【IOF_24.log】「やばい」は、やばたにえん
軽くカルチャーショックを受け続けております。
ヘキチ辺境伯の娘ローレンシア・コリ・ヘキチでございます。
ごきげんよう。
「本当にあのような食べ方をするのが正しいマナーですの?」
「そうですね、マナーというより日本でのローカルルールといった方がいいかもしれません。他国では、やはりああいった食べ方はマナーに反するという考え方もあります」
わたくしの前では、この世界を作った創造神様が「カップラーメン」という食べ物を「ずずずーっ」と音を立ててすすっていらっしゃいます。すごい勢いですわ。スープがお召し物に飛び散っていらっしゃいます。ああ、なるほど、あのように片手で髪を押さえないと髪がカップの中に入ってしまうのですね。後ろにまとめればよいのでは?
お食事であのような音を立てるのは、この国ではご法度です。静かであればあるほどお上品な食べ方とされております。
これは、わたくしたちがフクハラ様に連れられて「ショ」なるところにお招きにあずかってからのこと。
異世界のクルマで事故現場を発ち、しばらく街道を走ったところでクルマは街道を逸れて森の中へと進んでゆきました。初めてのオフロードランですわ。方角としてはクソウズ池の方に向かっているように感じます。
さすがに街道から外れましたので、それまでとは比較にならないほどの揺れを感じるようになりました。ですが、揺れはするもののクルマ本体が衝撃を受け止めてくださるのか、乗っているわたくしが不快になるようなことはございませんでした。むしろ「たーのーしー!」といった心持ですわ。
わたくし、意外とワイルドな女なのかもしれません。
「なんですのーっ?!」
今日は「なんですの」ばかり連発しておりますわ。自分の語彙力のなさに情けなくなって参ります。他に適当な驚嘆を言い表すお嬢様言葉があれば教えてくださいませ。
「日本語には『やばい』っていう便利な言葉があるぜ。『すごい』、『素晴らしい』、『驚いた』、『おいしい』、『楽しい』、『うれしい』、『危ない』などなど、感情が動かされたときならだいたいどんな場面でも使えるな」
クルマを「ウンテン」している男性が悪い笑顔で教えてくださいました。
とても汎用性の高い言葉とお見受けしました。これは是非オヤシーマ王国でも公用語として広めましょう。
「『やばい』という言葉は汎用性が高くてやばいですわね」
さっそく会話の中で使ってみました。
「お、お嬢様さすがだな。その使い方で合ってるぞ」
男性が親指を立ててにぱっと白い歯を見せて笑いました。
「木村係長、ローレル様にスラングを教えないでください。特に『やばい』はやばいんです。これがオヤシーマ王国で広まった結果、木村係長が『オヤシーマ王国の語彙力を低下させた異世界人』として王国史に名を残してしまうかもしれませんよ」
フクハラ様が男性をたしなめていらっしゃいます。
どうやら男性は「キムラカカリチョウ」とおっしゃるようです。長いお名前ですわね。
「お嬢様、俺の名前は『テンマ・キムラ』っていうんだ。係長は名前じゃなくて仕事をするときの役職だな」
お名前が違いました。キムラ様ですのね。
あ、キムラ様のお召し物の背にも「警」の紋様が刺繍で描かれておりますわ!
聖なる紋様を身にまとえるのですから、キムラ様の役職である「カカリチョウ」はきっと高位のお方に違いございません。そして、キムラ様の上司であらせられるフクハラ様は、やはりもはや神と称すべきお方。
失礼。先ほどの「なんですの」の理由ですわね。
クルマの窓から外の景色を眺めておりましたら、森を抜けて広場のようなところに出たことが分かりました。
この広場は、クソウズ池を視察する際に活動の拠点とする場所ですわね。
「クソウズ池とは?」
「クソウズ池と申しますのは、我が領地内の危険地域のひとつでございまして、別名『死の池』とも呼ばれておりますの」
「ずいぶん物騒なところですね」
「ええ、左様でございます。そこには、黒き水が湧き出し表面が怪しくぬめっており、近づいた旅人は、皆、帰ることはございません。その水を口にした獣は即座に斃れるとも云われ、遠目から観察していると、夜半、池の上に死者の魂が青い灯となって浮かぶ様を見ることができるとされておりますわ」
わたくしは、思わず体を震わせます。
「なるほど……原油の異常湧出のような気もします……」
フクハラ様がなにやら独り言ちていらっしゃいます。ゲンユ? イジョウユウシュツ?
「そのクソウズ池がこの近くにあるんですか?」
「ええ、ありますわ。なんなら案内もできましてよ」
「そうですか。それでは、のちほどお願いします」
「承知しましたわ」
わたくしは、フクハラ様から頼みごとをされ、嬉しい心持になりました。なぜでしょう?
そして、以前クソウズ池の視察を行ったときには存在しなかった大きな建物がわたくしの目の前に現れたのです。それを見た私が思わず漏らした驚嘆の言葉が「なんですの」ですの。
皆様だってわたくしと同じ境遇になれば間違いなく「なんですの」とおっしゃいます。あ、「やばい」でもよろしくてよ。「なんですの」より「やばいですわ」の方が躍動感がありますわね。やはり、積極的に用いることにいたしますわ。
わたくしの知る限り、オヤシーマ王国にある建物は、王城を除けば高くて三階建てまで。それが、目の前に現れた建物といったらクルマの窓からは最上階まで見上げることすらできないほどでしてよ。驚きもしようというものですわ。
大きな建物の前でクルマが止まりました。
フクハラ様がクルマを降りるようにご指示をくださいました。「降りる」というのは馬車と同じでキャビンの外に出ることのようです。
クルマを降りたわたくしは、目の前の巨大な建物を見上げました。
まず驚かされるのが建物の造りでしてよ。
オヤシーマ王国の建物は、木造か石造り、あるいは、それらの両方を使ったものでございます。ところが、目の前にある建物は、そのどちらでもございません。見たところ石のようではございますが、石を積み重ねたような継ぎ目も見当たりません。建物の隅は鋭く角が立ち、壁面は平らに整えられております。芸術的美しさですわ。
窓が横に並んでいるのをひとつの階と仮定いたしまして下から順に窓の数を数え上げました。なんと、6階もございます! やばたにえんですわ!
あらっ、「やばたにえん」てなんですの? 存じ上げない言葉ですわ。




