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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第56話「低い誘い」

土の匂いは、翌日にはもう少しだけ濃くなっていた。

白嶺は朝の会議中、椅子に座っているだけで、足首のあたりに軽い重さを感じた。立たなくていい、という感覚が、足元からゆっくり上がってくる。意識して姿勢を正すと、消える。消えても、完全にはいなくならない。

(……厄介ね)

赤や紫のような鋭さがない。だからこそ、気づきにくい。白嶺は資料の文字を追いながら、自分の呼吸を整えた。今は、仕事の時間だ。

会議が終わり、廊下で悠人とすれ違った。彼は短く会釈をし、白嶺も軽く頷き返す。給湯室の一件以来、悠人の視線は少し変わっている。下心ではない熱が、静かに続いている。白嶺はそれを、今は深く受け取らなかった。受け取る余裕が、別のところに取られている。

午後、美咲がコピー機の前で白嶺を待っていた。

「加藤さん、この資料の部数、増やした方がいいでしょうか」

『そのままでいいわ』

「わかりました。あ、それから……今度の部署の勉強会、加藤さんも出ますか?」

『出るわ。佐藤さんも参加するなら、事前に目を通しておくといい』

「はい! ……加藤さんと一緒だと、緊張しますけど、頑張ります」

美咲の声には、期待と小さな不安が混じっていた。白嶺は「過度に意識しなくていい」とだけ伝え、先に歩き出す。美咲の熱は、相変わらず一方通行だ。それでも、以前のように「心配」だけで近づいてくるわけではない。自分の成長を白嶺に見てほしい、という欲が、はっきり混ざっている。白嶺はそれを、悪くは思わなかった。

退勤間際、白嶺は自分のデスクで指先を見た。土の感触は、朝よりはっきりしている。低い誘いが、ゆっくりと根を伸ばしている。

次の色は、もう近くまで来ている。

焦らずに、だが、備えは進めておく必要があった。

白嶺は画面を閉じ、鞄を取った。

今日は、ここまでだ。

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