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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Dark cloud hanging in the sky
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悲壮な決意‐追想‐

 焦げた肉の香りがする。あらかた炎の手は収まったとはいえ、その余波までは消えきっていない。


 一歩。また一歩と、ゆっくりと目的地へと進んでいく。辺りには瓦礫の撤去や、人命救助やらで人が行ったり来たりしている。それらを横目に私は歩いた。 


 とても、わるいゆめだ。ひどい、うそだ。わたしは、しんじない。


 ……ああ、今のだけでも分かってしまう。私は大分やられているらしい。こういうのを病んでいると言うのだろうか。思考力は低下しているくせに、真っ暗な頭の中にやたらと大きな声が主張してきて参ってしまう。


 私とシオンは相部屋だった。昨日の戦闘が終わって間もなくして、何人かの警備が部屋へ押し掛けてきた。


 しおん、すぱい。うそだ。ちがう。そんなの。


 現実を否定したくて堪らない私の脳内は、非常に不細工な言葉の羅列で埋め尽くされていた。


 そんな、でも、だって、おかしい。


 自分が正しいって証明したくて、シオンのことを信じたくて、それだけを支えに何とか歩いた。普通なら5分とかからず辿り着ける距離。それを、私は1時間も費やさなければ扉の前に立つことも出来なかった。


「面会を……お願いします」

「君か、同居人は。刺激しないように頼むよ」

「はい」


 施設の地下にある違反者の独房。一度も使われずに数年が経ったこの空間に、はじめて、鍵がかけられた。


 一番奥の遠い場所。通りすぎた4つの牢屋と同じく、誰も入っていなければよかったのに。


 簡素で小さな部屋。あるものと言えば就寝用のベッドだけ。


 薄暗い湿った部屋。およそそこには似つかわしくない一人の少女が座っている。


 彼女は私に気付いたようだった。徐に立ち上がり、こちらに近づいてきた。そうして檻に手をかけるとニッコリと笑った。とても屈託のない笑顔だった。私の知ってる、シオンの、笑顔だった。


「来てくれたんだ。ユウナ」

「……」


 思わず涙が零れた。知らせを聞いてから、今の今まで張りつめていた心がようやく少しの落ち着きを見せていた。


 変わりのないシオン。優しく、力強いシオン。何も変わらない。彼女のままだ。それだけで十分だった。そうだ。やっぱり何かの間違いだったんだ。地球軍に私たちを売ったスパイはシオンじゃない。どこかで行き違いがあって、誤解を生んでしまっただけなんだ。彼女は無実だ。


「ねえ、皆はどうなった?」

「ずっ……みんな?」


 不格好にも垂れてくる鼻水をすすりながら私は答えた。何人かの人が最初の爆撃に巻き込まれて死んだ。そこから、施設が破壊されて、今後はもっと多くの人が死んだ。でもそれだけじゃない。今も生死の境を彷徨っている人が沢山いる。頑張っている人たちもいる。シオンはきっとみんなが心配なんだ。自分がこんな状況だって言うのに……人の心配をするなんて。


「そっか……つまんないな」

「…………?」


 シオンの口から別の人間の声が聞こえた気がして、私は彼女の顔を見返すことしかできなかった。何度、目を逸らしても、まばたきをしてみても、そこにいるのはシオンで、ただそれだけのはずなのに、私の頭はその事実を認識することを拒んでいる。  


「まあ、メインディッシュが残ってるから、良いんだけど」


 続けざまにシオンは言う。彼女らしい顔つきで、彼女らしからぬ声で。それは、極端に歪で、やっぱり夢なんじゃないかって思わせるくらいに現実離れしてるのに、どこまでも鮮明な五感が、私を刺すように伝えてくる。


「シオンがスパイなんて……嘘よ……ねえ、そうでしょ?」


 否定したくて、否定してほしくて。私は縋るように彼女に訴える。


 そんな私を、彼女は晴れやかな笑顔で否定する。


 どうして……どうして、シオンのままなのに。こんなにも恐ろしいの……


「シオ、ン?」

「私はお前たちを殺すために送り込まれた地球人。お前たち宇宙生まれとは違うんだよ」


大仰に見下すようにして、私に侮蔑と敵意を向けてくる。その顔に、はっきりと憎しみが刻まれた。もう優しい彼女の面影など存在しない。今の今まで見せていたシオンはどこかへ行ってしまった。これが彼女の本性なのだろうか……


「うそ……うそよ……」

「嘘じゃないって言ってるのに、しつこいねぇ」

「私たち、二人で、エースになるって!」

「ばっかじゃないの。アンタみたいな甘ちゃんがエースになれるわけないじゃない」

「全部、演技だったの……」

「そうそう、全部演技。仲良くしていたのも、喧嘩したのも、全部ぜーーーんぶ嘘っぱちよ」

「っ……」


 告げられる真実は、これまでの全てを粉々に砕いた。跡形もなくなってしまった思い出は、安らかな回顧など到底許してくれないだろう。苦しい。辛い。心がそんな痛みを訴えてくるような気がしたけれど、そんなことよりも大きな感情が私の全身を支配していた。


 絶望とはこういうことを言うのかと、数年前の戦火の中では感じなかった闇を、私は、身をもって理解している。


 ふと、同郷の彼の顔が思い浮かんだ。彼もまた、戻らない過去を前にして泣いていたんだった。


「シオン……」


 たった3つの音の並び。つい昨日まで大好きな人を呼び止める、愛しい響きだったはずなのに。


 今はただ、呟くだけで、精一杯だった。


「はは!いい顔!殺さないように頼んだかいがあったわ!!」

「え……?」

「裏切られたアンタがどんな顔するのか見たくてねぇ。それに」


 シオンはどこからか隠し持っていた銃を取り出した。その照準は真っ直ぐ私を向いている。


 その意味を、分からないまま終わってしまえれば良かったのに。


「アンタは私が手ずから殺してやりたかったのよぉ!」


 突き付けられた銃口に、私はただ目を閉じることしか出来なかった。


 悲しみも怒りも、どうでもよくなってしまった。


 ただ、どうして。どうしてこんなことになったのか。その答えが知りたかった。


 私が信じたもの。私が信じるもの。誰かを守りたくて、誰かの熱を感じたくて、一緒に笑って明日を迎えたかっただけなのに。そんなの全部、無駄だったってこと……?


 温かくて優しかった日。二回目の今日も、結局はこうやって炎の後に消えてしまうのね。


 瞼の奥に見える暗闇は、やはり、あの日常を映してはくれなかった。

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