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第二十二話 国会の影

 九月一日、午後三時。


 国会議事堂の空気は、まだ震えていた。


 午後二時、秋庭遼介外務大臣が議場で明らかにした情報は、すべての議員の表情を変えた。

 米国政府が、問題の核密談捏造動画について、中国製動画生成AIを用いて作成された可能性が極めて高いと判断したこと。

 そして、その動画生成AIへのアクセス経路の一部として、日本国内の国会議員会館からの通信が確認されたこと。

 それは、単なる偽情報問題ではなかった。


 国会議員会館。


 国権の最高機関に属する議員たちの活動拠点。


 そこから、同盟国との関係を破壊し、首相を核攻撃の密談者に仕立て上げる捏造動画が生成された可能性がある。


 議場では、怒号と困惑が入り混じっていた。


「証拠を出せ!」


「国会への侮辱だ!」


「政府の謀略ではないのか!」


「中国製AIとは何だ!」


「議員会館からのアクセスとは、どこの部屋だ!」


 議長は何度も木槌を鳴らした。


「静粛に。静粛に願います」


 だが、静粛にはならなかった。


 高嶺紗枝(たかみねさえ)首相は、政府側席に座ったまま、真正面を見ていた。表情を変えないことが、今の彼女にできる唯一の自制だった。


 小森進一(こもりしんいち)防衛大臣は、拳を握っていた。


 秋庭(あきば)外務大臣は、提出した文書の控えを見つめていた。


 議場の中には、この情報が本物ならば自分たちの党が危ういと直感した議員たちがいた。逆に、政府が国会を脅していると本気で信じ始めた議員もいた。


 テレビとインターネット中継は、この混乱をそのまま全国へ流していた。



   《国会議員会館からアクセスって何?》


   《これ、捏造動画どころじゃない》


   《政府の罠だろ》


   《米国が追跡したなら相当やばい》


   《国会内に中国協力者がいるってこと?》


   《証拠待ち。でも議場の空気が完全に変わった》


   《誰の部屋から?》



 議長は、協議のため一時休憩を宣言した。


 その日予定されていた質疑は、事実上、そこで止まった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後三時四十分。


 議院運営委員会の理事会が緊急で開かれた。


 与党側は、米国政府からの情報を重く見て、国会内の通信記録保全と関係機関への協力を求めた。

 中道改革連合と立憲民政党の一部も、国会の名誉に関わるとして調査には応じる姿勢を示した。

 しかし、日本民衆共産党、社会民主会、令明新生組の一部議員は強く反発した。


「国会議員会館の通信を政府が調べるなど、議会の独立を侵すものだ」


「政府に批判的な議員を狙った政治弾圧だ」


「米国情報機関の言い分を、そのまま国会に持ち込むのか」


 議院運営委員長は、厳しい声で言った。


「問題は、国会議員会館が外国政府による認知戦の発射台として使われた可能性です。これは与党、野党の問題ではありません」


 それでも、議論はまとまらなかった。


 国会の自律。

 捜査機関の権限。

 通信の秘密。

 議員活動の自由。

 安全保障。

 外国政府の関与。


 すべてが一度に絡み合った。


 最終的に、この日の本会議は再開されなかった。


 議長は、午後四時過ぎ、正式にその日の議会終了を告げた。



  ――――

  国会

  本日の質疑を終了

  捏造動画問題で議院運営委が調査協議

  日米共同調査へ

  ――――



 議場を出る議員たちの表情は、それぞれ違っていた。


 怒る者。

 青ざめる者。

 記者に囲まれながら強気を装う者。

 無言で足早に去る者。

 そして、携帯電話を何度も確認する者。


 その中に、有島芳政(ありしまよしまさ)の姿はなかった。


 桐生玄二(きりゅうげんじ)も、記者の前には現れなかった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後五時。


 官邸危機管理センター。


 高嶺紗枝は、国会から官邸へ戻るとすぐに、日米共同調査の初動会議へ入った。

 出席していたのは、橘義隆(たちばなよしたか)官房長官、羽鳥真紀(はとりまき)危機管理監、小森進一防衛大臣、秋庭遼介(あいばりょうすけ)外務大臣、警察庁、公安調査庁、内閣サイバー・情報分析室、法務省、そして米国側連絡官だった。


 高嶺は、席に着くなり言った。


「国会議員会館からのアクセスという情報は、国の根幹に関わります。証拠を固めるまで、個別名は出しません。ただし、保全は急いでください」


 警察庁担当者が答えた。


「議院側との手続き調整が必要です。国会議員会館の通信記録、入退館記録、端末使用履歴、防犯映像について、任意提出、保全要請、令状手続きの組み合わせを検討します」


 法務省担当者が続ける。


「国会議員が関わる可能性があるため、捜査の政治的中立性が極めて重要です。東京地検特捜部に相当する首都地検特捜部との連携が必要になります」


 秋庭外務大臣が言った。


「米国側からは、技術ログの提供準備が進んでいます。ただし、情報源保護のため、一部は秘匿扱いになる見込みです」


 小森防衛大臣が低く言った。


「米宇宙軍のサイバー部隊も動いていると聞いています」


 米国側連絡官は、言葉を選んだ。


『詳細な能力や手段はお話しできません。ただ、米国はこの件を、日米同盟に対する情報攻撃と認識しています』


 高嶺は頷いた。


「日本も同じ認識です」


 羽鳥が、別の資料を出した。


「動画の生成から公開までの流れを整理します。第一に、中国製動画生成AIへのアクセス。第二に、生成または編集された映像ファイル。第三に、反首相派メディアへの持ち込み。第四に、極左暴力集団系アカウントによるメディア圧力。第五に、情報番組での放送。第六に、国会での追及」


 橘が続ける。


「この全体が一つの作戦だったのか、複数の関係者が後から乗ったのか。それを切り分ける必要があります」


 高嶺は、画面に表示された流れを見つめた。


「作戦だったとしても、乗っただけだったとしても、国会議員が外国政府と結びついていたなら、見逃せません」


 声は静かだった。


 だが、その静けさの奥に、決意があった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後七時。


 国会議員会館。


 日本民衆共産党代表、桐生玄二の執務室には、もう会合の気配はなかった。


 だが、机の上には、消しきれない痕跡が残っていた。


 急いで閉じられた端末。


 破棄されたメモ。


 シュレッダーにかけられた紙片。


 消されたチャット履歴。


 有島芳政は、別の部屋で端末を開いていた。彼は、複数の通信アプリを使い分けていた。表向きの連絡。政治関係者向けの連絡。支援団体向けの連絡。そして、表に出せない連絡。


 画面には、中国側の連絡担当者と見られる相手からのメッセージが表示されていた。



   >映像は破綻し始めている。

   >しかし、疑惑は残った。

   >次は、政府による国会弾圧という線へ移行する。



 有島は、短く返信した。



   >米国が国会議員会館からのアクセスを掴んだ。想定外だ。

   >こちらの線がどこまで見えている。



 返答は、すぐに来た。



   >焦るな。

   >証拠は技術的に争える。

   >通信経路は複数段階で処理している。

   >政治的には、政府の謀略として押す。



 有島は、画面を見ながら唇を噛んだ。


 彼は元ジャーナリストだった。

 危ない橋を渡る政治家や活動家を何人も見てきた。自分は、追う側だったはずだ。いつの間にか、追われる側になっていた。


 そのことを、彼はまだ認めたくなかった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 九月二日、午前零時。


 日米共同調査は、夜を徹して続いた。


 米国側は、クラウド基盤、生成AIサービス、通信経路、認証トークン、接続時刻、出力ファイルの生成履歴を追っていた。


 日本側は、国会議員会館の通信ログ、議員会館内ネットワークの接続記録、端末利用履歴、入退館記録、関係者の移動、メディアへの接触、極左暴力集団系アカウントとの連動を追っていた。


 ただし、捜査は慎重だった。


 国会議員に関わる可能性がある。

 外国政府と関わる可能性がある。

 同盟国の情報機関が関わる可能性がある。


 どの一歩も、政治的爆発物だった。


 官邸危機管理センターで、羽鳥は夜間報告をまとめていた。


「南西諸島警戒継続。中国艦艇の再接近なし」


「富士山麓、降雨に伴う泥流警戒継続」


「南海トラフ被災地、感染症対応強化」


「相模トラフ被災地、港湾復旧計画更新」


「通信治安維持命令、悪質投稿摘発継続」


「捏造動画事件、日米共同調査継続」


 災害は、事件を待ってくれない。

 事件も、災害を待ってくれない。


 国は、同時にいくつもの夜を歩いていた。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午前三時三十分。


 東京の避難所。


 鹿児島出身の女性は、眠れずに掲示板の前に立っていた。


 そこには、何枚もの紙が貼られている。



   灰は水で流さない

   目をこすらない

   不確かな映像を広げない

   わからない時は、わからないまま待つ

   わかったふりをしない

   けんかしない



 彼女は、小さく息を吐いた。


 東京の男性が、毛布を肩にかけて近づいた。


「眠れませんか」


「はい」


「また国会のことですか」


「それもあります」


 彼女は、少し笑った。


「でも、灰の片づけも気になって」


 男性は、掲示板を見た。


「最初は、鹿児島と東京で喧嘩しかけていたのに、今は一緒に掲示板作ってますね」


「そうですね」


「変な話ですけど、あの喧嘩がなかったら、あなたと話してなかったかもしれません」


 女性は、少し考えてから言った。


「悪いきっかけでも、良い方向へ変えられることはあるんですね」


「全部は無理でしょうけど」


「はい。全部は無理です」


 二人は、掲示板の前でしばらく黙っていた。


 国会議員会館。

 中国製AI。

 捏造動画。

 米宇宙軍。


 そんな言葉は遠すぎた。


 だが、遠い場所の嘘が、避難所の空気を壊すことは分かっていた。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午前六時。


 米国コロラド州、米宇宙軍サイバー作戦室。


 作戦室は、薄暗い光の中で静かに動いていた。


 大型画面には、通信経路の抽象化された図が映っている。詳細な手法や装置名は、作戦記録の中でも厳重に伏せられていた。ただ、そこにいた要員たちは、国境を越え、複数のクラウド基盤と中継点を経由した通信の「影」を追っていた。

 彼らは、通常の戦場で銃を持つ兵士ではない。

 だが、今回追っているものは、銃弾に近い破壊力を持っていた。


 同盟国の首相を、核攻撃を笑う人物に仕立てる映像。

 中国艦艇が後退した直後に、それを日本国内へ撃ち込む作戦。


 その通信線を追うことは、艦艇を追うことと同じくらい重要だった。


 分析官の一人が言った。


『通信識別子が移動する。別の経路へ切り替わるぞ』


 上官が答えた。


『追跡継続』


 ある通信IDから別の通信IDへ。


 経路が切り替わる瞬間、一瞬だけ、通信の対応関係が露出した。


 偶然に近い。


 しかし、訓練された目は、その偶然を逃さなかった。


『マッチした』


 作戦室の空気が変わった。


『日本側政治関係者端末と、中国政府系連絡端末のセッションを確認。通信内容の一部を取得可能』


 上官は短く言った。


『取得。ただし、法務確認済みの範囲で。日本側へ共有する前提だ』


 画面に、会話の断片が流れ始めた。



   >米国が会館アクセスを掴んだ

   >政府の謀略として押す

   >次は国会弾圧の線へ

   >映像の真偽ではなく不信を残せ

   >桐生側の端末は処理したか

   >有島側は別経路へ移動する



 作戦室が静まり返った。


 有島。

 桐生。


 日本側の政治家名と一致する可能性がある。


 上官は、表情を変えずに命じた。


『証拠保全。日本政府へ即時予備報告。通信継続中なら、相手端末への監視用アクセスを確保する』


 詳細な技術手順は記録に伏せられた。


 しかし、この瞬間、米宇宙軍のサイバー部隊は、会話内容の取得と同時に、両者の端末内に遠隔監視の足場を残した。


 それは、後の捜査資料では「継続的証拠保全のための遠隔アクセス」と表現されることになる。


 現場の言葉では、バックドアだった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午前十時過ぎ。


 日本時間。


 有島芳政は、国会議員会館内の一室で端末を見つめていた。

 中国側との通信は、前夜よりも慎重に行っていた。経路を変え、通信IDを切り替え、端末も変えた。だが、彼には妙な違和感があった。


 返信の遅れ。

 暗号化アプリの一瞬の引っかかり。

 ログ表示の不自然な揺れ。


 元ジャーナリストとして危険な相手と接触してきた感覚が、警鐘を鳴らした。



   >今後の対応は、政府の謀略線で押す。

   >国会弾圧、報道弾圧、米国情報操作。

   >桐生側は証拠を処理済みか。



 彼が送信しようとした瞬間、画面右上の通信状態がわずかに乱れた。

 有島の顔色が変わった。


「見られている」


 彼は、即座に通信を遮断した。

 端末の電源を落とし、別の端末へ手を伸ばす。


 だが、遅かった。


 通信内容の一部は、すでに米側に取得されていた。

 さらに、通信が遮断される前に仕掛けられた遠隔監視の足場は、端末内の複数の痕跡を保全し始めていた。

 有島は、息を荒くしながら部屋の中を見回した。


 誰もいない。


 だが、見られている。


 その感覚だけが、部屋に満ちていた。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午前十時二十分。


 ホワイトハウス。


 クラレンス・ヘイズ大統領は、米宇宙軍からの緊急報告を受けた。


 国家安全保障担当補佐官が説明する。


『大統領。日本側政治関係者と中国政府系端末との通信を確認。会話内容に、捏造動画、国会弾圧線、政府謀略線、桐生側端末、有島側経路に関する記述が含まれます』


 ヘイズは、表情を硬くした。


『日本側へ』


『すでに予備共有準備中です。さらに、端末内証拠の一部から、中国製動画生成AIへのアクセス履歴、中国政府系連絡先、日本の国会議員会館内ネットワークとの関連が確認されつつあります』


『高嶺首相へ、直接伝える』


 数分後、ホワイトハウスと首相官邸の緊急回線が開かれた。


 高嶺紗枝は、官邸危機管理センターで報告を受けていた最中だった。


 画面にヘイズ大統領が映る。


『高嶺首相。重大な進展です』


「伺います」


『合衆国宇宙軍のサイバー部隊が、日本側政治関係者と中国政府系連絡先との通信を捕捉しました。会話内容には、捏造動画の扱い、政府謀略線、国会弾圧線、そして有島、桐生という名前に関わる記述が含まれています』


 高嶺の表情が止まった。


 ヘイズは続けた。


『さらに、中国製動画生成AIと中国政府系システムへのアクセスが、日本の国会議員会館内、桐生玄二代表の執務室に関係する通信環境から出ている可能性が極めて高い。技術資料を共有します』


 会議室の空気が凍りついた。


 高嶺は、ゆっくり言った。


「大統領。これは、日本の民主主義の中枢に関わります」


『承知しています。だからこそ、直接伝えました。合衆国は、日本の法的手続きに従って証拠を共有します。ただし、これは日米同盟への攻撃でもあります』


「ありがとうございます」


『高嶺首相。慎重に。しかし、ためらわずに』


「はい」


 回線が切れた。


 高嶺は、数秒間、何も言わなかった。


 そして、羽鳥へ向いた。


「首都地検特捜部、警察庁、公安、法務省を即時招集。米国資料を証拠保全。議院側へも通告準備」


 橘が言った。


「国会議員の逮捕に進む可能性があります」


 高嶺は頷いた。


「政治判断ではありません。司法判断です。政府は証拠を渡す。捜査は検察と警察が行う」


 小森防衛大臣が低く言った。


「二十三名の死の直後に、同盟を割るための捏造動画を作った」


 秋庭外務大臣は、拳を握っていた。


「しかも、国会議員会館から」


 高嶺は、静かに言った。


「ここから先は、国会も政府も、痛みを避けられません」




  ☆☆☆ ☆☆☆




 正午。


 首都地検特捜部。


 米国からの技術資料、日本側の通信記録、国会議員会館内アクセスログ、動画生成AI利用履歴、桐生玄二代表執務室の通信環境、そして有島芳政と中国政府系連絡先とのチャット断片が、緊急で整理された。


 特捜部長は、会議室で言った。


「政治案件ではない。国家安全保障案件だ。だが、政治案件として見られる。だからこそ、証拠で進める」


 検事の一人が報告する。


「有島芳政議員について、中国政府系連絡先との通信内容、捏造動画拡散方針、政府謀略線への誘導が確認されています」


 別の検事が続ける。


「桐生玄二代表執務室の通信環境から、中国製動画生成AIへのアクセス履歴、中国政府系システムへの接続痕跡。時間帯は、捏造動画生成時刻と一致」


 警察庁担当者が言う。


「極左暴力集団系の革新マルクス戦線、赤衛中核同盟周辺アカウントによるメディア圧力も、桐生・有島周辺の連絡網と一部接続しています」


 特捜部長は、資料を閉じた。


「逮捕状請求」


 会議室が一瞬静まった。


「対象は」


「有島芳政。桐生玄二。まずこの二名。容疑は、外国政府関係者と共謀した偽計業務妨害、威力業務妨害、外患関連法制に関わる予備的捜査、国家安全保障上の重大偽情報作成・拡散に関する関係法令違反。詳細容疑は、令状段階で整理」


 検事が頷いた。


「はい」


「同時に、桐生代表執務室の関係資料、端末、通信機器を押収。議院側手続きは」


「調整済みです。議長にも通告。議員会館内の執務室について、必要最小限の範囲で実施」


 特捜部長は、低く言った。


「芋づるになる。だが、焦るな。最初の二名で崩れる」


 その言葉は、予言に近かった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後二時。


 ニュース速報が流れた。



  ――――

  ニュース速報

  捏造動画事件で国会議員を逮捕へ

  有島芳政議員と日本民衆共産党代表・桐生玄二氏

  中国製AI利用と中国政府系通信の疑い

  首都地検特捜部

  ――――



 国会議員会館は騒然となった。


 記者たちが押し寄せ、警備員が導線を作る。議員秘書たちが廊下を走り、各党の国対幹部が電話をかけ続ける。


 有島芳政は、議員会館内の一室で身柄を確保された。


 彼は最初、強く抵抗した。


「政治弾圧だ! 政府に批判的な議員を潰すつもりか!」


 特捜部の係官は、淡々と告げた。


「令状に基づきます。同行をお願いします」


「私は国会議員だぞ!」


「承知しています」


 有島は、周囲のカメラを意識して声を張った。


「これは高嶺政権による弾圧だ!」


 だが、その声は少し震えていた。


 同じ頃、日本民衆共産党代表、桐生玄二の執務室にも特捜部が入った。


 桐生は、椅子に座ったままだった。


「来ましたか」


 彼は静かに言った。


 係官が令状を示す。


「桐生玄二氏。捏造動画事件に関わる容疑で、同行を求めます」


 桐生は、しばらく令状を見ていた。


 そして、ゆっくり立ち上がった。


「これは、歴史に残る政治弾圧になりますよ」


 係官は答えなかった。


 執務室の端末、書類、通信機器、外部記憶媒体が押収された。


 机の引き出しから、破棄し損ねたメモが見つかった。



   核密談

   疑惑で十分

   米国大使館否定後は不信論へ

   有島経由

   中国側生成



 そのメモを見た若い検事は、無言で証拠袋へ入れた。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後三時三十分。


 逮捕のニュースは、全国を駆け巡った。



   《有島と桐生、逮捕?》


   《国会議員会館から中国製AIアクセスって本当だったのか》


   《政権批判どころじゃない》


   《いや、政府の謀略だ》


   《証拠出てるなら終わり》


   《野党全体の問題にするな》


   《でも会合にいた議員は誰?》


   《芋づる来るぞ》



 東京の避難所でも、テレビが速報を伝えていた。


 鹿児島出身の女性は、画面を見ながら黙っていた。


 東京の男性が言った。


「本当に国会の中からだったんですね」


「まだ、全部分かったわけではないです」


「でも、逮捕まで行った」


「はい」


 女性は、掲示板を見た。



   わからない時は、わからないまま待つ



 彼女は、小さく言った。


「待っていたら、少し分かってきましたね」


 男性は頷いた。


「でも、分かったら分かったで怖いです」


「はい」


 遠い国会の事件が、避難所の空気をまた重くした。


 しかし、その重さは、朝の混乱とは違っていた。


 怒りよりも、沈黙に近かった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後五時。


 有島芳政と桐生玄二の逮捕後、特捜部と警察庁、公安調査庁は、押収資料と通信記録の解析を進めた。


 芋づる式だった。


 桐生代表執務室での会合参加者。

 社会民主会代表、佐原美都(さはらみやこ)

 令明新生組代表、雨宮蓮司(あまみやれんじ)

 立憲民政党の小湊博章(こみなとひろあき)蓮城美蘭(れんじょうみらん)辻倉清花(つじくらきよか)杉瀬秀明(すぎせひであき)

 中道改革連合の有島芳政周辺スタッフ。

 日本民衆共産党の幹部数名。

 極左暴力集団「革新マルクス戦線」「赤衛中核同盟」との連絡係。

 反高嶺メディアへ動画を持ち込んだ仲介者。

 中国政府系連絡先との通信を担当した人物。


 それぞれの名前が、通信ログ、会議出席記録、端末接続履歴、チャット断片、メモ、削除済みファイルの復元から浮かび上がった。


 全員が同じ罪状ではない。


 積極的に中国側と連絡した者。

 捏造と知りながら拡散戦略を立てた者。

 真偽を疑いながら黙認した者。

 メディア圧力を手配した者。

 国会追及の材料として利用した者。


 関与の濃淡はあった。

 だが、会合に参加し、捏造動画を政治的に利用する方針を共有した事実は重かった。

 特捜部は、順次、関係者への任意聴取と逮捕状請求へ進んだ。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 九月三日、午前八時。


 国会議員会館は、前日までとは別の建物のようだった。


 廊下に記者が並び、各党事務所の扉は固く閉じられている。秘書たちは、誰がどこまで知っていたのか、誰が会合に参加したのか、誰が記者に何を話したのかを、互いに探り合っていた。


 中道改革連合は、有島芳政の除名手続きを開始した。


 立憲民政党は、四人の議員について党内調査を発表したが、その直後に特捜部の任意聴取要請が入り、対応に追われた。


 社会民主会と令明新生組は、当初「政治弾圧」と抗議したものの、押収資料の一部が報じられ始めると、言葉を弱めた。


 日本民衆共産党は、桐生玄二代表の逮捕を「不当弾圧」とする声明を出した。


 しかし、党本部内では動揺が広がっていた。


 代表執務室から、中国製動画生成AIへのアクセス履歴。


 中国政府系連絡先との通信。


 捏造動画戦略メモ。


 これらが出た以上、単純な弾圧論では押し切れない。


 午前九時過ぎ、特捜部は追加で複数の関係者を逮捕した。



  ――――

  ニュース速報

  捏造動画事件

  社民会・令明新生組・立憲民政党関係者らを逮捕

  国会議員会館内会合の参加者を順次立件へ

  首都地検特捜部

  ――――



 逮捕者は増えた。


 まさに芋づる式だった。


 ただし、政府は前面に出なかった。


 高嶺紗枝首相は、会見で短く述べるにとどめた。



  ――――

  内閣総理大臣コメント

  捜査は司法に委ねる

  政府は災害対応と安全保障対応を継続

  国会の信頼回復に協力

  ――――



『本件は、司法当局が法に基づき捜査しています。政府として個別の捜査内容に介入することはありません。ただし、外国政府と連動した認知戦が、国会議員会館を経由して行われた疑いがあることは、極めて重大です。政府は、国会、司法、同盟国と連携し、真相解明に協力します』


 記者が問う。


「総理、野党への政治弾圧との批判があります」


『批判は承知しています。だからこそ、政府は捜査に政治判断を持ち込みません。証拠に基づき、司法が判断します。政府の役割は、災害対応、安全保障、そして国民への説明を続けることです』


 高嶺は、最後に言った。


『国会への信頼が傷ついています。これは与党、野党だけの問題ではありません。日本の民主主義全体の問題です』


 その言葉は、重かった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後一時。


 南海トラフ被災地では、捏造動画事件のニュースを横目に、生活支援が続いていた。


 高知の避難所で、井ノ口はテレビを見ながら言った。


「国会も大変やけど、こっちは水や」


 森下三曹は、水の箱を運びながら頷いた。


「はい」


「でも、ああいう嘘で国が揺れたら、こっちの水も遅れるがやろ」


「そうですね」


「ほいたら、国会の嘘も災害やな」


 森下は、少し考えてから答えた。


「はい。災害対応を邪魔するものは、災害を大きくします」


 井ノ口は、静かに言った。


「津波は海から来る。嘘は人から来る。どっちも怖いな」


 森下は、返事をしなかった。


 ただ、水の箱を、次の列へ運んだ。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後三時。


 官邸危機管理センター。


 高嶺紗枝は、特捜部の逮捕状況、災害対応、安全保障警戒の三つの報告を続けて受けていた。


 羽鳥が言った。


「捏造動画事件、関係者逮捕が拡大。国会議員会館内会合の全体像が見え始めています。中国政府系連絡先、動画生成AI、メディア圧力、極左暴力集団の動員が一本につながる可能性が高い」


 小森が続ける。


『南西諸島は警戒継続。中国艦艇の再接近なし。ただし、サイバー・認知戦への警戒は継続します』


 秋庭が言った。


『米国は、証拠共有を継続。中国政府は関与を否定し、日本国内の政治弾圧だと批判しています。ただ、国際社会では中国側の主張は広がっていません』


 片倉皐月が画面越しに報告する。


『市場は、事件の政治的影響を警戒していますが、中国艦艇撤退と災害復旧財政の具体化で、一定の落ち着きもあります。被災自治体への概算払いを前倒しします』


 高嶺は頷いた。


「お願いします」


 彼女は、資料を閉じた。


「捜査は捜査。政治は政治。災害対応は災害対応。混ぜないようにしましょう」


 橘が答える。


「はい」


 高嶺は続けた。


「ただし、今回の事件で分かったことがあります。国会議員であっても、外国政府の認知戦に加担すれば、被災地の水を遅らせる。避難所の不安を増やす。海で亡くなった二十三名の名誉を傷つける。同盟を危うくする」


 会議室は静かだった。


「これは政治思想の問題ではありません。国を壊す行為です」


 その言葉に、誰も反論しなかった。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後六時。


 東京の避難所。


 鹿児島出身の女性は、掲示板に新しい紙を貼った。



   うそは、あとから分かることがあります

   分かるまで、広げない

   怒りで押さない

   顔の見える人を大切にする



 東京の男性が、それを見て言った。


「だんだん格言みたいになってきましたね」


 女性は少し笑った。


「避難所標語です」


 子どもが読んだ。


「うそは、あとから、わかることがあります」


 そして、真剣な顔で言った。


「じゃあ、最初からうそつかなきゃいいのに」


 大人たちは、少しだけ黙った。


 その通りだった。


 だが、それができない人間がいるから、今の国は揺れていた。




  ☆☆☆ ☆☆☆




 午後九時。


 九月三日の夜。


 逮捕者はさらに増えていた。


 有島芳政。

 桐生玄二。

 佐原美都。

 雨宮蓮司。

 小湊博章。

 蓮城美蘭。

 辻倉清花。

 杉瀬秀明。

 そして、それぞれの党幹部、秘書、連絡係、極左暴力集団関係者、メディア仲介者。


 全員が同じ罪に問われるわけではない。


 だが、国会議員会館内の会合に参加し、捏造動画を中国政府系ルートと連動させ、反首相メディアへ売り込み、検証しようとする者へ圧力をかけた疑いで、特捜部は一斉に立件を進めていた。


 国会は、深い傷を負った。

 野党すべてが関わったわけではない。

 政府批判すべてが悪だったわけでもない。

 だが、一部の議員が外国政府と結び、災害対応中の国家を揺さぶったという疑いは、民主主義そのものを震わせた。

 官邸危機管理センターで、高嶺紗枝は午後九時の報告を受けていた。


 羽鳥が言った。


「捏造動画事件、主要関係者の身柄確保が進みました。今後、押収資料の解析と供述確認に移ります」


 小森が続ける。


『南西諸島、警戒継続。中国艦艇の再接近なし』


 秋庭が言った。


『米国は、今回の捜査進展を評価しつつ、日米共同で認知戦対策の枠組みを作る提案をしています』


 片倉が言った。


『災害復旧財政は、予定どおり明日追加発表します。政治混乱で遅らせません』


 高嶺は、静かに頷いた。


「ありがとうございます」


 彼女は、五つの画面を見た。


 南海。

 相模。

 富士山。

 南西諸島。

 通信空間。


 そして、今は六つ目の画面があった。


 国会。


 そこに赤い印がついている。


 高嶺は、低く言った。


「国会も、被災しましたね」


 羽鳥は、少し驚いたように見た。


 高嶺は続けた。


「信頼という建物が、崩れました。これも復旧しなければならない」


 橘が静かに答えた。


「時間がかかります」


「はい」


 高嶺は、水を一口飲んだ。

 唇の傷は、もうふさがっていた。

 だが、鉄の味の記憶は残っている。


「瓦礫も、灰も、嘘も、信頼の崩落も、すべて片づけなければなりません」


 羽鳥が頷いた。


「はい」


 高嶺は、席へ戻った。


「次の報告を」


 午後九時。


 日本は、国会の中から伸びた影を捕まえ始めた。

 だが、捕まえたから終わりではない。


 なぜそこまで壊れたのか。

 誰が見逃したのか。

 どこまで外国に入り込まれていたのか。

 どうすれば二度と起こさないのか。

 その問いは、南海の瓦礫よりも、富士の灰よりも、深く積もっていた。


 九月三日、午後九時。


 日本は、まだ復旧の途中だった。


 自然災害からも。


 戦火の入口からも。


 そして、自分自身の中に生まれた亀裂からも。


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