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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第78話「届く声、届かない声」

悠人が白嶺に声をかけたのは、退勤後の駐車場だった。

人通りは少なく、街灯が一つだけ近い。白嶺は鞄を持ち、車の列の間を歩いていた。悠人が後ろから追いつき、名前を呼ぶ。白嶺は足を止め、振り返った。

「加藤さん。少し、時間をもらえますか」

『……何』

悠人は一度、息を吸った。下心ではない。自分でも、そう信じている想いを、言葉にする。

「好きです。下心じゃなく、加藤さんのことを、ちゃんと好きだと思っています。守れたら、と思っている。それだけは、伝えたくて」

白嶺は、すぐに答えなかった。風が、二人の間を通る。悠人の目は、逃げていなかった。白嶺は鞄の紐を握り直してから、静かに言った。

『ありがとう。でも受け取れない。今は、答えられない』

「……はい。それでも、伝えたかった」

『わかった。それ以上は、求めないで』

悠人は深く頭を下げた。白嶺はそれ以上何も言わず、先に歩き出す。拒絶ではあるが、切り捨てたわけでもない。悠人はその背中を見送ったまま、しばらく動けなかった。


その一部始終を、石川奈々が見ていた。

別の経路で退勤し、駐車場の端を通っただけだった。声が聞こえて、足が止まった。悠人が加藤さんに、想いを伝えている。加藤さんは、受け取れないと答えている。それでも、悠人の声は震えていなかった。

奈々の胸の奥で、何かが音を立てて折れた。

(……やっぱり、あの人だった)

カフェで二人を見たときから、薄々わかっていた。悠人の視線が、自分ではなく、白い髪の方へ向いていることも。それでも、「いるにはいる」程度に自分を納得させていた。今日、それが明確に壊れた。届かない想いが、一気に飽和する。

奈々は影に戻るようにその場を離れ、夜の道を歩いた。足取りが、重い。声が、喉の奥に残る。誰かに聞いてほしかったわけではない。ただ、届かないまま、胸の中で膨らんでいく。

風が、急に冷たくなった。

奈々は立ち止まって、空を見た。月が、薄い。その青みがかった光の中に、誰かが座っているような気がした。秘密でも、熱でもない。届かなかった声を、静かに聞いている何か。

奈々は自分の胸に手を当てた。

鼓動が、遠い。

(……加藤さんでよかった、のかな。私じゃ、届かなかった)

答えは出ない。出ないまま、奈々の内側で、水色の何かが、ゆっくりと目を開け始めていた。

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