滲む灰
部屋に戻って、サラと幾らか話しているとユウナが何着か服を持って帰ってきた。流石に女性の着替えを見るわけにもいかないので、俺は言われるまでもなく部屋を離れた。
通路に立って、サラの着替えを待つ。特にやることもなく、ただボーッと目の前の壁を見ていた。考えることは色々あって、やりたいこともあって、それで、やらなきゃいけないことも沢山ある。この戦いのこと、サラのこと、自分自身のこと……
とりとめもない思案は、やはり何かを与えるでもなく、掴もうと伸ばした腕は呆気なく空を切るばかりだ。
「イリアー、着替え終わったよ」
扉が開き、ユウナの声が聞こえた。個人的にはあの白一色のワンピースは似合ってると思ってたんだけど、女の子には色々あるのだろう。
部屋の中に入ると、新しい服に少し困惑した表情を浮かべるサラがいた。しきりに腕を伸ばしたり、曲げたり、スカートをバサバサしてみたりと、とにかく着心地を確かめているみたいだった。
「どう、イリア?我ながら良いセンスだと思うんだけど」
「ああ…」
生返事になってしまったのは、センスが悪くて対応に困ったというわけではなくむしろ逆だった。確かにユウナのセンスは良かった。白のブラウスに濃い青のスカート。胸元にはちょこんとリボンが添えられている。派手さはないけれど、サラの純粋さにはぴったりだと思った。思ったのだが。
「これ、普段お前が着てるんだよな?」
「え、うん。そうだけど?」
……ユウナが着ている姿を想像すると何というかこう、見た目は似合ってるけど、内面に則していないみたいな……うん。多分、サラが着ていた方が良いな。
「何よ、その顔。そんなに私がこういう服を着るのが想像つかないの?」
「いや、人には向き不向きがあると思ってだな」
「どういう意味よ。それ!」
「サラ、どうだ。新しい服。俺は似合ってると思うけど」
ユウナの突っ込みはスルーして、未だ落ち着かない様子のサラに話しかける。サラの意識はまだ服にあるようで、こちらを見ることなく答える。
「スゴく、新鮮」
サラらしい返事ではあるけど、もう少し言葉を重ねても良い気がする。それと
「そっか良かったな。ちゃんとユウナにお礼言ったか?」
「!……言ってない」
ハッとなってサラはユウナに向き直る。ペコリとお辞儀しつつサラはありがとうと言った。
………これは分かるんだな。ひたすら人に怯えたり、感情に乏しかったり、嬉しいっていう自分の気持ちをもて余したり、でも人に感謝することは知っていたり、この子は今まで、何を見てきたんだろう。
「ふふ。どういたしまして」
ユウナが笑うと、サラも少し微笑んだ。嬉しいときは笑う。サラはそのことを、もう分かっているみたいだった。
「さてと、サラちゃんはこれからどうしたい?」
「どう……?」
「あーごめんね。分かんないよね……このまま地球に連れていってもいいけど、危ないし…途中のリユーで下ろすにしても、住むとこもないし…」
しばらく考え込んだ後、ユウナは諦めたように溜め息をついた。
「やっぱ一緒に行くしかないのか…軍人でもない人を戦闘に巻き込みたくないんだけど。うん、でも仕方ないよね。じゃあまずは、サラちゃんの部屋を用意しないとね」
「お部屋?」
「そう。サラちゃんもこんな男とずっと一緒だと大変でしょ」
こんな男呼ばわりですか…失敬な。口には出さない…口には出さない。どうせ言い負かされる。
言い方は兎も角として、サラだって一人の女の子だ。流石にプライベートってものがあるだろ。多分。
「私、イリアと一緒がいい。ずっと一緒にいるって約束した」
「え」
すっとんきょうな声を出したのはユウナだ。そのままこちらに視線で、"なに変なこと約束してんの"と訴えかけてくる。まあ、その気持ちは分からなくもない。何故か俺はサラに物凄く好かれている。アヒルの子みたいに始めて出会ったものを親と思うように、あの箱のなかで最初に出会った俺に対しては心を開いてくれている…と思いたい。ちょっと表現が誤解されがちな気もするけど、悪気はないんだろう。……逆に質が悪い気がしてきた。
「イリアがここにいるなら、私も、ここがいい」
「で、でもベッド1つしかないんだよ?一緒に、寝るの?」
「うん」
「そんなに広いわけでもないし…窮屈だと思うよ……??」
「大丈夫」
「そ…そう。サラちゃんが良いなら良い……のかな」
若干、声が上ずってるな。そんな動揺することでもないと思うぞ。いや、これは俺の感覚が早くも麻痺してるだけなのか。っていうか流石に、一緒には寝ないから安心してくれ。俺は床で寝る。
「嫌になったらすぐに言ってね。私、とんでくるから」
「?うん」
ユウナの気遣いはサラには全く伝わっていないようで、サラは小首を傾げている。
「じゃあ、部屋の問題は解決したのね…後はこの船の話をしないと。あーでも今日は止めておこうかな。そんなに時間もないし。まずは普通に生活してく上で大事なとこを教えるね」
そう言うとどこからともなく地鳴りのようなグーという音が部屋に響き渡る。恥ずかしそうに腹を抱えるユウナをニヤニヤしながら見つめる。
船の話を後回しにしたのは、単純にお前が腹へってるからじゃないのか。確かに、色々あって忘れてたけどもう時間も時間だ。ご飯のことを思い出すと、途端にお腹がすいてくる。不思議だな。
「改めて見ても、それなりにメニュー多いよな」
「味は及第点ってとこね。それでも宇宙船で食べるってこと考えれば結構、美味しいほうだよ」
「………??」
「最初だし、カレーにしようかな」
「私は、Aセットね」
「サラはどうする?」
と、サラを見やると真顔でメニューとにらめっこをしている。
「…どうした?」
「イリア、カレーライスって何?」
「………なるほど」
カレーを知らないとなると、多分、メニューにのってる全部の料理が分からないんだな。それじゃあ、決めるに決めれない。ともあれ、カレーが何かと聞かれても説明が難しい。
「カレーはちょっと辛くて野菜とかお肉が入ってて美味しいよ」
「そうなの。じゃあ、それにする」
ちょっと辛くて野菜とかお肉が入ってて美味しい料理は他にも沢山ありそうだけど、これ以上の詳細は提供できそうにない。でも、カレーは万人に通じる料理だと思うし大丈夫だろ。
注文、というか機械を操作してちょっと待つとカレーが出てくる。早いな。
各々、ご飯を受けとり適当な場所で席につく。俺とユウナは徐に手を合わせいただきますをする。それを見たサラも戸惑いながら俺たちに倣った。
少しの間、食器と食器が擦れる音だけが食堂に響き、何とも物寂しい雰囲気だったが、何口かサラがカレーを食べると少し興奮したように言った。
「これ、美味しい」
「そっか、やっぱカレーは最強だな」
「イリアは何かと言えばすぐにカレーだもんね。栄養偏るよ」
「そんなことないだろ。カレーは野菜も肉も」
「はいはい、もう聞きあきてるから」
「なんだよ。だったら突っかかるなよな」
「私は、事実を言ってるだけです。宇宙で食べるカレーに具材なんて全然入ってないんだから」
「え、マジで…じゃあこの辺のニンジンみたいな固まり何なんだよ」
「食感が似てるだけの食品化合物よ。大して栄養もないの」
「嘘だろ……詐欺だ」
「日持ちすることを第一に考えてるんだもん。余分なものはつけられないわよ」
「いや、栄養は大事だろ!」
「そうね。でもお金がね…」
「な、なるほど」
こめかみに手をあてながら溜め息をつくユウナの姿は、現在進行形で苦労している人間のそれに見えた。軍も色々大変なんだな。
「……イリアとユウナは仲良し?」
突然聞かれて、俺もユウナも驚いてしまう。何だろう、仲良しって言葉だとしっくりこないような。それはユウナも同じようで、どう反応すべきか困っているみたいだった。
「そう……だな。俺たち、子供の頃からの知り合いなんだ。どうしたんだ、急に?」
「二人が楽しそうだったから」
「……うん。楽しいよ」
「そう」
微妙に沈黙。そこに後ろから鋭い声が貫いた。
「イリア・アーデルト」
「…ブルーノ少佐、どうかされましたか」
「サージの調整が終わって、お前を探していた」
「私を……?」
「ああ。さっきの戦闘についてだ」
「………」
「途中から明らかに、お前はヒトが変わった。叫び、狂い、ひたすらアパレイユに突撃していった。結果的に、敵を退けたわけだが」
少佐が何を言おうとしているのかはすぐに分かった。だけど、俺自身、あの時の自分のことをよく思い出せないでいる。
「一歩間違えれば、お前のせいで全滅だった。分かってるな。何故だか知らんが、敵は俺たちを見逃した。奇跡みたいなものだな」
「……はい」
「無力なことは悪じゃない。誰だって強くなれるわけじゃない。本当に罰せられるべきは、力があると装い、無力な自分を自覚しないことだ」
「………」
「戦場において、命は容易く散る。誰にも取り返しはつかない。軍人はその命を預り、懸けて、守る者だ。まだ、お前はそれに為りきれていない」
「お言葉ですけど、そこまでイリア三等兵を責める必要はないと思います。寧ろ、始めての戦闘にしては良い方でしょう」
間に割って入ったユウナの言葉は、あまりに俺を庇いすぎている。幾らなんでもユウナの現状を見て、あれで良いなんてなったらそれこそどうかしている。
「その怪我でか」
「…これは私の不注意です。彼の失態ではありません」
「違います。私が敵の反応に遅れたせいです。ユウナ少佐のせいのはずがありません」
「分かってるならいい。……命令は守れ。そして言ったはずだな。感情に振り回されるな」
「止めて」
風が靡く音が聞こえる。目にもとまらぬ速さのサラの挙動。俺も、ユウナも当事者の少佐でさえも、事実を把握できないでいる。沈黙を保ち、ただ俯いていたサラが急に立ち上がり、少佐の腕を掴んだかと思うと、そのまま地に叩き伏せ、身動きを封じている。体勢もあるだろうが、サラの押さえつけを少佐はまるで解けないでいる。
サラをすぐに止めることができなかったのは、突然のことに驚いたからではない。少佐を見下ろすサラの目に、俺は恐怖さえ覚えた。明確な……いや、純粋な敵意。空間そのものを凍りつかせるような、サラの視線が彼女の行動を静止させるのを許してくれなかった。
「っ……!何だこれは」
「イリアとユウナを」
「何……??」
「いじめるの、ダメ」
「……ぐぅぅう」
腕の絞まる音が聞こえる。
「や、止めろサラ!」
「どうして?」
「いいから!取り敢えず手を離してくれ」
「………」
サラは何を言うわけでもなく、スッと手を離した。
「何なんだ……こいつは」
「すみません……こんなことをするなんて」
「もう二度とさせるなよ。……それと、大佐は何も仰らなかったと思うが、許可なく民間人を軍艦に乗せるのは軍規違反だ。後で始末書を書いてもらう」
「は、はい」
そう言って少佐は去っていった。食堂に残されたものはただただ呆然とした思いだけだった。
「サラ、どうして…?」
「二人が辛そうだった。私、あの人嫌だ」
「心配してくれるのは嬉しいけど」
「あれは、俺に注意をしてくれてたんだ。悪いことをしてたわけじゃない」
「そうなの?でも二人とも怖い顔してた」
「それは………」
「サラちゃん。人を傷つけることはね、よっぽどの理由がない限りはしちゃいけないの。だから今のはダメなことだったの。分かる?」
「………分かった。じゃあどうしたらよっぽどになるの?」
……難しい質問だ。絶対に人を傷つけちゃいけないって言ってしまうのはちょっと言い過ぎだと思う。だけど明確な線引きは出来ないのも事実だ。サラに納得してもらうにはどうやって説明したらいいんだろう。
「これは駄目でこれは良いってちゃんと言えれば良いんだけど…そういうわけにもいかないんだ。曖昧なんだ、これは。これから少しずつ分かっていけばいいさ。俺も、勿論ユウナも教えていくよ。な」
「ええ。だから大丈夫だよ」
「二人ともありがとう」
「ふふふ。どういたしまして。さあ、残りも食べちゃお」
「そうだな」
それからは3人の間の空気も随分和んだ。サラを交えて3人で喋ることも出来た。話が噛み合わないのはご愛嬌。サラはちょっと天然が過ぎる……純粋ってことにしておこう。
部屋に戻って、寝る支度を整える。ユウナが悪戦苦闘しながらサラにお風呂の入りかたを教えてくれた。ぐったりして疲れきったユウナとさっぱりして嬉しそうなサラ。お風呂から出てきた二人はとても対称的でユウナには悪いけどちょっと笑った。その後、ユウナが俺の部屋を出ていくまでにサラちゃんに変なことしないでよと何回言ったことか。そこまで、信頼がないのか。俺は。サラはベッドに入ると、すぐに寝てしまった。慣れない場所に来て、何だかんだ疲れていたのかもしれない。
「さてと…」
サラも寝たことだ、やるべきことをやってしまおう。始末書……は後回しにしよう。何より、ずっと気になっていた。サラがハコの中から持ってきた端末。サラ自身何かよく分かっていなかったみたいだけど、これにもしかしたら記憶の手がかりがあるかもしれない。そう思ってさっきから端末をいじっているんだけど……起動方法が全然分からない。エンジニア歴数年の俺だが、全く見たことないタイプの機械だった。これは一体……
「ってうわ!」
ぐるぐる回していたら、床に落としてしまった。けれど、その衝撃で何故か電源が入った。ついてるな、俺。拾い上げて画面を見やる。
「…………」
言葉が出てこなかった。サラと出会ってまだ1日も経っていないっていうのに、サラと過ごした時間はあまりに濃厚だった。けれど、今感じている衝撃は、今までの何よりも大きなものだった。画面に写し出されたのは設計図。そして見間違えるはずもない。それは確かにアパレイユのものだった。要所要所、解読できない文字が含まれていたが、概要は理解できた。あの高性能の謎がこれで解けるかもしれない。そう思ったが、喜びは一瞬だった。
「どうして、サラがこれを……」
アパレイユの設計図を持っていたということは、少なくとも何らかの形でサラは俺たちの敵と繋がりがあるということだ。それが意味することを俺は、考えたくないと思ってしまった。
「………敵なのか、君は」
もし………もしも、そうだったとしたら、俺は………
記憶を取り戻してしまったら、サラはどうなるのだろう。今は俺たちが敵だということを忘れているのだろうか。それとも、俺たちを油断させるための演技………いや、そんなことはない。始めて会ったあの怯えは絶対に嘘なんかじゃない。たとえ記憶を取り戻して、俺たちの敵になるとしても、それでも、それまでは俺はサラの味方でいたい。守るって決めたんだ。
この端末の設計図をそのまま、軍の上層部に見せれば、きっとサラは敵だと疑われる。それは何があっても避けたい。俺は、アパレイユの設計図を基に、新たなサージの設計図を作りはじめた。今は何かをしていないとどうにかなってしまいそうだ。一心不乱に俺はデータを打ち込み続ける。
頭の端に残った思考が、それでも考えることを止めてくれない。分かったことも増えたけど、それ以上に不安が増していく。
何も知らない純粋さも、男を軽々と抑える力も、アパレイユとの関係も、今の俺には持て余してしまう。彼女は一体何者なのか。それだけが俺の頭に焼き付いて離れなかった。




