第16話 綺麗な音を聞いたよ!
朝の廊下に、やわらかな光が差し込んでいた。
窓から見える空は澄んでいて、気持ちのいい天気だった。
小春はいつものようにご機嫌で歩いている。
黒髪のポニーテールが軽やかに揺れ、結び目につけた星の髪飾りがきらりと光る。
昨日のお出かけの余韻がまだ残っているのか、足取りもどこか軽い。
前の方に見慣れた姿を見つける。
静かな空気をまとった榊原蒼真。
相変わらず、周りから少し距離を置いているような雰囲気だった。
それでも小春は気にする様子もなく、いつも通り声をかける。
蒼真は短く挨拶を返す。
ほんの一言だけ。
それでも、小春にとっては十分だった。
ふと、小春の視線が蒼真の持っているケースに向く。
細長く、少し見慣れない形。
中に入っていたのはフルートだった。
意外な一面に、小春は目を輝かせる。
蒼真は特に自慢する様子もなく、淡々と答える。
小学生の頃から続けているらしい。
長く続けていることがある人は、それだけで少しすごいと感じる。
小春は素直にそう思った。
興味を示す小春に、蒼真は特に止めることもなく歩き出す。
静かな足取り。
小春は楽しそうについていった。
⸻
音楽室の扉を開けると、外の賑やかさが少し遠く感じた。
静かな空間。
窓から差し込む光が、やわらかく床に広がっている。
蒼真は慣れた手つきでフルートを構えた。
無駄のない動き。
余計な言葉はない。
静かに息を吸い込む。
次の瞬間。
澄んだ音が、ゆっくりと空間に広がった。
強すぎず、やわらかすぎず。
透明感のある音色。
静かな水面のような響き。
小春は思わず目を輝かせる。
感じたままの言葉が、そのまま口からこぼれた。
水色みたいな音。
自分でも不思議な表現だと思ったけれど、しっくりきた。
蒼真は少しだけ不思議そうに聞き返す。
色、という感覚はあまり考えたことがなかったのかもしれない。
小春は、自分なりのイメージを伝える。
落ち着いた青ではなく、
やわらかくて、透き通るような水色。
蒼真は少しだけ視線を落とす。
そして、小さく笑った。
水色が好きかどうかを心配する小春の様子が、少し面白かったのかもしれない。
好きだよ、と短く答える。
その一言だけで、小春は嬉しそうに笑う。
自分も水色が好きだと伝えると、蒼真は小さく呟いた。
だろうね、と。
理由を聞くと、蒼真は少しだけ視線を逸らす。
どうやら小春の持ち物の色を見ていたらしい。
特に話題にするほどのことではない、という様子で答えを濁す。
多くは語らない。
けれど、ちゃんと見ている。
そんな一面が、少しだけ見えた気がした。
蒼真は立ち上がり、小さく呟く。
変なやつ。
その言葉も、どこか柔らかく聞こえた。
⸻
放課後の廊下。
夕日が差し込み、床に長い影が伸びている。
昼間より少しだけ静かな空気。
小春は楽しそうに歩いていた。
フルートの音が、まだ耳に残っている。
綺麗な音だったな、と何度も思い出してしまう。
前の方に蒼真の姿を見つけ、小春は自然と駆け寄る。
蒼真は横目でちらりと小春を見る。
短く頷く。
バスで帰るらしい。
小春は歩き。
それでも、一緒に行こうと声をかける。
特別な理由はない。
ただ、一人より楽しいと思ったから。
少し先に走って振り返る小春。
ポニーテールがふわりと揺れ、星の髪飾りが夕日にきらりと光る。
早く、と手招きする。
蒼真は一瞬だけ驚いたような表情を見せる。
そして、ほんの少しだけ笑った。
とても小さな変化。
でも、確かに柔らかくなった表情だった。
静かな夕方の廊下。
長く伸びる影。
小春の後ろ姿を見ながら、蒼真は小さく呟いた。
君なら。
その続きは、まだ言葉にならない。
⸻
綺麗な音って、
聞いているだけで、
なんだか落ち着くなって思った。
言葉がなくても、
伝わるものってあるんだなーって思った。
榊原君は、
あんまり喋らないけど、
ちゃんと見ていて、
ちゃんと考えている人なのかもしれない。
フルートも上手で、
なんだかちょっとすごい人だった。
また聞けたらいいな。
次はどんな音なんだろう。
少しだけ楽しみになった、
こはちゃんだった。
貴重なお時間ありがとうございました!




