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過去私をパシリにしていた男が、エリート社長になって戻ってきたら、溺愛宣言して放してくれません  作者: cheeery


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22/26

気になるアイツ


「……好きだ」


黒瀬のその言葉が、まだ頭の中で繰り返されていた。


あんな顔、あんな声、初めて見た。

黒瀬は一体どういうつもりでそんなことを言ったんだろう。


あの夜から、週末の二日間はなんだかずっと落ち着かなかった。

彼の言葉を何度も頭の中で再生しては、「なんて言うのが正解だったんだろう」と考えてしまって……。


「あーもう、変なこと言わないでよね……」


私はひとり家の中でつぶやいた。


けっきょく答えが出ないまま、重たい心を引きずって週明けの月曜日を迎えた。

深呼吸を一つして、社長室のドアをノックする。


「失礼します。おはようございます、社長」


黒瀬はもうすでに来ていた。


「……ああ、おはよう」


返ってきたのは、いつもと寸分違わぬ低く落ち着いた声だった。

黒瀬はデスクのPCモニターを見つめたまま、こちらに視線をこちらに向けることはない。


「本日のスケジュールですが――」


私がそう切り出しても、彼の視線はモニターに固定されたままだ。


「資料は目を通した。問題ない」

「は、はい……」


会話は、そこで途切れた。


なんなの……ちょっとくらいこっち見なさいよ。


なにか変だ。

いつもの黒瀬と違う……。


それから普通に仕事をした。


黒瀬の仕事っぷりはいたって“普通”だ。

だけど、私を見ることも雑談することもない。


それがなんだかもうお前には関心がないと言われているみたいで腹が立った。


あーもう、ムカつく。

なによ、自分が告白できたらもうスッキリってわけ!?


黒瀬のそういうところが嫌いなんだ。

むかつく……そうよ。強制的に接点を作ればいいんだわ。


「社長」

「なにか?」


少し落ち着いた時間を見計らって、私は彼のデスクにそっと紙袋を差し出した。

これは土日に黒瀬にお礼をしようと買ったマカロンだった。


「これ……色々助けてもらったからお礼……甘いものだと気分転換になるかなと思って」


私の言葉に、黒瀬は初めてモニターから私を見た。


やっとこっち見た。

すると、黒瀬は言った。


「そうか。気を遣わせて悪かったな。せっかく買ってきてくれたから、ありがたくいただくよ」


しかし、その顔に浮かんでいたのは、取引先に向けられるような完璧なビジネススマイルだった。


なに、それ……。

いつもみたいにいいなさいよ。


「お前のセンスがいいかどうか確かめてやる」とか「甘いものよりしょっぱいものの方が良かった」とか失礼なこと言って私を怒らせなさいよ!


まるで距離のある他人に接しているかのようで胸の奥がチリっと痛む。


「それから今日はもう上がっていい」

「は、はい……」


パタン、と閉じたドアの向こう側に彼を一人残す。


誰もいない静かな廊下に一人立ち尽くすと、張り詰めていたなにかが切れ、胸の奥がきゅうっと痛んだ。


なん、なの……。

あの態度……おかしいでしょ。


私のこと好きだって言ったクセに。

それなのに、フったら他人に戻るわけ?


フッたとしても、あんたはまだ私の婚約者じゃない。


イライラする。

イライラするのに、泣きそうにもなる。


なんなの……この気持ちは。

気づけば、私は繁華街をひとりで歩いていた。


人の流れに紛れながら、どこに向かうでもなくただ足を動かしている。


家に帰りたくないからだ。

何度も深呼吸してみるけれど、胸の奥は落ち着かないまま。


こんなことするなら。

「好き」なんて言わないでよ……。


そんなとき、後ろから声が聞こえてきた。


「……ん?あれ、高梨じゃん?」


声に振り向くと、少し離れた路地に立っていたのは清水くんだった。


ネイビーのシャツに黒のエプロン。

タバコを持って店先に出ていたのか、煙をふっと空に向けて吐いたところだった。


「まさか、こんな時間に一人歩き?めずらしいじゃん」


そう言いながら、近づいてくる。


私は慌てて姿勢を整えたけれど、彼はもうなにかを察したような表情で笑った。


「……どうした?」

「……別に、なにも」


ごまかすように言うと、彼は小さく肩をすくめた。


「ま、いいけどさ。俺の店、もうすぐ開けるとこなんだけど……少し飲んでかない?今日は特別奢るよ」


いたずらっぽく笑うその顔は、相変わらず飄々としていた。


どうせこのまま家に帰っても悩み続けるだけだ。


私は清水くんの提案にこくんとうなずいた。


5分ほど歩くと、前にもやってきた彼のお店にたどり着く。

私はカウンターの端に腰を下ろした。


「じゃあ俺のおススメでも入れようかな」


清水くんはカウンター越しにグラスをふたつ用意すると、手際よく氷を入れボトルを傾けた。

鮮やかな手つきに見とれているうちに、やがて淡い琥珀色のカクテルが目の前に差し出される。


「はい、どうぞ」

「……ありがとう」


軽くグラスを合わせると、そっと口をつける。


ふわりと香る甘さと、微かな苦みが喉を通っていった。


ちょっとだけほっとした。

しかし、そんな空気の隙間を突くように、清水くんがぽつりとつぶやいた。


「それで……黒瀬に告白でもされた?」

「なっ……」


私は驚いて言葉が出なかった。


「なんで知ってるのって?まぁ……俺黒瀬と親友だからな」


清水くんはグラスを拭きながら笑顔で言う。


清水くんはすごく賢い人だ。

人が何を考えてここに来たのか、何を聞きたかったのか。きっと分かっていて私を誘ったんだろう。


「黒瀬のこと……相談したくて」

「うん、聞かせて」


清水くんは優しくそう伝えてくれた。


「告白された時にアンタのことは大キライだって伝えた。本当にずっと大キライだったの。高校生の頃……イジメにあったのも黒瀬のせいだし、パシリもやらされた。あいつのことは大キライなのに……どうしてか、気にしてしまうの」


変なんだ。

大キライだと言い放ったのだから、それは終わりだ。


これからは黒瀬とは社長と秘書の関係として淡々と仕事をすればいい。


黒瀬は子どもっぽいところもまだまだあるけれど、そこまで子どもじゃない。


きっと仕事の時はしっかりと切り替えて、私がやりづらくないようにはしてくれるだろう。

なのに……ずっと心の奥で引っ掛かってる。


『そう、だよな……』


黒瀬の傷ついたような顔が、胸の奥から消えていかない。


「まっ、俺のところにわざわざ来てくれたわけだから……俺は自分の役割を果たすけど……たぶん高梨、勘違いしてる部分あるよ」


「……勘違い?」


清水くんは苦笑して、カウンターに体重を預けた。


「黒瀬、お前のことをパシリ扱いしてたって思ってるだろ」


思ってるどころか、今も鮮明に覚えてる。


理不尽な命令。

からかう言葉。無表情で突き放す態度。


黒瀬は私をパシリにして楽しんでいた。


「パシリに見えるのは確かにそうだったけど……でも、あれは全部、黒瀬なりのやり方だったんだよ。お前を守るための」


「……え?」


私を守るため……?


意味が分からない。

そんなわけないじゃない。


アイツは私をパシリにして楽しんでいたんだから。


「結城愛理って覚えてる?」


結城……愛理……。


記憶をたどる。

かすかに覚えている。


クラスで人気者だった彼女。

いつも教室の中心にいて、男子にも女子にも好かれていた子だ。


「うん……少し」

「アイツ……担任の浅見先生のこと、好きだったんだよ」


それがなんだろう。

先生に憧れる時期だし、先生を好きなことが私に関係ある?


「やっぱり気づいてないのか……」


清水くんはそう言葉をこぼした。


「浅見先生ってさ、真面目な高梨のこと……よく褒めてただろう?」

「そうかも……」


確かに覚えている。


ノートの字が丁寧だとか、真面目に勉強しててエライぞとか……。


先生の手をかけさせない私は、なにかと褒められていたかもしれない。


「それを結城がよく思ってなかった。嫉妬してたんだよ。……お前に」

「え?」


気づかなかった……。

私は人の悪意には鈍感な方だった。


それは他人のことをあまり見ていないから。


高校時代なんか特に友達もいなくて、ひとりの世界にこもっていたからだろう。


「で、高梨をイジメる計画を女子で集まって立ててたってわけ」


喉の奥がつまった気がした。


「で、そのとき、間に入ったのが黒瀬だった」

「……え」


「直接止めたわけじゃない。だけど、結城のグループがイジメの計画を立てている時に、黒瀬が俺にやらせろって言って自分が悪役をかっていたんだ。高梨が女子たちにひどいイジメに遭わないために」


「……そんな……」


言葉が出なかった。


そんなのウソだ。

だって楽しんで私をイジメていたんじゃないの……?


それは、私を悪意から遠ざけるため……?


「女子たちは結構ヒドイことを企んでたよ。高梨の教科書、捨てようとしたり、トイレに閉じ込めて水をかけようとしたり……でも俺が代わりにイジメてやるからそれでいいだろうって言って高梨をパシリに使ったんだ」


「そん、なの……」


「めちゃくちゃだろ?でもそれくらい黒瀬は不器用なやつなんだよ」


思い返してみると、黒瀬からパシリに生かされることはあるものの、頼まれたパンを買ってくればちゃんとお金も渡してくれたり、多かったからお前も食えばって分けてくれたりしていたっけ……?


それだけじゃない。

急に私を呼び出したかと思いきや、何もせずに時間を過ごして「もういいから戻れ」って言われたこともあったかも。


「結城たちの行動を止められるのはあの時、黒瀬しかいなかったからな……手段はどうであれ、そうするしかなかったんじゃないか?」


私、女子たちから睨みつけられることはあったものの、何か危害を加えられることはなかった。


それって黒瀬が女子たちの悪意をコントロールしてくれていたから……?


胸が詰まる。

知らなかった。


いや、知ろうとすらしていなかった。


「でも、じゃあ……なんで、私にはあんな態度を……?」


「不器用だったんだよ、アイツ。好きなのに、どうしていいか分からなかったんだろ」


好き――。

その言葉に、胸の奥がざわりと震えた。


「でさ、パシリって形にすれば、自分の関与を正当化できると思ったんじゃないか?お前をそばに置くための言い訳っていうか……」


言葉が、すぐに出てこなかった。

あの日々は、ずっと苦しかった。


でも黒瀬がいなかったら、もっと苦しんでいたとしたら……?


そんな可能性、考えもしなかった。

私は、何を見落としていたんだろう。


清水くんはグラスを拭く手を止めて、ふっと笑った。


「だから、お前の口から聞いてやれよ。ちゃんと」


きゅっと唇をかみしめると、私は立ち上がった。


「……お会計、お願いします」


清水くんが目を見開いたあと、清水くんは冗談まじりに言った。


「俺が奢るって言ったけど、やっぱり悠馬につけとくよ」


私はこくんと頷く。

そして。


「ありがとう」


小さく会釈をして店を出た。


夜風が、ほてった頬に心地よかった。


黒瀬と、ちゃんと向き合わなきゃ。

でも、胸の奥が熱い。


あの日から今まで、全部つながっていたんだと思ったら、もう黙ってなんかいられなかった。

ビルの角を曲がり、タクシーの列を抜ける。


私はスマホを取り出し、黒瀬に電話をかけた。


ちゃんと、向き合う。

黒瀬にもそして、自分の気持ちにも。


もう逃げない。

何回かコール音が鳴り、そして黒瀬が出る。


「……もしもし」


彼の声が聞こえると、心臓がドキンとした。


ほんの一瞬だけ躊躇して、私は一歩、足を踏み出す。


「どうした?」


黒瀬の言葉に私は、息がつまった。


何を伝えたらいいのか、頭では全然まとまってない。

でもとにかく今は……言ってやりたいことがあった。


「勝手に……守ってんじゃないわよ。あんたがパシリにして私の人生壊したと思ってたのに……実は守ってたとか、そんなのクサすぎるのよ!」


「なっ……」


黒瀬は驚いたような声をもらした。


「お前なんで知って……」


「ずっと黒瀬のことが嫌いだった。私のコンプレックスを植え付けてきた相手が黒瀬だって思ってたのに……今、なんでか気になるの。嫌いだって言い放ったら、すっきりすると思ってた。でも全然そんなことなくて……今はあんたに会いたくて……」


思いついた言葉をまとまらないまま羅列する。


こんなんじゃ言いたいことも伝わらないことも分かっていた。


「お前さ、今どこ?」

「えっ」


「どこにいる?」

「どこって清水くんのBARの近くだけど……」


そこまで告げると電話が切れた。


「ちょっ……」


急に切られた電話に寂しくなる。


ウザかったかな。

振ったクセにこんなことで連絡してくるなって思ったかな。


ぼんやりと足元を見つめながら、考える。


あーやっぱり勢いで行動しなきゃよかった。

全然私らしくない。


いつもの私はもっとじっくり考えて、ちゃんとまとまってから人に話すのに。

そんなことを後悔していたそのとき――。


「高梨……!」


呼び慣れた声が、夜の空気を震わせた。


はっと顔を上げると、マンションの角から黒瀬が歩いてくる。


「なんで……」


スーツの上着もまともに羽織っていない。

ネクタイも緩んだまま、軽く息を切らしている。


「くろ、せ……」


言葉を探すより早く、私の目の前まで来ると彼は立ち止まった。


ここまで走ってきたの……?


「話の続き……直接聞きたい」


彼の目はまっすぐに私を捉えていていた。


「……あ、いや……続きってほどのものは……」


急に本人が現れて困っていると、黒瀬はすっと頭を下げた。


「悪かった……」


えっ。

彼は深く頭を下げる。


「黒瀬、何して……」


「お前を嫌な思いにさせたのは事実だ。あの時の俺は……そうすることしか出来なかった」


黒瀬が悲しそうな顔をする。


「お前のことずっと忘れられなかった。次に会ったら謝るんだって思っていたのに、けっきょく俺は同じことを繰り返した。だから……お前にフラれるのも受け入れるつもりだ」


でも、けっきょくそれは私を守ってくれていたんじゃない。


圭介くんにフラれた時だって……。


『お似合いだと思うよ。親友の彼氏を取るような倫理観のない女とキミは……』


美咲から意地悪を言われた時だってそうだ。


『僕のパートナーを傷つけないでもらいたい』


彼は昔から私をいつも守ってくれた。

私は息を吸い込んで、続けた。


「本当に最悪……」


「だから受け入れるって」


「本当に最悪だよ……黒瀬のこと、好きになっちゃったかもなんて……」

「はぁ?」


黒瀬は目を見開く。


「お前何言って……」

「だから好きって言ったでしょ」


その言葉が夜の空気に溶けていくのと同時に、黒瀬の動きが止まった。


目の奥に宿った戸惑いが、一瞬で熱を帯びていく。


次の瞬間。

静かに腕が伸びてきた。


「きゃっ」

「悪い。今お前のこと抱きしめたくなった」


気づけば私は、黒瀬の胸の中にいた。


ぐいっと引き寄せられるようにして、背中に回された両腕が、やさしく包み込む。


「ちょっ……」


黒瀬の心臓が、ドキン、ドキンと音を立てているのがわかる。

黒瀬、緊張してる……?


「なんだよ、俺の告白は断るのに自分から告白するのか?」

「だって黒瀬の告白を受入れるのはなんとなく嫌だし」


「おい……どういう意味だ」

「それくらいがちょうどいいでしょ?」


「意味分かんねぇよ」


ぽつりとつぶやく言葉が耳に残る。

でもぎゅっと抱きしめられた手が熱を覚えていた。


「俺、高梨のこと……めちゃくちゃ好きだ」

「……っ」


──ドキン。

な、何言ってるのよ……。


ぎゅっと抱きしめられる手に私も緊張してしまう。


恥ずかしくってしょうがないのに、なぜだか離れたくない。


変な気持ちが私を支配していた。

抱きしめる黒瀬の腕に、さらに力がこもる。


「やっと、捕まえた……」


耳元で聞こえたのは、安堵と喜びが滲んだ絞り出すような声だった。


「たくさん傷つけて、本当に悪かった……。でも、もう絶対に離さない」


彼の独白に、胸の奥が熱くなる。


「もう二度と、誰にもお前を傷つけさせない。俺が一生かけて、お前を守り抜くから」


それは、これまでの不安や悲しみをすべて溶かしてくれるような、温かくて優しい響きだった。


「うん、幸せにしてね」


私は笑顔でそう言った。


黒瀬はきっと私を幸せにしてくれる。


大事に大事にしてくれると思うの。

だってずっと優しさを持ってる人だから。

そう言って、彼は私を引き寄せた。


ゆっくりと、彼の顔が近づいてくる。


「ん……っ」


触れた唇は、想像していたよりもずっと柔らかく温かかった。


はじめて思いが通じた。

はじめて自分の気持ちを自覚して口にした。


昔の誤解が解けた時、それは大きな愛に変わる──。





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