第二十三話 閉ざされた議場
九月三日、午後九時。
官邸危機管理センターの画面には、六つの地図が並んでいた。
南海トラフ巨大地震。
相模トラフ・首都直下地震。
富士山噴火と降灰。
南西諸島の安全保障警戒。
国内通信空間の治安維持。
そして、国会。
最後の一枚は、本来なら災害地図ではないはずだった。だが、その夜、国会議員会館の図面、通信ログ、押収端末、逮捕者の関係図、政党ごとの接触線が、赤い点と線で表示されていた。
高嶺紗枝首相は、その画面を見つめていた。
九月三日午後九時までに、首都地検特捜部は、有島芳政、桐生玄二をはじめ、国会議員会館内での密議に関与したとされる複数の国会議員、政党幹部、秘書、極左暴力集団関係者、メディア仲介者を逮捕していた。
容疑は重かった。
外国政府関係者との共謀。
中国製動画生成AIを用いた捏造動画作成。
内閣総理大臣と米国大使を核攻撃の密談者に仕立て上げる偽映像の作成と拡散。
反首相派メディアへの売り込み。
真相を追おうとする報道機関への極左暴力集団を使った圧力。
災害対応中の国内世論と日米同盟を破壊する意図。
そして、南西諸島で海上保安官と自衛官二十三名が死亡した直後に、その死を政治的燃料として利用した疑い。
それは、政局ではなかった。
事件だった。
国家の中枢に生じた、内側からの破断だった。
☆☆☆ ☆☆☆
午後九時二十分。
高嶺は、関係閣僚と緊急会議を開いた。
出席していたのは、橘義隆官房長官、小森進一防衛大臣、秋庭遼介外務大臣、片倉皐月財務大臣、羽鳥真紀危機管理監、法務大臣、警察庁長官、内閣法制局長官、国家安全保障局長、そして首都地検特捜部からの連絡担当者だった。
羽鳥が報告する。
「捏造動画事件に関する逮捕者は増加。押収資料から、九月一日以前の国会議員会館内会合、動画生成AIへのアクセス、中国政府系連絡先との通信、メディア圧力の指示、極左暴力集団系アカウントへの拡散要請が確認されつつあります」
警察庁長官が続けた。
「国会議員会館内の複数箇所で証拠保全を進めています。ただし、まだ関係者が残している端末や紙資料、外部記憶媒体が存在する可能性があります。証拠隠滅の危険があります」
法務大臣が言った。
「首都地検特捜部は、今後も逮捕・押収を拡大する予定です。国会関係施設の取り扱いには慎重を期していますが、事案の重大性から速やかな保全が必要です」
小森が低く言った。
「国会議員会館が、外国政府の認知戦の発射台として使われた疑いがある。しかも南西諸島で二十三名が死亡した直後です。これを通常の政治活動として扱うことはできません」
秋庭が続けた。
「米国は、本件を日米同盟への情報攻撃と見ています。中国政府は関与を否定し、日本国内の政治弾圧だと主張し始めました。もし日本側の初動が鈍れば、国際社会に『日本は自国議会内の外国工作を処理できない』という印象を与えます」
片倉皐月は、腕を組んだまま言った。
「ただし、国会を止めるとなれば、国内外から独裁だ、非常権限だ、法の私物化だと批判されます。財政、市場、被災自治体、全部に影響します」
高嶺は、黙って聞いていた。
国会閉鎖。
その言葉は、誰も簡単には口に出せなかった。
国会は国権の最高機関である。
政府が国会を閉じる。
その絵だけを切り取れば、民主主義の危機そのものだった。
だが、今の国会は、証拠隠滅、外国政府との共謀、極左暴力集団との接触、生成AIによる国家的偽情報工作の疑いの中心にもなっていた。
高嶺は、内閣法制局長官へ目を向けた。
「法的整理を」
長官は、緊張した面持ちで答えた。
「総理。政府が国会の議事そのものを恒久的に停止する権限はありません。しかし、国会施設および議員会館における重大犯罪の証拠保全、爆発物・危険物確認、外国工作に関わる通信機器の保全、関係者の出入り管理については、議長および議院運営委員会との協議、警察権、司法手続き、国会側の自律的判断を組み合わせる形で、一時的な閉鎖措置は可能と考えます」
高嶺は確認した。
「つまり、内閣が単独で国会機能を停止するのではなく、議長へ通告し、国会側の自律的閉鎖決定と司法手続きを併せる」
「はい。表現としては国会閉鎖』ではなく、国会施設の一時閉鎖および議事の緊急停止が妥当です。ただし、政治的には国会閉鎖と受け止められます」
橘が言った。
「総理、世論は割れます」
高嶺は、静かに頷いた。
「割れるでしょう」
羽鳥が尋ねた。
「それでも、決断しますか」
高嶺は、画面の国会地図を見た。
赤い点が、国会議員会館の一角に集まっている。
そこから、中国政府系通信線が伸びていた。
そこから、捏造動画が生まれた。
そこから、国民の怒りへ火が投げ込まれた。
高嶺は言った。
「午後十時、決定します」
会議室が静まり返った。
「議長へ通告。議院運営委員会へ資料提出。司法手続きに基づく証拠保全。国会施設と議員会館を一時閉鎖。議事は緊急停止。ただし、災害対応と安全保障に関する最小限の与野党連絡窓口は維持します」
片倉が、低い声で言った。
「総理、これは歴史に残ります」
「はい」
「良い意味とは限りません」
「承知しています」
高嶺は、深く息を吸った。
「ですが、国会の信頼を守るために、今は国会を一度止める必要があります。証拠が消えれば、二度と戻せません」
その言葉は、静かだった。
しかし、その場にいた全員が、その重さを理解した。
☆☆☆ ☆☆☆
午後十時。
高嶺紗枝首相は、国会施設の一時閉鎖と議事の緊急停止を決定した。
――――
政府緊急発表
国会施設の一時閉鎖を議長へ要請
捏造動画事件の証拠保全
議事は緊急停止
災害・安全保障連絡窓口は維持
――――
高嶺は、会見室で国民へ説明した。
『本日、捏造動画事件に関し、国会議員会館から中国製動画生成AIおよび中国政府系通信先へアクセスがあったこと、複数の国会議員および政党関係者が逮捕されたこと、さらに証拠隠滅の危険があることを踏まえ、政府は衆参両院議長へ、国会施設および議員会館の一時閉鎖と議事の緊急停止を要請しました』
記者席がざわめく。
『これは、国会を否定するものではありません。国会を守るための措置です。政府が国会を恒久的に停止することはありません。議長、議院運営委員会、司法当局と連携し、必要最小限の期間、証拠保全と安全確認を行います』
記者が問う。
「総理、これは事実上の国会閉鎖ではありませんか」
高嶺は答えた。
『政治的には、そう受け止められることを承知しています。しかし、国会議員会館が外国政府による認知戦の拠点として使われた疑いがある以上、通常どおり議事を続けながら証拠を保全することは困難です』
「野党からは、政権による国会弾圧だとの批判が出ています」
『批判は受けます。だからこそ、議長、司法、第三者監視、記録公開を伴わせます。政府が一方的に国会を閉じるのではありません。国会の自律と司法手続きを組み合わせます』
「災害対応への影響は」
『災害対応、安全保障対応、被災者支援は継続します。与野党連絡窓口も維持します。国会の機能すべてを止めるのではなく、証拠保全のため議事と施設利用を一時停止します』
高嶺は、最後に言った。
『国会は、国民の信頼で成り立っています。その信頼を壊す行為が国会内から行われた疑いがあるなら、国会自身を守るためにも、真相を明らかにしなければなりません』
その言葉は、国内に衝撃を与えた。
《国会閉鎖!?》
《これは独裁では》
《いや、国会議員会館から中国AIアクセスなら仕方ない》
《証拠保全なら必要》
《政府が国会を閉じる時代》
《議長も関わるなら単独じゃない》
《怖い。でも事件も怖い》
《民主主義を守るために止めるって、矛盾してるけど分かる》
国民の反応は割れた。
割れない方が不自然だった。
☆☆☆ ☆☆☆
九月四日、午前零時。
国会議事堂と国会議員会館は、警察、衛視、検察、裁判所執行官、専門技術者によって管理下に置かれた。
議員の出入りは制限され、必要な書類や私物の持ち出しには立ち会いが必要となった。通信機器、外部記憶媒体、紙資料、会議室予約記録、防犯映像、入退館ログが保全された。
国会周辺には報道陣が詰めかけた。
夜の国会議事堂は、照明に照らされて白く浮かび上がっていた。
その姿は、地震でも噴火でも崩れなかった。
だが、信頼は崩れかけていた。
議員会館内では、押収作業が進んでいた。
桐生玄二の執務室。
有島芳政の関係部屋。
関係秘書の端末。
会合に使われたとされる小会議室。
シュレッダーの紙片。
廃棄された外部記憶媒体。
消去済みファイル。
通信履歴。
その一つ一つが、証拠袋に入れられていった。
☆☆☆ ☆☆☆
午前八時。
首都地検特捜部。
最初に自供したのは、桐生玄二の秘書の一人だった。
彼は、夜を徹した取り調べの中で、崩れるように話し始めた。
「代表執務室で会合がありました」
「誰がいた」
「桐生代表、有島議員、佐原代表、雨宮代表、小湊議員、蓮城議員、辻倉議員、杉瀬議員、他に党幹部と連絡係が数名」
「動画はどこから来た」
「中国側から、生成AIで作る話が先にありました。こちらから構図と台詞案を出した人もいます」
「中国政府関係者との連絡は」
「有島議員が主に。桐生代表の端末からも」
「目的は」
秘書は、しばらく黙ったあと、口を開いた。
「高嶺政権を止めるためだと聞いていました。第五条発動で戦争になる。だから世論を動かす必要があると」
「捏造だと知っていたか」
秘書は、震える声で答えた。
「はい」
そこから、供述は一気に広がった。
午前十時には、辻倉清花が一部容疑を認めた。
午前十一時には、佐原美都が「動画が本物でない可能性を知っていた」と供述した。
正午には、雨宮蓮司が「政治的に利用できると考えた」と認めた。
午後一時には、小湊博章が「国会追及の材料として使う方針を会合で確認した」と供述した。
午後二時過ぎ、杉瀬秀明は「映像の真偽より、政権打撃が重要だと考えた」と供述した。
午後三時には、蓮城美蘭が中国側との接触について一部認めた。
午後五時までに、有島芳政を除く主要関係者の多くが、程度の差こそあれ、容疑の核心部分を認めた。
有島だけは、否認を続けた。
「私は政治弾圧の被害者だ」
「中国政府との通信は取材活動の延長だ」
「動画が捏造だとは知らなかった」
「桐生代表の部屋で何が行われたか、私は関与していない」
だが、通信ログは残っていた。
中国政府系連絡先との会話。
国会弾圧線で押すという指示。
映像の真偽ではなく不信を残せという文面。
米宇宙軍サイバー部隊が偶然捉えた通信ID移動時の会話断片。
そして、彼の端末に残された遠隔証拠保全の痕跡から復元されたファイル。
有島の否認は、証拠の前で少しずつ細っていった。
☆☆☆ ☆☆☆
九月四日、午後七時。
官邸。
高嶺は、関係者の自供状況を報告で受けた。
羽鳥が言った。
「有島芳政を除く主要被疑者の多くが、容疑を一部または全面的に認めています。桐生玄二は黙秘を続けていますが、秘書、党幹部、通信担当者の供述と押収資料が一致しています」
高嶺は、深く息を吐いた。
「認めたのですね」
橘が答える。
「はい」
「なぜ、ここまで」
誰もすぐには答えられなかった。
高嶺自身も、答えを求めていたわけではない。
災害で国民が苦しんでいる。
南西の海で二十三名が死んだ。
その状況で、外国政府と共謀し、首相と米国大使の捏造核密談動画を作る。
政権を倒すため。
戦争を止めるため。
国民のため。
彼らは、そう言ったのかもしれない。
だが、結果として行ったことは、国民を騙し、同盟を壊し、災害対応を混乱させる行為だった。
片倉皐月が、画面越しに言った。
『総理、裁判が早まる可能性があります』
法務大臣が続けた。
「本件は国際的影響が大きく、証拠も揃いつつあります。検察側は、予定されていた複数手続きの繰り上げを求めています。東京地方裁判所で、特別集中審理を行う方向です」
高嶺は眉をひそめた。
「拙速になりませんか」
法務大臣は答える。
「弁護権は保障されます。ただ、被告人多数が容疑を認め、証拠が通信ログ、映像生成履歴、国際的技術資料、会合メモ、供述で重なっています。裁判所も、国際的混乱を長引かせない必要を考慮しています」
秋庭外務大臣が言った。
「米国も、証拠提供に協力します。ただし、公開できる範囲と秘匿すべき範囲の調整が必要です」
高嶺は、静かに言った。
「裁判は、政府の復讐ではありません」
「はい」
「証拠と法で進めてください。どれほど怒っていても、それを崩せば、彼らが言う政治弾圧という言葉に近づいてしまう」
法務大臣は頷いた。
「承知しています」
高嶺は、最後に言った。
「テレビ中継の話が出ていますね」
橘が答える。
「はい。国民的影響、国会閉鎖、外国政府との共謀疑惑、捏造動画の拡散規模から、裁判所が異例の公開性を検討しています。初のテレビ中継となる可能性があります」
会議室が静かになった。
裁判のテレビ中継。
それは司法の歴史を変える。
しかし、今回の事件は、国民の目の前で起きた偽情報によって国民を動かした事件でもある。
真実の検証もまた、国民の目の前で行うべきだという声が強まっていた。
☆☆☆ ☆☆☆
九月五日、午前九時。
東京地方裁判所は、九月六日に特別集中審理を開くと発表した。
――――
裁判所発表
捏造動画事件
九月六日に特別集中審理
初のテレビ中継を実施
内乱罪・外患誘致罪の適用可否を審理
――――
全国がざわめいた。
裁判のテレビ中継。
内乱罪。
外患誘致罪。
死刑の可能性。
憲政史上初。
重い言葉が並んだ。
法律家からは、強い懸念も出た。
《迅速すぎる審理は危険》
《弁護権を十分に保障すべき》
《外患誘致罪の適用範囲を慎重に見るべき》
《国民感情に流された裁判になってはならない》
一方で、被災地や南西諸島からは、厳罰を求める声も上がった。
《二十三名の死を利用した罪は重い》
《災害対応を妨害した認知戦は許されない》
《国会議員が外国政府と共謀したなら極刑も当然》
《テレビ中継で証拠を見せてほしい》
高嶺紗枝は、この日、裁判について多くを語らなかった。
『司法が判断します。政府は、証拠提供に協力しますが、判決に介入しません』
それだけを繰り返した。
彼女は怒っていた。
だが、怒りを司法へ流し込まないことが、首相としての最後の自制だった。
☆☆☆ ☆☆☆
九月六日、午前九時。
東京地方裁判所。
裁判所前には、報道陣が集まっていた。周辺警備は厳重だった。傍聴席は限られ、抽選は行われなかった。代わりに、史上初めて、裁判所が管理する映像がテレビ中継とインターネット配信へ提供された。
映像は、遅延付きだった。
証人保護、機密情報、個人情報、米国提供資料の秘匿部分を守るため、必要に応じて音声や映像が一部処理される。
それでも、裁判が全国へ中継されるという事実は、歴史的だった。
法廷に被告人たちが入る。
桐生玄二。
有島芳政。
佐原美都。
雨宮蓮司。
小湊博章。
蓮城美蘭。
辻倉清花。
杉瀬秀明。
日本民衆共産党、社会民主会、令明新生組、中道改革連合、立憲民政党の関係者たち。
彼らの表情は、それぞれ違っていた。
桐生は硬い顔で前を見ていた。
有島は、なお反抗的に周囲を睨んでいた。
佐原は青ざめていた。
雨宮はうつむいていた。
小湊は書類を握っていた。
蓮城は表情を消していた。
辻倉は目を赤くしていた。
杉瀬は、唇を固く結んでいた。
裁判長が入廷し、全員が起立した。
日本中が、その映像を見ていた。
☆☆☆ ☆☆☆
午前十時。
検察側冒頭陳述。
主任検事は、ゆっくりと読み上げた。
『本件は、単なる虚偽情報の拡散事件ではない。被告人らは、中国政府系関係者と共謀し、中国製動画生成AIを用いて、内閣総理大臣と米国大使が中国への核攻撃を協議し、ワイングラスで乾杯したかのような捏造映像を作成した。その目的は、南西諸島で中国側発砲により海上保安官および自衛官二十三名が死亡し、日米安全保障条約第五条が発動された直後の日本国内世論を混乱させ、日米同盟を破壊し、政府の災害対応および安全保障対応を麻痺させることであった』
法廷は静まり返っていた。
『被告人らは、国会議員会館内の日本民衆共産党代表執務室において、捏造動画の内容、拡散方法、反首相派メディアへの売り込み、真相を確認しようとするメディアへの極左暴力集団による圧力方針を協議した。さらに、中国政府系通信先と連絡を取り、動画生成、公開、国会追及、政府弾圧論への論点転換について協議した』
検察は、証拠を提示した。
通信ログ。
米国から提供された技術資料。
中国製動画生成AIへのアクセス履歴。
国会議員会館内ネットワークからの接続記録。
桐生代表執務室の端末痕跡。
有島芳政と中国政府系連絡先とのチャット断片。
会合メモ。
押収された外部記憶媒体。
削除ファイルの復元結果。
反高嶺メディアへの送信記録。
極左暴力集団系アカウントへの指示文。
そして、被告人らの供述調書。
映像の一部が法廷内モニターに映し出された。
国民が見た捏造動画。
その横に、生成過程を示すログが並べられた。
プロンプト断片。
日本首相
米国大使
官邸隠し撮り風
ワイングラス
核弾頭
中国攻撃
災害対応中
密談
法廷に、低いざわめきが起きた。
裁判長が注意した。
「静粛に」
検察官は、続けた。
『これらは、動かぬ証拠である』
その言葉が、法廷の空気をさらに硬くした。
☆☆☆ ☆☆☆
正午。
弁護側は、迅速すぎる審理への異議を述べた。
「本件は極めて重大であり、被告人らの防御権を十分に保障するため、さらに時間をかけるべきである」
「米国提供資料の真正性を検証する必要がある」
「中国政府との共謀とされる通信について、文脈が切り取られている可能性がある」
「政治活動としての政府批判と、犯罪行為の境界が曖昧である」
裁判長は、その主張を受け止めつつ、検察側証拠の多くが被告人らの供述、国内押収資料、通信記録、米国技術資料、映像生成履歴、国会議員会館内ログによって相互に裏付けられていることを確認した。
その後、被告人質問が行われた。
佐原美都は、涙声で答えた。
「私は、戦争を止めたかった。高嶺政権が危険だと思っていた。でも、映像が本物でない可能性を知りながら、止めませんでした」
雨宮蓮司は、うつむいたまま言った。
「疑惑として出せば、世論が動くと思った。中国側が関わっていることは、薄々分かっていました」
小湊博章は、苦しげに答えた。
「憲法を守るためだと自分に言い聞かせていました。しかし、捏造を使って国会追及することが、憲法を守る行為だったとは言えません」
蓮城美蘭は、長い沈黙の後で言った。
「中国側との線は、知っていました」
辻倉清花は、泣きながら言った。
「怖くなっていました。でも、引き返せませんでした」
杉瀬秀明は、最初は強気だった。
だが、極左暴力集団系アカウントへの指示文が示されると、声を落とした。
「圧力をかければ、メディアは出すと思った」
桐生玄二は、ほとんど黙秘した。
有島芳政は、なお否認を続けた。
「私は中国政府と共謀していない。通信は取材活動だ。政府は私を潰すために米国と組んだ」
検察官は、静かにチャットログを読み上げた。
>映像の真偽ではなく不信を残せ
>政府の謀略線で押す
>桐生側の端末は処理したか
>中国側生成の痕跡は消せるか
>国会弾圧へ論点転換
有島は、口を閉ざした。
☆☆☆ ☆☆☆
午後三時。
検察は、内乱罪および外患誘致罪の適用を求めた。
法廷が揺れた。
内乱罪。
外患誘致罪。
しかも、憲政史上初の適用。
検察官は述べた。
『被告人らは、外国政府と共謀し、災害対応中の日本国政府を機能不全に陥れ、日米同盟を破壊し、中国による南西諸島への軍事的圧力を有利にする目的で、捏造動画を作成・拡散した。これは、単なる名誉毀損、偽計業務妨害、政治的虚偽情報の域を超え、日本国の統治機構と安全保障を破壊する行為である』
弁護側は強く反論した。
「被告人らに武力行使の意思はない」
「政権批判の延長であり、内乱罪の構成要件を満たさない」
「中国政府との関係があったとしても、外患誘致罪の適用は過剰である」
「死刑を求めることは、政治的報復である」
法廷の空気は、極限まで張り詰めた。
裁判長は、休廷を告げた。
☆☆☆ ☆☆☆
午後四時三十分。
判決。
裁判所の中継画面に、裁判長の姿が映った。
全国が見ていた。
避難所で。
官邸で。
防衛省で。
海上保安庁で。
南西諸島で。
富士山麓で。
高知の体育館で。
東京の避難所で。
鹿児島の市民団体事務所で。
裁判長は、主文を読み上げた。
『主文。被告人らを、いずれも死刑に処する』
その瞬間、法廷は息を失った。
テレビの前の日本も、同じだった。
裁判長は、判決理由を続けた。
『被告人らは、中国政府系関係者と共謀し、日本国が未曾有の複合災害と安全保障危機に直面する中、中国製動画生成AIを用いて、内閣総理大臣および米国大使を貶める捏造映像を作成、拡散した。その目的は、日本政府の災害対応および防衛対応を麻痺させ、日米同盟を破壊し、中国側の軍事行動を利することにあった』
裁判長の声は、淡々としていた。
『本件は、言論活動、政府批判、報道活動の範囲を完全に逸脱している。外国政府と結び、虚偽映像を作成し、国会議員会館を拠点として認知戦を遂行し、極左暴力集団を用いて真相解明を妨害した行為は、日本国の統治機構と安全保障を内側から破壊しようとするものである』
さらに続けた。
『南西諸島において海上保安官および自衛官二十三名が死亡した直後、その犠牲を政治的燃料として利用したことは、極めて悪質である。被告人らの多くは容疑を認めているが、結果の重大性、計画性、外国政府との共謀性、国会機能への侵害、国民生活および災害対応への影響は、いずれも比類なく重大である』
裁判長は、最後に言った。
『よって、内乱罪および外患誘致罪の適用を認め、主文のとおり判決する』
法廷内で、被告人の一人が泣き崩れた。
別の被告人は、呆然としていた。
桐生玄二は、目を閉じた。
有島芳政は、叫んだ。
「不当判決だ! これは政治裁判だ!」
裁判長が制止する。
弁護団は、即座に控訴の意思を示した。
被告人全員が、即日控訴した。
――――
ニュース速報
捏造動画事件
東京地裁、全被告に死刑判決
内乱罪・外患誘致罪を憲政史上初適用
全員が即日控訴
――――
日本中が揺れた。
《死刑判決》
《重すぎる》
《当然だ》
《憲政史上初》
《控訴へ》
《これで法治国家なのか》
《外国政府と共謀なら仕方ない》
《迅速すぎて怖い》
《二十三人の死を利用した罪は重い》
《裁判中継を見たら証拠が強すぎた》
《でも死刑は重い》
国論は割れた。
当然だった。
だが、判決は出た。
☆☆☆ ☆☆☆
午後六時。
官邸危機管理センター。
高嶺紗枝は、判決の報告を受けた。
彼女は、すぐには何も言わなかった。
死刑判決。
全員。
内乱罪。
外患誘致罪。
憲政史上初。
全員控訴。
その言葉が、胸の中で重く沈んでいた。
橘が尋ねた。
「総理、コメントを求められています」
高嶺は、静かに頷いた。
「短く出します」
数分後、政府コメントが発表された。
――――
内閣総理大臣コメント
判決は司法の判断
政府は控訴審を見守る
災害対応と国会信頼回復を継続
――――
『本日の判決は、司法が証拠と法に基づいて下したものです。被告人全員が控訴したと承知しています。政府として、今後の司法手続きを見守ります。政府が判決に介入することはありません』
高嶺は、カメラの前で続けた。
『本件は、外国政府と結び、生成AIによる捏造映像を用いて、日本の災害対応、安全保障、国会、同盟関係を揺るがした極めて重大な事件です。同時に、政府はこの事件をもって、正当な政府批判や報道の自由を萎縮させることがあってはならないと考えています』
彼女は、少しだけ声を低くした。
『南海トラフ、相模トラフ、富士山噴火、南西諸島、そして国会の信頼回復。日本は、まだ復旧の途中です。政府は、被災地支援、安全保障警戒、情報空間の健全化、国会機能の回復に全力を尽くします』
会見が終わる。
官邸危機管理センターへ戻った高嶺は、椅子に座った。
片倉皐月が画面越しに言った。
『総理』
「はい」
『大丈夫ですか』
高嶺は、少しだけ黙った。
そして答えた。
「大丈夫ではありません」
会議室が静まった。
「でも、次の報告を聞きます」
羽鳥真紀が、静かに頷いた。
「はい」
午後六時。
九月六日の日本は、歴史に残る判決を見た。
だが、終わったわけではなかった。
控訴審がある。
国会閉鎖の解除がある。
被災地の復旧がある。
南西諸島の警戒がある。
中国政府との外交がある。
米国との認知戦対策がある。
そして、壊れた信頼をどう戻すかという、最も難しい復旧が残っていた。
高嶺は、六つの画面を見た。
南海。
相模。
富士山。
南西諸島。
通信空間。
国会。
どれも、まだ赤かった。
それでも、彼女は言った。
「次の報告を」
羽鳥が答えた。
「はい」
国は、まだ立っていた。
折れたまま。
傷ついたまま。
それでも、法と証拠と記録の上に、もう一度立とうとしていた。




