第7話「加藤という女」
白嶺がこの会社を選んだ理由は、単純だった。
白髪が、特に問題にならなかったから。
面接のとき、人事の担当者は白嶺の長い白髪を一瞥しただけで、特に何も聞かなかった。染めてもいないし、隠してもいない。ただの白い髪だ。
前の会社では「もう少し落ち着いた色に」と遠回しに言われた。その前の会社では、露骨に視線を集めた。
ここは、中規模で、年齢層も幅広く、多少突飛な外見でも「仕事ができればいい」という空気があった。
白嶺はそれで十分だった。
職場での評価は、分かれていた。
仕事はできる。資料は正確で、期限を守る。余計な私語をせず、必要なことだけを言う。
上司は「加藤は使いやすい」と評し、同年代の女性の一部は「近寄りがたい」と陰で言う。
男性社員の間では、もっと露骨だった。綺麗だ、スタイルがいい、あの白髪が色気になっている、と。中には下心を隠さない者もいる。白嶺はそれにも、特に反応しなかった。
佐藤美咲だけが、違った。
純粋に「加藤さんみたいになりたい」と目を輝かせる。白嶺は、その真っ直ぐさが少し苦手だった。苦手だが、嫌ではなかった。
中村玲奈は、白嶺を快く思っていない。
理由はわかっている。自分が努力して掴みかけたものを、白嶺は努力しているように見えずに持っているからだ。白嶺はそれを訂正しようとも思わなかった。訂正したところで、玲奈の苛立ちは消えない。
藤原悠人は、距離の置き方が上手かった。
必要以上に近づかず、しかし必要なときには言葉をくれる。白嶺は、その塩梅が他の男性と違うことには薄々気づいていた。深くは考えていなかった。
離婚したのは、彩華が生まれる少し前だった。
相手は、普通の人だった。優しくて、誠実で、白嶺の「話せない部分」を無理やりこじ開けようとはしなかった。
それでも、壊れた。
白嶺は自分の出自を、本当の意味では話せなかった。虹結家のこと。器であること。封印しているもののこと。
相手は「信じている」と言ってくれたが、信じている対象は「加藤白嶺」という表層だけだった。
妊娠がわかったとき、相手は喜んだ。白嶺は、喜ぶことができなかった。自分が産むものに、何が宿るかわからなかったから。
籍を抜いたのは、白嶺からだった。
相手は引き止めた。白嶺は、引き止められる理由を、自分の中に見つけられなかった。
今も「加藤」の姓を使っているのは、便利だからだ。
虹結の名を出せば、不要な関心が来る。加藤のままでいい。誰も、深くは聞いてこない。
夜、白嶺は彩華の横顔を見ながら、自分の白髪を指で梳いた。
普通の母親に見えるかどうかは、わからない。
ただ、普通の母親で在りたいとは、今も思っている。
胸の奥の赤い熱は、まだ完全には消えていなかった。
それでも、今日は刀を持たずに済んだ。
それだけでも、良かった。




