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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Dark cloud hanging in the sky
37/59

疑念と信頼 Ⅲ

 謎の対決を終えて、今度は俺一人がユウナに呼び出された。彼女の部屋へと入ってみると、一人椅子に腰かけ、こめかみに手を置いては、端末と睨めっこしてうんうん唸っていた。真剣な面持ちで考え込むユウナを見て、何となく居心地の悪さを感じて、俺は端の方に座った。


 俺が座ったのを確認して、ユウナはこちらに向き直る。そうしてそのまま沈黙。彼女はどこか思い詰めているようでもあった。何度も居住まいを正したり、視線が泳いだりしているところから鑑みるに、言いあぐねているご様子。わざわざ俺だけを指名したのだから、言いたいことは決まっているはずだ。なのに、中々、切り出せないということは、言葉を選んでいるということだ。


 悉く負け続けた後のこれである。ましてはここまで悩んでいるのだ。これから何を言われるのかと非常に不安が湧き出てくる。ただの愚痴ならまだしも、変に拗らせて、猛特訓だとか言い出して、付き合わされたりしないだろうか…昔も俺にかけっこで負けただけで、滅茶苦茶ムキになって、私が勝つまで勝負するとか暴論吐き出したのだ。手を抜いたら拗ねるし、本気出して勝ったら終わらないしで地獄だった。まあ、最終的には本当にユウナが勝ったんだから、粘り強さは一級品だと思う。


 などと、昔日に思いを馳せている内に、此方のユウナさんは考えがまとまったようだ。


「やっぱり、あんな条件で私に勝つなんてありえないわ」

「…そうか」


悩みぬいた第一声がそれか…と負け惜しみ感全開の台詞に憐れみをもって応対する。


「そんな悲しいものを見るような目で見ないで!」

「あれの後じゃあ、な……辛かったな」


 万感の思いともによしよししてあげる。大丈夫だ。俺はお前の味方だぞ。時と場合によるけど。そう意地を張らなくて良いんだぞ。流石にあのテンションはどうかと思ったけど。負けから学べることだってあるはずだ!完敗過ぎて難しいかもしれないけど。うーん。ホントに味方かな?これ。


 大変失礼な感想を抱かれてるとはつゆ知らず、ユウナさんはよしよしが嬉しそうなご様子で照れ笑いを浮かべている。こういうところは昔のままなのね…単純。


「ありがとう…、って、そうじゃなくて!」


 しかし、甘い飴の効果はそう長くは続かず、コホンと咳払いを挟み、真面目な話なんだと、俺に確認させるようにして話を続けた。


「おかしいじゃない。確かに私、どれも順番にやっていけば出来るなんて言ったけど、あんなの大嘘よ。やったことあるならまだしも、初心者がいきなりあそこまで上達するわけないでしょ?」

「それは、そうだけど」


 不自然、いや、言葉を選ばずに表すなら異常だろう。最初は卵すら割れなかった人間が見たことない料理を作り上げたり、打ち方も分からなかったはずなのに、すぐに100発100中の腕前になったりしたのだ。ちょっとしたことなら呑み込みが早い、で片付くんだろうけど、そういう範疇を越えている。


 それをユウナが俺に向かって言ったのだ。それの言わんとしていることの意味を分からない訳がない。


 サラは黒だとそう続ける光景が浮かんできそうだった。だけど、そのままに受けとりたくなくて、つい考えとは逆のことを言ってしまう。無駄なことだと知りながら。


「でも、だから何なんだよ。ただすぐ上手くなったってだけだろ?」

「そんな言葉で片付けられるようなレベルじゃないって分かって言ってるでしょ」


 ユウナだって俺が気付いていることくらい分かっている。今のやり取りに言葉通りの意味なんてない。だから今のはただの意志表示。俺は認めたくないっていう子供のわがままだ。


「あの子は普通じゃない。特殊な訓練か、何かを…」


 それを足蹴にして、彼女は尚も続ける。冷静に見極めるように、事実だけを述べていく。淡々と告げる彼女の瞳は、一目で氷漬けにされそうで、怖かった。


 つい先日ぶつかり合った記憶に、その姿が重なり胸が痛くなる。あれはただの延命措置に過ぎなかったことを理解してはいても、現実が結論に追い付いてしまう瞬間は、目を逸らしたくなってしまう。


「それが敵に通じてる証拠ってことか?」


 ユウナが続けただろう台詞を先んじて絞り出す。品定めするような彼女の瞳を、俺はあまり見たくない。そんなこと関係ないって思われるかもしれないけど、やっぱり言葉には力がある。その口から言わせたくはないのだ。たとえ肯定されると分かっていても。


 いや、そもそも、なぜユウナは俺にこんな話をしているのだろうか。彼女の中で結論が出たのなら、それをわざわざ俺に伝える義務はないはずだ。ただそこから導き出される行動の結果を俺に教えればいい。それだけで、余計な邪魔も入らず、全てに片が付く。


 苦しさと違和感の狭間で板挟みになる。だが、彼女はそんな俺を見て目をしばたたかせるだけだった。僅かにだけ、唇が震え、けれど、何の音にもならず、浅く溜め息をついた。それから微妙な笑顔を作って、優しく首を振った。


「…違う、のか?」


 予想した返答とまるで違ったから、声が上ずってしまう。何より驚いたのは、ユウナの雰囲気だ。刺すような視線も、氷のような声音も今の彼女からは感じない。替わりに纏っているのは、柔らかく、自然な、俺の好きな彼女らしさだ。

 

 ふと、全身から力が抜けたのを感じる。いつの間にか、体中が力んでいたらしい。俺は壁に背中を預けなおし、ユウナから視線を逸らした。この話題になると無意識に熱が入ってしまうことを改めて自覚する。熱に浮かされたまま、勝手に暴走して要らぬこと口走ってしまう。それはユウナも似たようなものなのかもしれない。彼女の場合、熱が引いていく方だけど。


 ユウナの方に視線を戻すと、どうやら俺が自分に顔を向けるのを待っていたようだ。先ほど見せてくれた優しい表情のままに。


 その理由を聞きたくなったが、本題はそこじゃない。とにかく、彼女の話を聞こう。

 

 そんな俺の意を汲んでか、ぽつりぽつりと彼女は呟く。


「ずっと考えてたの。彼女の目的…というか正体というか」


 ちょっとややこしいんだけど、と前置きをしてゆっくりと丁寧に説明をはじめた。


「まず最初に疑ったのは、記憶のこと。つまり、敵のスパイかもしれないってことなんだけど、これはすぐに違うって思ったわ」


 それは、そうだと思う。本当は記憶喪失なんかじゃありませんと主張するには色々とやりすぎな感が否めない。あどけない少女を演じている、というのは許容できるとして、アパレイユを二機も撃墜し、軍に入隊。無邪気に休暇を楽しみ、あまつさえユウナさんをフルボッコにするというおまけ付きだ。信頼を得るためにやったにしては少々大袈裟に過ぎる。ホントに、こればっかりは本当であってほしい。じゃないとユウナさんが可哀そうだからね!正体に近づこうとして、逆に手の内で踊らされた挙句に自尊心までボロボロにされるなんて悲惨にも程がある。


 と、かなり余分な思考も多かったがユウナの言わんとしていることは理解できる。しっかり頷き「そうだな」と意志を伝える。それを見て、ユウナは説明を再開する。


「じゃあ、記憶は失われているとする。改めて前提に立ち返った時に、私、変だなって思ったの」

「何が?」

「記憶はともかく、どうして感情も失っているのかなって」

「それは…変…なのか?」


 言いながら、確かに思い当たる節はあると、記憶を巡らせていた。違和感はあったのだ。少しずつ感情を表現できるようになっていくサラ。しかしそれは思い出すというより、身に付いたという言葉が適切だと感じる。記憶とともに感情を失ってしまったのなら、感情を思い出していく中で、記憶も思い出していかないと辻褄が合わない。まだ、記憶と結び付く感情に出会っていないという説明も可能ではあるが、些か無理があると言わざるをえない。嬉しい、悲しい、怖い、楽しい……他にも色んな感情に触れてきたんだ。それが記憶に結び付かなかっただけで、それでも感情が記憶を掘り起こすと信じるなら、まだ触れていない感情が彼女のこれまでということになるだろう。であれば、怒りや憎しみ、絶望といった昏い感情が彼女を満たしてきた軌跡になってしまうのではないか。それこそ、混沌とした感情を体現する戦争の渦中のような……


 嫌な想像に思考が至り、急いで幻想を振り払う。この仮定は、可能性の低い妄想だ。ユウナも変だと言ってこの話をしている。なら、この先の結論もきっと違うもののはずだ。


 ユウナは俺の疑問に対して、どのように答えたものかと考えていたようだった。俺の言葉尻が浮いていたから、変であることに関しては、俺にも思うところがあるという認識をしたのだろう。返答は余計な説明を省いた簡潔なものだった。


「記憶喪失ってデータの一部が頭から抜けちゃってるだけで、経験とか感性とかっていう無意識的なものは残ってることが多い。記憶と一緒に感情も失われるなんて聞いたことないし。調べてみたけど、そういう例も見つからなかった。つまり―――彼女は、あったものを失ったんじゃなくて、元々無かったんじゃないかって。記憶も、感情も」

「なるほどな。それで?」


 その意見には俺も容易く同意できる。だがそれだと結論としては不十分だろう。その変が如何にして、サラの正体を浮かび上がらせるのか。その続きを聞くべく、ユウナに催促をしたのだが。

 

「それで…………?」


 いまいち、ピンと来てないようだったので、最初の話題を振りなおすことにする。


「特殊な訓練がどうこうって話だっただろ。それにどう結びつくのかなって」

「それは…………よく分かんない」

「なんじゃそりゃ」


 さっきまで滑らかに言葉を重ねてきただけに、歯切れの悪さが、その分からなさ具合を端的に表していた。とはいうものの、その分からない理由には思い及んでいるようで、すぐに調子を取り戻し、彼女の考えを述べていく。


「記憶にも感情にも触れずに、技術だけ身につけさせる方法なんて検討もつかない。それこそ未知の技術でも使わないと、ね」

「それって、いや、まさにそれが敵に繋がっている証拠なんじゃないのか?」

「そう考えると不自然なのよ。色々と。そこはさっき納得してもらったはずだけど?」

「あ……」

「敵に関係しているのは間違いないけど、繋がっているとは思えない。要はそれが今のところの結論ね。見方を変えるわけでもないし、だから何?って思うかもしれないけど、一応、ね」


と、何でもないことのようにサラリと言い切る。俺の知らないところで、色々なことをしていただろうに。それを悟らせまいとする行動の意図は流石に分かる。

 

 話の内容も展開も俺を気遣ってくれたものだと薄々気が付いていた。それが、最後の最後まで貫かれているんだから、もう疑いの余地がない。大抵の誤解は俺の早とちりだったし、素直にありがとうとごめんなさいを言いたいくらいだ。


 でも、それはユウナの気持ちに反してしまう。だから、少しのおふざけを添えて、自分の気持ちを伝えてみる。


「お前…良いやつだな」

「何でそうなる……」

「その、警戒するって言ったときは、疑わしきは厳罰…くらいの迫力があったものですから……それが実は」

「当たり前でしょ。相手が白か黒なんて調べてみなきゃ分からないわ」

「では、何故あのような態度を……」

「こいつやる時はやるぞって思わせるためよ。後ろめたければ勝手に折れるときもあるし、無視して強行突破しようとしたらボロが出る。優しくするより都合がいいのよ」


 後ろめたさ100%ではあったけど、設計図のデータのことは未だに秘密にしてある。俺が何かを隠していることに、ユウナは早々に気付いているし、それでも、あの日以来、一度も問い詰めてこないのは、意図があったのかと漸くの納得に至った。だが、それなら……


「それ、俺に言っていいのか?」

「良いのよ。どうせイリアには意味ないって分かったから。それにどうしてもって時は実力行使に出るわよ」


 確かに、揺さぶられたところで、簡単に考えを曲げたくないとは思っているけど…何だろう。これは信頼されていると言っていいのだろうか。実力行使という新しい揺さぶりを掛けられているだけなのではないかと、良いやつ発言は撤回すべきか悩んでしまうぞ。


「それにしても冷徹だったと思うけど」

「否定はしないわ。一回割り切ると抜けないのよ」


 このことについて、あまり自分の話をしたくないのか、ユウナはそれだけ言って、すぐに冗談めかして俺に話題を向けてきた。


「どちらかと言うと、イリアみたいに考えてる風で、直感頼りの人の方が珍しいと思うけど」

「失礼な。俺だって」


 ちゃんと考えてると、反論したかったが、実際直感の方がメインなことは事実だ。その続きは言葉にならずもごもごと口の中に留まるだけだった。


 図星だなーと更に追及する理由を得たユウナは、ここぞとばかりに畳みかけてくる。


「イリアって考えて悩んだ挙句、なんだかんだで、全部放り投げるじゃない?自分の気持ちに嘘つけないタイプでしょ」

「そんなこと、なくなくなくない……」


否定したくて仕方がないけど、全く否定できないのも分かってるから否定に否定を繰り返すことで否定している振りをした。痛いところを突かれたな……自分が悩むときは、大抵の場合、最初に感じたこととやるべきこととの矛盾に右往左往してしまうからであって、主観と客観どっちを優先すべきか考えた挙句に結局は主観を選択することが殆どである。自覚がある分、質が悪い。その過程に意味があるとか言い訳して、何とか正当化させている辺り直す気もあまりないのが現状である。


 そんな俺の優柔不断さを体現した返事を可笑しく思ったのか、ユウナはケラケラと笑ってフォローしてくれた。


「別に責めてる訳じゃないわよ。意味ないんだから、最初から悩まなければいいのにって思うけど、それはそれで良いところだとも思ってる。私には難しい。だからイリアはあの子を信じてあげればいいのよ。適材適所ってやつね」


 何なんだ……こいつは馬鹿にしたいのか、褒めてくれてるのか、分からんぞ。


 ともあれ、こう話が上手くまとまりかけても、最初に感じた違和感は別の形で残り続けていた。だから無粋とは分かっていても聞かざるをえない。


「何で急にこんなこと…」

「?」

「サラに関しては、その、対立してると思ってたから、」


 対立は解消されていないとはいえ、ユウナはかなり歩み寄ってくれた。だけど、俺も、サラも、これといって何かをしたわけじゃない。まして、ユウナは俺と同格かそれ以上の頑固だ。何の理由もなく、彼女は考え方を変えないだろう。実験とかデータとかそういう客観的な指標も確かに関係があるのだろうけど、それだけでは納得できない。


 だから、無粋と分かっていても知りたいと思ってしまう。


「言ったでしょ。珍しいって。……周りにはそんな人いないもの。皆、いざとなったら割り切れる。自分含めて、ね。だから、二人見てたら、何か思い出しちゃって」

 

 そう言いながら目を伏せるその顔はつい先日も見せたものだった。何かを憐れむような蔑むような、言葉には表しがたい感情。その意味を今は以前よりは理解できる。


 けれど、本質的には分からないままだ。思い出すという行為は当然ながら過去と現在との対比を連想させる。何かを顧みたことで、そんな消えそうな表情を浮かべている。そこまでは今の俺にも分かる。だけど、その、何かは俺には分からない。

 

 彼女の過去。そこに答えがあるのだと、漠然とした明確な正体が目の前にある。けれど、知ろうとしても、彼女はひらりと躱してしまう。久し振りに殴られたあの日も、私は変わったとだけ言って、それ以上は何も言わなかった。話したくない理由があるのだと思っていた。それでも俺はいつか話してくれるだろうと何となく信じていたんだ。


 再開してからずっとユウナは自分の7年間を話すのを避けている。これは紛れもない事実だろう。何度か話題に上がっては消えていく。そしてその度に、決まって少しだけ俺の胸が痛くなるんだ。一つ一つの痛みは小さくても、それが繰り返されれば、致命傷にもなる。胸の痛みは、自分の存在を頻りに主張するようになっていた。


 それが嫌というわけではない。別に俺の痛みなんて些末事だ。ただ、ほんの少しでも、彼女が見せた悲しい感情をちゃんとは受け止められないことが、きっと悔しいのだと思う。


 ユウナそれ以上は続けず、何もなかったようにして、話題を転換した。


「大体さ。あの子もあの子なのよねー。話せば話すほど疑うのが馬鹿らしくなるし、疲れるし。あれが全部計算ずくだとしたら、私もう一生人間不信になると思うわ」

「その気持ちはちょっと分かる」

「何聞いても、返事はイリアか私のことなのよ?狙ってやってるならあざとすぎよ。女子に嫌われるタイプの女の子ね」

「そ、そうか…」

 

 その情報は要らなかった……演技でも嫌わないでね…縁起でもないから!…思い付かなかったことにしよう。


「話逸れちゃったけど、言いたいことは言えたと思う。聞いてくれてありがとう」

「いや、こちらこそ、ありがとう」


 不意にお礼を言われてしまって、俺なんかよりよっぽど、と思ってしまうが、それも胸の中に閉まっておこう。そんな言葉を期待していないだろうから。 


 と、しんみりしていた俺をよそに、そんな湿っぽい空気なんて吹き飛ばしてやるが如く、ユウナはばっと立ち上がり、恐怖の一言を告げた。


「今から特訓よ」


 ぎゃーーー。恐れていたことがっっぁ!


「一応聞いておくけど…なんで?」

「決まってるじゃない。料理、射撃にシミュレーションその他諸々、負けっぱなしは性に合わないわ。それに、もし、万が一にも、あの子がスパイだった時に、止めれる人がいないと困るでしょ?」


 それはそうだと思うけどね?だったら絶対料理はいらなくない??


「よーしやるぞー!」


 張り切って部屋を飛び出すユウナさん。もう何を言っても変わらないだろうから文句は全部押し殺して、渋々後を追う。


 ただ、まあ、本当はそんなに嫌でもない。


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