理想の現実
「それ、は……」
その単語を忘れるわけがない。EmPhoton――それは、サラの持っていたアパレイユの設計図、その動力原とされていた未知のエネルギーだ。
「ようやく、繋がったみたいだね」
満足げな表情を浮かべるラデュサ。繋がったという発言からするに、彼女もまたアパレイユの関係者ということだろう。
「エンプトンは、この研究所で偶然発見されたエネルギーだったんだ。数多の人体実験の果てに、尋常ではない想いが集まっていた。絶望、なんて一言では語れない少年少女の感情は積もりに積もって爆発した。一人、また一人とその力に目覚めていった。最初の内は、研究者たちも、とてつもなく強い兵士が出来上がったって喜んでいたみたいだけど、それが複数人、しかも偶発的に発生するもんだから、まあ大変。制御不能になったところで研究は停止。その後も、エンプトン自体の研究は続いたみたいだけど、結局、再現性が認められなくて、これもまた失敗。あの力はあくまで、人体実験の特異事例という評価に落ち着いた。それからは見向きもされなくなって今日に至る、と……だけどね」
ラデュサはそこで一呼吸置き、勿体ぶって微笑みを浮かべた。
「実は、もっとずっと前に、エンプトンはある天才によって発見されていたんだよ」
「天才……?」
「そう、誰もが知るあの英雄カタロ=リミトだよ」
「嘘だろ?リミトの生きた時代なんて数百とはいかないまでも百年以上は前だぞ。そんな前から見つかっていたのに、数年前の研究じゃ、未知のエネルギー扱いなんて……」
俺自身も研究者の端くれだけど、全く知らなかった。軍の研究員たちもきっと名前すら聞いたことがないだろう。
「ああ、それは簡単な話だよ。カタロが天才で、君たちが馬鹿だからさ」
「バッ……!」
「あはは、半分は冗談だけど。カタロはエンプトンの強大さ故に、その事実を隠したんだ。人類がその力を扱うに相応しい生物になったのなら、共有しようと決めていたんだ」
「なる、ほど」
「だけど、いつまで経っても人類は争いを止められないから、このままじゃ駄目だと思ったカタロは愚かな人類をこらしめるために、エンプトンを使用した兵器で宣戦布告をしたって訳」
「そういうことか……ってサラッと流すな。なんだ最後のとんでもない情報は」
「事実だからね。君がどう思おうがそれは変わらない」
事ここに至って、今更ラデュサが嘘をつくとも思えない。だから言っていることは事実なんだろう。だけど、それにしては気になることがいくつかある。一つ目は、さっき自分が言った通り、リミトはもう何百年も前の人物で、公式には既に亡くなったとされている。だから、宣戦布告をしたカタロ=リミトは、当然、本人だとは考えられていなかった。何者かが自身の主張を押し通すために過去の偉人を騙るなんていうのは良くある話だ。だが、彼女の口ぶりからすると、そうではないらしい。この戦いはリミト本人の意志ということだ。
そしてもう一つ気になることは、
「……なんでお前がそんなことを知ってる。そう言い切れる」
「それも簡単。というか本当はもう分かってるでしょ?」
正直に白状すると、概ね検討が付いている。そして、それが意味するもう一つの事柄にも。
この戦いの首謀者が誰なのか、何故それを知っているのか。この二つの疑問の内、重要なのは明らかに前者だろう。後者は、それを知ったところでどうにもならない。後の祭りだ。それでも、俺が口にした疑問が後者であったのは、俺の中の答えを否定してほしかったからだ。そうであってほしくないと願ったからだ。
けれど、現実は、思い通りには変わらない。積み重なった断片は、ただ一つの事実のみを告げる。
「僕も、いや僕こそが、君たちが敵対しているアパレイユのパイロットだってこと」
設計図を見たときに至った仮説。コックピットの存在。無機質な何かではなく、意志を持つ誰かと戦っているということ。それがこんなにもあっさりと、明かされることになるだなんて。
そしてこのことが持つもう一つの意味。
彼女がどうして、俺をここに連れてきたのか。
ようやく分かった。分かってしまった。
「……サラも、そうなんだな」
彼女と同じ、見た目、声。瓜二つなんて言葉では片付けられない二人の姿。
ラデュサだけが。そんなこと、きっと、あり得ないから。
「……」
ラデュサは微笑みを浮かべるだけで、何も答えない。その沈黙は肯定なのか否定なのか。俺には判断が出来ない。
「お前たちの目的は何だ……?こらしめるっていうのは具体的にはどういう意味だ。確かリミトは開戦時に『愚かな人類を、抹殺する』そう言っていたはずだ。こらしめるって言葉とは随分と意味合いが違うだろ」
「う~ん。そこは、まあ、いくら何でも、宣戦布告にこらしめるなんて表現は使わないでしょ?」
「それは……そうだが」
「そもそも僕たちは無闇に命を奪うようなことはしていないはずだよ。考えてもみなよ。本当に抹殺なんてしたいなら、街やら民家やらを攻撃したって良いわけだろ?でもしていない。何故か?それは別に君たちを皆殺しにしたいわけじゃないからさ」
当人の口から語られたからこそ、俺も信じることが出来ている。それくらい俄には思いもよらない発言だろう。人類が総力を上げて戦っていた相手は『こらしめる』ために在ると言ったのだ。被害が少ないのは我々が善戦をしているからではなく、そのように手加減をされているから。
「じゃあ、何を……」
「……それも、もう限界みたいだけど」
そう呟いた彼女の顔は酷く寂し気で。ここにいない誰かを悼むように、儚かった。
けれど、そんな姿も一瞬で、全てを見透かすような彼女に戻ってしまう。
「僕が何でこんなこと、君に教えたと思う?」
「え、それは……」
あまりにも躊躇いなく、俺と話しているものだから無視してしまっていたが、ラデュサはアパレイユのパイロットだと宣言したのだ。それは敵対していると言っているのと同義で、だとすると今までの話は、俺に伝えることにメリット、ないし意味がないとおかしい。のだが、指摘されるまで気付かなかったということは、検討も全くついていないということで。
「……ここで、始末するから冥途の土産に、みたいな」
突拍子もないことしか思いつかない。
「…………ぷ、」
ぷ…………?
「あっははははは。何それ。そんな訳ないじゃ~ん。それって僕が君を殺すってことだろ?ないない。そんなのある訳ないよ」
「べっ別に本気で言ってないし、逆にそうだとしたら困るし……」
「うん、まあ……ふふ、そうだろうね。君は正直で良いよ」
「いつまで笑ってるんだよ」
確かに、あり得てほしくないことを言ったつもりではあったけど、笑うようなことではないと思う。寧ろ何で大爆笑なんだ……さっきまで結構真面目な雰囲気だったのに、急に気が削がれてしまう。
「だって、こんなに楽しくお喋りしてたのに、その相手を殺すためにそうしてたなんて、可笑しいでしょ?」
「た。楽しく?」
「うん。そうだよ。人とこんなに楽しくお喋りしたの、君がはじめてで二度目だよ」
何だか頭が混乱してきた。ずっと微笑みながら俺の心をズタボロにしていたのを、本心から楽しんでいたというのか……?しかも全くの悪意無しで、普通の楽しいお喋り、だと??
「僕が君にこんな話をしたのは、僕は僕で君のことが気になるからさ。君のことを知ろうと思ったら、君にも僕のことを知ってもらわないといけないだろう?だから、僕に興味を持ってもらえるように、君が一番知りたそうにしていたことを教えてあげたんだよ」
理屈は分かったんだが、それ以上に疑問が湧き出て止まらない。何故俺に興味があるのか。そもそも何で俺のことを知っているのか。あと、だからと言って俺に教えていいのかその情報。
そんな俺の困惑を余所に、目の前の少女は、心の底から楽しそうだ。
「それで?どうかな?僕にも興味、持ってくれた?」
「まあ、そうだな……大分」
「そっかあ。良かった」
跳ねるように笑う姿は、見た目よりも幼く映る。けれど、その方が彼女に合っていると思った。だから
「そんな風にも笑えるんだな」
「ん?んーそうだね。こんな風に笑ったのいつぶりだろ。覚えてないや」
こんなに楽しく話をしたのは、はじめてだと言う彼女。こんな風に笑ったのはいつぶりだと振り返る彼女。あまりにもあっけなく喋るものだから、ラデュサの当たり前は一体どこにあるのかと、考えることが怖くなる。
「さてと。ようやく僕にも興味を持ってくれて嬉しい限りだけど、そろそろ時間も不味い。ここから先は、イリアがどうしたいか、ちゃんと決めてもらわないとね」
「俺が?」
「そう。僕のこと、僕たちのこと、もっと知りたいだろう?それに、もう分かっていると思うけど、サラは今、僕たちと一緒にいる。僕はサラを連れて帰るだけで任務クリアな訳だけど……サラがイリアイリアってしつこいからね。君も一緒に連れて行った方が何かと都合が良いと思うのさ」
「…………!」
「どうしようか。時間もあまりない。これ以上油を売っていると、僕もカタロに何を言われるか。だから――」
「――決めて、今ここで。僕と一緒に来るか。何もなかったことにして元居た場所に戻るか」
突き付けられた二つの道。疑いの余地もなく、これは俺の未来を決定づけるものだろう。
ここに来るまでの俺だったら、きっと即答していた。行かないと。
大切なものを守りたいとか、誰も殺させないとかそんな青臭い正義感を掲げて、大言壮語で自分の中の欺瞞を覆い隠していた。自分が何故戦ってるのか。何を守りたいのか。そんなことに目を向けることもせずに。
だけど、俺はもう知ってしまった。自分自身のことも。この戦いの断片も。俺は俺のエゴのために剣を取った。そして闘争という行為はそんなエゴごときでは終わらせることは出来ない。
知りたい。知らなければならない。俺達が戦ってきた相手を。本当に戦わなければならない『敵』なのかどうかを。
差し伸べられた手を取る。答えはそれで充分だろう。
「選んでくれてありがとう。きっと後悔させないよ」




