸水が残っていた。浦安、船橋、千葉、木更津でも湾岸部に被害が出ている。
羽田空港では、滑走路と施設被害の確認が続き、一部区域で浸水と液状化が報告されていた。航空輸送の要である空港が制限されることは、南海トラフ被災地への支援にも影響した。
鎌倉、逗子、小田原、熱海、伊東、南房総。相模湾と房総沿岸では、津波による被害が広がっていた。
東京中心部では、高層ビルのエレベーター停止、天井落下、火災、帰宅困難者、通信障害が重なった。地下鉄は停止し、地下街からの退避は夜通し続いた。病院は負傷者で溢れ、発電機と非常電源の確認に追われた。
それでも、朝は来た。
朝が来ることは、救いではなかった。
被害を見せる光だった。
☆☆☆ ☆☆☆
午前六時四十五分。
横浜市港湾部の倒壊倉庫。
神崎二佐の部隊は、夜通しの救助で二人目の生存者を発見した。狭い空間に閉じ込められた若い女性作業員だった。足を挟まれ、脱水が始まっている。
「水……」
彼女がかすれた声で言った。
衛生隊員が答える。
「少しずつです。今出します」
若い隊員が、彼女の手を握った。
「もう少しです。外は明るくなってます」
「朝?」
「はい。朝です」
女性の目から涙が落ちた。
「生きてる?」
「生きてます」
その言葉を言った隊員自身が、泣きそうになっていた。
神崎は、搬出経路を確認した。
「余震監視。支柱保持。三、二、一で引く」
搬出成功。
外へ出た女性は、朝の光を見て泣いた。
神崎は、その光景を一秒だけ見た。
すぐに次の指示を出す。
「次の区画を確認する」
喜びに留まる時間は、まだなかった。
☆☆☆ ☆☆☆
午前七時三十分。
相模トラフ・首都直下地震から、十二時間余り。
南海トラフ巨大地震からは、四日目の朝を迎えていた。
日本は、二つの巨大災害の中に立っていた。
西では、七十二時間を越えた救助が続いている。高知で、森下が泥の中を歩いている。宮崎で、成瀬一尉が交代表を確認している。若い三曹は、水を配りながら、自分も一口飲んでいる。
東では、首都圏の初動救助が本格化している。横浜で、神崎二佐の部隊が港湾倉庫を掘っている。東京消防庁が火災に向かい、警視庁が帰宅困難者を誘導し、自治体職員が避難所を開け、医療者が病院の廊下まで患者を受け入れている。
官邸では、高嶺紗枝首相が、朝の統合対策会議に入った。顔は青白く、目の下には濃い影があった。だが、声はまだ折れていなかった。
「南海トラフ被災地の救助継続。首都圏地震の初動救助最大化。海外支援の受け入れ再編。羽田、横田、横須賀、座間、岩国、佐世保、三沢、使用可能性を再確認。台湾、米国、欧州各国へ、受け入れ拠点変更の可能性を伝達。首都圏の帰宅困難者支援、港湾・空港・通信・電力の復旧を同時に進めます」
羽鳥が頷いた。
「はい」
小森防衛大臣が言った。
『部隊は動いています。ただ、疲労が深刻です。南海側、首都圏側、どちらも長期戦になります』
高嶺は答えた。
「長期戦に切り替えます。ただし、救命の速度は落とさない」
片倉皐月が言った。
『財政措置は、もはや通常災害の枠ではありません。国家非常支出として整理します』
「お願いします」
橘官房長官が、報道対応を確認した。
「総理、八時に会見を」
高嶺は、一瞬だけ目を閉じた。
そして開いた。
「やります」
窓の外では、東京の朝が始まっていた。
だが、それはいつもの朝ではない。
電車は止まり、道路は割れ、港は沈み、海はまだ動き、火はまだ消えていない。
それでも、朝だった。
瓦礫の中で、誰かが音を鳴らす。
救助者が振り向く。
「聞こえた」
別の隊員が叫ぶ。
「静かに!」
皆が息を止める。
コン。
もう一度。
コン。
神崎二佐が声を張った。
「生存反応あり! 救助開始!」
同じ頃、宮崎でも、高知でも、静岡でも、誰かが声を出していた。
「誰かいますか!」
「聞こえたら、音を出してください!」
七時三十分。
国は、まだ折れていなかった。
救助者たちも、まだ折れていなかった。
折れたまま、立っていた。
そして、次の命へ向かっていた。




