悲壮な決意Ⅰ
「ん……!!」
長時間、椅子に座って出来た凝りを、唸りとともに放出する。伸ーーびーーると気持ち良い。あ、骨なった。
昨日はユウナに振り回されて色々あったとはいえ、俺自身のやらなければいけないことは減っていない。彼女に手渡された課題の山は膨大で、しっかり計画的にやらないと終わりそうにない。これとは別に違う作業をしていた……という理由もあるのだが。それはそれとして。
にしても、疲れたな。もう一度大きく伸びをして、チラリと時計を見やる。時刻は22時。良い子はとっくにお休みの時間だ。例に漏れず、サラは既にご就寝されている。眠りを邪魔するのも気が引けるので可能な限り消音生活を心掛けている。音を立てずに動くというのは中々に難しいことで、作業量に対して疲れが大きいのは気疲れもあるのかもしれない。と、しなくてもいい考察を進めている辺り集中力が切れてきたらしい。
ちょっと休憩するか。とは言ってもここだとあんまり休めないし、外に出るにもサラを一人にはしづらいし……
と、悩んでいると端末に通信が入った、相手は…ユウナか。
「どした?」
「どしたって…学生のお喋りじゃないんだから」
「ユウナだったから、つい」
「まあいいけど、今から格納庫に来れる?積み下ろしの準備をするんだけど、男手がほしいのよ」
「こんな時間から?」
「明日には着く予定だし、大体は終わってるんだけど。それで、どう?」
「手伝うのは構わないけど、サラがもう寝てるんだよな…」
「あ、そうなの。じゃあ終わり次第、私がそっちに行くわ。交代で入ってもらうってことでいい?」
「分かった。助かる」
「いいえ、じゃあまた後で」
小一時間経った位で、ユウナが部屋にやってきた。今日一日、作業に追われて疲れたと愚痴を零しつつ、俺にやってほしい仕事をリストアップしてある辺り抜かりない。
ユウナは体力お化けなところはあるけれど、やっぱり働き過ぎは心配になる。とはいうものの、口に出したところで余計なお世話だとあしらわれるに決まっている。俺に出来ることは、余分なストレスを与えないように、言われたことをしっかりこなすことだけだろう。
部屋を出て、真っすぐ格納庫に向かう。途中で何人かの乗組員とすれ違ったが、半分は顔見知り、半分は名前がおぼろげな人たちだった。格納庫で作業している人たちも知ってるような知らないような人たちだった。けれど、それは実作業にはあまり関係がない。取り合えず、伝えられた作業を開始する。
物を運び、適宜サージの動作確認を行う。名も知れぬ人がこうしてああしてと俺に指示を飛ばしてくる。パイロットなのだから俺の名前は知られていて当然なのだけど、それが俺の無知を咎めるようで微妙に心が痛かった。
よくよく思い返してみると、俺ってユウナとばっか一緒にいるよな……。教育係なんだし当たり前かもしれないけど、それに対して、他の人との交流が限りなくゼロに近いのは如何なものか。
もうちょっと話しかけてみようか。けど、何を話そう。そもそも、軍人ってそんな仲良くし合うものなのか……いつかユウナが言っていた。出会った人に感情移入していれば壊れてしまうと。それも一理あるだろう。それだけが全てではないだろう。どちらも俺の考えで、さもありなんと言ったところだ。話さなくても何とかなってるんだから、このままでも問題はないと言えばないのだ。
色々と目的やら理由やらを探してみたものの、あまり適切なものは思いつかず、個人的なもの以外でましだと思えるものは、仲がいい方がコミュニケーションがとりやすい位だった。
ともあれ。
そんな建前は抜きにしても、俺は知りたいことがある。それを彼女以外の口から聞くのは、誰の本意でもないのだけど、地球に着いてしまえば、そんな俺の意志なんて存在しないのと同じになる。
本格的な戦いに身を置く前に知っておきたい。彼女の過去を。
「ノーラン大佐、今はお時間大丈夫でしょうか」
というわけで仕事が終わったところで、一番近くにいて、かつ事情を知っていそうな人に訊ねてみる。作業中のおじさん曰く現場監督的なことをしていたり、していなかったりするそうだ。今はどうやらしていない。この人、前々から思ってたけど、結構マイペースだよな……
「大佐は、ユウナのこと何かご存じですか」
「何かって、何だ?」
考えなしな質問だったからか、ノーランは不思議そうな顔をしている。意味が分からんぞと言いたげだ。
いきなり昔話も変かと思ったけど、漠然としすぎてても怪しさ全開だったな……。どうしよう。丁度良い言い訳は……何か
「えっと……同い年なのに、少佐って凄いなあと思いまして、どんな経歴をお持ちなのかと……」
それとなくもっともらしいことを言ってみた。本人に聞けと言われればそれまででしかない内容なのだが……ノーランはふーむと唸っている。納得しているのか余計に怪しまれているのか微妙なラインだな。
「なるほどなぁ。それは俺も気になるが」
「え」
ふーむってホントに考えてた方のやつかよ!紛らわしいっていうか何で知らないんだ……
と、俺の内なる声が漏れてしまったのか、単純に顔に出ていたのか、「仕方ないだろ」とノーランは続けた。
「あいつは元々リユー連合の軍人だったからな。その時のことはよく知らんのだ。3年前に今の状況になって、そこからメキメキ頭角を現した。くらいだな。俺が知ってるのは」
「えっと、大佐は…」
「俺は地球軍だ」
「そう、だったんですね」
地球軍という響きに少しだけ、身が強張るのを感じた。何が嫌だとかそういう次元の話ではなく、反射的に、俺の過去がそうさせるのだ。
俺の動揺を察して、ノーランはそれ以上余計なことは言わなかった。事実だけを、俺の実感を補強するように教えてくれた。
「出身のせいでいざこざが起きないよう、データバンクには載せてないからな。知らないのが当然だ。俺は指揮を担当することが多いから、一応把握してるってだけで、詳しいことは知らん」
「なる、ほど」
今でこそ人類継続軍という旗印の下、一丸となって共通の敵と相対してはいるが、つい3年前まではお互いにいがみ合っていた間柄だ。因縁という名の呪いはそう簡単に消えるものではないのだろう。かく言う俺もその呪縛に囚われている人間の一人だ。感情というのはとかく厄介なものらしい。
しかし、ノーランが知らないとなると、一体誰に聞けばいいのだろうか。ブルーノも確か詳しくないと言っていた。
うーん。と考え込んでいると、ノーランの方には心当たりがあるらしく、しれっと口を割った。
「ああ。そう言えばミシェルは訓練生時代からの知り合いだと言っていたな。アイツなら何か知ってるんじゃないか。聞かない方が良かったと思うかもしれんが」
「どういうことです?」
「お前の生まれを知った上での……助言みたいなもんだ」
「……ありがとう、ございます?」
何が言いたいのかはいまいち掴めないが、ある程度の情報がノーランに集まっているのなら、そこには俺やユウナの出身地なんかも当然含まれているのだろう。そこから俺とユウナが幼馴染だと推測したのか。にしても、助言って言うのは一体……
ノーランの言葉は少し引っ掛かりはするが、追及するほどのことでもない。もう一度、教えてくれたことに礼を言って、その場を後にしようと歩き出した。
そこに。
「――――――」
彼らしくない声が聞こえた気がした。
振り返ってノーランを見直してみても、異変があるようには感じなかった。何でもありのような豪快さと、確かな意志を感じる面立。
ただ。その瞳が遠く、虚空を捉えようと曇って見えたのは、どうしてだろうか。




