笑顔 Ⅲ
船に帰ってきて、少しずつ現実が戻ってくる感覚がした。とはいうものの休暇は休暇だ。最後まで楽しまなきゃ損ってもんだ。それにまだ、一つ、やらなきゃいけないことが残ってる。さて、どう切り出したもんか。
「あ」
本日何度目かの、わざとらしい声を上げる。
「今度は何?」
うっ…怪しまれてる。でも、ここで止まるわけにはいかない。このまま突っ走れ俺!
「ごめん、サラ。先に部屋に行っててくれるか?」
「うん。分かった」
何の疑問も持たずに、サラはトコトコ歩いて行った。こういう時、サラの素直さはありがたい。変に察せられると、そんなつもりがないのに、残された人間は気まずくなってしまう。
「…私に用?」
ただ、ユウナはしっかり勘ぐってくる。多分、真面目な話だと思っているのだろう。
うーん。困った。どうやって切り出そうか。「お前にプレゼント渡したくて」とか素直に…言えたら楽なんだけどなー!何なんだろうな、これは。
上手い言い回し、上手い言い回し、と頭の中がグルグル回っている。いつも通りに話しかければいいだけなのに。それが、酷く、難して、ユウナが、遠い存在に思えてしまう。
「あの子…楽しんでたよね」
「え?」
悶々としている中へ、思いもよらぬ言葉を告げられた。何かを憐れむように、蔑むように、ユウナは独り言を呟くように続けた。
「自分が疑われてるなんて、欠片も思ってない。純粋に、今日を楽しんでたのよね…」
「そう、だな」
「あれが、もし演技だったとして…でも………ごめん。気にしないで」
考え込みそうになったところで、俺に呼び止められていることを思い出したみたいだ。とは言っても、今の話は気になってしまう。プレゼントどころではない。
「気になるぞ」
「ダメ、この話は終わり。それで用って何なの?」
無理やり終わらされた。何だよ…もう。意味深なこと言っておいて。
「もしかして、その持ってるやつくれるとか」
冗談っぽく言われた……が、ビンゴである。何も言い返すことが出来ない。これはもう何を言っても後出しですよ。あー物事って思った通りにいかないものですね!
散々悩んだ挙句、上手い渡し方なんて思いつかず、結局、袋ごとユウナに突き付ける形になってしまった。何でもかんでも、余計なことは言い合えるような仲なのに、改まるとどうしてこうも不恰好なのか。
「ん」
突き出すだけだと動きがないので、無理やりユウナに押し付ける。一応、今度は受け取ってもらえたけど、顔をしかめているあたり、あまり状況を掴めていないらしい。
「お前に」
「………くれるの?」
「………」
「え……ありがとう」
戸惑いの表情は次第に喜びのそれへと変わっていった。ちょっとは効果があったみたいだ。イルカには勝てなかったかもしれないけど。
「いつも、の礼にな」
「見てもいい?」
「おう」
「………これって」
「今日見てた服屋でな」
「これ、高かったでしょ?」
そこは、まあ、贈り物だし。気を遣わせるわけにはいかない。俺は「そんなことない」と否定した。
「隠さなくていいよ。実を言うとお店でこの服見てたし」
ま、まじか…じゃあ白を切る方がかえってダサいな。
「まあ、安くはない、よな」
「本当にいいの?」
「俺じゃ、それ着れないしな」
「ぷっ………それもそうか。ありがとね」
「何で笑うんだよ」
「これ着たイリア想像したら可笑しくて」
ケラケラと笑うユウナ。馬鹿にされているはずなのに、何故か心地いい。馬鹿にされ過ぎていつの間にかMに目覚めてしまったのだろうか…不味いな。そんな特殊性癖身につけたくない。
変なことを考えている間にユウナはひとしきり笑い終えたみたいだった。
「ところで、こういうのが趣味なの?」
「え」
突然の核心を突く一言。図星過ぎて言葉に詰まる……自分の趣味?を指摘されるとこんなに恥ずかしいのか……
「私はこういうのあんま着ないし、今日買ってた服もこういうやつじゃないからね」
正直に言うと、当分面と向かって話せなくなる気がしたので、少しだけ誤魔化すことにした。
「それは、その…似合うかな、と」
「そっか」
「嫌だったか?」
「全然。イルカより嬉しい」
気にしていたことに触れられて、心を読まれた気分になった。でも、言葉にされるとイルカと贈り物を同列に比較されるって何か変な気がする。
見かけ上はイルカの方が喜んでいたけれど、今だってユウナは確かに嬉しそうな顔をしてくれてる。そんな顔のままユウナは言葉を続けた。
「ねえ、今から着てもいい?」
「今から?」
「うん。ちょっとだけ。着替えてくるから部屋の前で待ってて」
「お、おう。分かった」
俺の返事を聞くよりも先に足早に自室へと入っていった。…テンション上がってるの、かな。
部屋の前で少し待機。何故か緊張する。これでサイズが合わなくて着れないとかだったら、笑い話になってしまう。
「お待たせ。入っていいよ」
部屋には、当たり前だけど、俺の贈り物に身を包んだユウナが立っていた。
「………」
率直に言うと言葉を失った。見違えるようだった。衝撃が強くて思考が飛んでいる。感想を言わなければ、と頭の中の語彙を総動員して適切な言葉を探してみたものの、今の自分の気持ちを表現することは出来そうにもなかった。下手に言葉を尽くすと嘘っぽく、かといって通り一遍の褒め言葉も安く感じられた。
「どう?」
「………うん」
「うん?」
「…………いや、うん」
「うんって何よ?」
「凄く、いいと思う」
「…………ありがとう。普通に、嬉しい」
結局ありきたりな言葉になってしまったけど、俺にはそういう普通の台詞が似合うんだろうなと、ユウナの笑顔を見て思った。その方がきっと自分の気持ちがちゃんと伝わるのだろう。
「自分で選んだから、ちょっと恥ずかしいな」
「自画自賛だね」
「そうなるのかな」
「そうだよ……ねえ、イリア」
からかってきたと思ったら、急にしおらしくなるユウナ。何か不味いことをしてしまったのだろうか。
「なんだ?」
「一個、思ったこと言っていい?」
「いいけど」
「………」
「?」
何も言わないまま、ユウナは俯いている。そんなに言いづらいことなのだろうか。でも言いたいこと、なんだよな。とは思うもののずっとこのままというのも決まりが悪い。何か俺が苛めているみたいだ。こんな固まった空気だと言えることも言えなくなってしまう。ちょっと呼び掛けようと手を伸ばした時に
「………!?」
不意に全身があたたかさに包まれた。
「え、ユウナ…?」
「分かる。言いたいことは分かるけど、お願いだから何も言わないで」
「お、おう……」
そりゃあ、まあ、言いたいことだらけだ。言葉を待ち構えていたら、いつの間にか抱きしめられているのだ。まさに、言ってることとやってることが違う、だ。
「………」
「………」
そのまま無言のまま幾ばくか静止。いつも以上に近くて、いつもよりもあたたかい。お互いを普段に増して意識されて、自然と心がみたされるような………
そして、また思い出したようにユウナが動いた。
「……その、言いたいことは色々ある。んだけど、やっぱり言いづらくて、それで……ごめん。急にこんな」
「………」
「……イリア?」
「………」
「どうしたの?イリア?」
「…いや、喋るなって言われたから」
………………………………。長い沈黙。これは、しくじったかな……?
「何それ」
「だって」
「はあ……」
「何だよ」
「別に」
「何だよ…」
「やっぱりイリアはイリアだなーと」
「馬鹿にしてる?」
「してる」
「してんのかよ!」
軽口を叩き合う間に、お互いの距離は自然と離れていて、温度感も普段通りに戻っていた。
そうして、一呼吸置いた後、ユウナが笑って言った。
「イリアにはやっぱり笑っていてほしい」
「それは、俺も」
「うん。だから一緒に頑張ろう」
「………ああ」
何度すれ違っても、どれだけ誤解されても、気付けば元通り。何もかもが上手くいくと思えるほど子供ではないけれど、全てを受け入れられるほど大人でもない。ちぐはぐで、不器用な俺たち。今は違う方向を見ているのかもしれない。でもきっと、最後は同じ場所に辿り着いていると。
そう信じて、再び、現実を始めよう。




