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ワタシは貴方とイキテイク  作者: 水瀬 葉月
Black flower which blooms in the space
28/59

花のうた

―――各乗組員に通達します。


 ふと、艦内にミシェルの声が響き渡る。俺たちの会話もそこで中断される。


―――この艦は現在、地球に向けて航行中ではありますが、船の整備、並びに物資の補給のため、第3リユー”テール”に寄港します。到着は明朝を予定しています。準備をお願いします。また、パイロットの皆様に別件で呼びだしがかかっております。至急、艦長室までお越し下さい。


「召集か、珍しいわね」


 ポツリと、呟いた。ユウナがそういうのだから、そうなのだろうが、珍しいと言われると、良い悪いの区別なく、色々と考えてしまうな。


「そうなのか?俺は、毎日艦長室に行ってる気がするぞ」

「それは、まだ入隊したてだからよ。いや、まあ、入隊したばかりだからってそうそうお呼びだしなんてかからないけど、普通は」


 つまり俺が普通じゃないと言いたいらしい。


「そうですか……。全員ってことはサラもなんだよな」


 ちょっとムッとした俺は、ぶっきらぼうにそう返す。サラはキョトンとして”私も?”と目で返答する。


「多分な」

「分かった」


 このまま3人でラウンジを出ようとしたところ、袖を引っ張られた。後ろを向くと、ユウナが目配せをしてくる。どうやらもう少しだけ話があるようだ。


「サラ、悪いんだけど、ちょっとそこで待っててくれるか」


 と、ラウンジの外を指さしながら、サラに話があることを伝える。するとサラは「またけんかするの?」とちょっと悲しそうに聞いてきた。大丈夫だ……目が合ったら戦わないといけないような人種じゃないから……安心してくれ。


 ただ、話をするだけだという意思が伝わるとサラはトコトコと通路へ向かって歩いて行った。彼女の姿が見えなくなったことを確認して、今度はユウナに向き直る。軍人モードと言うほど堅くはないけれど、真面目な雰囲気を纏っている。


「それで、何話すんだ?」

「一個だけ、確認したくて。……軍を信用できないかもって言ったのは、何で?」

「殆ど、直感みたいなものなんだけどな…何か、隠していることがあるんじゃないかって」


 ユウナは俺の言葉を呑み込むように、「そう」とだけ呟いた。これだけで、何が伝わったとも思えないけれど、彼女なりに考えがあるのだろう。一息、呼吸を整えてから、静かに続けた。


「今は、これ以上は聞かないわ。私もあの子のことは伏せておく。その代わり、おかしなことがあったら報告すること。良い?」

「分かった。ありがとう、ユウナ」

「別に……ほら、行きましょう」


 二人で並んでラウンジを後にする。そこで、何となくだけど一度振り返った。ガラス越しに宇宙を眺める。そこには幾千、幾万の綺羅星があった。


 今度は、何のわだかまりを無いときに、ちゃんと星を見てみたい。この三人で。その日が本当に来るのかどうかは分からないけど、願うだけはタダだからな。星に願いを。小さなこの願いは吹けば消えてしまうほど曖昧なもの。だからこそ、それを星に託す。だって星はいつだってそこで輝いている。俺たちがどうなろうと、いつも。


「~♪」


 艦長室までの通路で、サラが鼻歌を歌っていた。


 これは確か、始めて会ったとき、サラが口ずさんでいたものだ。サラはこの歌が好きなのだろうか。聞いたこともない歌だけど。誰の歌なんだろう。


「~♪」


 サラはどことなく嬉しそうだ。まあ、鼻歌を歌っている人間は基本的にご機嫌だ、という先入観が働いていることは否定できないけれど。少なくとも気分が悪いときに鼻歌を歌うっていうのはちょっと考えづらい。俺たちが仲直り?したのがそんなに嬉しかったのかな。形の上では元通りだけど、本質的なところではなにも解決していないので、サラには少し申し訳なかったりする。


「サラ」

「……」


 呼び止められると、サラは歌うのを止めた。艦長室の前に立ち、ユウナ、俺、サラの順に並び、扉を叩く。


「ユウナ・エアハルト少佐。イリア・アーデルト三等兵。サラ特殊兵士。です」

「入りたまえ」


 呼び声に従って入室する。ユウナの発言に気になることがないでもないが今追求することはできない。後で教えてもらおう。


 部屋にはすでにブルーノがいた。入ってきたこちらには目もくれず、直立不動でそこにいた。ノーランはいないようだが、艦長が「揃ったようだな」と述べたので、どうやらノーランは別枠らしい。


 部屋の空気は堅い。重苦しいのではないが、皆、一様に畏まっている。これからどんな連絡をされるのか。なぜ自分達だけが呼び出されたのか。そんな声なき声がこの場を支配していた。…サラだけは別のようだが。


 自然と体に力がこもる。どんな事実を突きつけられても良いように、足を確かに地につける。


「呼び立てて悪かったな。君たちにだけ特別に報せがあったのでね」


 思わず、ゴクリと唾を飲む。パイロットにだけ知らされる特別な報せ。まさかテールの近くにアパレイユが潜んでいるとか……はたまた、どこか組織に潜入せよとのミッションとか。


「休暇だ」


 なるほど。休暇か。これはまた手強い……え、休暇?


「休暇……ですか」


 先に声を上げたのは、ユウナだった。きっとユウナも予想外だったのだろう。


「連戦続きの君たちに少しでも疲れを癒してもらおうとの計らいだ。船の補給が終わるまでの短い間だが、充分楽しむといい」

「補給には何日かかる予定ですか」


 依然として、真面目な態度を崩さないブルーノ。こんな時でも冷静、なんだな。


「地球に辿り着くまでの、一時的なものだからな。二、三日で終わるはずだ」

「分かりました。ありがとうございます」

「他に何か質問があるものはいないか」


 誰も声をあげなかったのを返答として、ジャマルは最後に一言付け加えた。


「そうか。では最後にもうひとつ。休暇とは言え、敵の襲撃がないとは限らない。最悪の場合は常に想定しておくように。以上だ。サラ特殊兵士以外、下がっていいぞ」


 サラ以外……その言葉に一抹の不安を感じないでもなかったが命令は命令だ。俺も残りますなどと言っても聞き届けてもらえるはずもないだろう。

 

 そのまま、失礼しますと言って部屋を出る。盗み聞きをするつもりはないが、サラが出てくるのを近くで待つことにした。それを横目に見たブルーノは俺に何か声をかけるでもなく、早々と去ってしまった。


 そうして残された俺……としれっと横にいるユウナ。あまりにも自然に隣に陣取るものながら、ちょっかいの一つも出したくなる。


「戻んないのか」

「んー。どうせ、あの子が心配とかなんでしょ」

「まあ、そうだけど」

「それを一人にしとくのもね」


 ユウナは顔をこちらに向けることなく、淡々と会話を続ける。監視……という意味合いなのだろうか。つい先ほどまで、その件でいがみ合っていたのだし、当然と言えば当然か。だが、そこにはほんの少し前に感じていた刺刺しさはなく、お互いにいつも通りの心持で居られている。少なくとも俺の方は。


「それに、他の用も、あったし」

「用?」


 ぽしょりと呟く彼女の話を、詳しく聞こうと問い返したが、答えが告げられるより早く、艦長室の扉が開いた。


 数歩先で待っていた俺たちをすぐさま見つけたサラは、こちらにトテトテと駆け寄ってくる。


「話、終わったのか?」

「うん。私にも、サージくれるって」

「サラのサージ……」

「うん。私のサージ」


 無意識に、声のトーンが落ちていた俺とは対照的に、サラの声はいつもと変わらず、どこか無機質でありながら明るかった。


 分かっていたこととはいえ、現実が進んで行くにつれて、事実の重みを突き付けられる。彼女に、戦う力が与えられる。それは彼女自身が望んだことであり、そうするだけの理由を俺は知っている。でも、こうして実際に形をもって示されるほどに、俺はサラを戦場とは遠い世界に連れていきたいと考えてしまう。サラにだけ、どうしてこんなに強い感情を抱くのか分からないけど、どうしても感じてしまうのだ。


「はあ……ここで立ち話しててもしょうがないでしょ。戻りましょう」


 ユウナの一言で、思考が引き戻される。……また暗い顔をしていただろうか。目の前にいるサラは少し心配そうな顔で俺を見上げている。既に歩き始め、背中を見せているユウナの表情を伺い知ることは出来なかったけれど、彼女が掛けてくれた言葉の調子で大体の様子は掴みとれる。気遣うときに変に冷たくなるのは彼女の癖だ。


 ユウナの優しさを感じつつ、その隣に並び立つ。ぞろぞろと3人で部屋へと向かう途中、唐突にユウナが独り言つ。


「休暇、か…」

「そんなに珍しいのか」

「うん、まあね。私ははじめてよ」 

「テールって何かあったけ?」

「え?」


 そんなことも知らないのとでも言いたげな顔。……何だよ悪いかよ。行くつもりがなかったら他のリユーのことなんか知らないだろ。


「テールには、最大級の商業施設”ノノ”があるじゃない。あそこで買えないものはないって言われてるくらい。服とか化粧品とか、何でも揃ってるんだから」


 ああ、なるほど。それは、興味ないな……女性からしたら一大観光スポットなのかもしれないけど、買い物しない俺には縁遠い場所だ。それはともかく。


「ユウナ。お前って化粧するのか」

「は?」


 逆に何でしないと思うのと言われた気がした。音として聞こえてきたのは紛れもなく”は”の一音なんだけど、それ以上の意味がそこには籠められていた。……何だよ。だってお前、化粧っけ全くないじゃないか。とか言ったら余計に機嫌悪くなるんだろうな……


「む、昔はしてなかったから…って当たり前だけど」

「どうせ化粧っけがないとか思ったんでしょ?」

「うっ」


 どうやらお見通しらしい。ここで嘘を重ねても仕方ない。正直に言おう。


「そう、だよ……実際してないだろ」

「軍役中にしてどうするのよ。プライベートでするのよ」

「それも、そうか」

「そうよ。軽率な発言はしないように。女の子は少なからず努力してるんだから」


 それは自分も例外ではないと、そう言いたいわけか。なんかずっとブツクサ言ってるけど、これはスルーしても良いだろうか…?ちょっとだけ耳を傾けてみる……”どうしてお腹にばかり脂肪がつくのか……ちょっと油断しただけなのに……”


 ……これはスルーしても良いな。にしても、化粧してるユウナか。あんまり想像できないな。


「まあ、見てなさい。明日は目にもの見せてあげるわ」

「あ、ああ。期待しないで待っとく」


 どうやら、見せてくれるらしい。その口ぶりからすると、中々、自信がありそうだ。


「そこは期待しなさいよ」

「……ねえ」


 そこで、ずっと沈黙を保っていたサラが喋りだした。


「お化粧、私もできる?」

「サラちゃんが?」

「うん。私も女の子」

「そ、そうだね。でも、サラちゃんにはまだ早いんじゃないかな……」

「そんなことない」


 おお、サラがいつになく強気だ。化粧になにか拘りでもあるのだろうか。あ、いや、あれか女の子は少なからず努力してるってとこに引っ掛かったのかな。


「えっと、じゃあ、やってみる?」

「うん。ところで、化粧ってなに?」

「……」


 ズルって滑る効果音が聞こえてきそうだった。あんなに断言していたのに、そもそも知らないのかよ。けど、この発言がそこまで予想外だと思わないあたり、大分サラにも慣れてきたのだろう。ユウナはまだ、そうでもないみたいだが。


「知らないのね……知らないのか…まあ、いいか。教えてあげる」

「ありがとう」


 話に一応の纏まりが出来たところで、部屋についた。ユウナは自分の支度があるからと、自分の部屋に戻った。


 部屋に入って、俺も身支度を整える。入軍して一週間かそこらで休暇って言うのもおかしな話だが、休めるのなら休んどくべきだろう。


 サラはとくに、準備するものもなさそうなので、ベッドに寝転がっている。


 着くのは明日の朝だからそんなに急いで準備する必要もないだろう。ゆっくりやろう。ユウナは買い物をするといっていた。なので、必要なものはないかと考えてみるけど特に思い付かない。普段から買い物しないんだから、急に欲しいものを思い付けと言われても無理な話なのである。となるとその、ノノだっけ?、そこで俺が楽しむのは少し難しそうだ。他に楽しめそうな場所があると良いんだけど。


 そこで、サラがあの歌を口ずさんでいるのが聞こえて、俺は何となしに声を漏らしていた。


「その歌……」

「?」

「あ、いや何なのかなって」

「昔、誰かに教えてもらった、気がする」


 覚えてないのか。自分がどうしてこれを歌うのかサラは分かっていないみたいだ。けれど、とても大切そうにサラは呟いた。思い出深いものだからきっと忘れずに覚えているんだろう。


「へえ、よく鼻歌うたってるけど、歌詞とかないのか?」

「えっと、あるよ」

「どんな歌詞なんだ?」


 興味本意で聞いてみただけで、大雑把な内容を教えてもらうつもりだった。だけど、サラは体を起こして、ちゃんと歌ってくれた。


「花は自ら咲く場所を 決められはしないから

時に咲く場所を間違え 人知れず枯れていく


宇宙に咲いた花を 星が掻き消していく

光がとても眩しくて 花はそっと霞んでいく


見えないだけなんだよ ここに確かにいるのに

誰も見付けてくれないんだ


花はずっと独りきり 寂しさにその身揺らす

それでも根を張り生きている いつか見つけてくれるはず

信じていて きっと ワタシが 見付ける」


「おぉ…」


 感嘆の声をあげる。一度聞いただけでは歌詞の意味は分からなかったけど、サラの歌声はとにかく綺麗だった。切なくて、それでいて澄んだ歌声。それに、俺は魅了された。


「まだ、続き、ある。聞く?」


 どうやら、これで一番が終了らしい。最後まで聞いてみたいとは思うけど、サラがちょっと恥ずかしそうなので、それは我慢した。


「ああ、いや、いいよ。ありがとう」

「………うん」


 そう言ってサラは再び、ベッドに横になった。


 俺はちゃんと歌の感想を伝えたくなって、ベッドに座ってサラに話しかけた。


「それにしても、歌うまいな、ビックリしたよ」

「そう……?」

「ああ。声も綺麗だし、良かったよ」

「……ありがとう」

「今度、続きも聞かせてくれ」

「…うん」

「そう言えばサラはどこか行きたいところはないのか」

「行きたいところ?」

「ああ。折角、遊びにいけるんだから行きたいところにいかないと」

「何があるか分かんない」

「そう、だよな。待ってろ…ちょっと調べるから」


 部屋に備え付けの情報機器で、テールについて調べ始める。ユウナが言っていたノノも凄い有名らしい。だけど、それにもまして……


 俺は表示されている画面を見せつけながら興奮ぎみに言った。


「サラ、凄いぞ!テールは地球を模した緑豊かな大地を再現してるんだってさ!」

「……」


 見事なまでのノーリアクション。俺が間違ってるような気さえしてくる。そりゃあ、なにも覚えてないなら反応のしようがないよな…


「イリア」

「ん、なんだ?」

「私、ここいきたい」

「え」


 サラが指差したのは、アクアリヨムと呼ばれる施設だった。魚が泳いでいる映像が流れている。これは、つまり。


「水族館、か?」

「本で読んだ。お魚、見たい」

「……もちろん。絶対いこうな」

「うん」


 目的地も一つ決まったし、サラも喜んでくれそうだし、願ったり叶ったりだな。良かった。


「ねえ、イリア」


 話は一段落ついたと思ったら、すかさずサラが話を振ってきた。何だろうと思って聞いているとよく分からないことを聞いてきた。


「イリアって早起きなんだね」

「どうした??急に」

「イリアと一緒に寝てるのかな、と思って起きると、イリアもう起きてるから」

「あ、まあ、そうだな」


 何だか嫌な予感がしてきた。これは早く話題を切り替えた方が良さそうだ。


「それはそうと、サラは化粧したことないんだよな」

「うん。それでね、イリアが、早起きなのは分かったんだけど」


 こ、こいつ……強いぞ。何事もないかのようにスルーした、だと。これは、不味い気がするなぁ。ああ。どうしよう。


「私が、いつも先に寝てる。だからダメなのかなって」

「それは、えっと」

「だから、今日は、イリアが寝るまで待ってるね」


 ほら、もう!こんなことだと思ったよ!!待たなくていい、全っっ然待たなくていいから!! 


 と、心の叫びを簡単に表に出しはしない。そこは冷静に堪える。大丈夫。大丈夫だ俺。ここはクールに、クレバーにいこうじゃないか。


「ど、どうしたんだ。サ、サラ?ずいぶん急な話じゃないか」


 動揺しすぎか!俺!


「?始めに言ったと思う」

「え、始め??」


 ……そう言えばユウナに私の部屋においでって言われたとき、イリアと一緒に寝るとか言ってたような。いや、待て待て待て。それはサラが言っただけであって、俺は何も言ってなくない??


「私と寝るの、嫌?」


 いや、いやいやいやいやいやいや、今の発言はアウトですよ。端から聞いたら、いや、端から聞かなくてもダメ!でも、これでお前と一緒になんか寝たくないとか言ったら、傷つくだろうし。くっ……何て言えばいいんだ。


 そうだ、こんなときこそ、ユウナを頼ろう!


「いや、全然嫌じゃないんだけど……さすがに一緒に寝るのはまずいからさ。ユウナなら、きっと一緒に寝てくれると思うぞ」

「ユウナが…?」

「ああ。何ならすぐ呼んでくるけど」

「ううん。私、イリアがいい」


 何、だと……逃がしてはくれないと、そう言いたいわけですね。ええ分かります。ならば……


「だから、あのな、いいって言われてもダメなものはダメなんだよ」

「どうして?」

「え、どうして?」


 どうして、え、どうしてか……そう聞かれると何と返せば良いのだろう。


「一緒に寝るっていうのは何と言うか、お互いの了承がないとダメと言うか」

「私は、イリアと寝たい」

「う、うん……それは、どうも」

「イリアも、嫌じゃないって言った」


 何これ、すっごい尋問されてる気分なんですけど、自分の軽率な発言が恨めしい……サラはずっと俺から目を逸らさないから、余計に尋問されてる気になる。


「……やっぱり嫌?」


 そ、そんな目で見ないでください。表情はいつも通りほぼ真顔なんですけど、その発言と一緒にされると、凄く居たたまれなくなるというか。申し訳ないと言うか。


「……一緒に寝たい?」

「うん」


 ここまで、はっきり言われると断るのが間違いに思えてきた。仕方ない、ここは覚悟を決めて、今日は一緒に寝るか。


「じゃあ………………一緒に寝るか」


 覚悟を決めてから言葉になるまでに、大分時間がかかった気がするが何とか言えたぞ。頑張りました。頑張りましたイリア・アーデルト。これはもう勲章物ですよ。


 と、心の中で謎の授賞式を開催している一方で、サラは俺を真っすぐに見据え、笑顔で頷いた。


「うん……!」


 今のはいつになく元気だったような。気のせいかな……。


 いや、気のせいじゃない。サラは今、明らかに嬉しそうだ。ベッドに寝転がって足を時々パタパタしている。嬉しそうなことが問題なのではなく、明らかにそう分かるということがひっかかるのだ。


 感情を表現する方法を思い出してる、のか?これは、喜ばしいことのはずだが、どうにも腑に落ちない。今日のサラは、昨日までの彼女とは違う。感覚的にそう思っている。思い返してみれば。今日は、サラがどう思ってるのか、何を感じているのかが分かりやすかった。感情が表に出てくることがいつもより格段に多い。昨日の今日で、サラは、変わった。そう思うほどに。いや変化は昨日からもう表れていたように思う。俺が泣いたとき、俺たちの喧嘩を収めたとき、何気ない会話、今だってそうだ。だとすれば。腑に落ちない理由は、その原因。昨日、今日で彼女がここまで変わったこと、そのきっかけとも言える出来事は。


「……悲しいな」

「イリア?」

「あ、ごめん。何でもない」


 記憶喪失の患者が記憶を取り戻すために用いられる手段として、その人にとって思い出深い場所につれていくというものがあるという。


 サラにとっての思い出の場所。それは戦場だったのだ。


 サラは戦場において無意識的に過去のトラウマを思い出し、そこに付随する感情までも呼び起こした。


 サラはこの先、戦うほどに、色々なことを思い出す。その多くが辛いものであるだろう。戦いに関する記憶がそうそう良いものじゃないことくらい容易に想像がつく。だから思い出すことが良いことなのか悪いことなのか、俺にはもう、分からなかった。


「イリアは、いつ寝るの?」

「え、ああ、そうだな」


 自分自身のことをこんな風に分析されてるなんて、この子には分からないだろうな。……これが事実なんていう保証は何処にもない。限りなく黒に近い灰色だ。だから今は、このままで。何も知らない。君のままでいてもいいと思う。


「サラは、もう眠い?」


 時刻は21;16。良い子はもう眠る時間。


「うん。ちょっと」

「じゃあ、まずはユウナのとこ行ってシャワー浴びてきな」

「うん」


 サラは、立ち上がって、トテトテと部屋を出ていこうとする。


 そこで、大事なことを言い忘れていたことに気付いて、急いでサラを呼び止める。


「あ、ユウナに、俺たちが一緒に寝るってこと言っちゃ駄目だぞ!!」

「どうして?」

「とにかくダメ!言ったら一緒に寝ないからなー」

「ん、分かった」


 サラは納得した素振りを見せて、今度こそ部屋を出る。


「ふぅ……」


 正直、疲れた。早いとこ寝てしまいたい気分だ。サラが帰ってくる前に、俺もシャワーを済ましてしまおう。


 ………本当に一緒に寝るんだよな。


 憂鬱だ……誰かに見つかったら洒落になんないわ


 ブルブルと首を振る。弱気になってどうする……もう決めたんだ。平常心だ。平常心を保てば何とかなる。


「あぁ……」


 でも、憂鬱だ……


 俺がシャワーを終えて数分後、サラは戻ってきた。サラは大分眠たそうで、早くベッドに入りたいらしい。


 俺はそんなサラを横目に見つつ、スッと瞼を下ろした。


「…………」


 これより行われるは、恐らく、かつてないほど困難を極める、戦いであろう。立ちはだかる幾つもの試練を乗り越え、幾多の屍を踏み越えて、それでも俺はこの戦いを制さなければならない。失敗は許されない。逃走は許されない。選択肢は今やたった一つしかないのだ。


 準備は良いか。


 そう自分に問い掛ける。


 覚悟はできたか。


 自分の決意を確認する。


「よし……寝るか」

「イリア……?どうしたの?」

「………気にしないでくれ」


 自分でもどうかと思うくらい、今の語調は重かった。もう、気にしても仕方がない。なるようになる……はず。


 布団の中に入る。続けてサラも入ってくる。


 あ、ちょっと駄目です。ごめんなさい。やっぱ駄目です。許して下さい。俺が悪かったです。


 そもそもに於いて!このベッドはシングルであって二人寝るには狭すぎますし、俺もサラも子供っていうほど小さくないわけで、密着するしか手がないという、この状況…!流石に、このまま寝るのは無理だって……!!!


 色々なところからサラという存在は伝わってくる。


 吐息。

 匂い。

 感触。


 意識しないようにすればするほど、意識の底から昇ってくる。


 柔らかくて、甘くて……ってなに考えてんだ、俺!!


 無だ、無我の境地に入るんだ。私は大根、私は大根、私は大根……


「あったかいね」


  冷静……!この子冷静すぎ……!!自分が過剰に反応してるのではないかと疑ってしまうわ!………ちょっと過剰かもしれない。


 けれど、オーバーヒート寸前の俺の思考はサラの一言で冷静さを取り戻すことになる。


「イリアがいるなら、安心……」


 本当に心の底からそう感じるといった、安堵に満ちた言葉だった。いつの間にか握られていた左手をサラはより一層固く結ぶ。それに応えるように、俺は右手を添えて、力強く握り返す。 


「おやすみ、イリア」

「……あぁ、おやすみ」


 安心……か。この子は悪夢を見ていたのかもしれない。怖い敵が来る悪夢を。


 そっと、サラの頭に手を添える。髪は、絹みたいに美しくて、俺の手を滑った。


 怖い敵は、今はいない。なにも心配しなくていい。俺が守るから。君を守る力が俺にはなくても、それでも、きっと守ってみせるから。


 だから、今は、安らかに……眠ろう。


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