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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Dark cloud hanging in the sky
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宇宙に想う Ⅲ

 視界に写るものは広大な宇宙。闇とまばらな星の輝き。張り詰めて切れそうなほどの、息苦しい静寂だった。


 サージに乗り込み、出撃してから10数分。アパレイユの動きに追従して、ここまで来てしまった。じきに地球へと辿り着く。最悪のケースへと着実に近づいてしまっているのだ。


 何事もなければ、などとは思っていなかったけど、その最悪が現実味を帯びて来るにつれて、少しばかり、いや、かなり気圧されているのは事実だ。


 別に自分が死ぬのが怖いんじゃない。それとは逆方向の、嫌な想像が頭から離れない。心に余裕が無くなってきている状況なのにも拘らず、もしくは現実逃避という拒否反応なのか、思考は過去の行為を思い返すという余分な行動に走っている。アパレイユ1機とだって、楽に勝てたことなど一度もない。いつも何かを犠牲にしながら生き残ってきた。一度目はユウナの援護、二度目はユウナが身代わりになって、三度目はサラが恐怖の果てに守ってくれた。俺一人で成し遂げたことなど一つもない。たった一機を、数機を相手にするのに、これだけのものに助けられてきた。それが何倍にも増した脅威となって目の前に立ち塞がろうとしている。なら、四度目の今回は…?サラを、ユウナを、皆を守るために、また何かが必要になるのか。


 仮にそうなったとしても、せめて誰かが傷つくなんてことには、ならないでほしい……犠牲なんてまっぴらごめんだ。俺に差し出せるものがあるなら、何だって投げ出してやるから。


 ひりつく空気に飲み込まれていて俺の思考は、ピピッという機械的な音で中断される。船からの通信だ。戦端が開かれるのも時間の問題ということだろう。


「こちらミシェルです。聞こえますか。アーデルトさん」

「ああ、聞こえてるよ」

「アパレイユは尚も地球へと進行を続けています。地球との距離が100を切った段階で、こちらから合図を出しますので、その後は状況に応じて、作戦通りにお願いします」

「了解」


 ミシェルは普段通り、明朗な指示を与えてくれる。ありがたいことのはずだが、それが事実を明確に伝えてくれるものだから、ただでさえ強張っていた俺の体は、ガチガチに固まってしまった。


 出撃前は守るとか格好つけておいて、結局これだ。こんなんだから、弱っちいままなんだろうな……


「緊張してる?」


 と、不意に通信が届いた。ユウナだ。考え事に気を取られていたのもあって、公私が混同した変な喋り方になってしまう。


「してない…です、よ」

「良いわよ、いつも通りで。イリアにしかチャンネル開けてないから」

「そ、そうか」

「……私はしてるわよ」

「え?」

「怖いもの。死ぬかもしれないって」


 意外だと思った。いや怖いのがではなく、こんなに率直に弱音を打ち明けられたことがだ。ユウナが戦いに身を投じているのは人を守りたいという強い意志があるからだ。そのためなら必要悪すら許容する。引き金を真に引く覚悟を持つ人間だ。その彼女が俺に怖いと打ち明けた。それがどれ程大きな意味を持つのかを分からない程馬鹿ではない。


「いつも…そうなのか?」

「…さあ、どうだろうね。でもさ、戦うのが怖くないって人よりも、怖いって人の方が信頼できるような気がしない?」

「それは、そうだな」

「あ、今の私は信頼できるとかって意味じゃないからね」

「分かってるよ」

「あ、イリアは緊張してないらしいから、ちょっと信頼できないかもね」

「何で俺だけは適用されるんだよ!」


 途中から完全に俺を馬鹿にする方向にシフトしてたよな。真剣に話を聞いていた分、からかわれたみたいで余計に力が抜けた。


 当の話し相手はというと、俺の反応を見てクスクスと笑っている。


「まあ、あんまり背負い過ぎないようにね。私たちの方が先輩なんだから、自分で何とかするんじゃなくて、助けてもらうってことをちゃんと頭に入れておくこと。いい?」


 その一言で、スッと心が軽くなったのを感じる。緊張しないようにと、いくら自分で言い聞かせても逆効果もいいところだった。それを他人から、特にユウナから言われれば効き目はバッチリだ。


 多分、最初からユウナはこれを俺に伝えたかったのだろう。相変わらず、気の回る奴だ。素直にありがたい。


「ありがとう、ユウナ」

「ん、それじゃあ、また船で会いましょう」


 船で。そうだ。ちゃんと生きて帰るんだ。何かを失う前提なんて、そんなものは間違ってる。きっと皆でまた会える。


 未来への希望はどんな美辞麗句よりも重い。先程まで、狭まっていた視界が、嘘のように開かれる。ああ、これなら戦える。前を向ける。


「こちら、ミシェルです。敵、まもなく作戦エリアへと侵入します。カウントダウン。10……」


 もう迷いはない。後ろ暗くもない。無謀だなんて思わない。どんなに苦しくても最後まで足掻ききってやる。


「状況、開始してください」

「ユウナ。まずは一発頼むぞ」

「了解です」


 ユウナの放った弾丸が闇を切り裂く。狙いはアパレイユ最後尾の一機。この銃撃に対する出方によって作戦は大きく左右される。DとEはアパレイユが地球への進路を変えなかった時点で可能性が消えた。残る選択肢は3つ。パターンAは攻撃された一機もしくは少数しかこちらに向かってこない場合。二人で応戦しつつ残りの三人が他のアパレイユの進行を妨げつつ、頃合いを見て離脱。消耗したアパレイユ数機が地球へと辿り着く計算だ。パターンBは丁度半分の5機がこちらに振り返った場合。そのまま戦闘を継続し、残りの対処を地球側に任せる。そしてパターンC。これが俺たちにとっての最悪。劣敗は必至に思われる、その残酷な未来が。


「アパレイユ全機、こちらを敵対象と認識した模様です。パターンCでの対応をお願いします」


 今まさに、現実になろうとしていた。


「くっ、この!」


 アパレイユ10機の総攻撃。その苛烈さは想像以上に暴虐だった。アパレイユ一機に対して、こちらは二機以上で応戦せよという大原則。力の劣る側が用いる数の利を、今回は強者である敵が使っているのだ。その結果は言うまでもない。攻勢に出られるはずもなく、ただひたすらに防戦を強いられる。


「各自、散開!距離を取れ!絶対に深追いはするな!!ポイントまで誘導できればこっちのもんだ。気張れよ!」


 それでも、誰も絶望はしていない。起こりうる最悪の事態だとしても、やるべきことをこなす。ノーランの指示に従い、全員で散り散りに加速する。相手はこちらの出方を把握していたかのように、別れた五機のサージを追跡し、完全に一対二の構図を作り上げた。まだ、十機で一人ずつ潰しに来ていないだけマシなのかもしれないが、今の状況だって相当厳しいことに違いはない。


 挟み撃ちにして、ようやく軌道を捉えられるアパレイユの曲線移動。それが二機分。円を描きながらますますの勢いで以て接近を続けていた。


「相変わらず、速すぎるんだよ!」


 悪態をついたのも束の間、二機は既に俺の周囲を旋回している。まだ距離がある分、簡単に避けられるけれど、銃口はこちらを向いている。囲むように放たれるビームライフルは文字通り雨のように、俺の進路に降り注ぐ。


「どこ狙ってるんだよ。そんなんじゃ当たんないぜ」


 けれど、アパレイユの砲撃は俺の行動を妨げはするけれど、決して俺を狙っているとは思えない軌跡を残していた。何か狙いがあるのだろうか。相手も誘導を目的にしてるのか。いやそれにしては、弾幕が薄すぎる。こんなの俺ならまだしも、他の4人にはあってないようなものだろう。とは言ってもただ撃たれ続けるのではいつかはハチの巣だ。だけど大人しく風穴開けられるほど、考え無しでもないんでね。


 ビームの雨が降り注ぐなら、雨宿りで防げばいい。幸い、ここはもう地球の傍だ。スペースデブリはどの宙域よりも格段に多い。


「かくれんぼと行こうぜ」


 言葉とともに、素早くある兵装を起動させる。"センシングジャマ―爆雷"特殊な磁場を形成し、一定時間、視覚情報以外のセンサーを妨害する。勿論、こっちにも影響は出るけど、一方的に攻撃されるリスクは格段に減る。正直、目眩まし程度の子供だまし。効果はあまり期待できない。でも、とにかく今は使えるものは使っていかないと生き残れない。


――ピピ


 起動音とともに、鮮やかな粒子が周囲に拡散する。それと同時にアパレイユの足が一旦止まる。その隙を見逃さないよう、一発ずつメインカメラに向かってビームライフルを放つ。


「片方、外したか……!でもこれなら、まだ」


 すかさず、デブリの陰に身を隠す。一機はセンサーもカメラも機能していないから、こちらを探知するのは不可能なはずだ。注意すべきはもう一機の方。打ち漏らしてしまったために、接近されれば見つかってしまう……さて、どうするか。爆雷の時間はそう長くは持たない。このまま隠れ続けてもジリ貧だ。そもそも作戦は、アパレイユを指定のポイント――地球圏内へと時間をかけて誘導することだ。倒せるなら倒してしまえばいいのだけど、この状況だとまだ厳しい。再探知されれば、傷を負わせた方にも俺の位置は伝わるだろう。そうすれば二機からの集中砲火でお陀仏だ。何とかして、見つかる前に一機仕留めてしまいたい……


 ダメージを与えた一機は、その場から動いていない。片方は俺の捜索でデブリの中に入って来た。よし、今ならやれる!


 腰のナイフを引き抜き、限界ギリギリまで加速する。勝機は一瞬。この一撃で、仕留める!


「はあああああ!!」


 両腕に確かに伝わる質量。完全に捉えた。このまま真下に、引き裂く!


「せいっ!」


 舞い散る火花と少し遅れてやってきた爆発に、視界が消失する。だが、立ち止まってはいられない。味方がやられれば、探知に向かった一機もすぐに戻ってきてしまうだろう。すぐにここから離れなければ。


「っ………!」


 刹那、激しい頭痛が俺の行動を制止させた。何だ、これ……!


 時間にしてほんの数秒だっただろう。けれど、その僅かな時間は戦場においてはあまりにも致命傷に過ぎる。


「しまっ……」


 思考が戻った時には、眼前に敵の姿が映し出された。銃口は確実にこちらを捉えている。回避も防御も許されないワンフレームの射撃戦。遅れをとった俺の敗北は不可避のように思われたが。


「イリアは私が守る……!」


 一迅の光が閃きのように宇宙を駆け抜けた。サラだ。


 およそ同種の機体を操っているとは思えない程の速さが、俺に視線を集めていたアパレイユを正しく一閃の下に斬り伏せた。激しい爆発が生じ、その中からサラの機体が垣間見えたとき、戦いが終わったことを理解した。辺りは数秒前の攻防が嘘のように、静まり返っていた。


「サラ、助かったよ。でもどうしてここに?そっちにもアパレイユが向かっただろ?」

「倒してきた」


 さも当たり前のように呟いた彼女の一言には、驚きよりも信じられない気持ちの方が勝った。いくらサラが強いといっても、そんなに簡単な敵ではないはずなんだが……


 気持ちの処理が追い付かず、返事を出来ないでいた俺に、サラは続けて補足した。


「でも変だった。全然、戦うって感じじゃなかった」

「どういうことだ?」

「分かんない。でもずっとグルグル回ってるだけで…」


 その言葉で俺も自分を追ってきたアパレイユの挙動について疑問を感じていたことを思い出した。確かに、奴らは俺を倒そうという意思が希薄だったように思う。射撃こそするものの、その狙いも的外れ。戦闘行為の体裁だけ保っていた程度の攻撃だった。それと似たようなことがサラの方でもあったということなのか。やはり何かの意図があるのだろうか……それは一体……


「イリア、これからどうればいい?」


 サラに問いかけられ、思考を現実に立ち戻らせる。考えていたって、答えは出ない。ひとまず。他の三人と合流することが先決だろう。全員が同じ状況なら、戦闘は既に終わっている可能性が高い。


「取り合えず、皆と合流しよう、話はその後だ」


 全員が散り散りに動いたため、通信は使えない。となれば、当初の作戦通り、合流地点に向かうのが良いだろう。戦いが終わっているにせよ、終わっていないにせよ、目的地に向かっていれば、必然手にお互いの距離は縮まるだろう。そうすれば、どこかのタイミングで通信も出来るようになるはずだ。


 通信回線を開いたまま、サラとともに進行を始める。すぐに全員の状況が確認できないのは不安ではあるけれど、そもそも皆、俺なんかが心配するなんておこがましい人たちばかりだ、絶対無事に合流できる。


 そう思うほどに、再び周囲を覆った静寂が、このままでは終わらないことを告げているようで、心のざわつきは収まらなかった。

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