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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Dark cloud hanging in the sky
48/59

覚醒。そして……

 そう。


 力だ。


 戦場では力がいる。弱きものは強きものの前に屈し、敗れ去るのみだ。


 なのに、俺にはそれがない。力が足りない。


 どうして?


 答えは簡単だ。俺は、遅すぎたんだ。


 何もかもがいつも遅すぎる。


 自分の気持ちに向き合わず、けれど完全に否定することも出来なくて、エンジニアという形で、中途半端に戦いに参加して、


 いざ、自分の身が危険にさらされて、そこではじめて、何をしたいのかを理解して、


 戦いがはじまってからも、誰かに守られて、傷つけて、そうしてやっと自分の至らなさに気付いて、


 ずっとずっと、弱いままだ。


 今回もそうだ。何もできないままで、ただ見ていることしか出来ない。


 大切な人が傷ついていくのを、ただ見ていることしか。出来ない。


「俺は……」


 数刻先の現実を想像して涙が溢れた。サラは殺されるのか?いいや、サラだけじゃない、ユウナも、ブルーノもノーランも船の皆も、皆、死んでしまうのか?その迫りくる未来を俺はただ受け入れることしか出来ないのか?どれだけ力を籠めようと、体は自由に動かない。辛うじて顔を上げて、顛末を見届けるだけで限界だった。……もう諦めるしかない、のか?


「くっ……うぅうう」


 サラの声がする。一人でも歯を食いしばって耐えている声がする。ああ、俺は何て無力なんだ。


「私は……!」


 サラは折れない。三機の猛攻に晒されながらも、尚、前を向いている。


「まだやるの?……でも!」


 それでも負ける。想いだけでは届かない。どうしようもない事実がある。


「私は……負けない」


 それでもサラは折れない。力が足らずとも、心は決して砕けない。……どうして?


「サラ……」


 絞り出した呼びかけはきっと彼女の耳には届かない。それ程までに、か細い声。何も出来ないまま、何も成し得ないままに死んでいく弱者の声だ。それなのに。


「イリアは、……私が守る」


 そんなどうしようもない俺を守るといってくれる少女がいる。


 守る。ああ、そうだ。そう誓い合ったはずだ。そんなこと、俺には余りある願いだと知った上で、それでも守ると誓ったはずだ。


――また、船で会いましょう


 半刻前に交わした約束が蘇る。彼女もまた、俺を守るといってくれた。


「俺はっ………!!」


 そうだ。


 誓いがある。約束がある。


 だったら諦めることは違う。膝を折る訳にはいかない。何も出来ないからといって、体がいうことを利かないからといって、心まで立ち尽くすだけなのは間違ってる。


 体が熱い。頭に響く痛みはその激しさをさらに増していく。振り切れない痛み。当に許容量を振り切った痛み。だが、それがどうした。


 抗え。


 弱くても、無様でも、みっともなくても構うものか。


 だって。


 大切なものを失う痛みは、こんなに優しいものじゃないんだから。


「守るって、誓ったんだからぁあ!!!!」


 瞬間。全身に風が吹き抜けた。勿論、現実じゃない。そう錯覚させる程の、クリアな変化が俺の中に起きたのだ。頭痛はいつの間にか消えていた。体が軽い。思考も冴えている。手足の先まで、全てが思った通りに動く。


 これなら、戦える。


 まだ、終わらせない。


「!!!」


 即座に狙いを定め、ライフルを三連射する。狙いは当然、前方の機影。サラの命を奪わんとする、あの敵だ。


 完全に虚を突いた攻撃は二発が、サラを囲むアパレイユの頭部に突き刺さり、爆発する。しかしあいつは、あの女は軽々とその一撃をいなして見せた。その証拠に煙から、奴は悠然と現れ、こちらに向き直る。


「へえ……凄いね。枷が外れた。自力でやったのかな?それとも僕の脳波の影響かな?どっちにしろ……少しは楽しめそうだね!」

「いつまでも、負けるわけにはいかないんだ!!」

 

 笑う女に猛る男。戦力的にも精神的にも、誰が見たって俺の方が劣っている。状況は依然、最悪。既にサラの機体は敵に制圧されている。残る3人も半ば人質状態。全てを守り切るなんて到底不可能な戦場だ。


 そのアドバンテージを放棄して、女は単身で向かってくる。俺を試そうという考えは変わっていないらしい。超速の機体は、俺のファコンの最大加速を以てしても、追いすがることすら適わない。それは単に速いだけではない。運動性、攻撃力、操縦技術。どれをとっても俺の上を行く相手。


「あああああああああ!」

「気合は十分。でも、それだけじゃあね」


 女は急激な旋回で、俺の射撃を難なく躱す。そうだ。こいつはどんな速度域にあろうと、その動きを柔軟に変化させる。直線的な攻撃では絶対に当たらない。武器を闇雲に振りかざすだけでは届かない。必要なのは目だ。相手を観察する目。駆動の癖、攻撃パターン、それら全てを焼き付けろ。


 その上で想像しろ。たとえ実現できなくとも、心で負けるわけにはいかない。どれだけ夢、絵空事だって、願わなければ叶いっこない。


 描け。最高の未来を。


 適わないという現実を塗り替えて、何も失わない明日を。掴みとるんだ。


――――。


 瞬間、視界に写るもの全てが何重もの層になって表れた。例えるならば、テレビのコマを重ね合わせているかのように、敵の動きが投影される。これ、は……


「ほらほら、さっきまでの勢いはどうしたの?逃げてばっかじゃ勝てないよ」


 右に二回、左に三回。上下に振って、その後急加速。その道中で、数度の射撃。機体性能に飽かせるだけじゃない。女の操縦は飛びぬけて繊細だ。


 女の攻撃は完璧に俺を捉えるものだった。確実に俺に命中するはずの光線。だが、それは寸でのところで空を穿つ。たった数センチの隙間。けれど、絶対的に届かない距離。そんな綱渡りな回避を、俺は狙って引き起こしていた。自分に何故、こんな芸当が出来るのかと、不思議な感覚に支配される。それでも、見える。動きが読める。女が次に何をするのか。それこそ未来を覗き視るかのように、相手の一歩先が現在に重なって見える。――あの機体は次の射撃後に急降下する。


 これは……。


 意識を集中させる。これが本当に未来の姿なら、俺に出来ることは一つだ。


 手繰り寄せる、未来を……映し出されるイメージに、俺の望む現実を重ねてやる!


「そこだ!!」

「な……」


 渾身の気合を込めて放ったビームライフルは吸い込まれるように、女の機体に直撃した。そのあまりの予定調和に女は驚きを隠せずにいる。しかし、その驚きは瞬時に愉悦の色に染まっていく。


「いい……!いいね!やっぱり君はいい……。それでこそ試す価値があるってものだよ!!」


 女の操る機体は、その語調と比例して、ますます激しさを増していく。それと同様に、俺に見せる未来の間隔も狭まっていく。数秒先の未来から数コンマ先の未来へ。より速く、より複雑に、目で追いかけるのがやっとの世界。


 その中で俺は尚も生きている。戦っている。目前の敵はビームサーベルを引き抜いた。極端な緩急と不規則な曲線を描きながら、こちらに襲い掛かる。


「あははは!!」


 振り下ろされる光の剣。一撃、二撃、三撃……途中から数えるのが馬鹿らしくなった。圧倒的な手数。斬撃の軌跡さえも宇宙に漂い、一つのアートを形成するかのようだった。


 既に自分の反応速度を超えたはずの動き。それでも、女の攻撃は見切られる。理性や思考などを無視した領域。ただひたすらに感覚のみが研ぎ澄まされ、精神だけが独立してしまったかのよう。その流れに身を任せるほどに、その力は増していく。見えずとも、理解できずとも、感じる力。もう殆ど、自分の意志で体を動かしているのかさえも定かではない。心の内に溢れてくる止めどない想いが、この体を駆動させる。


 守って、勝つために。


 何撃目かの躱したすれ違いざまに、腰のナイフで斬り付ける。刃は機体の表面を削ぐ程度にしか効果はなかったが、反撃を許したことは女にとっては意外だったらしい。


「まさか、ここまでやるとはね。さて、次はどうしようか……」


 一貫して、この戦いを楽しもうとする彼女の態度は変わらない。いかにも、遊び足りないと言った具合に、彼女は微笑む。けれど、この場に接近する熱源の反応を見落とすほど慢心してはくれなかった。


「あちゃー。ちょっと遊びすぎちゃったかな」


 光の束が宙を薙ぐ。俺たちの間を割って入るように、遠方からのビーム射撃が行われたのだ。


「イリア!」


 ユウナからの通信が入る。どうやら地球からの増援部隊と合流できたらしい。捕まっていた三機と合わせて八機のサージがこちらに向かってきていた。


 よし、これならあいつの優位はなくなった……勝てる。勝てるぞ……!


「流石に限界かな」


 一瞬。そう一瞬だった。ユウナの声にほんの少しだけ気を許したその僅かな時に、敵の攻撃は俺の機体を完全に金属塊に変えてしまった。女の機体からなる光線は確実に胴体以外の全ての箇所を切り裂いた。


 途端に世界に闇が下りる。コックピットの内部は完全に機能を停止してしまった。


 何も分からない。自分が落ちているのか、浮かんでいるのか、ただ留まっているのか。


 一つだけはっきりしていることは、俺はまた負けたということ。


 大切なものを守れなかったということだけだ。


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