宇宙に咲く黒い花
次に意識が戻ったとき、俺はまだコックピットの中にいた。
あれからどれくらい時間が経ったのだろう。俺は生きている。いや、生かされたのだ。つくづく悪運の強い……俺よりも生きるべき人はいるだろうに。
コックピットの中で天をあおぐ。コックピットの中は閉じられているから、正確にはすぐ目の前に天井があって、心は全く晴れはしない。
意識が落ちる前の俺。自分で、自分が、自分じゃないように思える程の激変だった。それでも、自分を鮮明に覚えている。駆り立てられた感情も、それに付随した力も。
あれはなんだったんだろう……俺が、一人でアパレイユと対等にやりあった。むしろ俺の方が圧していたまである。あの力は一体……?そもそも俺は……
考えても仕方ない。そう思って、いまの状況を確認しようとした。モニターに映し出されている宇宙から鑑みると、戦闘終了の位置からはあまり動いていないように思える
………ん?モニターの右斜め下のライトが点滅している。ノーランからのメッセージのようだ。
"俺は一旦、ユウナとブルーノを連れて艦に戻る。流石に俺1機じゃあ3人は運べない。幸い、ファコンは二人と違って損傷は少ない。自力で戻ってこれそうなら、戻ってこい。無理そうでも、二人を置いたら、お前を回収しに向かうから安心しろ。"
なるほど。確かにあちこち軽い損傷はあるものの動けないほどじゃない。ブースターも少しは冷却されてきている。動くくらいなら………よし。問題ないな。
俺はモニターで艦の方向を確認しながらゆっくりとその場を後にした。
移動中も俺の頭の中は自分のことで一杯だった。考えないようにしようとするほど頭の中に考えは巡ってくる。脱け出せない迷路のような思考に囚われている。誰か、この問いに答えを返せるものはいるのだろうか。自分は一体何なのだろう。自分は何を考えているのだろう。
ふとモニターに映されているレーダーにおかしなものが映った。戦艦よりは遥かに小さいが、普通の宇宙船にしては大きいように思える、宇宙船……だろうか?俺がおかしいと思ったのはサイズのことではなく、それの正体が分からないということについてだ。戦闘が各地で繰り返される現在、その船がどこの所属のもので、なんの用途なのかがはっきり分かるようになっているはずなのだ。例えば、軍の兵器を輸送している船ならば、軍のマークが貼られているし、一般人の宇宙船なら、船会社のマークが貼ってある、といったようにだ。しかし、この船はそれが全く分からない。何の装飾も施されていない、白一色のカラーリング。その純粋さの象徴と呼ぶべき白に、何か空恐ろしいもの感じている。
どうする……明らかに怪しい船だ。これが軍の秘密輸送船とかならば問題は…あるけど、大丈夫ではある。でも、これがもしアパレイユと関係のあるものだったら……
警戒しながら近付く。向こうからは何の反応もない。入り口らしきものは……あった。人が出入り出来る程度の大きさの扉が船の後方にある。ファコンを扉の前に止め、コックピットのハッチを開く。そのまま扉に手をかけ……簡単に開いた。てっきり鍵がかかっているものと思っていたけど……そんな厳重に守られているものでもないのか?
船の中に入るとそこには世界が広がっていた。文字通りの世界の縮図がそこにあった。空気がある。食べ物がある。光がある。食料生産、衛生管理、発電……そこではシステムが円環を描き、すべてがそれらだけで完結していた。
「すごい……」
この施設は一体…?誰が何の目的で作ったのだろう?そもそも、ここに人はいるのか?
視界に入ってくるものは、人工物ばかりで、自然な生命は存在しなかった。
だけど、これだけの設備だ。人がいないはずがない。取り敢えず、手当たり次第見て回ろう。発電所。食品工場。空気洗浄施設。水質管理棟………一通り見終わっても、人は見つからなかった。ただ、誰のためなのか、食べ物が作られ、エネルギーが作られ、環境の保全が行われていた。
「本当に誰もいないのか…?」
いくら探しても、誰も見つからない。流石に諦めて、帰ろうとして、扉に手をかけた。その時気づいた。俺が開こうとしている扉の側にもう1つ別の扉があった。耳をすませると、中から声が聞こえた。人がいる…!俺は外に通じる扉ではなく、もう1つの扉を開いた。
扉の中はさっきまでの近代的な世界とは違い、ある種の幼さを感じる部屋だった。正方形の部屋の床にはぬいぐるみやおもちゃが散乱しており、床にしかれたマットや布団は可愛らしい動物が描かれている。だからこそ、壁に設置されている機械や、大型のスクリーンに表示されている意味不明な何かの図面が、それらの異質さを際立たせている。
「~♪」
そこには気分良さそうに鼻唄を歌う女の子がいた。流麗な黒髪を上下に揺らしながら、体で音を感じている。
「~♪………?」
俺の存在に気づいたようで、鼻唄を止め、こちらに振り向く。
「………」
その姿に目を奪われた。時が止まったという言葉が確かに当てはまる気がした。彼女を見つめるこの時間、俺は時の流れを感じることはなかった。美しく輝く黒髪と相対するような白い肌。さらにそれを掻き立てるような白一色のワンピースを身につけている。幼い顔立ちではあるが、鼻立ちの良さが少し、大人びた印象を与える。そして、こちらを見つめる赤い瞳。鮮血を彷彿させるその赤に自然と意識が吸い込まれる。
「あの……」
「ゃ……!」
話しかけようと近付くと、彼女は異常な反応を示した。まるで自分の命の危険を感じた子供ように、体を震わせ蹲っている。
「だ、大丈夫だよ。俺は怪しいものじゃない」
我ながら語彙力がない。怪しいものじゃないって言いながら近付いてくる奴ほど怪しいものはいないじゃないか。
「こっ、来ないで!」
彼女は散らばっていたおもちゃを手当たり次第俺に投げつけ始めた。
どうしよう……何をやっても墓穴を掘る気がする。俺が安全な人間だと証明する方法……方法……あー思い付かない!
「あ、あ……」
おもちゃを投げきってしまったからか、彼女もどうすればいいのか分からず狼狽えてしまっているようだ。
今だ。今、良い感じの台詞を言えればきっと彼女は俺を信じてくれる。よし、良い感じの台詞ってなんだ?
「あのね……俺は」
「……ん…」
彼女はもう為す術がないと思ったのか、抵抗する意思は無くなったようだ。勿論、怯えてはいるのだが。
「俺は……正義のヒーローなんだ。だから君を助けにきたんだ」
何言ってるんだ…?よりにもよって正義のヒーローだなんて。俺は胡散臭さを演出する天才かもしれない。こんな言葉じゃ余計に恐がらせるだけ……
「正義のヒーロー……?」
あれ。思いの外食い付きがいい。これはこのまま押しきれるのか?
「そ、そう!正義のヒーロー。君はここでずっと1人だったんだろう?寂しかっただろうね……でも大丈夫。俺がいるよ」
うーん。次々と気持ち悪い台詞が量産されていく。どうなっている俺の頭。初対面のやつにこんなこと言われたら、間違いなく殴られる。もしくは通報される。
「貴方は私と一緒にいてくれるの?」
えー……ちょっとこの子どうしたの……?大丈夫?こんな怪しい人についていっちゃダメだよー。……なんて馬鹿なこと考えてる場合じゃない。今の言葉。この子は本当に一人ぼっちなんだ。こんなところで……いつからかは分かんないけど、このままにしておいていいわけがない。
「うん。俺は、君と一緒にいるよ」
「………うん。これ。」
そういってさっき投げたおもちゃの中からオセロを拾ってきた。遊んでほしいんだろうか……?さっきからあまり感情の機微が読み取れない。いや怯えや恐怖、そういったものは鮮烈なまでに伝わってくる。だけど、それ以外の感情が全くといっていいほど分からない。元々そういう子なのか。まだ信頼されてないだけなのか分からない。あんまり長居するのもいけない気がするけど、今はこの子の保護を最優先に考えよう。
「その前に、君の名前は?」
「私の、名前……サラ」
「サラ…うん。分かった。俺はイリア。宜しくね」
「宜しく、イリア」
それから暫く、サラと一緒にオセロやチェス、あとよく分からないシューティングゲーム的なものとかをして遊んだ。結果はどれも俺の負け。手を抜いたわけじゃないんだけど、サラがすごい強かったんだ。特にシューティングゲームとかは足元にも及ばないほどだった。サラは楽しいのか、つまらないのか、よく分からなかった。でも、次から次へとたくさんのゲームをせまってくる辺り退屈している訳ではないと思う。
「次は……」
「ちょ、ちょっと休憩しない…?」
「イリア、疲れたの?」
「ごめんね……体力ないみたい」
「うん」
体力的には余裕なんだけど、そろそろ本題に入らないといけない。もう、かなり時間が経っている。このまま帰らないと軍に帰れなくなるかもしれない
「サラはここに1人でいるの?」
「うん」
「家族は、いないの?」
「家族……分かんない」
「家がどことかも分かんない?」
「うん」
「そっか……じゃあいつからここにいるかは分かる?」
「分かんない。気付いたらここにいた」
記憶喪失なのだろうか……ここまで自分のことが分からないなんて。それとも、戦争で本当に帰る家がない、とか。
俺には、この子を守らないとという使命感が芽生えていた。サラが戦争の被害者なら、いやそうでなくても……似ている気がしたんだ。だから。
「俺は君と一緒にいる。さっきそう言ったよね」
「うん。言った」
「でも俺はずっとはここにいられないんだ。そろそろ帰らなくちゃいけない」
「………嘘つき」
「サラはここにいなきゃいけないの?」
「分かんない。私、ここしか知らないから」
サラは今にも泣き出しそうだった。あんまり表には出ていなかったけど、俺と遊んでいて楽しいと思ってくれていたんだろうか。1人でいたくないと思ってくれたのだろうか。
「じゃあ、俺と一緒に外にいかないか」
「え」
「俺もサラを放っておきたくない。外に出たら俺の他にも遊んでくれる人がたくさんいる。サラの家族も見つかるかもしれない。だから……どうかな?」
「外に出たら……」
「うん」
「外に出たら、イリアと一緒にいられる?」
「……うん」
「約束、して」
---指切りげんまん嘘ついたら針千本のーます。指切った。
ほどいた小指をサラは幸せそうに眺めていた。こんな何でもない約束でもこの子には特別なことなのかな。
一緒にいられる保障は正直ないと思う。俺は軍人で、サラは普通の女の子だ。俺はいつ死ぬかも分からない。それでも、いつか嘘になったとしても……俺は、この子を守ると決めた。
「よし、じゃあ行こうか。何か持っていくものとかある?」
「うん…これとこれ」
サラは床に置いてあったウサギのぬいぐるみと何かの端末のようなものを手に取った。可愛らしいうさぎと無機質な端末のコントラストに違和感を覚えた。
「その端末は…?」
「これ、よく分かんない。けど、大事なもの。だと思うの。」
「そっか。それだけでいい?」
「うん。イリア」
サラは手を差し出してきた。俺はその手を受け取り、二人で手を繋ぎながら外の世界に向かって歩きだした。心なしかその顔には笑顔が灯っていたような気がする。
ファコンへと戻り、船への帰路へつく。船に通信を入れると、ノーランが心配したとだけ言って、俺の勝手な行動を咎めたりはしなかった。
コックピットの中でサラは何も言わなかった。ただただ始めて外に出たことに感動しているようだった。だから俺も無理に会話をしようとはしなかった。食い入るように宇宙を眺めるサラ。その横顔を見て、その純粋な瞳がとても綺麗だと思った。
ワタシはこの日、新しくワタシを知った。誰かといることの楽しさを知ってしまった。これからのワタシを、もしもこのときのワタシが知っていたのなら、ワタシはどうしていたのだろう。これから先、雪崩れ込むように生まれるワタシを、ワタシは、知りたいと思うのかな。




