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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第54話「戻る女」

玲奈が会社に戻ってきたのは、対峙から三日後だった。

朝会で名前が呼ばれ、短い「はい」が返ってきたとき、美咲が小さく息を吐くのがわかった。席に着いた玲奈は、以前と同じスーツを着て、以前と同じように書類を広げている。だが、白嶺には違いがはっきり見えた。

目に、熱がない。

以前は、白嶺を見るたびに視線が刺さるように熱を帯びていた。今は、ただの視線だ。嫌味の一つも、すぐには出てこない。玲奈は自分の仕事に集中しているように見えた。

昼休み、美咲が玲奈のところへ行った。白嶺は離れた位置から、その様子を見ていた。

「中村さん、大丈夫でしたか? 長く休まれてたので」

「……心配かけたわね。ただの体調不良よ。もう問題ないわ」

声は、以前より少し平坦だった。美咲が安堵したように笑っている。玲奈はそれ以上何も言わず、自分の弁当を開けた。白嶺と目が合うことは、なかった。

白嶺は自分の席に戻る。

胸の奥に残る紫の侵食は、まだ完全には引いていない。理想を欲しがる感覚と、現実を小さく見下ろすような冷たい視点が、時折混じる。心地よいわけではない。だが、以前の嫉妬の熱よりは、扱いやすかった。

(……消えた、わけではない)

玲奈の中から、強い嫉妬の熱は消えた。だが、彼女の性格まで変わったわけではない。口が立つことは、変わらないだろう。ただ、白嶺を見る目の色が、変わった。それだけで、十分だった。


午後、玲奈が白嶺のデスクに書類を届けに来た。

「これ、確認お願い」

『ありがとう』

玲奈は短く頷き、すぐに離れる。以前なら、何か一言嫌味を添えていた。今日は、それがない。白嶺は書類を受け取りながら、玲奈の背中を見た。

普通に戻った、ように見える。

普通に戻ったわけではない。何かを失ったあとの、静かな普通だ。白嶺はそれを、深くは追わなかった。追う必要のないことと、追えないことが、また同じ場所にある。

退勤時間。白嶺は先に帰り支度を始める。美咲が「お疲れ様です」と声をかけてくる。玲奈は、自分の席でまだ書類を整理していた。目が、合わない。

白嶺はエレベーターに乗り、下を向いた。

紫の残り香が、胸の奥で小さく動いている。次の色も、家の影も、まだ終わっていない。それでも、今日は玲奈が戻ってきた。それだけを、手がかりにする。

外に出ると、風が冷たかった。

白嶺は駅へ向かって歩き出した。

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