【IOF_25.log】神の名刺
「そっちにも補正がかかっちゃたかー。問題ないから安心して。ジュリちゃんたちと深く関わる異世界人にも言語補正がかかるみたい。なので、今はまだよく分からない言葉があると思うけど、じきに普通に会話できるようになるから」
そういうことですのね……
いえ、あっさり納得しかけてしまいましたが、どちら様ですの? 勝手にわたくしの思考に入り込んでどういうおつもりでいらっしゃるのですか?
「私は、さっきジュリちゃんが言ってたリリヤよ。この世界の創造神的な? テンテルを使いに出してオヤシーマ王国を建国させたのが私」
テンテル様より上位の創造神様まで……わたくしどうやら気がふれてしまったようです。
「ふれてないから! 大丈夫、ローレルちゃんは正常」
正常と言われましても、頭の中に直接神の御言葉が入り込んでいる状態では「左様でございますか」と納得いたしかねますわ。ところで、「ジュリちゃん」とはどなたなのでしょう?
「ああ、ジュリちゃんは、今そこにいる福原さんのことよ。彼女の名前が珠梨でしょ」
そういうことでございますね。創造神様からちゃん付けで気軽に呼んでいただけるフクハラ様は、やはり特別に尊いお方でいらっしゃいます。
いえ、その理屈でいえばわたくしも割と特別な存在として創造神様に認められているということになりましょうか?
「まあそうね。ローレルちゃんとマーガレットさんは、この先もジュリちゃんたちと行動を共にすることが多くなると思うから、私の加護を与えておいたわ。目に見えて何かいいことがあるってこともないけど、よくないことが寄り付きにくくなる程度のご利益はあるはずだから。オヤシーマ王国で初めて私の加護を受けた人間よ。すごいでしょ?」
すごすぎます。マジでやばいですわ。これは秘密にした方がよさそうですわね。
「そうね、秘密にした方が身のためよ。ちょっと待ってて、いま出迎えに行ってあげるから」
創造神様御自らお出迎えでございますか? それは、あまりにも畏れ多いことでございます。
「え、じゃあやめる?」
すみません。謙遜が過ぎました。お出迎えいただけるものであれば、謹んでお受けいたしとう存じます。
「オッケー、じゃあすぐに行くから待ってて」
こうしてわたくしは創造神様の出迎えを受けるという訳の分からない事態に遭遇したのでございます。
「お嬢様、お気を確かに。こう見えてわたくしも背中を冷や汗が滝のように流れております」
マーガレットが無表情のまま背中を支えてくれました。でも、背中に冷や汗なのですね。分かりますわ。
ショの玄関前で待っていると、中から一人の女性が出て参りました。
「ローレルちゃん、お待たせー」
なんとも形容しがたい美しさの女性ですわ。
腰まである翡翠のような深い緑色の髪は、さらさらと風に揺られて光を振りまいているかのようでございます。くりくりとした大きな目はミルクティーのような明るい瞳が神々しさを際立たせます。
お召し物は、見たこともないものでございます。フクハラ様によると「スーツ」という、日本や天界で女性が仕事をする際に着用することが多いものだそうです。
上着は騎士の制服に似たようなデザインですが、スカートが特徴的ですわ。オヤシーマ王国ではドレスかワンピースが多く、割とふんわりとしたスカートが主流となっております。しかし、創造神様のスーツは下半身にぴったりと沿ったスカートです。丈も短くて膝が丸見えです。タイトスカートと言うそうです。
この国の常識ですと、とても恥ずかしい恰好と言わざるを得ません。創造神様なので畏れ多くて申し上げられませんけれども……
わたくしは、咄嗟に片膝をつき創造神様にご挨拶を申し上げます。
「創世の御神よ、まことに畏れ多きことでございますが、わたくしはヘキチ辺境伯の娘、ローレンシア・コリ・ヘキチと申します。本日、御前に参じ、直々に御尊顔を拝すること叶いましたこと、恐悦至極に存じます。この感激、代々の血筋をもってしても語り尽くせませぬ……ですがまあ……思わず胸が高鳴ってしまい、言葉がつっかえてしまいますわ。どうか、未熟なる身のあまりの浮き立ちをお許しくださいませ」
あああ、下手こきましたわ。orzものですわ。
orzってなんですの?
「がっくりと落胆して膝をついている状態のことです」
神託がおりました。恐悦至極再びに存じますわ。
「ローレルちゃん、立派なご挨拶でしたよ。ありがとう。あと、私のことはリリヤって呼んでくれると嬉しいかな。創造神ってなんか柄じゃないっていうか……さ、立ってちょうだい」
創造神様……ではなく、リリヤ様が手を差し伸べてくださいます。
なんと畏れ多いことか!
わたくしのような者がリリヤ様の御手を取るなど……しかも、街道脇の事故により転げまわってしまったことで手も汚れております。この手を差し出したらリリヤ様の御手を穢してしまうことになってしまいますわ。
「いいの、いいの。汚れたら洗えばいいんだし」
リリヤ様は、なんと鷹揚でいらっしゃることか!
わたくしが逡巡することで創造神様をお待たせしてしまうこともまた不敬。ここは無礼を承知でリリヤ様の手を取らせていただきますわ!
嗚呼……なんて暖かく柔らかい御手でしょう。
わたくし、今、神に触れているのですね。
感動のあまり気が遠くなりそうです。
いま重ねた右手は絶対に洗いませんわ!
「いうて、私は現人神で神界では一番下のヒラなんだけどね」
リリヤ様が上着のポケットから二つ折りの小さな収納を取出し、その中から一枚の紙片をわたくしの前に差し出されました。
これは羊皮紙ではございませんね。見たこともない純白で滑らかな薄くかつ張りのある素材です。




