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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第72話「未完成の光」

白嶺は着物に袖を通し、残虹を帯びた。

桃色の気配は、すでに街の方で明確な形を持ち始めている。美咲の内側で紡がれた糸が、今夜、表に出る。白嶺は彩華の部屋を一度だけ確認し、無月に短い言葉を残した。

『出る。彩華を頼む』

「はい。彩華様は、私が守ります」

白嶺はそれ以上何も言わず、ドアを開けた。夜の空気が流れ込む。桃色の匂いが、遠くから流れてきている。白嶺は残虹の柄に手を置き、その方向へ歩き出した。


白嶺が出てから、ほどなくしてだった。

無月は彩華の寝息を確認したあと、リビングの窓に近づいた。外に、複数の気配がある。刀の気配だ。家の者——試客だ。三人。監視ではない。直接、動かしてきた。

(……狙いは、彩華様)

無月は眩虹を手に取り、玄関ではなく、勝手口から外に出た。夜の影に溶け、最初の一人が敷地に足を踏み入れた瞬間に、刃を合わせる。金属音が短く響く。残りの二人もすぐに展開した。三人に一人。無月は後退しながら、間合いを測る。

「分家の失敗作が、まだ動けるのか」

「白嶺を斬れなかった刃が、何を守る」

言葉は、冷たく刺さる。無月は答えない。答える暇がない。三人の刃が同時に来る。無月は眩虹で受け、流し、踏み込むが、数の差は埋まらない。肩を浅く斬られ、足元を払われ、壁に背中を預けた。息が、上がる。

(……このままでは)

死角から、三人目の刃が迫る。無月は歯を食いしばり、その瞬間、あの夜の記憶が浮上した。クチツチに飲み込まれた闇の中で、見た白嶺の太刀筋。虹の光が広がり、影を溶かすように斬っていた、あの一閃。

未完成でもいい。

あの光の軌道だけを、今、ここに。

無月は眩虹を正眼に構え、呼吸を極限まで浅くした。刃の先から、不安定な虹の光が溢れ始める。花のように、しかし形は崩れたまま、光が拡散する。

【 花無垢 】

不完全な光が、試客たちの刃を弾き、視界を奪った。無月はその一瞬に踏み込み、一人の手首を打ち、もう一人の膝を崩し、最後の一人の剣を弾き飛ばした。三人は、光の残滓にたじろぎ、距離を取る。

「……この光は」

「残虹の、模倣か」

無月は眩虹を構えたまま、血の混じった息を吐いた。肩が重い。それでも、立っている。

「ここは、通さない」

試客たちは、無月の目を見て、それ以上踏み込まなかった。傷は浅いが、光の感触が、彼らの手元を狂わせている。やがて、三人は影に溶けて退いていった。監視の延長ではない。試したのだ。次は、もっと本格的に来る。

無月は壁に片手をついて、息を整えた。

彩華は、無事だ。白嶺は、まだ戻っていない。

未完成の光が、夜の空気に溶けていく。

無月は眩虹を鞘に戻し、家の中へ戻った。彩華の寝息を確認してから、初めて、肩の力を少しだけ抜いた。

守りは、今夜も、続いている。

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