笑顔 Ⅱ
「さてと」
食事は美味しかったはずなんだが…頭と終わりに重い空気が広がっていたから、味の記憶が曖昧になっている。いつかまた、リベンジに来たいものだ。
よし。今度はちゃんと気持ちを切り替えよう。店から出て、次に行く場所はというと
「サラ、次は水族館だぞ」
「水族館?」
「ほら、行きたいって言ってたとこ」
「お魚が一杯いるとこ?」
「そう。ここの水族館は宇宙一。らしい」
「へえ、ここはなんでも凄いわね。ん…てことは」
どうやらユウナにも気になることがあるようだ。水族館を選んだのは正解だったみたいだな。
「お魚が一杯…」
期待に胸を膨らませている様子のサラ。今更だけどサラは何でそんなに水族館に行きたいんだろうか。
「サラはどんな魚が見たいんだ?」
「魚は美味しい」
これには流石に困惑した。ユウナも勿論。確かに、魚は美味しいけどな?違くないか?
「う、うん……でも水族館は魚が食べれるわけじゃないからね?」
すかさず、ユウナがフォローに入ってくれる。サラは自分の発言のとんでもなさに気付く素振りもなく続けた。
「そうなの?」
まさか、魚が食べたかっただけなのか……?
「ねえ、イリア。水族館連れていって大丈夫?」
「まあ…いいんじゃないか」
流石に食べたりはしないだろうし、食べなくても楽しめるだろ……多分。
………。
……。
…。
「これはまた…」
「おっきい…!」
「何でも大きければ言い訳じゃないと思うんだけど。。おっきいわね」
水族館は予想通りに想定外に大きくて、大きかった。感想が子供みたいだ……確かに宇宙一と宣伝するだけ、ある。水族館なんてどこも変わらないと思っていたけど、これなら俺も楽しめそうだ。
「水族館なんて、いつぶりだろ…」
「そうだな…もう随分前の記憶しかない」
「地球で、確か」
「お前が水族館に行きたいって駄々をこねて」
「え、そんなことしてない!」
「しただろ。イルカが見たい!イルカが見たい!って」
「ええ…?記憶にないんだけど」
記憶にないのは無理もないかもしれない。だって。
「結局行けなかったからな」
「そうだっけ」
「その前に、な」
「ああ……そうだっけ」
戦火が広がってそれどころじゃなくなった。だから、俺も最後に行ったのがいつかは覚えていない。それこそ、3才とかそれくらいかもしれない。
「今日はちゃんと来れたし、イルカ、しっかり見てけよ」
「……言われなくても見るわよ」
見るのかよ。滅茶苦茶、好きだなこいつ。もしかして、さっき考えてたのってイルカのことか?
「イリア」
「ああ、ごめん。行こうか」
サラは早く行きたいと言わんばかりに袖を引っ張ってくる。そんなに急がなくても魚は逃げないぞ。大丈夫だ。
「イルカショーとかやってるのかな」
さっきからお前はほんっとにイルカの話しかしてないな…!そんなに好きか!
「あ、丁度今、始まったみたい。タイミング悪いな…えっと次の回は」
「イルカ、好きだな」
「え…そう見える?」
そうとしか見えない。もしかして隠しているつもりだったのか?だとしたら下手か!
これは、イルカのショーを観ずに帰ったら絶縁されるまでありそうだ。忘れないようにしないとな…何々?次は1時間後か。一周してきたらイイ頃合いになってるだろ。
と、大まかな予定を立てているとサラに肩をトントンされた。
「イルカ?どんなの?美味しい?」
「イルカは食べないから」
「そうなの…」
露骨に残念がるな…先が思いやられるぞ、これは。
………。
……。
「おお…」
「綺麗」
最初に目に留まったのは巨大な水槽に入った鰯の大群だった。
「綺麗だな」
「鰯の群れ……こんな風に集まって泳ぐのね」
「あれだよな。スイミー的な」
「スイミー?」
「絵本?だっけ忘れたけど、自分だけ黒い」
「あーおっきく見せて敵を威嚇するみたいな。そうなのかな」
「無駄にぐるぐるしてるわけではないだろ」
「そりゃそうよね」
「皆で協力してるんだな」
「うん」
「協力すれば、色んなことができる」
「そうね。協力は大事よ」
ちょっと暗いところで綺麗なものを見ていると、自然と感傷的になる。口に出す言葉も何だかちょっと感情的な気がする。
おもむろにサラが進み出て水槽の近くで鰯を見つめはじめた。
「サラ?」
「美味しそう」
……そればっかだな。鰯は確かに食べれるぞ。
………。
……。
…。
それから何を見るにしても、俺とユウナは結構感動していたんだけど、サラは食べれる?美味しい?と聞いてきた。流石に2、3回聞いたら、察すると思ったんだけど、懲りずに毎回聞いてくるから、本当に魚を食べる場所だと思っているのかもしれない。チンアナゴを見て、食べる?と聞かれたときはどうしようかと思った。食べません。
そんなこんなで、あっという間に一時間。今は。
「イルカーーー!」
「おお、跳んだ」
「ねえ、見たイリア?跳んだよ!きゅるきゅるしてるーーー」
「見てる見てる」
3匹のイルカがあちらこちらで跳んだり、輪を潜ったり、ヒレをパタパタしたりしている。その動作の度に客席から歓声が上がるのだが、隣の人間のそれは悶絶に近かった。とても。テンションが。高い。うん。出来れば、他人の振りをしたい。
「可愛い……」
これが所謂萌え死にってやつなのか。はじめて見た…イルカで、起こりえることなんだな。
ともあれ、ずっとユウナのハイに付き合っていると身が持たないので、サラに逃げることにした。
「可愛いな、うん。な、サラ?」
「……かわいい?」
疑問系か。これはもしや
「いいな……食べちゃいたいくらい」
「食べるの?」
「食べません」
やっぱりか!もう、そのネタはいいだろ!そう、心の中で突っ込んだ。
………。
……。
…。
「あーやっぱりイルカはいいなー」
「まだ言うか…」
帰り道でもユウナはイルカが瞼の裏に焼き付いているみたいだった。そして
「お魚……全然食べれなかった」
サラのお腹も、まだ魚を求めてさ迷っているようだった。
最後まで貫き通したな…とんでもない執念だ……
「楽しかったね。今日」
「そうだな。楽しかった」
「どっかの誰かは途中で沈んでたけど」
「む…悪かったな」
「別に。楽しかったなら、いいよ」
「ん……」
ユウナは、時折、こういう顔をするから、ズルい。軍人としてのユウナが決して見せない、俺にだけ見せてくれる笑顔。気遣うだけではなく、からかうわけでもなく、ただ純粋に笑っている。年相応の、優しい笑顔……
「?」
「何でもない…」
「変なの」
改まって顔を見ていたらドキッとした。なんて口が裂けても言えない。追及されるのが嫌で俺は後ろでゆっくりと歩いていたサラに声をかけた。
「サラ」
「お魚…」
……スルーしよう。
「……帰るぞ」
「え」
「帰るの」
「お魚は」
「だから食べれないの!!」
「そんな……」
何でそんなショックなんだよ…!!いつの間に食いしん坊キャラになったんだ……




