原罪の在処 Ⅳ
「えっと、何だったかな。もう、君が余計なことを言うから、話の腰が折れちゃったじゃないか」
ラデュサはまるでぷりぷりという擬音が聞こえてきそうな仕草でそうぼやいた。
この愛想が、ただの諧謔だなんて、とても思えない。であれば、どうして彼女はこんな地獄の跡地で当たり前のように振る舞えるのだろうか。
そんな疑問は程なく続いた彼女の発言で遮られてしまった。
「まあいいや。この物語の結末を話そうか。見ての通り施設は壊滅。だけど、これはリユー軍との戦闘によるものじゃない。飼い犬に手を嚙まれるが如く、被検体がその手綱を切ったんだ。通常の人間よりも高い戦闘力を持つ彼らが暴徒と化したこの地は、まさに地獄絵図だったのだろうね」
そしてラデュサは付け加えるように言った。
「そういう意味では、彼らは人間だったんだね。どれだけ中身を弄られても、たとえ自我という自我が存在しなくても、苦しいと感じる心は彼らにもあった。そうした感情が集まれば、大きな奔流となって襲い掛かる。合理性を追求して、倫理を捨てた科学者の自業自得とも言えるけどね」
「そう、かもな」
「あれ、元気ないね?」
「誰の………」
誰のせいだと思っているんだ。そう言いかけて口を閉ざした。最早、自分の気持ちをどこにぶつければいいのか分からなかったけれど、ラデュサに当たるのは違う。彼女はずっと事実を述べているだけだ。そこに付随する彼女の感情がどうであれ、それは事実として受け止めなければいけない。
「それで、話は終わりか?」
「?いやまだだけど?」
「……そうかよ」
「当たり前のように、暴動が起きたって言ったけど、おかしいと思わなかった?自分よりも強い生物を取り扱う科学者が何のリスク管理もしてないなんてことはないよね?」
それは確かにそうなんだが、想定外のことはいつだって起こりうる。件の暴動だって、そうした想定外の発生に対処しきれなかっただけだと思っていた。だけど。
「その口ぶりだとどうして防げなかったのかが、大事なこと、なんだな?」
「そ。というか今までのって全部前座なんだよね。ホントはもっと適当に済ますつもりだったんだけど、イリアの反応が良いから、つい、話し込んじゃった」
と、はにかむラデュサだが。
・・・
この発言には流石に、言葉を失った。俺は本題とは全然関係のないところで、こんなに深手を負わされたのか…?しかも、その反応をみて楽しんでいたまであるぞ…!
「とんだ悪趣味だな…お前…!」
「えー、でもさ。自分の話に気持ちよーく反応してくれる人がいたら、誰だって余計に話しちゃうと思うけどな。何言ってもびくびくしてるイリア、ちょっと可愛かったし」
「それは楽しい話の時だろ!それと、びくびくはしてない」
してたよー?と首をかしげるラデュサ。その顔は、純粋な笑みをたたえていた。
何だろう。この肩透かし感。そもそも前提からしてズレている、このもどかしさ。顔がなまじサラにそっくりなものだから、一層感じてしまう。――凄く、似ていると。見た目とか性格とかそういうんじゃなくて、もっと本質的な、何かが。
突然訪れた、ひと時の休息。ラデュサは最初から俺との会話を楽しんでいたつもりだったらしい。途轍もない勘違いではあるのだけど、やっぱり根っからの悪いやつでは、ない…のかな。
こんな調子じゃあ、今まで言っていたことがどこまで本気なのかもわかったものじゃない。だから。
「じゃあ、俺の知りたいことを教えるっていうのも適当だったのかよ」
そんな聞かなくてもいいことを聞いてしまっていた。
ラデュサは少しこちらを見やった後、微かに笑い、言った。
「適当を言ったつもりはないよ。イリアがサラちゃんそのものを気にしている訳じゃないっていうのは事実だし」
事実。ラデュサは確かにそう言った。思う、や、感じる、ではなく、事実だと。それがハッタリや出まかせでないことは、その態度を見れば明らかだった。
「何を、根拠に」
「そうだね。こういうのは見てもらった方が早いかな。もっとお喋りしてたいけど、そろそろ僕も怒られちゃうし、結論は手短に行こうか。さっきの問いに戻ろう。暴徒化した彼らはどうして反乱に成功したのか。どうやって研究者たちのデータを…想像を超える力を発揮できたのか。一言でいえば感情の爆発、想いの体現とでも言おうかな。君も経験したことがあるだろ?激しい怒りに満ちた拳は、ただ揮われる力よりも遥かに強い。守りたいという願いが、普段以上の力を導くこともある」
「何だよ、それ。それこそよくある想定外ってやつじゃないのかよ」
守るものがある方が強くなるとか、憎しみが原動力とか、何故かは分からないけど、言われれば、強くなれる気がする理由の一つだ。けれど、それはありふれた、願掛けのようなものではないのか。
「確かに、ね。そうした目に見えない感情や想いといった力は、けれど確かにそこにあって、それでいて説明が不可能。そもそも定量的な力になり得ない……はずだった。ふふふ、君にはまず、その目で確かめてもらおう」
「はずだった…?」
ラデュサの口元が弧を描く。しかして彼女は胸の前で両腕を広げた。まるでそこに何かがあるかのように。
その先の光景は、殆ど信じられないものだった。
彼女の手のひらが包む何もない空間。そこに何かが在る。揺らめき、灯る篝火の如く、闇夜を照らす輝きを持った光。
「――エンプトン。強い心をもつ者のみが扱える不可視の力だよ」




