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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Dark cloud hanging in the sky
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悲壮な決意Ⅱ

 格納庫を後にした俺は、自分の部屋に向かう途中で、どうやってミシェルに話を聞こうかとぼんやり考えていた。ノーランに訪ねた時のように、何となくではなく、殆ど確実に事情を知っていそうな人に声をかけるのだ。普通に話を振れば取りつく島もなく一蹴されてしまうだろう。けれど、普通でない話題の出し方など思いつくわけもなく、靄がかった思考が形を得る気配は一向にしない。何といっても断られる理由は火を見るよりも明らかに、俺自身が体現してしまっているのである。ユウナが話したくないと思っていることはきっとミシェルも知っているはずで。それをわざわざミシェルに聞きに行っているということは、本人からは教えてもらえてないことを示している。こんな状況を打開出来る、冴えた方法などあるのだろうかと半ば諦め気味になってきたそこへ。


「あ」

「はい?」


 思いは通じると言わんばかりに、待ち人が現れた。戦闘中は俺のオペレーションも担当してくれている16歳にして凄腕の少女、ミシェル・ロランだ。

 

 今までちゃんと話したことはない、というか最初にユウナが船を案内してくれた時からまともに会話をした記憶がない。そんなもんだから通路で会うミシェルはかなり新鮮に写った。オペレーターとしての彼女しか見たことがなかったので、それとはまた違った印象だ。紫がかった灰色の髪の毛は肩の近くで綺麗に揃えられており、身だしなみに気を遣っていることが分かる。16才には思えない落ち着きがあるかと思いきや、内気な性格が所作から滲み出ている。例えば、今、俺の方に体を向けているのに目線は俺を捉えていない。


 とは言っても、目を逸らしているのは、性格の問題ではなく俺の言動に問題があったという方が正しいだろう。殆ど話したこともない人に、顔を合わせた途端に「あ」と言われたのだ。何かあると思って当たり前だ。俺が何かを言うより先に、ミシェルは立ち止まって、こちらの様子を伺っている。


 不味い……特に良い案が思いついている訳じゃないし、「何でもないですー」と誤魔化しても怪しすぎるし……このまま素通りするのもどうかしてる。こうなったら当たって砕けるしかないのか。くそっ。ちょっと緊張するぞ。取り合えずは、確認だ。忙しいかもしれないし。

 

「今、時間あります?」

「え、あ。はい」


 "え"と"あ"と"はい"の間で三回、ミシェルの表情が動いた気がする。驚き。思考。疑い。最終的な着地点がそこになってしまったのが胸に痛い。


 別にやましいことを言っている訳ではないと思うんだけど、俺の動揺っぷりとミシェルの訝し気な態度が相まって、物凄く怪しい空気になっている……明らかにどこかに連れ込む気満々の街頭アンケートや堂々と店先でキャッチをするホスト並みに怪しい……


「えっと、何でそんなに警戒してるんでしょうか…?」


 自分の非は認めるものの、ミシェルの対応は大袈裟に感じられた。何もここは街中ではないのだ。いくら俺の言動が不審者のそれであるとしても、同じ乗組員に襲われるなんて考えは突飛なのではなかろうか。しかしながら、俺が近づこうものならその分、距離を開けられる警戒度である。これはおかしい。


 そう。だから、そんな対応をミシェルにさせる何かがあるはずなんだ。


「アーデルトさんには気をつけろと。ユウナに」


 あるはずなんだが……んん??…………聞き間違えてしまったか?よりにもよってユウナとかいう人間の口からイリア・アーデルトが指定警戒野郎に定められているという虚偽の情報が出回っているらしいぞ。おかしいなーおかしいなーー


 頭がお花畑に旅立ちそうになっている俺を見て、隙ありと言わんばかりにミシェルはとどめのボディブローを叩き込むのだった。


「女性には見境がないとか」


 いや、これはもう確定ですわ!アイツ、なんっちゅう悪評を広めとるんじゃ!俺がいつ女心を弄ぶナンパ者になったんでいうんだよ!誰が、見境ないんだ……ってあれ?ということはもしかして最初に目を逸らしていたのもそういうことなんですか!?


 ユウナには後で問いただすとして、まずはこの風評被害を終結させねば……


「それは……ですね」


 謂れのない誤解を解くために、まずは俺の身の上を話すことになってしまった。俺がユウナの幼馴染であること、だから見境がないっていうのはアイツの冗談であること。話しかけたのはユウナについて聞きたいことがあるから。等々。


 実感のこもった言葉は説得力があったのか、女性関係以外のところはすんなり信じてもらえた。いや何故にそこまで頑なに俺を女たらしにする?


 ともかく、普通に話を聞いてくれるまでになったから良しとしよう。


「事情は分かりました。でもユウナが言ってないことを私の口から教えるというのは気が進みませんね」

「ですよね……」


 想像通りの返答をもらい、のっけから手詰まりである。まさしくその通りだとしか思えない。


 諦めモードに突入しかけた俺に、ミシェルは少し考える素振りを見せたあと、静かにこう尋ねた。


「あの、一つお聞きしていいですか?」

「ええ」

「アーデルトさんは、ユウナの味方ですか?」


 たった1つの質問であり、はいかいいえで答えられる単純な問いかけなのに、とても簡単に答えられるものだとは感じない。彼女の声音は、瞳は、この問答が持つ重みを正しく認識させる。


だから俺も可能な限り誠実に、借り物ではなく本物の答えを宣言した。


「俺は…味方でありたいと思う」


 味方だと言いきれなかったのは、事実として対立している側面があるからというだけではない。何かを言いきって、割りきって、決めつけてしまうことは、酷く簡単で、それだけ怖いことだからだ。


 ユウナはどこかで全のために個を切り捨てることを信条とするに至った。そして俺はそんな風になってしまった彼女を見て、心を痛めた。だから俺はその理由を、経緯を知りたいと願った。ならば俺には、安直に答えを断定することは許されることじゃないと感じたのだ。


 無条件でユウナの味方だと言い張るのではなく、たとえお互いのどちらかが裏切ってどうしようもない程に傷付いたとしても、望まぬ結末に辿り着いたとしても、それでも俺は彼女の隣にいたいと思えるように。


「そうですか。じゃあ話します。私から聞いたってユウナには言わないで下さいね」


 内心のごちゃごちゃに対するように、ミシェルはあっさりと言ってのけた。冗談っぽく唇に手を添えた彼女の姿は年相応の少女のものだった。


 ただ、あまりにトントン拍子に進むものだから、つい反射的に聞き返してしまう。


「良いんですか」

「ユウナのことちゃんと考えてるって分かりましたから。あ、それとため口で良いですよ。私の方が年下ですし」

「ですが、階級も軍歴もミシェルさんの方が」

「年上の人に敬語使われるの、何かくすぐったいんですよね。なので、出来ればタメでお願いします」

「そういう、なら」

「はい」


 状況が未だに掴みきれていない俺とはうってかわって、ミシェルはずっと自分のペースを保ち続けていた。流石オペレーターということなのだろうか、頭の切れが早い。以前、サラと話しているのを見かけたときは、逆にミシェルが舵を奪われていたように思えたが、それはあくまで、あのサラが相手だからであって、普段通りならこうなのだろう。


「どこから話しましょうかね。ちょっと長くなってしまうかもしれません」


 と、ミシェルは天井を仰ぎ見た。目を細め、過去を顧みるように。


 彼女を見て、やはり話しやすい内容ではないだろうと思った。だから、取っ掛かりを作るためにも、俺から口を開くことにした。


「ミシェルから見て、ユウナが変わったなって思ったときはあった?」

「それは、もう明確に。……そうですね。まずは、私の知らないユウナを教えてもらってもいいですか?」

「子供のころのってこと?」


「はい」と頷く彼女に、俺はなるべく、ありのままに伝えることを心掛けた。どうしたってかかってしまう今の自分の偏見を排除するように、あの頃を愛おしんでしまう後悔を感じさせないように、当たり前だったあの日を想起した。


 ミシェルは真面目に耳を傾けながらも、時々笑みを溢しでくれた。「ユウナは相変わらずなんですね」と、そう呟いて。


 大まかに、伝えるべきことが話し終わった後、ミシェルは「ありがとうございます」と一言お礼を言った。そしてまた一度思い出すように天井を仰ぎ見て、少しずつ話しはじめた。


「訓練生時代、ユウナはシオンっていう女の子と仲が良かったんです。彼女はユウナと同じパイロット志望だったから私より一緒にいる時間も多かったと思います。ユウナはよく彼女の話をしてくれました。聡明で優しい方だと嬉しそうに言っていたのを覚えています。二人でエースパイロットになるって約束もしたそうです。エースは一人なんじゃない?って聞いても、何人いたって困るもんじゃないでしょって。この頃のユウナはきっとアーデルトさんの記憶にあるユウナと大きくは変わらないはずです。けど…」


 ミシェルはそこで言葉を切った。強く引き結ばれた唇が、今から語られる過去の凄惨さを体現していた。


 そのためか、再び話しはじめた彼女の声も自然と力を失い、呟く程度のものになっていた。


「3年前の……アパレイユが現れる少し前です。その日は訓練生が一堂に会しての模擬演習でした。当時の軍のトップも視察に来るほどの一大事。厳重な警備体制の下で、執り行われるはずでした」

「何か、あったんだな?」

「……警備の情報が全て漏れていたんです。当然、そんな守りでは意味を成しません。裏をかかれ続け、多くの死傷者が出ました。けど、問題はそこではありません。翌日には情報漏洩の責任追及が始まりました。そこでやり玉に挙がったのがシオンだったんです」


 「私が体験した訳ではないから」と、彼女が苦しそうに言葉を漏らす。「きっとホントのところは分かってないんですけど」と、その声色だけで伝わってくる悲しみが届く。ギュッと握った両手に込められた力が増していく。そうした所作が相まって、生々しく、鮮明に当時の光景を伝えてくる。


 ユウナの過去。


 その深淵に、触れる。

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