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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第74話「好き、だから取り返す」

モモマユは、強かった。

桃色の糸は、斬っても斬っても再生し、部屋を埋め尽くしていく。白嶺は【 薄斬 】で軌道を削り、【 残光 】で牽制しながら間合いを詰めるが、糸の密度が落ちない。美咲の身体を盾にしているわけではない。だが、糸の一本一本に美咲の感情が宿っていて、斬るたびにその熱が白嶺の手元に返ってくる。

「まだ、足りない。彼女は、もっとあなたを欲しがってる」

モモマユの声は甘く、包み込むようだった。白嶺は歯を食いしばり、糸の隙間を突く。肩を浅く掠められ、足元を絡め取られかける。藍の静けさが残っているせいで、反応が半拍遅れる。苦しい。これまでの色より、手強い。

『……しつこいのね。糸、洗濯できないの?』

「洗濯……? 糸は、洗わないわ。紡ぐものだから」

モモマユは本気で首を傾げ、そのまま糸を増やした。白嶺は後退し、壁に背中が近づく。このままでは、押し切られる。核の位置は、美咲の胸の奥だ。届けるには、一気に踏み込むしかない。

白嶺は残虹を正眼に構えた。刃の先から、虹の光が溢れ始める。花弁のような粒子が、静かに舞い上がる。無月が未完成のまま放った光とは違う。形が整い、密度が違う。白嶺の花無垢は、完成された封印の光だった。

【 花無垢 】

刀身を中心に、虹色のオーラが球形に広がった。

桃色の糸が、外側から光に焼かれて解けていく。モモマユの形が、崩れる。美咲の身体が、ゆっくりと力を失っていく。

とどめを刺す直前、白嶺は短く、はっきりと言った。

『佐藤美咲は、どんな時も純粋で、努力家だわ。私はそんな彼女が大好きなの。今すぐ返しなさい』

モモマユの目が、わずかに見開かれる。

「……好き、なのに、斬るの」

『好きだから、斬る。あなたに預けたままには、しておかない』

光が収束する。

モモマユの気配が、消えた。

美咲は床に倒れ込み、浅い息を繰り返していた。意識はない。取り憑かれていたものは、もうない。白嶺は残虹を鞘に戻し、美咲の傍に跪いた。汗で張りついた前髪を指でよけ、おでこに、短く、優しく唇を寄せる。

熱はない。ただ、戻ってきたばかりの、生きている温度がある。

『……ただいま』

誰にともなく呟き、白嶺は美咲の状態を確認した。問題はなさそうだった。匿名で通報する余裕だけ作ってから、白嶺は部屋を出る。

桃色の熱が、胸の奥に流れ込んでくる。

愛着。寂しさ。甘えたい心。美咲が紡いできた糸の残滓が、白嶺の内側で小さく絡みつく。心地よい。だからこそ、危険だった。白嶺は自分の腕を強く摘み、感覚を残した。

家に、彩華が待っている。

無月が、待っている。

白嶺は夜の階段を下りながら、残った桃色の熱を、静かに測っていた。

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