原罪の在処 Ⅲ
「さて、じゃあ話を戻そう」
何事も無かったかのように、ラデュサは語り出す。
俺は未だに膝を折り、地に手を合わせることしか出来ないのに。
絶望、というには酷くおこがましい。俺は俺のどうしようもなさに呆れ、嘆く。それだけだ。
守るという誓いも、胸を焦がした願いも、その全てが結局は単なる自己満足に過ぎなかったのか。そんなものが俺の原動力だったのかと、哀しんでいるのではない。
ただ、そんな風に断言されて、ハッタリでも何でも、言い返すことが出来なかったことに、もはや、虚しさを感じているのだ。
醜さは良い。だが、それを肯定も否定も出来ないのは何故だ。尚も下を向き続けるのは何故だ。
そこまで、自分は弱かったのか。
と。
どこまでも自分のことばかりの癖に、今はそこにすら穴が空いてしまったようで。
何も出来ずにいた。
ゆらゆらと頼りなくさ迷う思考は、彼女の話に耳を傾けることで落ち着きを取り戻そうとしていた。
「ここが第一次宇宙大戦の実験施設ってとこまでは話したよね?じゃあ、どうしてこんなものがあるか、ってところから行こうか」
戦いの意味。何故人が争うのか。ラデュサはそれを話すのだろう。……俺が、望む、から。
「人と人が争うって言ったって、そこには結構、限界があるわけ。どちらの技術力が飛びぬけていることもない。今の時代は特に、ね。だから、相手を出し抜こうと思ったらズルをするしかなかったんだよ」
試すように彼女は俺に問い掛ける。
そういえば、つい最近、こんなことがあったような…
「じゃあ、どうやってズルをしよう?条約で禁止されている兵器?それはすぐにばれちゃう。新兵器の開発。それだと時間がかかり過ぎる……ねえ、イリア、君ならどうする?」
答えることが出来ない。今の俺には。だってそんなこと許される筈がないんだから。
戦争なんて無くなればいい。でも、戦わなければ守れないものがあることを知っている。だから、戦う。お互いの主張がぶつかって行き着く所まで行ってしまえば、残された道はそれしか無くなってしまう。
そして一度戦うと決めた以上、それは際限なく続いていく。どちらかが、もう一方を叩きのめすまで泥沼のように沈んでいく。そこに善悪はない。敵を倒す、という絶対的な命題が在るだけだ。
ならばその手段にも、きっと善悪なんてものは存在しないのだろう。
「この人たちの答えは、これ」
ラデュサが指差したのは、目の前のカプセル。ランフォルスモン・プロジェと呼んだ、その計画だ。
「あからさまに武器を改造したら目立つけど、その中が滅茶苦茶だとしても分かんないよね?だから、兵器を開発するんじゃなくて、その使い手を強化することにした。それも、極めて早く、そして、より強く、ね」
「何だよ……そんな、大袈裟に、言ったって……普通のことだろ。訓練して……強く、なるって。そんなこと」
酷く、体が震えた。精一杯、反論しようと試みているはずなのに、舌が、口が、喉が、きつく締め付けられるだけで、上手く言葉になってくれない。
先刻生まれた心の穴に、暗い闇が覆い被さる。それは相乗効果のようにして、俺の感情を揺さぶるのだ。
俺は、どうしようもなく弱かった。だけど、それでも俺以外の誰かはそうではないと、そう思えるのなら救いがあった。
けれどもし、どこにも救いがなかったのなら。
自分を認めることも出来ず。
この世界がどうしようもなく狂っているとしたら。
これまでとこれからに……一体どんな意味があるのだろうか。
「……体中、弄り回せば、そんな面倒なこと、しなくて済むよね?」
「人体実験……ってことか」
ああ、そうだ。人は都合よく強くなったりしない。でも、それでは済まさないのが戦争だ。
時間はない。人員は限られている。取りうる手段も僅かしかない。その中での最善策。きっとかつての彼らはそう考えたのだろう。人を道具として扱えば、そんなにも効率のいい存在はないのだから。
「人であることを捨てるっていうのはどんな気分なんだろうね」
「……そんなの」
「そもそも、人なんていたのかな?この実験に参加した科学者は?その被験者は?人外のものを創ろうとした彼らと、その犠牲に人らしい生物になった彼らも等しく、おんなじ人間かな?」
ラデュサは笑って語りかける。
「このカプセルの中にね。10歳くらいの子供達が入れられるの。体内に色んな装置を取り付けられて、薬漬けの毎日。そうすると、不思議なことに数週間で立派な大人に早変わり。戦闘用にカスタマイズされた兵士の出来上がり、と」
彼女は依然、その最中で踊る演者のようだ。仰々しくも、繊細に、人を惹き付ける、それはまるで一つの見世物……
「まあ、無理に成長を促してるから、当然、長くは生きられない。自我の形成にも影響があったみたいだし、何よりーー」
「……だよ……」
目を背けたくなるような事実だ。それでも、確かに存在した過去だ。
これが本当に、人間のやることなのか、と。
勝つことが何よりも大切なのか、と。
人の心はそんなにも弱いのか、と。
自分のことを棚に上げて、いや、自分の弱さを目の当たりにした直後だからこそ、理解できてしまう。
酷く、非情な、現実を。どこまでも利己的なその在り方を。
「ん?」
「何で、そんな風に笑ってられるんだよ……」
だから、分からないことは1つだ。拳を握り、体の震えを堪えながら声を上げる。語気の端々から、内に抑えられた感情が漏れ出ているのが自分でも分かった。
この実験の非道さも、胸が痛くなるほど苦しい。そして、それと同じくらい、ラデュサのことが気がかりだった。
「もう終わった実験だからって、そんな軽々しく…何で……楽しそうなんだよ」
「楽しくない?人の醜いところを見るのってさ」
「俺は……」
そんなの言うまでもない。人が清廉潔白なだけじゃないことなんて分かってる。恨んだり、憎んだり、悲しんだり、そういう否定しきれない嫌な部分があって。それでも、その先にある、笑い合ったり、喜んだり、恋をしたりする、そんな未来を目指しているんだって。
だから戦争なんていうのも、ボタンの掛け違いのようなもので、誰もが明日を求める心は同じだと、漠然と信じていたんだ。
これは、そんな未来を踏みにじってしまうものだ。
かつて彼らが何を思い、何に駆り立てられたのかは知らない。大切なものを守るためだったかもしれない。ただの知的好奇心かもしれない。復讐に取り憑かれていたのかもしれない。
そこにあった気持ちを否定することは出来ないけれど、超えてはいけない一線を超えてしまえば、どんな理想も地獄に繋がってしまう。
それを、お前は…
「本当に楽しいと思っているのか」
「…さあね」
とぼけるように、そっぽを向くラデュサ。その姿はどこにでもいる1人の女性に見えた。
どうしても、俺には信じられない。彼女が本心で、この話を楽しんでいるなんて。
けれど、その根拠も曖昧で、どうしてそう感じたのかは分からない。
俺のことを見透かす彼女とは対照的に、俺は彼女のことを、何一つ知らないのだから。




