純白な日
ーーー機体識別番号27005ファコン。確認しました。ハッチを開きます。
格納庫の中を歩き、所定の収容場所でファコンを停止させる。こういうのは整備士の仕事なのだろうが、一応。特に重大な欠損等は見当たらないことを確認して、電源を落とした。
ホッと一息ついて、俺に抱きつくかたちで座っているサラの方を見る。連れてきたは良いものの特に何も考えていなかった。とかそんなこと言えるわけないし、隠し通せるわけもないし…正直に言うしかないよな。
コックピットを開いて、サラを抱えてファコンから降りる。こうしてまた、この船に足を下ろすことが出来たのは素直に嬉しかった。ようやく船に帰ってこられた。そんな感慨を抱きながら、数時間の出来事だったはずなのに、もう何日も経っているような感覚を覚えたて。久し振りの船の感触を味わうやいなや、そこにノーランが駆け寄ってきた。
「おぉい。イリア!ようやく帰ってきたのか」
「大佐…あの」
「で、何だ。帰ってくるのが遅れた上にその女の子は?」
「この子は、その」
サラは俺の背中をキュッと握って縮こまっている。人見知り、というには大袈裟に過ぎる。俺のときもそうだったように、この子は他人に対して、特別な何かを感じているのだろう。
「大丈夫だよ、サラ。この人はね、俺の…俺よりも偉い人で、とっても強いんだ」
「イリアより…?」
「そう。だから安心して、凄くイイ人だから」
「…うん」
「そんなに手放しに褒められると照れるってもんだが……どうやら訳ありって感じだな」
「はい」
「そうか。なら、詳しい話は後で聞くとしよう。まずはその子を休ませてあげろ」
「ありがとうございます……!」
「気にするな。………ああ、それともう1つ。無断行動の処罰は受けてもらうから覚悟しとけよ」
そういって、ノーランは格好よく去っていった。
やっぱり、あるよな……罰。ってそんなことはどうでもいい。サラのこともあって、話にはあがらなかったけど、ユウナはどうなったんだろう。もしや、間に合わなくて……何てことには
「サラ、ちょっと……大佐!」
「ん、どうした?どんな罰を受けるか気になったか」
「いえ、そうではなく……ユウナはどう、なりましたか」
ユウナの話題を出した途端、ノーランの顔が少し厳しくなったような気がした。そして、子供を諭すように、けれども吐き捨てるように、言った。
「ユウナは生きている。が、重傷だ。ちょっとやそっとで治るような怪我じゃない。今は医務室で安静にしている。まだ意識は戻ってないが、時期、回復するだろう」
「そう、ですか」
ユウナが生きていたことは、嬉しい。だけど、俺のせいでそんなに大きな怪我を負ってしまったなんて……どうやって謝ればいいのだろう。
「謝る必要なんてないぞ」
「…それは、なぜですか」
図星を突かれて、ただ聞き返すことしかできない。起きてしまったことは取り返しがつかないのだから、謝るくらいしか、出来ないのではないか。
「言い方が悪かったか。心の中は、申し訳なさで一杯。これはいいんだ。だがな、あいつは…あいつだけじゃない。軍にいるようなやつは、助けたやつに謝ってほしいから戦ってるんじゃない。別に感謝をしてほしいわけでもない」
ノーランが言いたいことがようやく分かったような気がする。一人一人その想いを多少の差異はあれ、願っていることは同じだと思う。
「ただ、生きてほしいから」
「そう。どんな命でも生きているから価値がある。俺たちはそれを守るために戦ってるんだ」
「はい…」
「ま、それも人それぞれだけどな。……あんまり思い詰めるなよ」
俺の表情が暗くなったからか、最後は温かみをもった声だった。戦う意味も、守る意味も、守られる意味も、もう一度考えなければいけないのかもしれない。
「サラ。話、終わったよ」
「そう」
俺がノーランと話していたときから、サラはずっとファコンを見上げていた。ずっと、何をするでもなく、じっとファコンを見ていた。それはコックピットの中で、サラが見せた純粋な瞳とは違ったものだった。とても昏い、けれどどこまでも澄んだ突き刺さるような瞳だった。少し、話しかけるのを戸惑う不思議な強さがそこにはあった。だけど、いつまでもここにいるわけにはいかない。
「俺の部屋に行こう。ちょっと疲れたろ?」
「………」
俺がその場を離れようとすると、サラは何を言うでもなく俺の後ろについてきた。不満を言うわけでも、表すわけでもなかったけれど、サラの心はまだファコンの元にあったように思えた。
「取り敢えず、どうしようか……」
部屋まで連れてきたはいいものの、特になにも考えていなかった。これから先のことを考えるにも、俺1人だけというのは少々心もとない。出来れば、ユウナが一緒にいてくれれば……
頭に浮かんだ考えを即座に否定する。ユウナがあんな目に遭ったのは誰のせいだ。自分で蒔いた種だ。ユウナの怪我も、サラのことも、俺が責任を負うんだ。守るって決めたんだから。
まずは、質問しそびれてしまったことを聞いておこう。言動も雰囲気も、この子は謎が多いように思う。
「えっと…さっきも色々聞いたけど、サラは自分のことについてどれくらい分かるのかな?」
「自分のこと……私は、サラ」
「あぁ…うん。名前だけじゃなくて。歳とか、生まれた場所…思い出とか何でもいいんだ。何か覚えてない?」
「私は……ずっとハコの中にいた。いつから……?いつから。私は…それしか分からない」
覚えているのは名前と、ハコの中にいたという記憶だけ。ハコっていうのはあの宇宙船のことでいいと思うけど……あそこで生まれたってわけではないよな。だとしたらこの子はどこで生まれたのか。親は何をしているのだろう。考えられる選択肢は2つ。本当にこの子は今言ったことしか知らないということ。あるいは。
「やっぱり、記憶喪失……?」
「………」
記憶喪失なら、記憶を取り戻せば、この子の帰る場所が分かるかもしれない。何かの本で、昔行ったことのある場所にいけば、記憶が戻るといったことを読んだことがある。だけど、今は情報が少なすぎる。今は考えても仕方ない。一緒にいるうちに少しずつ手掛かりを見つけていこう。となると、今から何をしようか。
「サラ、何かやりたいことあるか?」
「やりたいこと…?イリアと遊ぶ」
「そっか……ああでも、遊べそうなものそんなにないかな」
「そう……」
サラはあからさまに残念そうだ。どうしたらサラが喜ぶようなことが出来るだろう。
「そうだ……これ」
俺は自分の持っていた端末の中に、何冊か本のデータが入っていたのを思い出した。歴史書とかもあるけど、単純に物語系の本もある。これなら少しは退屈しのぎにはなる気がする。
「サラは本読むの好き?」
「読んだことないけど、多分、好き」
「そっか……サラ、文字読める?」
「うん」
サラに端末を手渡すと、食い入るように本を読みはじめた。凄まじい集中力で本の世界に没入していく。
本を読んだことがないといっていたけど、気に入ってくれたのかな。ちょっと安心した。
「……ぁ」
やばいな…ホッとしたら、本格的に疲れが出てきた。気を抜くと寝てしまいそうだ。サラは、おとなしいけど、放っておくと…何するか……目を…放したら……
---お兄ちゃん
サラ。何してるんだ?
---本を読んでるの
そっか。楽しいか?
---うん。楽しい
サラが楽しいならお兄ちゃんも嬉しい
---ねえ、お兄ちゃん
どうした、サラ?
---違うよ
何が?
---私はルナ
…サラは?
---そんな人知らない
サラは…
---どうしたのお兄ちゃん?
俺の妹は……
---そうだね。違う。
……
---あの子は、誰なんだろうね
サラは……多分、戦争の被害者で
---お兄ちゃんの妹は私だよね?
君は…
---ねえ、お兄ちゃん。私だよ。私。ルナ。
………ルナ
---忘れないで
何を……?俺は忘れてなんかない。ルナのことずっと、覚えてる。
---うん。まだ、ね。それに、ハズレ、だね。
どういう……?
---もう時間みたい。また、会えるといいな。私のヒーロー
待って。…ルナ
「ルナ…何を……?っあ」
奇妙な悪寒に目が覚める。今まで見ていた火の海の夢とは違った、しかし、心に迫るものがある夢。俺の背中からは冷や汗が滴るように流れていた。ルナは俺に何を言いたかったんだろう。考えても答えはでない。ルナは、まだ、と言っていた。まだ俺は覚えていること。いつか忘れてしまうこと。それは一体何なのだろう。
机に突っ伏していた俺は、気持ちを切り替えるように、ベッドの方に目をやる。サラは……。良かった。気持ち良さそうに寝てる。本の内容がつまらなかったのか、それとも俺と同じで疲れていたのか。それは分からないけど、とても穏やかな寝顔だった。綺麗なけれども、素朴な野に咲く花のような可憐さ。俺はサラの様々な一面にドキリとさせられてしまう。サラはその言動のせいで幼くみえるけれど、見た目は充分大人の風貌なのだ。全く心臓に悪い。自分の歳を覚えていないといっていたけれど、多分、俺とそう変わらないんじゃないかな。
サラも寝ていることだ。この嫌な汗を流してしまおう。俺は着替えやその他用意をもって、シャワーを浴びることにした。それぞれの部屋にシャワーが備え付けてあるなんて、中々豪華な船だなと思う。シャワー室の間取りも割と広いし。
シャワーを浴びながら、俺はまた夢のことを考えていた。俺はよく夢を見る。大抵の場合、昔のトラウマだったりするわけで、あまり良い夢とは言えない。その中にも決まった共通点がある。夢の中には必ずルナが出てくるのだ。目の前でルナが死んでしまうものや、ルナのおもちゃを壊して母さんに怒られるもの、ルナと喧嘩するもの。それは本当にあった思い出の時もあれば、想像上の話の時もある。さっきの夢も確かにルナは出てきた。だけど、それは始め、確実にサラだった。サラは俺のことをお兄ちゃんと呼んでいた。俺もサラのことを妹だと言っていた。サラが途中でルナに変わった。俺はルナをサラに重ねているんだろうか。守れなかったルナの代わりにサラを守りたいと、そう思っているのだろうか。
考えを巡らせている内に、一通り体は洗い終わった。考えるほど悪循環に陥りそうな思考を無理矢理止めて風呂を出ようとする。風呂の扉に手をかけて開けようとしたとき、俺の手が触れるより前に、扉が外から開いた。
「イリア、いた」
思考が完全に停止した。フリーズ。アラート。危険。危険。アテンションプリーズ。
思考回路は意味不明な言葉を羅列し、一向に現実を事実として認識できていない。
「イリア、服着てないね。暑いの?」
「そうだね」
そうだね。じゃねえええええええええ。サラも冷静にコメントするなよ!おかしいだろ!どういうことだ!恥じらいってもんはどこに言った!!
「イリア、何してたの」
「な、なにってシャワー浴びてたんだよ」
ようやく頭が働くようになって、普通にしゃべれるようになってきた。だけど、この未知の領域をどう打破するかは皆目検討もついていない。
「私も一緒に入るね」
ワタシモイッショニハイルネ?なに?え、何語です?もしかして昔地球で使われていた古代言語です??
サラは何事もないかのように、スムーズに、何故か服を着たまま、俺のいるシャワー室に入ってこようとする。当然、必死に止める。体を使ったディフェンスを繰り出す。これにはアパレイユもびっくりでしょう。
「イリア、さっきから変」
誰のせいだと思ってんだぁぁぁああ。と叫びたい気持ちをグッとこらえる。いかんいかん。こんないたいけな子供?に大声を出しては大人げない。取り敢えず、冷静に、クールに、大人な対応をしなければ。そのためにまず聞かなければいけないことがある。
「サラ…シャワーってなにか知ってる?」
「知らない」
うおおおおおおおおおおおお。この子はもう。もう!もう!!一体何なんだーーーーーー
「一緒には入れません!一旦ここから出ようか!!」
「イリア、声が大きいよ」
誰のせいだと思ってんだぁぁぁああ。と叫びたい気持ちをグッとこらえる。いや、もうやっぱり叫んでいいんじゃないかな。分かんないよー。
何とかシャワー室から出て、部屋に入った。因みに、俺はタオルを腰に巻いているだけです。サラは俺のディフェンスのお陰で服が良い感じに濡れています。と、そこに突然、部屋のチャイム音が響く。
「イリアー私。ユウナだけど」
な、なんだって……ユウナは医務室で寝ているはず。動けるくらいに元気なのは嬉しい。嬉しいしやっぱり一言謝りたいし、早く会いたいけど、この状況はタイミング悪すぎるでしょーー
「…?入るよー?」
ダメーダメだけど何か言葉が見つかりません。俺はどうすればいいのでしょう。
「イリア、ちょっと……はなし、が」
ユウナは部屋に入ってくると、次第に言葉を失っていった。
ユウナさんは誤解してしまうでしょう。だけど大丈夫。優しい優しいユウナさんなら話せばきっと分かってくれる。
「イリアの変態!」
「ぐっ!」
有無を言わさず蹴られました。話してないから仕方ないね……うっ
「そ、そんなに動いて大丈夫なのか」
「大丈夫なわけないでしょ。蹴ってるこっちも痛いんだから」
じゃあ何で蹴ったんだよ。
「そんなことより、この状況を説明してくれる?」
俺は促されるがままに、今までのことを説明した。




