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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第91話「刀が遠くても」

家に戻ってから、無月の変化は隠しようがなかった。

眩虹は、ほとんど輝かない。鞘に収めたまま、壁に立てかけてあっても、以前のような存在感がない。無月が柄に手を置いても、応えない。白嶺に憧れて振ってきた剣の感触が、指から抜け落ちている。朝、彩華を抱き上げる動作はできる。報告もできる。だが、刀を構える形だけが、どこか他人のもののようにぎこちない。

白嶺はそれを、黙って見ていた。

自分が取り込まれかけたせいで、無月が器ではない身体に色を宿した。結果が、これだ。力は削れ、輝きは失われ、追いかけてきた太刀筋が遠ざかっている。

夜、彩華を寝かしつけたあと、無月がリビングの隅で眩虹を膝に置いていた。振らない。振れない。ただ、触れている。白嶺は壁に背中を預けて座り、短く息を吐いた。

『無月』

「……はい」

『刀が、遠くなった』

「……ええ。感触が、残っていない。白嶺様の軌道を、思い出そうとしても、形にならない」

無月の声は、静かだった。泣いてはいない。だが、核心を失った人間の声だった。白嶺は天井を見てから、無月の方へ顔を向けた。

『刀を振るえなくても、あなたはあなたよ』

無月の肩が、わずかに動く。

『手練れでなくても、分家の刃でなくてもいい。ここにいて、彩華を見て、私が倒れたら起こす。それだけの人が、いなくなったわけじゃない』

「……私は、白嶺様に憧れて剣を振ってきました。それが、なくなったら」

『残ってる。憧れて、追って、ここに来た事実は、刀が死んでも消えない』

その言葉が、落ちた。

無月の目が、大きく見開かれる。次の瞬間、何かが外れたように、息が詰まった。口を押さえても、止まらない。子供のように、声を殺せずに泣きじゃくる。憧れて、追いかけて、置いていかれて、斬りかかって、負けて、助けられて、取引でここにいて、黒花に認められて、白い色を宿して、刀を失って——その全部が、一気に崩れた。つっかえていたものが、白嶺の言葉で、ようやく取れた。

白嶺は、しばらく黙って見ていた。それから、ゆっくりと無月の前に移動し、両腕で抱き寄せた。強くはない。だが、逃げられない温度だった。無月は抵抗しなかった。できない。白嶺の肩に顔を埋めて、子供のように泣き続けた。

『……いい。今夜は、それでいい』

白嶺の声は、低いままだった。優しくはない。だが、離れなかった。無月の背中に手を置き、泣き止むまで、そのまま動かなかった。刀を握っていない白嶺の腕が、今夜は少しだけ、母の腕に近かった。

泣き疲れたあと、無月は小さく息を吐いた。顔は赤く、声は掠れている。それでも、白嶺の腕の中から、すぐに出ようとはしなかった。

「……すみません。みっともないところを」

『取引の範囲外だ。気にするな』

白嶺は短く言って、ようやく腕を緩めた。無月は顔を拭い、眩虹から視線を外した。刀は、まだ遠い。だが、白嶺が「あなただ」と言った事実は、残っていた。

「……ここに、います。刀がなくても、います」

『それでいい』

白嶺は壁に背中を戻し、目を閉じた。無月はしばらく同じ場所に座っていたが、やがて彩華の部屋の方を確認しに立つ。足取りは重い。それでも、退く気配はなかった。

刀が遠くなっても、無月は残った。

白嶺はそれを、胸の奥にしまったまま、今夜は眠ることにした。

黒が、まだ来ていない。

来る前に、少しでも、立てるようにならなければならなかった。

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