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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第69話「預けない」

アイムの影は、斬っても斬っても、夢のように再生した。

白嶺は【 薄斬 】で軌道を削りながら、少しずつ間合いを詰める。浅い斬撃では核に届かない。だが、影の密度が確実に落ちているのがわかった。眠りの気配が、徐々に薄れていく。

「まだ、やるの? 器」

アイムの声は、相変わらず掠れて、枕元で囁くようだった。

『やるわよ。あなたに秘密を預ける趣味はないから』

「ケチ。……じゃあ、こっちから取るね」

影が一気に広がり、部屋の隅々から手が伸びてくる。白嶺は身を回転させ、残虹で連続して断つ。断片が散るたびに、誰かの秘密の残像がちらつく。すぐに消える。白嶺はそれを見ないようにして、核の位置を測った。

『……夢の中まで、うるさいわね。もう少し静かに眠れないの?』

「……ふふ。うるさい方が楽しいよね。」

アイムは欠伸をするように答え、上体を大きく揺らした。白嶺はその隙に踏み込み、残虹を正眼に構える。刃の先から、虹の光が静かに溢れ始める。花ではなく、蓮の花弁のような光の輪が、刀身を中心に展開していく。

【 虹蓮華 】

刀身から放たれた虹の蓮が、部屋を包み込むように広がった。

アイムの影が、外側から光に溶けるように崩れていく。ベッドの女性の身体が、ゆっくりと力を失う。

「……また、封じるんだ。……秘密、置いていけばよかったのに」

『置かない。自分で抱える』

光が収束する。

アイムの気配が、消えた。

女性はベッドに沈み、浅い息を繰り返していた。取り憑かれていたものは、もうない。白嶺は近づいて状態を確認し、匿名で通報する余裕だけ作ってから、部屋を出た。

その直後だった。

眠りの端のような静けさが、胸の奥に流れ込んでくる。

誰かの秘密。誰かの預けた言葉。境界が溶けて、自分がどこまでなのかが、少しだけ曖昧になる。心地よい。だからこそ、白嶺は自分の腕を強く摘んだ。感覚を、残すために。

『……帰らないと』

守るものが、二人いる。

その一点だけを、白嶺は手放さずにいた。


家に戻ると、無月が玄関で待っていた。

彩華はすでに眠っているらしい。無月は白嶺の虹色の髪を一瞬見て、すぐに視線を落とす。

「おかえりなさい。彩華様は、無事に休まれています」

『……そう』

「報告は以上です。傷は?」

『ない。問題ない』

無月は短く頷き、白嶺が着物を脱ぐのを黙って見送った。刀を置いた白嶺が、いつものように壁に寄りかかりそうになるのを、無月は先に見て、湯飲みを一つだけ出しておく。白嶺はそれを受け取り、短く息を吐いた。

藍の静けさが、まだ胸の奥に残っている。

それでも、家に戻れば、守るものが二人いる。それだけで、境界は少しだけ戻ってきた。

白嶺は湯飲みを置き、床に座る準備をしながら、小さく呟いた。

『……今日は、少し話したくなったかも』

無月は「まただらしないことを」とでも言いたそうな顔をして、しかし何も言わずに彩華様の部屋の方を確認しに行った。

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