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過去私をパシリにしていた男が、エリート社長になって戻ってきたら、溺愛宣言して放してくれません  作者: cheeery


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14/26

柔らかい雰囲気


黒瀬が連れてきたのは、雑誌にも載っている都内の人気店だった。


入り口は少し奥まったビルの二階。

店内は天井が高く、壁には間接照明と手書きの黒板メニュー。


テーブルの間隔はやや近めで、いくつもの笑い声とグラスのぶつかる音が飛び交っている。


予約名を告げると、奥の席に案内された。


照明はやや落ち着いていて、カウンター席よりも少し離れた二人がけのテーブル。


「……意外」


思わず口からこぼれた。

黒瀬はグラスを手に取りながら眉をひとつ動かした。


「なにが」


「こういう店、あんまり来なさそうだから」


「全然来るよ。こういう店の方が肩の力抜けるし」


まぁ……黒瀬は接待される機会も多いから……整ったところだと仕事モードになっちゃうんだろうなぁ。


「ここの牛すじ煮込みはうまい」


それだけ言って、黒瀬はメニューをめくる。

料理は定番のものが多く、なんだか黒瀬と同級生として食事をしているみたいだった。


まぁ……同級生ではあるんだけど。

いくつか適当にメニューを頼むと、ビールが届き、ジョッキを持つ音が同時に響いた。


「じゃあ、今日はお疲れ」

「乾杯」


グラスを傾けてジョッキを煽ると口の中に、炭酸の刺激がひろがる。


「ああ~」


なんて声を出すと、黒瀬はそれを見て笑った。


「……っ、くく。お前のみっぷりよすぎだろ」

「なによ、いいでしょ?」


やっと方の力が抜けるんだから!


「まぁ、そういうところもお前らしいけど」


黒瀬の表情は、会社にいる時よりもほんの少しだけ、やわらかく見えた。


テーブルに運ばれてきたのは、名物という牛すじの煮込みだった。

土鍋のふちから、ぐつぐつと白い湯気が立ち上っている。


店員が火を止め、取り分け用の小鉢と一緒に置いていった。


「……いい匂い」


ふと漏れた声に、黒瀬がなにも言わずレンゲを手に取る。

煮込みの中から、ちょうどいいとろみのある部分をすくって、無言で私の小鉢にそっとよそってくれた。


「食べてみ?」

「あ、ありがと……」


あまりの優しい顔に思わずドキっとしてしまった。


なんか、彼氏感というか……。


一口、口に運ぶと、味噌の深みととろけるような脂のコクが口いっぱいに広がった。


「……美味しい」


口に出すつもりはなかったのに、思わず声が漏れる。

すると黒瀬が、少しだけ口元をゆるめた。


「だろ?」


なんか嬉しそう……。

黒瀬ってこういう顔もするんだなぁ……。


それから色々やってきたメニューはどれも美味しかった。


緊張感もなくてしっかり味わえるし、一番お酒が美味しく感じた。

すると黒瀬が思い出したかのようにたずねた。


「つーかさ、お前……なんで俺の名前覚えてねぇの?」

「えっ、だって興味なかったし……」


すると黒瀬はあからさまに不機嫌になった。


「はぁ!?」


「し、仕事の時はちゃんと調べて答えられるようにするから」


「そういう意味じゃねぇよ」


じゃあなんでぶすっとしてるのよ。

仕事でしっかり覚えていれば問題ないじゃない。


「俺はずっと覚えてたのに……」

「えっ」


逆になんで?

黒瀬が私のこと名前で呼んでたことってあったっけ?


ずっと「地味子ちゃん」「地味女」なんて呼んでいたよね?


考えていると、頼んだものがやってくる。

黒瀬ははぁとため息をつきながら、それに手を伸ばした。


なによ、私が悪いみたいに。

どうせ黒瀬だって、私を紹介されてようやく思い出したくらいのくせに。


そんなこと強がって言われてもなんの意味もないんだから。

ご飯を食べながら、私たちは話をする。


「っていうかさ、あんなウソついちゃっていいの?」

「なにが」


「なにがってさ、黒瀬に本当に相手が出来たらどうするつもりなの?」

「その時はその時だろ」


私とは婚約破棄になったって言えばいいんだろうけど、仕事場はどうするんだろう。


私に協力してもらったばっかりに、職場の人には知れているし……。


婚約破棄になったなんて言ったら黒瀬の方が居心地悪いんじゃないの?


「……大丈夫、お前には迷惑かけないようにするから」

「そう……」


黒瀬ってこんなこと言うような人だったっけ?


もっと自分のことばかり考えてるやつだと思ってた。


「ごちそうさまでした」


そう言いかけたときには、すでに黒瀬がスマートに会計を済ませていた。


「黒瀬、私も出すよ」


店を出てそう告げると、彼はさらりと言った。


「いい。今日……けっこう大変だったろ?」


大変っていうか、いい気晴らしになって良かったなんて思ったりもしてる。


どうせ家にいても一人でベッドでゴロゴロするくらいしかやることがないし……。


「じゃあ……お言葉に甘えて……」


夜の街は少し湿気を帯びた風が吹いていて、看板の灯りと車のヘッドライトが遠くで交差していた。


ほんのりアルコールが残った体に、夜風が心地いい。

私たちは駅までの道を歩くことにした。


「……なぁ」


そう言うと、黒瀬は前を歩きながら、ほんの少しだけ振り返った。


「なに?」


「父さんと母さんの話……聞いてたろ?社長と秘書って相性がピッタリハマると結婚生活も同じように上手く行くってさ」


「うん」


そう言って、信号の前で立ち止まる。

すると彼は言った。


「……俺は別にいいかもって思ったけど」

「え?」


「お前と結婚するのも」


はぁ!?

なに言ってるの……?


黒瀬、けっこうお酒飲んでたっけ?


それとも弁解するのがめんどくさいから、お前でいいわってヤケになってるわけ?


全く黒瀬という男は、意外といいところもあるじゃんなんて認めたらすぐにそれを壊してくるような男だ。


「はいはい冗談はそれくらいにして」

「冗談じゃねぇって」


信号が青に変わる。


ふたり並んで横断歩道を渡る時、黒瀬はパシンっと私の手を掴んだ。


「本気で言ってる」


まっすぐに私を見る黒瀬。


──ドキ。


思わず胸が鳴ってしまって、私はそれを誤魔化すように言った。


「嫌だけど」

「は?」


「私は黒瀬と結婚なんて断じて嫌だけど?」


私の言葉に黒瀬はピシっと固まった。


だいたいなんで受け入れてもらえる前提で話しているのか分からない。

大キライな黒瀬と結婚なんて絶対に嫌に決まってる。


「昔、あんたがしたこと忘れてないから」


ふんっと言い放つと、黒瀬は「なんだと!」といいながらムキになって言ってきた。


「地味子のクセにお前に決定権があると思ってんのかよ」


「だから、そういうところが嫌いなの。そうやって人を無理やり従わせて結婚してやってもいい?ありえない!時期を見て周りが冷めてきたら、必ず婚約破棄させてもらうから!」


「お前……恩を忘れたのかよ」


「そっちこそ!この偽装結婚は利害一致の偽装結婚だってこと、忘れないでよね!」


それからお互いに顔を見合わせると、ふんっと逸らしながら別々の道に帰ることになった。


お前でいいなんて言われて結婚するなんて絶対に嫌だ。


私だって幸せになりたい。

今度こそ自分を愛してくれる、ステキな相手を見つけたいの──。




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