少年たちの熱き思い出
時は平成二十九年。林太郎達が中学三年の夏休みに話は遡る。
塾で顔を合わせる度に、家に遊びに来いとしつこく誘う万年に根負けして、林太郎は彼の自宅に行くことにした。
林太郎のマンションがある駅の反対、西側地区には高級住宅街が広がっている。
ゆったりとした区画が広がる住宅街の一角に一際目立つ重厚なコンクリートの住宅が建っていて、それが万年の家であった。
生まれて初めて豪邸に招かれた林太郎は、だだっ広い家の中にさりげなく飾ってある、備前焼の花瓶や古伊万里の壺、それから壁を飾る洋画と日本画の一つ一つ目に留めながら、万年の後に付いて歩いた。
アーチ形の階段を上がると、万年の部屋に招き入れられた。
十四畳はありそうな大きな部屋だった。林太郎のマンションのリビングとダイニングに、母親の部屋を合わせたのと同じくらいの広さだ。
そんな万年の部屋に燈されても、林太郎はただ、掃除が大変だろうな。くらいにしか思ったことはなく、羨望も沸かなかった。
何故なら、万年の部屋の大きな書棚には、六法全書とブリタニカ百科事典がずらりと並んでいるのを目の当たりにしたからだ。
ゲームも部屋でプレイするのは禁止されているという。
何で遊ぶか聞いてみると、万年は何と、百人一首を出してきた。
万年が紫の箱を開けた瞬間、百歌仙の人物と歌が書かれた札を見て、林太郎はすぐに帰ろうと決意した。
帰ろうと決めた直後にドアが開いて、小奇麗な中年女性が高価そうなケーキと薫り高い紅茶を盆に載せて現れた。それを見た林太郎は、三十分くらいは万年に付き合ってやろうと、ふかふかのラグの上に腰を下ろしたのだった。
仕方がなくラグの上に百人一首の札を並べてはみたものの、案の定、途轍もなくつまらなかった。
次第に沈んだ顔になっていく林太郎を見て、万年はかなり焦ったようだ。
やっと家に連れて来た林太郎に早々に帰られたくなかったのだろう。
喉が喉が渇いたと言った林太郎に、オレンジジュースを持ってくると言い残して、万年は部屋を飛び出していった。
勢いよく出て行った万年だったが、ついでにトイレに行ったのか、それとも親に用事でも言いつけられたのか、なかなか戻ってこない。
一人残された林太郎は立ち上がって、マンガ一冊もない万年のくそつまらない部屋から出た。
隣の部屋のドアが半分くらい開いていたので、こっそり覗いてみるととにした。万年と同じくらいの広い部屋には誰もいない。机の上にはノートパソコンが置いてあった。
暇を持て余していた林太郎は、部屋に入って何気にそのノートパソコンを開けたのだった。
「き、きさまあぁっ!勝手に人んちのパソコン覗くとは、一体どういう教育受けてんだ!」
「だってさ、お前、あの時、部屋から出て行ったっきり小一時間は戻ってこなかったじゃないか。どんだけ俺が退屈していたと思う?」
冷蔵庫を開けて中を覗いたら、オレンジジュースが見当たらない。慌てた万年は、財布を握りしめると林太郎に何も告げずに、二キロメートルも先にある成城石井までダッシュしたのであった。
自転車で来ればよかったと気が付いたのは、汗だくの息切れ状態で店に着いてからである。
そういう訳で、林太郎は、万年の兄のパソコンの中身を十分に堪能しましたとさ、というお話でした。
「そうか、分かったぞ!きさまがあの時から俺の家に頻繁に遊びに来るようになったのは、兄貴のパソコンを覗くのが目的だったんだな!」
「ふっ、今頃気付いたか。愚か者めが!」
勝ち誇ったように林太郎が雄叫びを上げた。
覗くだけではなく、持参したUSBメモリで万年の兄のファイルをこっそりダウンロードしたことは内緒である。
「…じゃあさ、兄貴の秘蔵□□□□□□□ファイルを見たってことだよね?!」
「見た。あと“△△が×××したらこうなった”もな」
「ええー!あれも見たの?あれ、ヤバいよな」
「いやー、俺としては“○○さんが☆☆☆”の方がヤバいと思う。それから“■録◎☆濡〇△◇”ったら、もう」
※ここで読者諸君にミッションを与える。
伏字に文字を入れてくれたまえ。片仮名・平仮名・英字何でもOKだ。君たちの妄想に期待する。
「ちょっと待てぃ!」
我に返った万年が、震える両手を林太郎の前に突き出して、盛り上がり始めた会話を遮った。
「兄貴のパソコン、ロックしてあったよな?パスワードはどうしたんだよ?どうやってログインしたんだ?」
「何言ってんだ。お前の兄貴のパソコンの右上に、いつも付箋が貼ってあるじゃないか。そこに書いてある英字と数字を入力したんだよ。お前だって、そのパスワード使って兄貴のパソコン覗いてたんだろう?」
「あああっ、そうだった!くそ、バカ兄貴め!俺にとんだ恥をかかせやがって!」
茹でだこのようになった万年は大声で叫んで、アスファルトの上で地団駄を踏んだ。
「与太話が長くなったな。最初に俺が言わんとしたことを、お前はをすっかり忘れちまっただろうが、異性への執念をこじらせた切ったお前の兄貴がパソコンに秘蔵した写真や動画サイトを垣間見て、俺はあの時心底恐怖した。何が何でも共学に行くべきだと決心した瞬間だったのだ!」
「何を偉そうに!きさまもただの変態ドスケベだったという話ではないか―――!!」
「お前だってそうだろうが!」
「…林太郎くん。まだ家に帰っていなかったの?」
突然現れた健吉に声を掛けられて林太郎は飛び上がった。
「うわっ。びっくりした。健吉、今帰り?」
「う、うん。あ、亀ちゃん。久しぶり…」
なぜか弱々しく微笑んで林太郎と万年に手を振る健吉だ。
「何だよ、久しぶりって?相沢、お前、昨日俺と会ったろうが」
聞き捨てならない万年の言葉に林太郎の眦が釣り上がった。
「え?健吉、お前、こいつと昨日会ったのか?」
「う、うん。そうだった」
健吉は胸の前で手を組んで、困ったように林太郎を上目遣いで見た。
「ちょっと商店街に用事があって、偶然会ったんだ」
「はあ?何言ってんだよ?パティスリー・ニシモトで買ったケーキでお前んちでお茶したろうが」
「…おい健吉。それって」
万年の話を聞いて、林太郎の顔が鬼の如く険しくなっていく。
「パティスリー・ニシモトの期間限定“高橋果樹園さんちの三種のベリーを使ったつやつやショートケーキ”を購入した挙句に、お前んちで上田と一緒にお茶したって事か?」
「そうだけど?相沢からメールが来てさ。ああ、あのケーキ美味しかったよ。誘ってくれてありがとう」
べらべらと喋る万年に、健吉が悲鳴を上げた。
「亀ちゃん!それ、林太郎君には内緒にしてって、言ったじゃないか―――」
「どういうことだ!健吉」
林太郎は怒りに震えながら健吉に詰め寄った。
「おまえ、あのケーキは俺と一緒に食する約束だったろう?何でこんな奴と食べてんだよ!」
「だって、林太郎君は昨日、体調崩して早退しちゃったでしょう?あのケーキ、昨日でお店に出るの最後だったから、買って来たんだよ。だけど、いくらメールしても電話しても林太郎君はスマホに出ないから、その…」
「俺が食べる筈のケーキを、こいつに分け与えたって事か!」
「お前がスマホに出ないのが悪いんだろうが。ケーキぐらいでぐだぐだ言うな」
「ぐだぐだと!聞き捨てならんな。あのケーキを俺がどれほど食べたかったか。健吉!お前、知っているだろう?」
「…はい。知っていました」
「それに、何で上田を亀ちゃんなんて呼ぶんだよ!誰が付けたんだ、そんなあだ名」
「…僕。だって、上田君の名前の万年って普通に読むとまんねんだから、鶴は千年、亀は万年って」
「相沢が中学の時に塾で付けてくれたんだよ。お前もいただろ?覚えていないのか」
「知ら―――ん!」
林太郎は金切り声を上げた。
「こんな傲慢な奴に、あだ名など必要ない!」
「ねえ、健吉君。その、パティスリー・ニシモトってお店のケーキ、美味しいの?」
「!」
林太郎が息を飲んで後ろを振り向くと、そこにはエリスが立っていた。




