疑念と信頼 Ⅱ
連れてこられた場所は食堂…の奥にあるキッチンだった。そして自信満々にエプロン姿で仁王立ちするユウナ。と、真似をしているサラ。
…何企んでるんだ、こいつ?
「お料理教室……ならぬ、お料理対決よ」
………ホントにどうした?
「悪いものでも食べたのか」
「ち、違うわよ!真面目な、真面目な目的があるんだから!」
「マジ?」
「先入観が働くと駄目だからその説明は後にするわ」
大丈夫か、それ?不安しかないんだが。
「今から、基礎、実践、応用の三種類の料理を制限時間内で作っていきます。内容は少しずつ難しくなっていくけど、一個前に使ったものが参考になるので、順番にやっていけば出来るようになるはずです」
ふーん、なるほど。何の効果があるのかは分からんけど、やることは理解した。実家にいたときは自炊もしてたし、ちゃちゃっと片付けてやるぜ。
「あ、やる気のとこ申し訳ないけど、イリアは判定をお願い」
「判定?」
「私とこの子、どっちのが美味しいか」
「俺が決めるの?」
「そうよ」
「なんで?」
「だから、説明は後だって」
「分かったよ……」
本当に一ミリも答える気はないらしい。益々、趣旨が謎めいてきた。ただ食事するだけで何があるっていうんだ?
「っていう具合だけど、サラちゃん、出来そう?」
「大丈夫。これに書いてある通りにすればいいんだね」
「そう、分からないことがあればすぐに教えて」
向こうは向こうで、説明が終わったみたいだ。…ところで、なんだけど。
「サラって料理したことあるのか?」
「はじめて」
だよね!?え、そんなの勝敗決まってるようなもんじゃ……
「いいから、イリアは口を挟まない。…さ、始めるよ」
ユウナのお料理教室………もといお料理対決の火ぶたが切って落とされた。どうやら料理のテーマは「卵」らしい。基礎編は…卵焼きだ。
「あ」
パシャっと卵が潰れる音がした。どうやらサラが落として割ってしまったみたいだ。はじめの内は割ガチだよな……分かる。上手く割れたと思っても殻が入ってたりするし。頑張れ、サラ。
――パシャ ――パシャ
――パシャ ――パシャ ――パシャ
いや、卵焼き作るのに何個割る気だよ!不器用にも程があるぞ!?
「そこまで」
パシャパシャしてる間に終わってしまったんだが……大丈夫だろうか。
「はい、どうぞ、召し上がれ」
「おぉ……」
ユウナの方はともかく、間違いなく片方は酷い出来になると思っていたのに、サラの卵焼きも中々しっかりしている。……味の方は、うん。当たり前ではあるけど、ユウナの方が美味しいな。ただ、二つとも良く出来てる。けど、だとすると、さっきの音は何だったんだ?ちょっと不思議なので、サラに聞いてみる。すると、至極真面目に彼女は答えた。
「どうすれば一番うまく割れるのか、研究してた」
「そうか…食べ物は大事にするんだぞ」
「大丈夫、もう分かった」
分かったって、何がだろうか……
「一回戦は私の勝ちね。じゃあ次はこれ『エッグベネディクト』」
エッグベネディクトか。そう難しくはないけど、火加減は確かに実践って感じがするな。半熟に留めるのって慣れてないと案外上手くいかない。待つと固まっちゃうし、急ぐとドロドロのまま。いつも、ちょっと妥協した出来栄えになってしまう辺り、俺はそんなに料理が上手くないのだろう。多分、時間をちゃんと計れば問題なく出来るんだろうけど、それをやるのを惜しんでるからダメなんですね、きっと。
「はい、どうぞ」
適当にボーっとしていたら、いつの間にか出来ていた。今回は……ん?何かサラの方が美味しそう……決してユウナの出来栄えが悪いわけでではなく、むしろ良いのだが、何故かサラの方が美味しそう…………だし、実際美味しいぞ!?
「え、嘘?」
これには堪らずユウナも驚く。でも、実際サラの方が、奥深さがあって美味しい。
「そんな…どうして、こんな」
サラのエッグベネディクトを一口食べたユウナが何かに慄いている。身体は小刻みに震え、額には汗がにじんでいる。物語の終盤で仲間が次々に死んでいく時のような絶望感がそこにはあった。明らかに過剰なんだが……どうした、ユウナ?
「レシピより、おいしい作り方を思いついたから、そっちでやったの、このソースがね、自信作」
「自分で考えて、作ったってこと?」
「うん」
「それで、この出来栄え……いや、こんなのまぐれよ、私が負けるなんてありえない」
何かキャラぶれが激しいぞユウナさん。どんだけ動揺してんだよ。
「最後のお題は……『オムライス』舐めてかかると痛い目見るよ」
もう、かませ犬の台詞じゃん。何がお前をそこまで駆り立てる……最初の余裕はどこにいったんだ。
「料理で……負けられ、ない!」
まるで運命に翻弄される誰かのように、ユウナは必死に未来を変えようともがいている。ように見える。たかが料理、されど料理。自分から仕掛けた手前、ボロ負けするのは嫌なのだろう。頑張れ、ユウナ。応援してないこともないぞ。
「これまで積み重ねてきたもの……散っていった仲間たち、その全てを懸けて、私は!」
もう、突っ込むのは止めよう。完全にスイッチが入っている。……これで負けたら大変そうだな。もうここまで来たら勝ってくれ、頼む。
「そこまで!!!」
迫力が一回目とは段違いである。必死が過ぎる。鬼気迫る姿で、最初に持ってきたのはユウナだった。
「どうぞ」
そんなに睨まれると食べづらいんだが……何か、緊張してきた。
異様な空気に包まれる中、まずは一口…………っ!これは!!
「美味しい…」
「…よしっ!」
「これはお世辞抜きで本当にすごい。今まで食べた中で一番…うん、美味しい」
「……やった、やりました…師匠、これで貴女も……」
…壮絶だな。色々と。味に出てる。ユウナのオムライスには文字通り人生を体現するかの如く、複雑かつ繊細な味付けがなされていた。それでいて、とても食べやすい。一人前をペロリとイケてしまいそうな…そう、これはまさに。
「毎日食べたくなる味だ」
「え、ほ、ホントに?」
「うん。また食べたくなる」
「じゃあ…また作る」
ユウナは、はにかみながらも、自分の勝利を確信したようだった。べた褒めしたのだから無理もない。かく言う俺も、勝敗は決まったと思い込んだ。そう。あれが現れるまでは…。
「次は、私」
「これは…?」
サラの出した料理は、一見するとオムライスには見えなかった。表面は白い何かに覆われていて、美しいとさえ思えるが……。黄色いものを想像していただけに、目の前のものを受け入れがたい。自分の知っている味がするだろうか…内心、不安に思いながら、スプーンで少しだけすくい上げる。中身は、恐らくバターライスだろう。少なくとも、変な味はしないと、思う。
「!?……っこれは」
全身に衝撃が走った。これは………これは………!!
「ちょっと、どうしたのイリア?この子のオムライスが何か…」
「うますぎる」
「え?」
「うますぎて、境地に達しそうだ……」
「待って!イリア、戻ってきて!」
制止するユウナの発言など、耳に入ってこなかった…と言えばウソだけど。うますぎるという言葉が一番適切だと思える程度には劇的だった。五感で楽しむとはこのことかと言わんばかりの完全体だった。まず、出来栄えの美しさに目を奪われ、口に入れた瞬間、鼻を抜ける香りは恐らくバターとキノコを使ったソースだろう。フワフワでありながら、時折アクセントで入るサクッとした食感は、耳を楽しませ、勿論、言うまでもなく味付けは絶品の一言だ。……触角はないわ。
食べる手が止まらない。でも、ここまで美味しいと作り方が気になってしまう。もしかしたら、自分でも作れるようになるかも。淡い期待ととともにサラに質問を投げかける。サラは何故か他人事のように答えた。
「黄色いとこと、透明なとこを、分けて、いろいろ混ぜて、グルグルして、焼いた……?」
「どういうこと……?」
詳細は何もわからなかったが、自分では作れないことだけは理解しました。量産は諦めます。
「……。ふー。ごちそうさま」
量を減らしてもらってたとはいえ、二人に出された料理を3種類だ。ちょっと多かった。どれも美味しかったし、大変満足であります。……満足なんです。なので、この幸福感のまま帰りたいです。ねえ。いいじゃないですか。ユウナさん。
「……さあ、イリア。最後の勝敗を決めてもらおうかしら!」
いや、もう、分かるでしょ??察してるでしょ??もしかして、ワンちゃんあると思ってる??ごめん!勝負の世界に偶然とかってあんまりないんですよ!!
「オムライス……美味しかったのは、どっち!!」
「…………」
仕方ない………ここは、忖度だ。理由なんてでっち上げればいいのだ。正直に答えると、地獄を見そうだ。ショックで寝込むとか普通にしそうな勢いだし。
「ゆ」
「言っておくけど、勝負事に情けは無用だからね」
なぁぜ、自分から退路を断っていくぅ!もう。どうしようもないじゃないか!!……そんなに言うなら、思った通りに答えるぞ。凹むなよ?
「えっと…じゃあ、サラで」
「…………」
「やったー」
喜んでる気がする程度に喜ぶサラと、目の前で知り合いが飛び降りたかってくらいに放心してるユウナ。…………せめてもう少し喜んでやってくれ、サラ!頼む!
「ふっ……ふふふ、私を倒すとは、やるわね………でも、油断しないことね、私は四天王の中でも最弱…………バタッ」
それ自分で言うんかい。あーんど、大丈夫か!!間違いなく演技だろうけど!迫真過ぎるんだよ!
取り合えず、決着はついた。身悶えするユウナは気になるが、それよりも聞かなければいけないことがある。
「結局、何がしたかったんだよ」
「…………この子の学習能力を測りたかったの。料理なんてしたことないだろうし……の、…とくい……だし」
「え」
言い分は分からなくもないが、本当に料理である必要があったのか?後半なんて言ってるのか全然聞き取れなかったし。私の…何??
「もういいの…そっとしておいて。今、凄く複雑な気持ちだから」
「そ、そうか…」
何かに余程のショックを感じているらしい。サラに負けたのがそんなに悔しいのだろうか。
「ユウナ、泣いてるの」
「あ、サラ、今はダメ…」
「どうして?ユウナ悲しそう。よしよししなきゃ」
「うん。気持ちは嬉しい。でも今のサラじゃあ逆効果だ」
「そうなの…余ったもので、おいしいお菓子ができたから、ユウナにも食べてもらおうと思ったのに」
事もなげに超精密な飾りつけのしてあるクッキー(恐らく)を取り出すサラ。ユウナが打ちひしがれている間にこんなものを…!ヤバい滅茶苦茶うまそうだ。だが、ダメだ…!!今のユウナにこんなもの見せたら、K.Oどころじゃ済まないぞ。
「えっと…そう!ユウナは今、気分が悪くてな。また今度にしたらいいんじゃないか?」
「なら、今、食べなきゃ」
「…なんで?」
「ユウナ言ってた。おいしいものを食べると気分が良くなるって」
しまった。逆効果だ…!普段だったら大正解!アイツは美味しいもの食べさせると大抵のことを許してくれるぞ!
「よし、それは…そうだなミシェルとかにあげたらどうだ?きっと喜ぶぞ~」
「ロアナ?」
「そうそう。この前卵焼きもらってただろ?そのお返しにさ」
「うーん」
お、これは効いたんじゃないか!
「でも、やっぱりユウナが心配」
「…そうか」
もう駄目です。俺では止められません。あとは、頑張れ…ユウナ
サラは自作のクッキーを片手にユウナの傍に歩み寄る。一見ただの想いやり溢れるシーンなのだが、手に握られているものは見方を変えれば恐ろしい兵器なのだった…
「ユウナ」
「サラ…ちゃん?」
「これ、おいしいよ」
「クッキー?ありがとう…………ホントだ!美味しい。甘さも丁度良くて食べやすい…」
おお…心なしか元気になってきた気がする。食べ物の力は偉大だな。このまま気付かずに終われば…!
「ホントに美味しい。こんなクッキーどこにあったの?」
あ。
「これはね」
ゆっくりと口を開くサラ。告げられる言葉は聖歌のような安らかさとともにユウナの魂を天国へと導いていく…
「私がつくったの」
「………そう。…なんだ」
その場に倒れ伏す、ユウナ。
あぁ、哀れな魂に祝福あれ…
それからユウナはサラに色々な勝負を申し込んだ。射撃、白兵戦、戦闘シミュレーション……どれも、初手では勝てても二戦目以降からは惨敗。打ちのめされて帰るユウナさんなのであった。




