悲壮な決意 Ⅲ
相槌を入れることさえも憚られるほどの、目を逸らしたくなるような事実だった。ユウナは、こんな痛みを背負って生きてきたのか。それを知ってから振り返ってみると、何気なく交わした言葉の一つ一つが、とても価値のあるものに思えてくる。
友人の辛い記憶を思い出しているのだ。話し手であるミシェルも消耗しているのが見て取れる。力を込め続けた両手は、その行き場失い、遂には肩から震え上がらんとしていた。
「それで……どうなったんだ?」
「シオンが突き付けた拳銃から弾が発射されることはありませんでした。その場にいた正規兵の方が取り押さえてくれたんです。……それからのユウナはとても見ていられる姿ではありませんでした。特別にお休みをいただいてはいましたが、それこそ抜け殻のような状態で……。そして、そこに追い打ちをかけるように、数日後、シオンが獄中で自殺したとの報告がありました。牢の中には血でこう書かれていたそうです。"地獄で待ってる"……と。」
その一言は、ユウナの心の防衛線を断ち切るのには十分だっただろう。お互いの正義を認め合い、いつか二人で未来を見ようと誓い合ったはずなのに。その結末が、どうしようもない地獄に繋がっているとシオンは宣告した。甘い甘い蜜を吸わせて、いつの間にか毒で体がマヒしているように、幸せを撒き餌にユウナから現実への希望を奪っていったのだ。
「ここまで話せば、後のことは大体察しがつくでしょう。少しして訓練に復帰したユウナはまるで別人のようでした。言動は全て最小限。今まで周りに向けていた感情の全てを訓練にぶつけるような、苛烈な女性になっていたんです。私には幾らか口をきいてくれましたけど、他の人と話したり、誰かの話をしてくれたりすることはなくなっていきました。相談に乗ろうにも"私は大丈夫"の一点張りで……気が付けば、私なんかじゃあ傍にいられないような実力をつけて、少佐にまでなっていて……遠くなっちゃたなぁなんて思ってるだけで、何にもできなくて、それでも、あまり他の人に心を開いたりは出来てないんだろうなぁとか……考えて」
ミシェルの感情の高まりは、とうとう体では支えきれず、涙となって外へと溢れていた。
それを堪えようとして、却って逆効果で、止めどなく流れる涙を、彼女は後悔とともに吐き出した。
「ごめん、ミシェルにとっても辛い話だったね…」
「いえ、良いんです。すみません。途中から私の泣き言になってしまいましたね」
「聞けて良かった。話してくれてありがとう」
「そうですか……その…さっきは変なことを言いましたけど、私もアーデルトさんとはお話ししたかったんです」
「俺と?」
ついさっきまで、警戒心バリバリだった人間からそんなことを言われるなんて思ってもなくて、このやり取りの間だけ、神妙な話をしていたことが頭から飛んでしまった。
だからだろうか。
「はい……遠くからですけど、ユウナの笑顔を久しぶりに見られたので、お礼を言いたくて」
ミシェルの笑顔をとても綺麗だと思ったのは。
泣き止んだばかりの彼女の瞳は赤く、鼻が垂れないように必死に啜り上げる。ともすれば不格好に見えるはずの彼女の姿。けれど、その奥に強い想いを感じたのだ。
誰かのために、こんなに優しく笑えるのかと、心の底から温かくなる、そんな笑顔だった。
「俺は、何も……」
「そうでしょうか?私はそんなことないと思いますよ」
「……でも、話聞いて、やっぱり俺なんて全然大したことないって分かったよ」
「どういうことです?」
「一番辛い時期に、傍にいて、ユウナの味方になってくれて、今もアイツのことを想ってくれてるミシェルの方が凄いってことだよ。アイツのことをちゃんと分かってくれてる人がいたってだけで、俺は凄く……」
と、俺は思ったことを正直に話しただけなのだが、そんなにおかしなことを言ったつもりはなかったのだが、割としんみりした雰囲気だと思っていたのが一変して「ないわー」という空気で満たされていた。言うまでもないことだが、ミシェルの涙はピタリと止まっている。
「え、どうした?」
「いえ、ユウナの言っていたことが、ようやく理解できたので」
「え?……え?」
「今後もアーデルトさんは要注意人物と認識しておきます」
「ええええええええええええ」
何がどうなって、そんな烙印を押されてしまったのか、全く分からない。どこにそんな地雷があったというのかっ……驚きすぎて「え」しか言えない星人になってしまったではないか……
「冗談ですよ。半分ですけど」
「どういうことなんだ……」
悪戯っぽく笑うミシェルであったが、半分ってことは、本気も含まれてるってことだろ?ここは逆に半分で済んだことを喜ぶべきなのか?いや、でも悲しいじゃん……何だよ、要注意って……やべー奴じゃん。
「ところで、少し聞きたいことがあったんですけど……」
それから、短い間だけど他愛もない話をした。いや、全然他愛無くなかったんだけど。「ユウナとはぶっちゃけどこまでいってるんですか?」とか、冷静に聞かれても答えられんないですよ。だってどこにもいってないからね。別にどっかに行く気もないんだけど。関係性を改めて正面から尋ねられると、ドキッとする。質問者側はニヤニヤしたりして随分楽しそうだけど。
「これからもユウナのこと宜しくお願いします。泣かせたら殴っちゃいます。グーで」
そう言って握りこぶしをつくったミシェルは、立ち上がると軽く一礼してからその場を後にした。
何だかんだで最初から最後まであの子のペースだった気がするなと、去っていく背中を見守りながらぼんやりと思う。
過去についての話は終わり、何故か現実の俺は不名誉な称号をいただいてしまったわけだが、この会話は、前に進むための力を与えてくれるものだったと思う。俺だけでなく、ミシェルにとってもそうであったならと静かに願う。きっとこうした話を出来る人が近くにいたわけではないのだろう。別れる前に見せた彼女の顔は少しだけ上がっているようだった。
ともあれ、類は友を呼ぶのか。まさかのグーパンとは。ユウナの友人はもしや全員武闘派なのでは……と益体のない冗談を妄想しながら部屋へと戻る。
因みに、帰りが遅かったのでユウナにはたくさん怒られた。




