追憶の欠片 Ⅱ
「お兄ちゃん……!」
酷く懐かしい響きだ。暗い暗い意識の底でかつての後悔を回顧する。もう失われて久しい少女の声。けれど、俺は彼女のことを思い出さない日などなかった。
それはいつも決まって戦場での記憶だ。一方的な被害者として。巻き込まれてしまった、あの戦いの記憶。ルナはあの日からずっと、あの場所で、今も殺され続けている。
「お兄ちゃん……!」
最期の瞬間。俺を死から守ったあの瞬間、ルナは笑っていた。その笑顔がどうしても忘れられない。
罪悪感に押しつぶされそうになって、無理矢理に忘れようとした時があった。ルナとの繋がりを全て捨て去ろうとした日があった。それがただの逃げだと分かって、それでも現実から逃げようとした日があった。
だけど、この胸に、脳裏に、ひょっとしたら細胞の一つ一つにさえ、焼き付いてしまって離れない。
これを、悪夢だと泣いて過ごした夜があった。ずっとずっと痛みを訴えて来るのに、患部に触れさせてもくれない。体の奥、そこに確かに感じるのに、実体は存在しない、心というもの。そこに刻まれた7年前の記憶。
「ルナ、こっちだ…!」
「はぁ……はぁ、はぁ」
何度も思い返して、その度に苦しくなる。他人を守ることの難しさを思い知らされる。たった一人。手を握って一緒に走っていた妹さえも、零れ落ちてしまった。
たった一機。遠くで光を放つ、あの人型の兵器のせいで。
炎が燃え盛る。ここは命の落ちていく戦場。助かろうと必死に走っているのに、死という未来がそれを追い越そうと迫ってくる。
見慣れた景色。数分前まで自分たちが生きていた世界が死んでいく。それがあまりにも突然で、目に見える全てがそうなっていくものだから、まるで生きようとしている自分たちが場違いであるかのような錯覚さえ思わせた。
「ああ!」
戦火に包まれた大地は、9歳の少女には過酷すぎる。ここまで逃げ延びられたことすら奇跡だろう。瓦礫に足をとられ崩れ落ちた彼女の体は限界を訴えていた。
息を吸えば肺が焼ける。それでも生きるためには呼吸をしなければならない。生きようとするごとに体を蝕んでいくこの矛盾。それに抗う力はもう残されていない。
「お兄、ちゃん。……もう、走れ、ない、よ」
「頑張れ……あとちょっとだ!」
「だ、め…………むね、いたくて」
喉を振り絞って、言葉を紡ぐ。少女は知っていたからだ。自分の兄は、何があっても私を見捨てたりなんかしないと。喧嘩ばかりの兄妹でも、お兄ちゃんはいつだってお兄ちゃんだった。
「じゃあ、おぶってやる。ほら、早く乗れ」
「ん……」
優しく、差し出された手を握ってしまう。足手まといの私が一緒だとお兄ちゃんも死んでしまうと分かっているのに、この手はとてもあたたかいから、振り解いてしまうことは出来なかった。
「もう少し……あと、少しで……」
正直に言えば、自分だけでも手一杯の状況で、動けない妹を背負って進むことに一切の迷いがなかったわけではない。ルナを置いて一人で走れば、多分俺は助かるだろう。でもその先になにがあるっていうんだ。ルナがいない未来を考えて悲しくなる暇があるんだったら、全部を助けるために動いた方が良いと思ったのだ。どんなに憎たらしくってもルナは俺の妹なんだから。ちゃんと最後まで守らないと。
「っ………あ。見えた。シェルターだ」
そこは目的の地。こんな地獄のような世界から離れられる唯一の道。ようやく辿り着いたと、
気を
緩めてしまった
から
あんな風に
炎が
ずっと、伝って
焼け落ちた
木が
世界が
真っ赤になって
一度
背中を押されて
また
死ん……だ




