黒瀬のお願い
ふたり並びながら駅まで向かう。
今日は色々あって疲れた。
最初は黒瀬に騙されたと思っていたけど……そうじゃなかったんだな。
あの時の美咲の、唇を噛みしめた顔と茫然とする圭介くんの顔を見たら少し自分の心の中もスッキリとした。
これでもう、私も前を向ける気がする。
私はぴたりと足を止めると、黒瀬に向かって言った。
「……今日は、ありがとう」
そして深く頭を下げる。
「そんなことしなくていいって」
黒瀬はぽんっと私の肩を叩いた。
「でもさぁ……あんなこと会社の人に言っちゃってどうするの?私はいいけど、黒瀬はけっこうマズいんじゃないの?」
「あー……そうだな」
そう言うと、黒瀬は頭をかきながら言った。
「ちょっとこっちもあながち、その状況が悪くなかったりするんだよな」
「どういうこと?」
ひどく遠回りな言い方をする。
普段なら結論から言ってくるのに。
「親父にさ、早く結婚相手を作れって言われてるんだよ。うるさくて……相手がいないようならこっちで縁談の話を持ってくるとか言ってきてよ」
黒瀬のお父さんってそんなに厳しい人だったんだ。
でも確かに、高校の時からなんか家柄が良かった気がする……。
「ってか、黒瀬って付き合ってる相手いなかったんだ。それが意外なんだけど」
私がつぶやくと、彼は言った。
「女はさ、マジでめんどくせ……。ちょっと仕事してるくらいで、私と仕事どっちが大事なんだ!っとか聞いてくるし、すぐ物投げてくるしよ……」
うげっとした顔をしながらそんなことを離す黒瀬。
それは、黒瀬が彼女を大事にしないからなんじゃない?と思ったけど、飲み込むことにした。
「それで、なにか協力した方がいいことがあるの?」
「……いいの?」
黒瀬は少し考えるように黙った後にたずねた。
「いいよ。だって私も協力してもらったし……貸し1って感じじゃん。黒瀬に貸し作るのとか絶対嫌だし……返済してから、やめたい」
「おい、絶対嫌だしってなんだよ」
だって貸1付けておいたら、それ以上のこと言われそうだもんね。
「なら……お言葉に甘えていいか?」
「うん」
「俺の両親に挨拶に来て欲しい。もちろん婚約者として」
黒瀬はまっすぐに私を見つめて言った。
最初は彼氏から、今度は婚約者か……。
どんどんランクがあがっていってしまっているけど、大丈夫かな……。
まぁ、でも黒瀬なら新しい相手が見つかった時に上手く解消してくれるだろう。
そもそもこっちも失うものはなにもないわけだし……。
「分かった。一時だけの偽装関係ってことで」
私が笑うと黒瀬もほっとしたように言った。
「悪いな」
こんなに言うってことは、けっこう厳しい中生きてきたのかもしれない。
まぁ……若いのに社長だもんなぁ……。
「つーかさ」
「ん?」
ふいに言葉をもらす黒瀬。
そして彼は言った。
「全然俺の方がイケメンだったぞ?」
「はぁ……!?」
「お前見る目ないんじゃね?俺の方が全部勝ってただろ」
「ふっ」
私は黒瀬の言葉に笑った。
そういうところ、変わってないな……。
妙に人と張り合って自分の方が勝ってるって言うのよね。
「なんで笑う」
「黒瀬も子どもっぽいところあるんだなと思って」
「なんだと!?」
黒瀬が眉をしかめてこっちを見て来る。
そんなやり取りはなんだか懐かしくて、楽しく感じられた。




