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色を斬る母「白嶺」  作者: 雨-Ame-
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第53話「居彩」

シトウは、玲奈の身体を盾にして攻めてきた。

最初の一撃は、正面からではなかった。紫の影が散り、玲奈の姿がそのまま白嶺に向かって踏み込んでくる。残虹を振り上げかけた白嶺の手が、半拍遅れる。刃を浴びせれば、玲奈の身体を斬ることになる。

『……卑怯ね』

「卑怯? これは彼女の願いよ。あなたを超えたい、あなたになりたい。そのために、この身体を使っているだけ」

玲奈の腕が、不自然な角度から伸びる。影が重なり、複数の軌道が同時に来る。白嶺は残虹の峰で受け流し、間合いを取る。斬れない。斬れば、玲奈が傷つく。その制約が、白嶺の動きを鈍らせていた。

【 薄斬 】で軌道を削る。浅い斬撃では、シトウの本体に届かない。玲奈の身体をすり抜けない程度に力を抑え、ただ弾く。シトウはそれを利用して、さらに距離を詰めてきた。

「迷っているわね、器。彼女を守ろうとすれば、私は斬れない。私を斬ろうとすれば、彼女が傷つく。どちらを選ぶ?」

白嶺は答えなかった。答えている余裕が、なかった。紫の影が視界を覆い、玲奈の顔が何度も正面に来る。知っている顔だ。会社で嫌味を言い、美咲を苛立たせ、自分を睨んでいた顔。それが、今は陶酔した目で、白嶺を見ている。

一瞬、足元が崩れた。

影が地面を這い、白嶺の重心を揺さぶる。残虹が軌道を外し、シトウの次の一撃が肩を掠めた。熱ではない。理想を押し付けるような、甘く重い感触だ。白嶺は歯を食いしばり、後退する。

(……このままでは、斬れない)

玲奈を傷つけずに、本体だけを断つ。その一瞬の隙を、作らなければならない。

白嶺は残虹を鞘に戻した。

シトウが、笑った。

「諦めた? それとも——」

白嶺の足が、床を蹴る。間合いが一気に縮む。左手が鞘を押さえ、右手が柄を握る。呼吸を、極限まで浅くした。

玲奈の身体が、真正面に来る。その奥に、シトウの中心がある。

【 虹結流抜刀術 居彩 】

鞘走の音が、夜に短く響いた。

残虹が、一閃して戻る。虹色の軌跡が、玲奈の身体をすり抜けず、その奥に潜んでいた紫の核だけを、正確に断っていた。

シトウの形が、崩れる。

「……器、の、くせに」

声が途切れ、紫の影が散っていく。玲奈の身体が、力なくその場に膝をついた。白嶺は残虹を構え直したまま、息を整える。肩が、少しだけ重い。

玲奈は前に倒れ込み、浅い息を繰り返していた。取り憑かれていたものは、もうない。

白嶺は近づき、脈を確認する。問題はなさそうだった。

その直後、紫のものが胸の奥に流れ込んでくる。理想への渇望。陶酔。現実を憎む熱。それが、白嶺の内側で小さく爆ぜた。

白嶺は顔を上げず、その場にしばらく立ち尽くした。

玲奈を傷つけずに決着をつけた代償が、静かに沈殿していく。

『……終わりよ』

誰にともなく呟き、白嶺は玲奈の傍を離れた。

救急を呼ぶ余裕は、今夜はない。家の影が動いている以上、長居はできない。

夜の屋上を、虹色の髪を下ろした女が、静かに下りていく。

玲奈は、そこに残された。

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