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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第57話「一瞬の熱」

部署の勉強会は、午後の会議室で開かれた。

参加人数は十名ほど。白嶺は資料を手に、端の席に座っていた。美咲は少し離れた位置から、白嶺の横顔を時折見ている。緊張と期待が混じった顔だ。白嶺が発言すると、美咲の目がわずかに輝く。一方通行の熱は、今日も続いている。

休憩時間に、悠人が白嶺のところへ来た。

「加藤さん、先ほどの点、もう一度確認してもいいですか」

『どれ』

白嶺は資料を開き、悠人の質問に短く答える。悠人は頷きながら、メモを取る。二人の距離は、仕事の範囲を出ない。だが、横から見れば、親しげに見える距離だった。

美咲は、それを見ていた。

胸の奥で、熱くて黒いものが、一瞬だけ顔を出した。

(……なぜ、あの人は)

悠人が白嶺の隣に立っている。白嶺が、いつもの低い声で応じている。美咲が近づけない温度で、二人が話している。嫉妬ではない。もっと生々しくて、独占したくなるような、暗い熱だ。美咲は自分の手を強く握り、その熱を押し込めた。顔には出さない。出せない。

悠人が「ありがとうございます」と頭を下げ、席に戻る。白嶺は資料を閉じ、次の発表者に視線を向けた。美咲の方は見ない。見ていないのに、美咲の内側では、さっきの熱がまだ小さくくすぶっていた。

(……私は、何を考えてるんだろ)

勉強会が再開されても、美咲の意識は完全には戻らなかった。白嶺の横顔を見るたびに、さっきの黒い熱が、小さく疼く。慕い、憧れ、近づきたい気持ちの下に、別のものが混ざり始めている。美咲はそれに、まだ名前をつけていなかった。


勉強会が終わったあと、白嶺は一人で会議室に残った。

指先に、土の匂いがはっきりと残っている。低い誘いが、今日はかなり近い。足元から「もう立たなくていい」という感覚が、ゆっくりと上がってくる。白嶺は椅子から立ち上がり、窓の外を見た。

(……今夜か、明日か)

褐色の気配は、すでに街のどこかに形を成しつつある。先延ばしにできる段階ではなかった。白嶺は資料をまとめ、会議室を出る。美咲が廊下で待っていたが、白嶺は短く「お疲れ様」とだけ言って、先に歩いた。美咲の視線が背中に残る。熱がある。以前とは、少し違う熱だ。

白嶺はそれを、今は追わなかった。

追う余裕が、次の色に取られている。

決戦は、近い。

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