出来心のはずだった【美咲side】
私の方が優れている。
私の方が女性として魅力的。
莉乃から彼氏を紹介された時、そんな気持ちがふつふつと湧き上がった。
ああ、それなら取って証明してあげよう。
そしたら莉乃はどんな顔をするだろう?
莉乃の彼氏を奪い取るのは簡単だった。
相談をするフリをして接点を作ったら、隠れて会って何回もやりとりすると圭介くんはコロっと落ちた。
やっぱり私の方がいいに決まってる。
社長秘書として、出世していった莉乃。
私も目指していたのに、彼女だけが事務として入って社長秘書になれた。
それがムカついたの。
私だって、社長に選ばれていたら、人生を変えられたはずなのに……。
だから莉乃の彼氏を奪ってやった。
それなのに……どうしてこうなってしまうの。
朝、出社してすぐ、フロアはざわついていた。
コピー機の前に集まっている人事掲示板。そこに貼られた一枚の紙。
そこにはこう書かれていた。
【懲戒解雇処分。対象者:村瀬美咲】
自分の名前を見つけた瞬間、心臓が冷たくなった。
「……うそ」
足がすくみ、その場に立ち尽くす。
あれだけで?
ただ私は莉乃をビンタしただけだ。
それなのに……こんな思い処罰。あり得ない!
いくらなんでも重すぎるでしょ……。
「ねぇ、見た? 田島さん懲戒免職だって」
「しかも婚約パーティまで開いておいて婚約破棄されたらしいよ」
なんでその情報を知ってるのよ……。
囁き声が耳に突き刺さる。
誰が言い出したのか分からない。
だけど、ウワサはあっという間に社内中に広まっていった。
「ねぇ知ってる?しかも村瀬さん、元々高梨さんの彼氏だったんだって。その人を奪ったって聞いたけど」
なんで……。
なんでそんなことまで知ってるのよ。
莉乃はペラペラ言うような女じゃない。
それなら誰が……。
その時、さらに社員の人が言った。
「知ってる。だって有名だったもん。村瀬さんの彼氏、会社の前で待ち伏せして高梨さんにより戻したいって言ってたらしいよ」
……アイツか。
アイツのせいだったのか。
あの男……なんて軽い男なんだ。
コロコロ相手替えやがって……うすっぺらい男。
あんなのを落としたのが間違いだったんだ。
ギリっと歯を食いしばる。
「あっ、村瀬さん……」
みんなが私に気づいて気まずそうな視線を向ける。
……やめてよ。見ないでよ。
私は見捨てられるような女じゃない。
懲戒免職されるような女じゃないわ。
カツン、カツンとヒールの音を響かせながら、私は社長室の扉を叩いた。
「黒瀬社長!お話があります!」
ドアが開き、黒瀬社長が怪訝そうに私を見る。
その奥には莉乃の姿もあった。
全部アイツが悪い……莉乃が……。
莉乃が私より前に行こうとするのが悪いのよ。
私は押し切るように中へ踏み込んだ。
「……村瀬か。なんの用かな?」
「どうして私が懲戒解雇なんですか!こんなの罰として重すぎます」
胸の奥から込み上げてくる悔しさに任せ、声を荒げる。
私は悪くない。悪いのは莉乃だ。
全部、この女が悪い……!
しかし黒瀬社長は一切表情を変えなかった。
冷ややかな目でこちらを見据え、淡々と口を開く。
「……本当に重いと思っているのか?キミのやったことは暴力だ。うちの会社は暴力行為を見過ごしたりしない」
「っ……」
言葉を詰まらせる私に、黒瀬社長は続ける。
「それに、それだけじゃないだろう?キミは高梨さんに嫌がらせ行為を何度もしていた」
「そ、それは……」
「キミもこれを機に自分の生き方を見つめ直すといい」
「しゃ、社長……」
突き放すようなその言葉に足元が崩れるような感覚に襲われた。
「そ、そんな……!私にもチャンスをください……ここを辞めさせられたら……困るんです」
「慈悲はない」
冷酷に言い放たれ、頭の中が真っ白になる。
待ってよ。じゃあ私はどうなっちゃうの?
私はただ莉乃の彼氏を奪っただけだ。
私の方が優れているんだと証明したかっただけなのに……全部を失うことになる、なんて……。
そんなのひどすぎる……。
「お、お願いよ莉乃……なんとか言って。莉乃が社長に頼めば私はまだ……」
その時の莉乃の顔を見て私ははっとした。
そこには、ただ哀れむような目があった。
なんでお前なんかが私を憐れんでんだよ!
哀れなのは恋人を取られたお前だろうが!
私なんかじゃない。
「ぅ、う……」
足から力が抜け、膝から崩れ落ちる。
どうして……どうしてこうなったの。
婚約者も失い、居場所も失い、そして同期のあの子にまで、憐れまれる日が来るなんて。
涙がにじむ。
嗚咽が喉の奥にこみあげてくるのに、声にならない。
ああ、終わったんだ、私。




