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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第58話「先に来たもの」

褐色の気配が、はっきりと形を持ったのは、その日の遅い時間だった。

白嶺は彩華にブランケットを優しく被せると、着物に袖を通した。残虹を帯び、髪が虹色に変わるのを確認してから外に出る。土の匂いは、住宅街の外れから濃く立ちのぼっていた。今夜中に、決着をつけるつもりだった。

だが、公園にたどり着く前に、別の気配が前に立ちはだかった。

刀の気配だ。残虹とは違う。明るくて、鋭くて、眩しい。白嶺は足を止め、路地の影から出てきた人影を見た。

二十代前半の女。黒い装束。腰に一振りの刀。目が、最初から白嶺を捉えていた。

「お久しぶりです、白嶺様」

声は震えていない。だが、熱がある。

白嶺は、その顔を見て、短く息を吐いた。

『……無月』

無月は眩虹の柄に手を置き、ゆっくりと抜いた。刃が、夜の中で淡く光る。

「残虹の返却と、あなたの命を、いただきに来ました」

褐色の気配は、まだ先にある。だが、この相手を無視して先に進むわけにはいかなかった。白嶺は残虹を抜き、構える。

『強くなったわね。無月。気配でわかる』

「黙れ。いつまでも自分が上だと思うな。殺す」

無月が踏み込む。眩虹が弧を描き、白嶺の肩を狙う。白嶺は残虹で受け流し、間合いを測った。かつての無月より、刃が重い。家で鍛えられた手練れの刃だ。それでも、白嶺の目には、まだ「あの頃」の残像が重なる。

打ち合いが続く。刃がぶつかり、火花が散る。無月の動きは速く、正確で、だがどこかで白嶺の刀筋を追っている。憧れて、目指して、追ってきた刃だ。白嶺はそれを理解したうえで、容赦なく崩していった。

【 薄斬 】で軌道を削り、【 残光 】で牽制する。無月の呼吸が、徐々に乱れる。最後の一合、白嶺は残虹の峰で眩虹を弾き、無月の手元を崩した。刀が地面に落ちる。無月が膝をつく。

白嶺は刃を喉元に向けたまま、動かなかった。

『終わりよ』

無月は顔を上げ、血の混じった息を吐いた。目に、熱と、何か別のものが混じっている。

「...なぜですか、白嶺様。...あなたに憧れて剣を振った私を、なぜ見捨てて旅立たれたのですか」

白嶺は即座に答えなかった。答える前に、死角から土の匂いが爆発した。

地面が裂け、褐色の影が無月の背後から立ち上がる。クチツチだ。残虹と眩虹の光に引き寄せられたように、大きく口を開け、無月を飲み込みにかかった。

『——っ』

白嶺が踏み込んだ瞬間には、すでに遅かった。無月の姿が、土の影に沈んでいく。悲鳴は、短く途切れた。

クチツチの大きな目が、白嶺を見る。

「……光が、美味しかった。刀の光も、人の未練も」

白嶺は残虹を構え直した。無月は、もうそこにはいなかった。

褐色との決戦が、本当の意味で始まる。

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