現実の意味 Ⅱ
「お前は……」
「こんにちは、イリア。ゆっくりしたお目覚めだね。駄目だよ、そんなに寛いでたら」
俺の困惑を余所に、彼女は続ける。どうしてこの人がここにいるんだ……それに事情を知ったような口振り。以前、会った時も不思議な人だと思ったけど、一体何なんだ、この人は……?
出で立ちは前回と変わっていない。黒のローブと、目深に被ったフードのせいで、その口元くらいしか見て取れない。
「うーん?あれ、もしかして、まだ気付いてない?」
「気付くって、何に」
「そんなに分かんないもん?落下の衝撃で頭でも打ったかな?」
食い入るように疑問を投げつけてくる謎の女性。その表情はどこまでも愉しげだ。
俺が何に気付いていないっていうんだ。少し、まだ体は重いけれど、頭は冴えている。別に思考に問題があるってわけでもない。
「じゃあ、ヒントでも出そうかな?まず、どうして僕がここにいるのか。それはね」
だというのに、俺は状況が掴み切れていない。きっとこの人が言うまでもなくヒントはあちらこちらに散らばっていて、答えを導き出すのには十分なんだ。けれど、俺にはその点を線に結ぶ力がないみたいだ。
「君を捕まえるため、かな?」
彼女が誰なのか。今、目の前で何が起きているのか。そんなことを頭で考えようとしているから、とっさの判断ができなくなる。
彼女が自分の目的を自分で告げ終わる頃には、俺は彼女に組み伏せられていた。
「ぐっ……」
「ああ。安心して。痛めつけようって訳じゃないから。あんまり抵抗されると、困るけど。大人しくしてくれれば、危害は加えないよ。それとも一回、バトっとく?」
俺を馬乗りに征しながら彼女は言う。確かに、彼女の言葉から明確な敵意は感じない。
動きを封じられているのに、痛みや重さを感じないのも、その証拠だろう。ならここで無闇に暴れるのは得策じゃない。
「何が、望みだ」
「望みっていうんじゃないけど。ゆっくりお話がしたいだけ。勿論、二人きりでね」
「……どういう?」
「これは君にもメリットがあることだよ。なにせ」
彼女は一度、言葉を切った。微笑んで。
「君が今一番知りたいことを教えてあげるんだから」
その顔はたとえ、地面に這ったままの俺からしても、魅惑的であった。顔の半分しか見えていないというのに、惹かれるものがあった。どことなく儚げで、だからこそ焼き付いてしまう強さを持った笑顔。
その顔に、無意識に見惚れてしまっていたのかもしれない。
だから、不意に口づけをされても、驚きこそすれ抵抗は出来なかったのだ。
「キスって、甘いのね」
ポツリと彼女は呟いた。それは吹けば消えてしまいそうな程か細いものだった。今までの冗談めかした声とは違う、実体の籠った言葉だった。
そうして、少しだけ時が止まっていた。そこに、スッと風が地を凪いだ。俺に被さるようにして俯いていた女性は煽られる形で風を受ける。
「え……」
フードが剥がれ、その内から現れ出た顔は俺のよく知った顔だった。
守りたいと誓って、今、どことも知れず、離れてしまった少女。
「サ、ラ……?」
彼女の名を呼んだ。だけど、分かっている、この人はサラじゃないってことを。
「あーあ。バレちゃった」
女性は再び、軽薄そうに、愉快な調子でそんなことを言った。




