原罪の在処
女性の後ろを着いて歩き始めてから、おおよそ20分程経っただろうか。その間、彼女は振り向くことも、口を開くこともせず進み続けた。けれど、ただ歩いていただけかというとそうではない。行く手に見える、例えば鳥や花、そういったものに目をやり、時には眺め、何かを感じ取ったように微笑んだ。まるでピクニックに出掛けているような……まるではじめてそうしたものに触れるような、そんな印象だった。
だから鼻歌交じりに、近くの森に入っても、寄り道の一環だろうと思ってしまった。しかしながら、その予想は完全に外れていて、程なくして、近代的な景色が広がり始めた。
壁だ。ざっと10メートルはあるだろうか。円を描くように、中を守る、要塞を想起させるような高く堅牢な壁。が、所々に破損した跡がある。
「これは……?」
「入るよ」
あまりの高さに、上にばかり気を取られていたが、どうやら目の前に扉があるらしい。勧められるがまま、後に続いて中へと入った。
それは巨大な空間だった。謂わば城塞都市のような、周囲を壁で囲んだ町。人が生活を営めるような、家屋や店、公園なんかもある。いや、恐らくあったんだろうと思う。最初に感じた要塞という印象はあながち間違いでもなかったのか、内部で戦いが起きた形跡があった。中が剥き出しの家、地面に刻まれた焼け跡。その損壊から鑑みるに、戦闘は一度や二度ではなかったはずだ。ただその破壊はどこも小規模だ。白兵戦でもやったような……そんな。
「ボーっとしてると置いてくよ」
と、我に返ると、女性は既に中央に進んで歩いていた。
どうにも気になるところだらけだが、置いていかれては話にならない。他に際立っているところと言えば、先ほどから存在を主張している壁と、中央に聳え立つ施設だけだ。
その施設を指さして女性は言った。
「目的地は真ん中のあれ。もうすぐだよ」
「何なんだよ。ここは?」
「そう焦らない。すぐに分かるよ。イリア」
ふふふ、と女性は笑う。まだ答えるつもりはないらしい。
ここまで何事もなく着いてきたけれど、不安が全くないわけではない。この人の素性を俺は何一つ知らないのだ。相手が俺のことを何もかも見透かしたような態度をとるのに比して、その事実は鮮明だ。
別にそれはそれでいい。どうせ核心を突いた質問は流される。けれど、罠に嵌められるにしても、本当に何も知らない人に良いようにされるのは嫌だった。
だから、せめてという気持ちもあって、何でもない問いを口にした。
「そう言えば、アンタ、名前は?」
「え?」
「いや、名前だよ。あるだろ?」
当たり前の質問をしたつもりだったのだが、女性の表情は虚を突かれたように固まってしまった。確かに今更ではあったが、驚くことではなかったと思う。
それなのに女性は少し考えるように目を伏せた。
「……ラデュサ」
「……?」
「ラデュサ。僕の、名前」
名前を伝えるという行為を彼女は随分と噛みしめるように終えた。まるで、はじめての経験かのように。
「……そうか、っと。ラ、デュサ、ラデュサ……何か噛みそうだな」
「人の名前に文句つける?」
「ああ、悪い。聞いたことない名前だったから」
「そうね。僕もそう思う」
「……?」
このやり取りに意味があったかは分からないが、中央に辿り着くまでの時間を無かったものにしてくれる程度には、少なくとも役に立った。
「さ、着いたよ」




